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5月-ーシン。キャンプ兼夜営訓練~水・食糧・薪を探そう(後編)~

シン視点

それは、水を探し始めてから、30分ほど経った時の事だった-ー


-ーガサッ!


それまで、俺とアイリスの話し声しか聞こえなかった山の中に、突如として響き渡る、葉擦れの音。

音の発生源を探して周囲を見渡すと、俺達の左手にあった草むらが、ガサガサと不自然に動いていた。

その光景を見て、アイリスが怯えた様子で、俺にしがみ付いてくる。


「な、なに、今の音!? も、もしかして、熊…………かな、お父さん?」


「どうかな…………。もしかしたら、ただ風で揺れてるだけかもしれないけど…………」


アイリスを安心させてあげる為、そんな言葉をかける俺だったが…………とはいえ、十中八九、何らかの獣が草むらに潜んでいるとみて、間違いないだろう。

なので、俺は1歩前に出る事で、アイリスを背後へと隠す。

そして、未だにガサガサと動き続けている草むらへと、意識を集中させる。


(…………さて、何が潜んでいるのかな? アイリスが言うように熊か、あるいは猪か。最悪、魔物の可能性もあるけど…………)


魔物に遭遇する可能性はほとんど無いとはいえ、0では無い訳だし。

とりあえず-ー


「『探知(サーチ)』!」


草むらに潜む生き物の正体を探る為、俺は無属性魔法『探知(サーチ)』を使う。

探知(サーチ)』は、周囲に魔力を波のように飛ばす事で、魔力が通った場所にあるものを、頭の中に浮かび上がらせる魔法だ。

これにより、草むらの中に潜んでいる生き物の正体が明らかに-ーって。あ、あれ?


(な、なんだか、思ってたより、ずっと小さい生き物だな…………)


体長は、50センチ程。熊や猪に比べて、ずっと小さい。

そして、何より特徴的なのが、ピンッと立った長い耳。

もしかして-ー


「…………ウサギ…………?」


「-ーえ?」


あまりに予想外な正体に、思わず間の抜けた声を上げてしまう、俺。

その声を聞いたアイリスも、呆気に取られた呟きを漏らしながら、俺の背中からおそるおそる顔を覗かせる。

と、丁度そのタイミングで-ー


-ーヒョコ!


それまで、ガサガサと葉擦れの音が鳴っていた草むらの中から、小さな顔がヒョコと、こちらを覗く。


(特徴的な長い耳は、ちょうど草むらに隠れていて確認出来ないけど…………純白の体毛に、小さく(つぶ)らな瞳。…………うん。ウサギで間違いないな)


そして、俺の背後に居るアイリスもまた、ウサギの姿を認めたようだ。


「うわぁー! かわいいー!」


アイリスは感嘆の声を上げると、目をキラキラと輝かせながら、ウサギの元へと近付いていく。

だけど、アイリスは優しくて()い娘だから。ウサギが怯えないように、少し手前で立ち止まる。

そして、アイリスはその場にしゃがみ込むと-ー


「ウサギさん、怖くないよ~。おいで~」


と、優しい声音でウサギに話しかけながら、おいでおいでと、小さく手招きを始めた。


(はははっ。ホント、かわいいなぁ、アイリスは…………)


アイリスの子供らしい仕草を、後ろから微笑ましい気持ちで見守る、俺。

が、このウサギは人に馴れたペットでは無く、野生の動物。こうして、人前に姿を現したこと自体、奇跡的な事なのだ。


(無邪気に手招きしているアイリスには悪いけど、あんなに近付いたら、さすがに逃げちゃうだろうな)


と、そう思っていたのだけれど-ー


-ーヒクヒク


俺の予想に反して、ウサギはすぐには逃げ出さず。アイリスのにおいを嗅いでいるのか、鼻先をヒクヒクと動かしている。


「ふふふっ。かわいいー! ウサギさん、おいで~」


そんなウサギの仕草を見て、優しく微笑む、アイリス。

と、その瞬間だった-ー


-ーピョコン!


(-ーおおっ!)


それまで、草むらから顔だけを覗かせていたウサギが、ピョコンと飛び出した。

その光景に、俺が内心で驚愕の声を上げるいる間にも、ウサギはゆっくりとアイリスに近付いていき-ーそして、あっという間にアイリスの元へと辿り着いた。


(…………いやはや。いくらウサギが人懐っこい動物とはいえ、あんなにも簡単に手懐けるとは…………凄いなあ、アイリスは)


もしかしたら、アイリスの魅力がウサギにまで伝わったのかな-ーなんて、俺が(ガラ)にもなくメルヘンチックな事を考えてしまっている間にも、アイリスは満面の笑みを浮かべながら、優しい手つきでウサギの頭を撫でていた。


(…………それにしても、このタイミングでウサギに出会えたのは、幸運な事だったのかもしれないな)


その微笑ましい光景を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

というのも、この30分、俺達は時折立ち止まっては水の流れる音が聞こえないか耳を澄ませたり、水辺を好む鳥や虫の姿を探したりしたのだが-ーお目当ての水は、影も形も見つからず。

現状、行き詰まっている状況だったのだ。


「…………お父さん。お水、見つからないね…………」


いつも明るく、笑顔の絶えないアイリスの表情にも、次第(しだい)に陰りが見え始めてしまっていた。が、それも仕方のない事だと思う。

キャンプ地を出発してから、薪代わりの木の枝を拾い集めるのにかかった時間は15分。

『わらび』・『うど』・『かたくり』も、15分程度で採り終えている。

それなのに、ここにきて30分も全く進展が無い状況が続いていたのだ。モチベーションが下がってしまうのも、仕方の無い事だろう。


「-ーねえ、お父さん。お昼ご飯のサンドイッチと一緒に、水筒に入れてお家から持って来てたお茶が、まだ残っていたよね。なら、もう水を探すのは諦めて、残ったお茶を少しずつ飲もうよ」


挙げ句の果てには、そんな消極的な意見まで飛び出す始末。

で、その直後に起こったのが、冒頭の出来事という訳だ。


(おかげで、アイリスの表情にも笑顔が戻ったし、本当ナイスタイミングだったよ)


あ、ちなみに、上記のアイリスの弱気な意見に対する俺の返答は-ー


「うーん、確かにそうだけど…………。でも、まだ時間に余裕はあるし、諦めずにもう少し探してみようよ。昨日フィリアさんから聞いた情報では、山の南側に川があるって言っていたしさ」


-ーという、アイリスにはだだ甘で、親バカな俺らしくないものだった。


(まあ、アイリスの言う事にも、一理あると思うんだけどね)


アイリスには内緒にしているものの、水や食糧が見付からなかった事を想定して、必要最低限な物は家から持ってきている。

それに今日のキャンプの目的は、毎日休まずに勉強や修行を頑張っているアイリスに、リフレッシュをしてもらう事だ。

夜営の訓練という側面もあるものの、それはあくまでオマケ-ーというより、ただの口実。

なので、アイリスがツラい思いをしているのなら、無理をして水を探す必要なんか無い。


(実際、アイリスの父親としての俺は、そう思っているしな)


では、なぜアイリスの意見を拒否するような事を言ったのか?

それは、俺がアイリスの父親であると同時に、アイリスの冒険者の師匠でもあるからだ。


(『冒険者は、たとえどんな状況に陥っても、絶対に諦めてはいけなたい』、と。あくまで俺の意見になるが、そう考えているからな)


今はただのキャンプだから、諦めてしまっても問題はない。

だけど、もし本当の夜営だったら? その時に水や食糧が手に入らなかったとしても、仕方がないと素直に諦めるのか?

もし冒険者としての仕事中に予期せぬ事態に襲われてしまったら? 仕方がないと、死を受け入れるのか?

極端な話になってしまうが、つまりはそういう事だ。


(なまじ、俺は他の冒険者と比べて身体能力が低いからな。だからこそ俺はその分、諦めずに最後まで考え続ける事が大事だと思っている)


そしてそれは、女の子であるアイリスにも当てはまる事だ。


(たがらこそ俺は今回に限らず、これからも言い続けるんだ。『諦めるな。絶対に、諦めるな』ってさ)


-ーと、


「-ーさん? お父さーん!」


「-ーっと、ごめん。なに、アイリス?」


いけない、いけない。どうやら、ここまでの経緯を思い出す事に、没頭してしまっていたようだ。

アイリスに呼ばれて我に返った俺は、慌ててそちらに視線を向ける。

と、アイリスはいつの間にか、ウサギを抱き抱えた状態で立ち上がっていた。

そして、アイリスはウサギを抱き抱えていた腕を、俺の方へと差し出すと-ー


「ほらほら、お父さん! ウサギさん、かわいいでしょ~!」


と、すっかりいつもの明るさを取り戻したらしく、可憐な笑顔を俺に向けてきた。


(きっと、俺にもウサギを撫でてもらいたいんだろうな)


アイリスの意図を察した俺は、ウサギの頭の撫でながら、応じる。


「そうだね。ウサギさん、かわいいね」


「うふふっ。でしょ~!」


「うん。だけど-ー」


「? だけど?」


キョトンと首を傾げる、アイリス。

俺は優しく微笑むと、ウサギの頭に撫でる手を止め、その手をアイリスの頭へと乗せる。

そして-ー


「ウサギもかわいいけど、アイリスの方がもっともっと、かわいいよ!」


-ーナデナデ


そんなセリフと共に、アイリスの頭を撫でてあげた。


「…………ふぇ?」


突然の出来事に頭が追い付いていないのか、キョトンとした表情のまま間の抜けた声を上げる、アイリス。

だが、やがて-ー


-ーカアァァッ!


「も、もう! いきなりなに言ってるの、お父さん!?」


アイリスは顔を真っ赤に染めたかと思うと、猛然と俺に抗議をしてきた。


(おっ。アイリス、珍しく照れてるな)


今日は何回もアイリスの頭を撫でているし、その時は素直に喜んでくれていたのに…………。


(もしかして、『かわいい』という褒め言葉とセットだからかな?)


まあ、理由はどうであれ-ー

いつものアイリスなら、照れ隠しに俺をポカポカと叩いてくる場面だろうが…………ウサギを両手で抱き抱えている状況では、それも出来まい。

これ幸いと、俺はかわいい愛娘の頭を、たっぷりと撫でてあげるのだった-ー


…………

……………………

…………………………………………


「ウサギさん、またね~!」


それから、程なくして-ー

抱き抱えていたウサギを地面に降ろしてあげたアイリスは、去っていくウサギに手を振って、別れを告げる。

そして、ウサギの姿が完全に見えなくなった所で、俺の方へと向き直る、アイリス。

どうやら、良い気分転換になったようで、アイリスは晴れ晴れとした表情で俺に提案してくる。


「じゃあ、お父さん! 改めて、お水を探そっか!」


「ああ」


そうして、改めて山の散策を再開する、俺達。

だが、歩き出してすぐに、アイリスが「…………あれ?」と、何かを思い出した様子で立ち止まる。


「…………あれ? ねぇ、お父さん? もしかして『探知(サーチ)』の魔法を使えば、お水を見つける事が出来るんじゃないかな?」


おそらくアイリスは、『探知(サーチ)』で草むらに潜んでいた動物の正体を見抜いた事を思い出したのだろう。

そのアイリスの問いかけに、俺はコクリと頷く。


「ああ。出来るよ」


「も、もう! それなら、最初からそうしてよ! 今までの苦労は、いったい何だったの!?」


-ーポカポカ


「ごめん、ごめん。出来れば、アイリスに思い付いてほしくてね。ギリギリまで言わないようにしてたんだ」


まるで、先程叩けなかった鬱憤を晴らそうとしているのか、猛然と俺に詰め寄って来る、アイリス。

そんなアイリスを(なだ)めつつも、俺は改めて、諦めない事の大切さを実感する。


(なにせ、こうしてアイリスが行き詰まっていた現状を打開する手段を思い付いたのは、最後まで諦めなかったこそなのだからな)


そして-ー


「『探知(サーチ)』」


アイリスが落ち着いた所で、俺は無属性魔法『探知(サーチ)』を発動し、ここから50メートルほど先に、綺麗な水が湧き出る源泉を発見。

さらに、その源泉から流れる水を辿る事で、魚が生息する川まで辿り着いたのだった-ー


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