5月-ーシン。キャンプ兼夜営訓練~水・食糧・薪を探そう(中編)~
シン視点
必要な物の調達の為、キャンプ地を出発してから15分程の時間が経過した。
まず最初に集めたのは、たき火を燃やす為の薪代わりの木の枝だ。
アイリスと協力して拾い集めた甲斐もあり、お互いの『収納』の中には、既に結構な数の木の枝が集まっていた。
(……………………そろそろ、薪拾いは終わりにしようかな?)
そんな事を考えていたタイミングで、周囲の景色が一変。木々の少ない、開けた場所に出た。
(おっ! ちょうど良いタイミングだな!)
先程までの木々に囲まれた場所とは違って、ここは陽当たりの良い場所だ。きっと、いろいろな山菜が採れる事だろう。
そう思った俺は、すぐ隣で手を握り合っているアイリスへと話を切り出した。
「アイリス。もう充分な数の木の枝が集まったし、そろそろ薪拾いは終わりにしようか」
「はーい! じゃあ、次は水と食べ物、どっちを探す?」
「ちょうど陽当たりの良い場所に出た事だし、次はこの辺りで山菜を探そうかと思っているんだけど…………その前に、アイリスに聞きたい事があるんだけど」
「? なに、お父さん?」
「アイリスって、山菜は平気かい?」
いつも食べている野菜とは違い、山菜はアクが強くクセのある物が多い。
大人の俺なら、山菜のアクの強さを逆に美味しく感じるものだが…………子供のアイリスは、苦手に感じてしまうかもしれない。
なので、俺は山菜採りを始める前に、アイリスに確認を取る。
と、直前まで可愛らしく小首を傾げていたアイリスの顔に、何とも表現し難い微妙な表情が浮かぶ。
「う、うーん…………。『ルル』の村に住んでいた頃は、よく山菜料理が出ていたから、食べられない訳じゃないけど…………正直に言えば、あまり好きじゃないかな…………」
「あー。やっぱり、そっかー…………」
「-ーで、でも! 絶対に食べられないほど嫌いでもないから! 別に大丈夫だよ、お父さん!」
アイリスの返事を聞いて、俺もまた微妙な表情を浮かべていたのだろうか?
ワタワタと慌てた様子で、アイリスがフォローの言葉をかけてきた。
(つまり、好きじゃないから好んで食べようとは思わないけど、絶対に食べれないほど嫌いでもないから、食卓に出てくれば食べる、と。そんな感じかな?)
それなら、大丈夫だと思うけど…………とはいえ、アイリスには出来るだけ美味しいと思って食べてもらいたいよな…………。
(そうなると、山菜は水にさらしてアク抜き。あとは、家から調味料を一式持って来てるから、それらを上手く使って、山菜特有のクセを美味しさに変えられれば…………)
と、俺がそんな事を考えていると-ー
「-ーあっ! ねえねえ、お父さん! あれって、『わらび』じゃないかな!?」
もう山菜探しへと気持ちを切り替えたのか、どこか興奮した様子で右斜め前方を指差す、アイリス。
その先に視線を向けると…………たしかに、5メートルほど先に『わらび』らしき植物が生えているのが見て取れた。
(『わらび』は、誰でも名前だけは聞いた事があるような、ポピュラーな山菜の1つだからな。アイリスが『わらび』について知っているのも頷ける話だ)
とはいえ、この距離では流石に確証は持てないので、俺は繋いでいるアイリスの手を引いて、確認に向かう。
「細長い茎に、先端の丸まった形状…………うん! 『わらび』で間違いないね!」
「やっぱり! 早速採っていこう、お父さん!」
「ああ」
『わらび』である事を見抜けた事が嬉しいのか、可憐に微笑む、アイリス。
そんなアイリスと共に、この辺り一帯に生えている『わらび』を折り採っていく-ーのは良いんだけど、『わらび』は山菜の中でもトップクラスにアクが強いからなぁ。
水だけじゃなくて、たき火を燃やした時に出る木灰も使ってアク抜きしないと駄目だな。
(あとは、調理方法をどうするかだけど…………味噌、砂糖、クルミを使って、和え物にするかな)
味噌で『わらび』のクセの強さを軽減。砂糖で甘味をプラスし、粗く砕いたクルミを混ぜれば、コリコリとした食感も楽しめる。
そうすれば子供のアイリスでも、苦手意識を持つ事なく、『わらび』を食べる事が出来るだろう。
と、そんな事をボンヤリと考えているうちに、結構な数の『わらび』が集まったな…………。
(俺が採った分とアイリスが採った分、合わせて10本位だろうか? これだけ採れば、充分だな)
俺とアイリス。2人分の夕食と朝食に必要な量さえ採ればいいのだ。山の環境を守る為にも、採りすぎは厳禁だ。
それに、王都に戻れば、山菜を食べる機会はもう滅多に無いだろうからな。『わらび』だけで無く、アイリスにはいろいろな山菜を味わって欲しいと思う。
と、いう訳で-ー
「アイリス。『わらび』は結構な数が集まったし、他の山菜を採りに行こうか」
「はーい!」
『わらび』採りは、これにて終了。
俺とアイリスは、『わらび』を採る間に離していた手を再び繋いで、移動を開始する。
そうして、木々の少ない開けた場所を歩くこと、数分。またアイリスが何かを見つけたようで、空いている左手で前方を指差しながら、声を上げる。
「-ーあっ! ねえ、お父さん! あれって、『うど』じゃないかな!?」
「うーん、どれどれ…………。……………………うん! 『うど』で間違いないないね!」
近付いて確認した所、『うど』独特の瑞々しくも強い緑の香りが鼻についた。
アイリスが言うように『うど』で間違いないようだ。
それにしても-ー
「『うど』まで知っているとは。凄いなぁ、アイリスは」
誰でも知っているような『わらび』とは違い、『うど』はそれほどメジャーな山菜じゃない。
いくら昔は山菜をよく食べていたとはいえ、『うど』まで見分けられるとは…………。
娘の博識ぶりに感心した俺は、アイリスの頭を撫でて褒めてあげる。
-ーナデナデ
「えへへ~!」
こうして、アイリスの頭を撫でて褒めてあげるのは、今日これで何回目だろうか?
分からくなる程に頭を撫でているというのに、アイリスは毎回、変わらずに喜んでくれてる。
そんなアイリスを愛おしく思う気持ちはあるものの…………とはいえ、いつまでもこうしている訳にもいかない。
ほどほどの所で頭を撫でる手を止めた俺は、続いて『収納』から小さなナイフを2本取り出して、そのうちの1本をアイリスへと手渡す。
「お父さん、これは?」
「アイリス。『うど』って、土の中の茎の白い部分が、柔らかくて美味しいんだ。だから、少しだけ手で掘って切り取っていこう」
「そうなんだ! さすが、お父さん! 博識だな~!」
今度はアイリスから博識ぶりを感心されつつも、俺達は協力して『うど』を掘っては切り取っていく。
その最中、俺はボンヤリと考える。
(『うど』は『わらび』程じゃ無いけど、アクがあるからな。水でさらして、アク抜きしないと)
あとは、調理方法をどうするかだけど…………『うど』は山菜の中でもトップクラスに香りが強いからな。
出来れば、その香りの強さを活かした料理を作りたいものだ…………。
(と、なると…………白味噌と白ゴマで和え物にしようかな。そうすれば、白味噌と白ゴマの優しい風味が、『うど』の香りの強さを引き立ててくれるし…………白と緑で統一されるから、色合いもキレイだ)
と、そんな事を考えている間に、『うど』も10本ほどの数が集まった。これだけ採れば充分なので、『うど』採りはこれで終了。
再び手を繋いだ俺達は、次なる山菜を求めて歩き始める。
(それにしても、『わらび』にしろ『うど』にしろ、アイリスが見つけてるからなぁ。父親の威厳に懸けて、次は俺が見つけたいものだ)
そういう訳で、ここからは今まで以上に目を凝らしながら、周囲を注意深く見回していく。
そうして歩くこと、数分。ここまで、山菜や野草の緑ばかりだった景色が一変。ピンク色の小さな花が、視界いっぱいに広がった。
この辺り一帯の地面を覆い隠す程に咲き乱れる、ピンク色の花々。その光景に、アイリスが感嘆の声を漏らす。
「うわぁー…………! キレイなお花…………! ねえ、お父さん! このお花って、なんて名前なの?」
「これ? これは『かたくり』の花だね」
「? 『かたくり』って、片栗粉の『かたくり』?」
「そう。この花の根っ子をすり潰したものが、片栗粉だね。…………と言っても、『かたくり』は育つのに時間がかかる植物でね。市販されている物は基本的に、ジャガイモを代用して使ってるんだ」
「へー、そうなんだ。勉強になるな~」
俺の長い蘊蓄話にも、アイリスは嫌な顔1つせず。むしろ興味深そうに、俺の話に耳を傾けている。
相変わらず、好奇心の旺盛な娘だ。俺は感心しつつも、せっかくなのでアイリスに提案してみる事にした。
「ねぇ、アイリス。『かたくり』って、根っ子だけじゃなくて、花や葉っぱも食べられるんだ。せっかくだから、採っていかない?」
「えっ!? このお花、食べられるの!?」
「ああ。『かたくり』も山菜の1種だからね。山菜にしてはアクがほとんど無くて、ほのかに甘いから食べやすいよ」
「そうなんだ! 『ルル』の村に住んでいた時は、よく山菜を食べていたけど、『かたくり』は食べた事ないなぁ…………。お父さん! わたし、食べてみたい!」
「分かった。それじゃあ、アイリス。はい、これ」
今まで食べた事が無い物にも関わらず、ためらう様子を一切見せずに、俺の提案を受け入れる、アイリス。
やはり、この娘はとても好奇心が強い。俺は内心で舌を巻きつつも、『収納』から山菜採り用のハサミを2つ取り出して、そのうちの1つをアイリスに手渡す。
その際に、俺は『かたくり』を採る上での注意点を伝える。
「アイリス。『かたくり』を切り取る時は、根元にある2枚の葉っぱのうち、1枚は残すように切り取ってくれる? そうすれば、来年もまた花を咲かせてくれるからさ」
「はーい!」
俺からハサミを受け取りつつ、しっかりと頷く、アイリス。
そして、アイリスはその場にしゃがみ込むと、今までよりも丁寧な手つきで『かたくり』を切り取り始めた。
(…………ホント、優しくて良い娘だよな、アイリスは…………)
今更ながらそんな事を考え、ジーンと感動してしまう、俺。
とはいえ、いつまでもアイリス1人に作業をさせる訳にはいかない。
俺は慌ててしゃがみ込むと、アイリスと一緒に『かたくり』を切り取っていく。
その最中、俺は再びボンヤリと考える。
(アイリスにも言ったけど、『かたくり』にはアクがほとんど無いからな。アク抜きは、軽く水にさらすだけで充分だな)
あとは、調理方法をどうするかだけど…………出来れば、『かたくり』の自然で優しい甘さを活かした料理にしたいな。
(と、なると…………余計な味付けはせずに、シンプルにおひたしにしようかな)
と、そんな事を考えている間に、『かたくり』も10本程の数が集まった。
(これで、『わらび』『うど』『かたくり』が10本ずつ、計30本を集まった訳だが…………食糧探しは一旦終わりにして、そろそろ最後の水を探し始めようかな?)
あとは、たんぱく源として魚が欲しい所だけど…………その為にも、まずは水を-ー川を探さないといけないしな、と。
俺がそんな事を考えていると-ー
「ねぇ、お父さん。山菜はもう一杯集まったから、そろそろ最後の水を探しに行かない?」
「ああ、そうだね。そうしようか」
どうやら、アイリスも俺と同じ事を考えていたようだ。
なので、俺はアイリスの提案に同意をして、これにて山菜採りは終了。
俺とアイリスは再び手を繋ぎ合うと、最後の水を探す為、山の探索を再開するのだった-ー




