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5月-ーアイリス。キャンプ兼夜営訓練~テントを張る場所を探そう(後編)~

アイリス視点

どうして、山で夜営する場合は、なるべく上に登ってテントを張った方が良いのか?

見事に正解を引き当て、お父さんから頭を撫でて褒めてもらえた、あの後-ー

お父さんの言葉通り、テントを張るのに適した場所を探す為、わたし達は山を登って行く事にした。

元々、この山の標高は低く、なおかつキャンプ初心者のわたしの為に、お父さんが難易度の低い山を選んでくれた事もあり、特に苦労せずに-ーううん。

むしろ、周りの景色を眺めたり、お父さんとの会話を楽しみながら、登る余裕さえあった。

そうして、のんびりと山を登ること、約30分-ー

ちょうど話が一段落(ひとだんらく)したタイミングで、お父さんは「さてと」と仕切り直すと、真剣な表情で話し始めた。


「さてと。大分(だいぶ)上に登って来たみたいだし、テントを張るのに適した場所の説明に戻るね」


「うん! よろしくお願いします、お父さん!」


どうやら、楽しい父娘の時間は終わり、ここからは師弟の時間みたいだ。

わたしはちょっとだけ名残惜しく思いつつも、お父さんと同じように表情を真剣な物に変えて頷く。

すると、お父さんは指を2本立ててから、説明を始めた。


「それじゃあ、2つ目だ。テントを張るのは、開けた場所よりも、ある程度は木々に囲まれた場所が良い。その理由は…………以前、『エルフの森』で説明してるけど、覚えてるかな、アイリス?」


「え、えーと…………周りの木々が防風林の役目を果たして、風の威力を弱めてくれるから、かな?」


「おっ、正解だ。それにしても、『防風林』なんて難しい言葉まで覚えてるとは…………凄いなぁ、アイリスは」


-ーナデナデ


どうやら、無事に正解を引き当てられたようだ。

お父さんは再度わたしの頭を撫でて、褒めてくれた。


「えへへ~!」


この短い時間に、お父さんから2回も頭を撫でてもらえて-ー

すっかりご機嫌になったわたしは、ちょうど近くにあった大きな木を指差しながら、お父さんへと提案してみる。


「ねっ、お父さん! 丁度あそこに、他より高くて大きな木があるよ! あの木の近くにテントを張ろうよ!」


あの木の周りなら他の場所よりも風が弱いだろうし…………ちょうど、地面も平らになっている。そういう意味でも、テントを張るには最適な場所だろう。

そう思ったわたしは、お父さんへと提案してみたんだけど…………お父さんは少しだけ考えた後、ふるふると首を振った。


「ん? あー…………いや、あの木の近くはダメだね」


「え? どうして?」


「アイリスは、『避雷針』って分かるかな? 雷には、より高い物に落ちる性質があってね。それを利用して、建物の屋上に鉄の棒を設置して、雷避けにしてるんだだけど…………逆に言えば、この木みたいに、周りよりも一際(ひときわ)高い木の近くは、落雷の危険性が高くなるんだ」


「なるほど! そうなんだね!」


どうして、高い木の近くにテントを張るのはダメなのか? その理由を丁寧に教えてくれる、お父さん。

お父さんの説明はとても分かりやすく、わたしはすぐに理解する事が出来た。

わたしとしても、新しい事が知れて、とても嬉しく思う。なので、お父さんに笑顔で応じるわたしだったけど…………内心では、ちょっとだけションボリもしていた。


(正直に打ち明けると…………実はわたしは、また正解を引き当てる事で、お父さんから頭を撫でてもらおうと考えていたんだよねぇ…………)


だけど、間違えてしまったから、お父さんに褒めてもらえない。

その事を残念に思う気持ちはあるものの…………とはいえ、ほんのちょこっとだけだ。


(やっぱり、新しい知識が増えた事による嬉しい気持ちの方が、遥かに大きいかな。…………ああ、それと、物知りなお父さんを尊敬する気持ちも、だね!)


という訳で、いつまでもクヨクヨしていないで、気持ちをスッパリ切り替える事にする。

と、丁度そのタイミングで、お父さんが3本の指を立てる。

どうやら、テントを張るのに適した場所の説明に戻るようだ。わたしも集中し直して、お父さんの話を聞く態勢に入る。


「それじゃあ、3つ目だ。他の場所で夜営する場合もそうだけど、山で夜営する場合、特に注意しなくちゃいけないのが、魔物や獣の存在だ」


「そっか。休憩中や寝ている時に襲われたら、一溜(ひとたま)りもないもんね」


「そういう事。という訳で、魔物や獣の棲息域を避ける方法を教えるよ」


「うん! よろしくお願いします、お父さん!」


わたしがしっかりと頷くと、お父さんは辺りを見回しながら説明を続けた。


「とりあえず、1番分かりやすいのは、『獣道』の周りを避ける事かな」


「『獣道』って…………たしか、獣が通った場所に出来る、跡の事だよね?」


昔、『ルル』の村に住んでいた時の記憶を思い出しながら、お父さんに確認する、わたし。

どうやら正しかったようで、お父さんはコクリと頷いた。


「ああ、そうだよ。魔物や獣が通る事で、草木が折れ曲がっていたり、土が踏み固められている場所。それが『獣道』だ」


「…………でも、『獣道』を避ける事が、魔物や獣を避ける事に繋がるの?」


「ああ、繋がるよ。というのも、魔物にしろ獣にしろ、寝床や狩場、水を飲む場所は決まっていてね。必然的に、それらを行き来するルート-ー『獣道』も、決まっているんだ」


「えっ! そうなんだ!」


てっきり、当てもなくウロウロしているものだと思っていたに…………。

どうやら、魔物にしろ獣にしろ、わたしの想像以上に頭が良い生き物みたいだ。

その事実に、驚くわたしだったけど…………お父さんの次の話を聞いて、わたしは更に驚く事になる。


「まあ、この山なら魔物に出くわす可能性はほぼ0だろうけど…………でも、獣には出くわす可能性があるから、注意しないとね」


「えっ!? この山、獣が出るの!?」


そういえば、お父さんは『冒険者や騎士団が定期的に魔物の討伐を行っている』とは言っていたけれど、獣に関しては言及していなかった。

今までは安全だと思っていたから、のんびりと山登りを楽しんでいたけれど…………急に、緊張感が(みなぎ)ってきた。

そんなわたしの変化に、お父さんは気付いた様子もなく。「ああ、ちょうど良かった」と言いながら、1本の木を指差した。


「アイリス。あの木、長さ10センチ位のキズが3本~5本まとまって、間隔を空けて上まで続いているだろう?」


「……………………え? う、うん…………」


「あれは、上の木の実を取る為に、熊が木を登った爪跡なんだよ。つまり、この辺りは熊のエサ場という訳だね」


「-ーっ! く、熊!?」


お父さんの口から『熊』という言葉を聞いた瞬間、わたしの背筋にゾッと冷たいものが走る。

というのも、以前わたしが暮らしていた『ルル』の村では、魔物はめったに見かけなったけど、その分、獣が頻繁に出没していた。

その中でも熊は特に危険な獣で、1年に数人は熊による犠牲者が出てしまっていた。


(日常的に強い魔物と闘ってるお父さんにとっては、熊なんて怖くないのかもしれないけど…………わたしにとっては、魔物より獣の方が身近な存在で、怖い…………)


恐怖のあまり、お父さんの体にしがみ付いてしまう、わたし。

だけど、それでも恐怖は治まらず、わたしの体は小さく震えてしまう。

そんなわたしの様子を見て、熊を怖がっていると察したのだろう。わたしを安心させる為か、お父さんは殊更(ことさら)優しい声音で話し始めた。


「大丈夫だよ、アイリス。熊が人を襲う理由の大半は、突然人間と遭遇してビックリしたからなんだ。だから、こうしてお喋りしていれば、熊の方から勝手に人間を避けてくれるんだ。それに-ー」


「そ、それに…………?」


「それに-ーもし熊に襲われたとしても、アイリスはちゃんと俺が守るからさ」


「…………あ…………」


お父さんのその言葉を聞いた瞬間、わたしの胸がトクンと高鳴るのを感じた。


(以前、グリフォンと闘う前にも、似たようなことを言われたけど…………お父さんのこのセリフ、まるでお姫様扱いされたみたいで、好き…………)


気付けば、先程まで熊に出くわすかもしれない恐怖で凍えていたのがウソのように、頬が-ーううん。

体全体が、ほのかな温かさに包まれる。


「-ーっ!」


だけど、赤くなった顔をお父さんに見られるのは、何だか気恥ずかしくて-ー

お父さんの体にしがみ付いたまま、顔を俯かせてしまう、わたし。

そんなわたしを見て、まだ熊を怖がっていると勘違いしたのだろう-ー


-ーナデ、ナデ


わたしを安心させようとしてくれているからか、お父さんはいつもより優しい手つきで、わたしの頭を撫でてくれた。


(い、意図していた理由とは違うけれど、お父さんからまた、頭を撫でて貰っちゃった…………え、えへへ…………)


『アイリスはちゃんと俺が守るよ』なんて、あんなにも嬉しいセリフを言ってもらった上に、こんなにも優しく頭を撫でて貰って-ー

あまりにも幸せすぎて、わたしの口元はだらしなく(ゆる)んでしまった。


(こ、こんな顔、余計にお父さんに見せられない…………! し、仕方ない。もう少しだけ、このままでいさせてもらおう)


-ーなんて。こんなのは、ただの口実。


(本当は-ーただ単に、もっとお父さんに引っ付いていたいだけ。もっと、お父さんに頭を撫でて貰いたいだけ)


と、いう訳で-ー

ちょっとだけズルいなーとは思いつつも、わたしはもう少しだけ熊に怯えたフリをして、この幸せな時間を満喫するのだった-ー


…………

……………………

…………………………………………


それから-ー

10分程かけて、たっぷりお父さんに甘えた後、わたし達はテントを張る場所を探す作業を再開。

30分ほど山の中を歩き回った末、ようやく全ての条件をクリアした場所を見つける事が出来た。

お父さんのOKも出たので、この場所にテントを張る事にする。


「それじゃあ、アイリス。テントを張る前に、まずは小石を退()けていこうか」


「あっ、そうか。テントを張るとはいえ、地面に横になるんだから、退けないと気になっちゃうよね」


という訳で、テントを張る前に、お父さんと協力して地面の小石を取り除いていく。

とはいえ-ー


「さすがに、全部の小石を取り除いていたらキリが無いよね」


「そうだね。ある程度の大きさの小石だけ取り除こうか」


「うん!」


そうして、めぼしい大きさの石をあらかた取り除いた所で、お父さんが『収納(アイテムボックス)』からテントを取り出した。

どうやら、テントの張り方を教えてくれるようだ。


「それじゃあ、アイリス。そろそろ、テントを張ろうか。まずは、テントをしっかり広げて、地面に置くよ」


「はーい」


これに関しては、簡単に出来たけど…………難しいのは、ここからだった。

次は、地面に敷いたテントのポケットにポールを何本も通して、テントを組み立てていく作業だったのだけど-ーこれが、本当に難しい。


(えーと…………このポールは、このポケットに通して、この金具でポールをテントに固定して…………って、あれ? どうやって固定するんだろ?)


とはいえ、こんな風に苦戦していたのは最初だけ。

お父さんは、とても分かりやすく説明してくれたし…………口で説明するのが難しい所は、実際にわたしの手を取って、手取り足取り教えてくれた。

まあ、さすがに手を取って教えてもらったのは、恥ずかしかったけど…………おかげで、わたしはあっという間にコツを掴む事が出来た。

そして-ー


「-ーよし! これで完成!」


「やったぁ!」


ちょっとだけ時間がかかってしまったけど、お父さんと協力して、無事にテントを組み立て終えたのだった-ー


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