5月-ーアイリス。キャンプ兼夜営訓練~テントを張る場所を探そう(前編)~
アイリス視点
ゴールデンウィーク初日である、5月3日。
雲1つ無い快晴に恵まれたこの日、わたしとお父さんは、王都から徒歩で1時間ほどの場所にある、小山へとやって来た。
「さあ、着いたよ、アイリス。昨日も言ったけど、今日と明日の2日間、この山でキャンプするよ」
「うん!」
お父さんの言葉に頷きつつ、わたしは昨日聞いた情報を思い出す。
今日のキャンプの舞台となるこの山の標高は、約200メートル。
王都近郊にある山の中で1番標高が低くく、なおかつ、目と鼻の先に王都へと繋がる街道がある為、定期的に冒険者や騎士団が魔物の討伐を行っているらしい。
少し遠いけれど、王都から徒歩で来れる事。そして、魔物に出くわす可能性が低い事。以上を鑑みて、お父さんは今日のキャンプの舞台を、この山に決めたらしい。
(…………まったく。相変わらず優しいんだから、お父さんは…………)
聞かなくても分かる。お父さんは、何よりもわたしの事を第一に考えて、最も安全で難易度が低いこの山を、キャンプの舞台に決めたんだろう。
相変わらずのお父さんの優しさに、心の中で呆れた風に呟くわたしだったけど-ーそんな内心とは裏腹に、わたしの口元には笑みが浮かんでしまっていた。
(…………まあ、あれだよ。何だかんだ言っても、お父さんから優しく女の子扱いしてもらえるのは、やっぱり嬉しいんだよ)
と、丁度そんな事を考えていたタイミングで、前を行くお父さんが、わたしの方を振り返る。
「それじゃあ、アイリス。今から、山に入って行くよ-ーって、どうして笑ってるの、アイリス?」
口元に笑みを浮かべるわたしに気付いて、不思議そうに首を傾げる、お父さん。
だからといって、『お父さんから優しくされて、嬉しく笑ってたんだ』なんて、恥ずかしくてはしたない事、言える訳がない。
なので、わたしは咄嗟に誤魔化す事にした。
「う、ううん! 何でもないよ、お父さん!」
「? そう? それじゃあ行こっか、アイリス」
「う、うん!」
お父さんは不思議そうにしていたけれど、幸い追及される事は無かった。
わたしは内心でホッと安堵の息を吐きつつ、お父さんに続いて山の中に足を踏み入れていく。
ここまでの整備された街道とは違い、デコボコとした道無き道を歩く、わたし達。すると早速、お父さんが切り出してきた。
「それじゃあ、アイリス。今日はキャンプであると同時に、夜営の訓練でもあるからさ。とりあえず、山で夜営する事を想定して、いろいろ教えていくよ」
「うん! よろしくお願いします、お父さん!」
「ああ。じゃあ、まずはテントを張る場所を探そうか」
「えっ、もう!?」
お父さんからいろいろ教えてもらうと、意気込んで頷いたわたしだったけど…………次のお父さんの提案を聞いた瞬間、思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
だけど、それも仕方がないと思う。だって-ー
「まだ午前中だよ、お父さん? テントって、日が暮れてから張るんじゃないの?」
そうなのだ。
わたし達が家を出たのは、朝の9時頃。今の正確な時間は分からないけれど、せいぜい10時半位のはずだ。
(いくら何でも、テントを張るには速すぎるんじゃないかな?)
そう思うわたしだったけど…………お父さんは、ふるふると首を振る。
「ううん。暗くなってしまったら、テントを張るための作業が出来なくなってしまうからさ。だから、なるべく明るいうちに、テントを張ってしまった方が良いんだ」
「なるほど! ……………………って、あれ? それでも、やっぱり午前中に張るのは、速い気が…………?」
お父さん自身がさっき言っていたけれど、これはキャンプであると同時に、夜営の訓練でもあるはずだ。
(いくら明るいうちが良いとはいえ、午前中にテントを張っていたら、移動する時間が無いよね…………?)
と、わたしが疑問に感じていると-ー
「…………あ、あはは…………」
空笑いを浮かべたお父さんが、わたしからサッと視線を逸らした。
(……………………怪しい)
お父さんの事だ。きっと、わたしに話していない理由があるんだろう。
まあ、だからといって、わたしはお父さんを無理に問い質すつもりはない。
ただ、その代わり-ー
「…………………………………………」
ジーッ、と。わたしはただただ無言で、お父さんを見つめ続ける。
「…………………………………………」
-ージーッ
「……………………わ、分かった、分かった。話すよ、アイリス」
そうして、何か言いたげな視線で見つめ続けること、約30秒。
無言の圧力に耐えられなくなったのか、お父さんはわたしから目を逸らしたまま、ボソボソと小さな声で話し始めた。
「…………ま、まあ、あれだよ。これは夜営の訓練である以前に、キャンプなんだからさ。アイリス、キャンプをするのは初めてって言っていたし、体を休める事が出来るテントは速めに張っていた方が、いろいろ便利かと思ってね…………」
恥ずかしそうに頬を赤く染めて、こんなに早い時間からテントを張る理由を教えてくれる、お父さん。
まあ、何となく予想はしていたけど…………やっぱり、お父さんなりにわたしを気遣ってくれたがゆえの理由だったらしい。
(…………もう。それならそうと、正直に言ってくれれば良いのに。お父さんから気遣ってもらえてると知れて、悪い気はしないんだからさ)
むしろ、お父さんから優しくしてもらえると…………何て言うのかな? 心がポカポカと、温かくなるんだ。
それは、とても心地よいもので…………だからこそ、お父さんには恥ずかしがらずに、素直に言っていって欲しいと思う。
(…………まあ、こうして照れてるお父さんを見るのは、それはそれで良いんだけどね)
普段の、落ち着いていて頼りがいのあるお父さんも、それはそれで好きだけど…………こうして、ちょっと弱った一面も、とても可愛らしいと思うんだ。
そしてそれは、わたしやフィリアさんといった、極々1部の人しか知らない1面で…………そう思うと、何故だか分からないけど、わたしはとても誇らしい気持ちになる。
(…………まあ、それはそれとして、ちゃんとお父さんにお礼を伝えなとね…………)
と、そう思うんだけど-ー
「…………え、えっと…………。あ、ありがとう、お父さん」
「…………ど、どういたしまして…………」
…………うぅ。どうしてかな? 恥ずかしくて、上手く言葉が出て来ない。
(…………以前のわたしなら、素直にお礼を伝えて、「シンさん可愛いですね!」なんて言って、からかっていたと思うんだけどな…………)
それなのに、今のわたしは、お父さんをからかう余裕はなく、それどころか満足にお礼1つ伝える事が出来ない。
(こうなったのは、たしか…………もう一度、お父さんと一緒に暮らし始めた頃だったっけ? うーん…………何でなんだろ?)
と、わたしが首を捻っていると-ー
「そ、そんな事より、アイリス! とりあえず、テントを張る環境として、どういう所が最適か。まずは、それから教えていくね!」
「う、うん! よろしくお願いします、お父さん!」
どこか慌てた様子のお父さんが、あからさまに話題転換をしてきた。
とはいえ、わたしも気まずい思いをしていたので、お父さんの提案はまさに渡りに船だった。
わたしが勢いよく頷くと…………お父さんは「コホン」と咳払いを1つ。
それで気持ちを切り替えたのか、お父さんは平静を取り戻すと、テントを張るに最適な環境についての説明を始めた。
「それじゃあ、まずは1つ目。山で夜営をする場合は、なるべく上に登ってテントを張った方が良い。もし下でテントを張って、雨が降ってしまったら-ー」
「そっか! 雨水が斜面を伝って、下に溜まってしまうんだね!」
「そういう事。相変わらず賢いなー、アイリスは」
-ーナデナデ
「えへへ~!」
どうやら、無事に正解を引き当てられたようだ。
お父さんから褒めてもらえて、頭を撫でてもらえた。ただそれだけの事で、胸にポワポワと幸せな気持ちが溢れてきて、わたしはついつい顔を綻ばせてしまうのだった-ー




