5月-ーシン。ゴールデンウィークは何して過ごす(後編)
シン視点
現在の時刻は、夜の7時半。
夜ご飯を食べ終わり、その後の後片付けもアイリスと協力して済ませた。
後はお風呂に入って、それぞれの部屋で寝るだけなのだが…………いつもの入浴の時間は、8時を過ぎてからだ。
それまでは、俺もアイリスも自室には戻らず、リビングのソファーに座って、まったりお喋りしながら過ごしている。
そのタイミングを見計らい、俺はアイリスにキャンプの話を切り出した。
「ねえ、アイリス。ちょっと話があるんだけど」
「? なに、お父さん?」
「ついさっき思い出したんだけど、明後日の5月3日から、ゴールデンウィークだろう。アイリスは、何か予定ある?」
学校で新しい友達も出来たって言っていたし、もしかしたら、その子達と遊ぶ予定が入っているのかもしれない。
そんな淡い期待を抱いた俺は、いきなりキャンプの話題には入らず、アイリスの予定を探ってみるが-ー
「ううん。特に無いよ、お父さん。学校も休みだし、お父さんも仕事を休むのなら、修行をつけてもらいたいなー」
案の定と言うべきか、首を横に振る、アイリス。
(…………ホント、真面目な娘だなー、アイリスは…………)
俺は心の中で嘆息しつつ、さも今思い付いた風を装って、まずは口実の方から話し始めた。
「そうだね、俺も1日2日なら休みを取れると思うし…………そうだ! せっかくの連休なんだから、いつもと趣向を変えて、近くの山で夜営の訓練をしない?」
「? 夜営の訓練?」
「うん。冒険者-ー特に、お金が無い駆け出しの冒険者は、宿には泊まらず外で夜営する事になるからさ。1泊2日で山に泊まって、テントの張り方や、水や食糧の調達方法を、実際に体験しながら教えるよ」
「なるほど! さすがお父さん! 連休だからこそ出来る訓練方法だね!」
俺の説明を聞いて、感心したように頷く、アイリス。
そして、アイリスはキラキラと尊敬するような眼差しを向けてきたのだが…………うぅ。誤魔化してる罪悪感で、胸が痛い。
(いきなり本当の話をしても断られると思って、まずは口実から話してたんだけど、やっぱり失敗だったな)
後ろめたさを覚えた俺は、すぐさまアイリスに頭を下げる。
「ごめん、アイリス…………」
「えっ!? どうして急に謝るの、お父さん!?」
当然のように、困惑した様子を見せる、アイリス。
そんなアイリス、俺は本当の事を打ち明けていく。
「実は、今の夜営訓練の話は嘘-ーっていう程じゃないんだけど、本当の事を誤魔化して話したんだ」
「…………え…………?」
「アイリス、ここ最近、1日も休みの日を作らずに、勉強や修行を頑張っていたからさ。何とか休みの日を作ってやれないかなーって考えていたタイミングで、ゴールデンウィークの事を思い出してね。せっかくの連休なんだから、気分転換も兼ねてキャンプに行こうかと思ったんだけど、そのまま話してもアイリスに断られると思ってさ。だから、『キャンプ』を『夜営訓練』って言い換えたんだ」
少し長くなってしまったけれど、これまでの経緯を全て説明し終えた俺は、改めて「ごめん、アイリス」と頭を下げた。
そのまま、30秒程の時間が経っただろうか? ようやく、アイリスが口を開いた。
「……………………頭を上げてよ、お父さん」
「あ、ああ」
アイリスに言われた通り、おそるおそる顔を上げる、俺。
そんな俺を出迎えたのは-ー
「も、もう! 仕方ないなー、お父さんは!」
照れくさそうに頬を染めて、嬉しさが堪えきれない様子で、ニヤニヤと口元を綻ばせた、アイリスだった。
(え、えーと…………? どうして、アイリスはそんなに嬉しそうなんだろう?)
怒られる事を覚悟していたというのに、アイリスの反応は、その真逆と言っていいものだった。
疑問に思った俺は、アイリスに尋ねてみる。
「アイリス? どうして、そんなに嬉しそうなの?」
「だって…………お父さん、わたしの事を心配してくれたから、そんな提案をしてくれたんでしょう? そんなの、嬉しいに決まってるじゃない!」
照れくさそうに頬を染めながらも、嬉しさが堪えきれないといった様子ではにかむ、アイリス。
そんなアイリスの反応に、俺もまた顔を赤くしてしまう。
(うーん、しまったなぁ…………。またしても、墓穴を掘ってしまったぞ…………)
こうして、アイリスへの気遣いを知られて、恥ずかしい思いをするのは、一体何回目だろう?
(本当の事を打ち明けるにしても、そこまでバカ正直に話す必要はなかったのに…………本当、学習しないなぁ、俺も…………)
とはいえ、いつまでも恥ずかしがっていても仕方ない。
快く許してくれたアイリスに、ちゃんとお礼を伝えないとな。
「え、えっと…………。ありがとうね、アイリス…………」
「う、ううん…………。わたしこそ、ありがとう、お父さん…………」
うぅ…………。意気込んでみたはいいものの、恥ずかしくて上手く話せないなぁ…………。
アイリスもまた、俺と同じ気持ちなのだろう。嬉しそうにハニカミつつも、頬を染めて俯いてしまっている。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
2人の間に、気まずく-ーそれでいて、何処かくすぐったい沈黙が流れる。
それは、決して不快なものでは無いけれど…………とはいえ、いつまでもこのままでは、いられない。
(こういう時は、父親である俺が、何とか空気を変えないとな!)
そう決意した俺は、話題転換ついでに、キャンプの話に戻す事にした。
「と、ところで、アイリス!?」
「-ーえっ!? な、なーに、お父さん!?」
「話を戻すけど、キャンプの件はどうする? 行く?」
「…………あっ。そ、そっか…………。うーん…………どうしようかなぁ…………」
最初は、俺もアイリスも恥ずかしさを引きずって、ぎこちなかったけれど…………キャンプの事を話しているうちに、落ち着いてきた。
それは、まあ、良かったのだけど…………俺の質問を受けたアイリスは、腕を組んで悩む素振りを見せている。
そんな、どこかオッサン臭い仕草でさえ、アイリスがするとかわいいのだが…………俺はそんなアイリスを、いつものように親バカ全開で見る事が出来なかった。
(もしアイリスから断られてしまったら、この話はオジャンか…………。だからといって、強制はしたくはないし…………ううむ。難しい所だな)
そんな複雑な心境を抱きながら、待つこと、しばし。
結論が出たのだろう。アイリスの表情がパアァッと華やぐ。
「決めたッ! キャンプに行くよ、お父さん!」
「えっ!? 本当かい、アイリス!?」
「うん! お父さんが心配してくれているって知れて、嬉しかったから…………だから、キャンプの間は、ちゃんと休んで楽しむ事にするね!」
「そ、そっか…………。ふぅー、良かったぁ…………」
アイリスがキャンプに行くのを了承してくれた事で、俺の口から思わず、安堵の溜め息が漏れてしまう。
そんな俺の様子を見て、アイリスは「大袈裟だなー、お父さんは」なんて笑っていたが…………いやいや、決して大袈裟では無いからね!?
(まったく…………。俺がどれだけ心配しているか、分かって無いんだろうな、アイリスは…………)
こういうのを、『親の心子知らず』って言うんだろうな、と。
そこまで考えた所で、はたと気付いた。
(……………………あれ? アイリス今、『キャンプの間は、ちゃんと休む』って言ったような…………)
それはつまり…………キャンプが終った後は、これまで通りに休みの日を作らず、勉強や修行を毎日頑張るって事、だよな…………?
(-ーって! それじゃあ、意味が無いじゃないか!)
焦った俺は、すぐにアイリスへと苦言を呈そうとしたのだが…………寸前の所で、開きかけた口を閉じた。
(いや…………あんまりしつこいと、アイリスを頑なにさせちゃうか…………?)
最悪、キャンプに行く事を撤回されかねないし、そうなっては本末転倒だ。
(……………………はぁ。まあ、仕方ないか。たとえキャンプの間だけでも、アイリスは休むって言ってくれたんだ。今度は、俺が譲歩する番だろう)
その後の事は、また改めて考える事にしよう、と。
不承不承ながらも、自分を納得させる、俺。
そんな俺の様子に、アイリスは気付いた様子も無く、無邪気な笑顔のまま尋ねてきた。
「それで、お父さん。いつ、キャンプに行くの?」
「あ、ああ、そうだね…………。とりあえず、俺が休んでいる間の売れ残り依頼の消化を、他の冒険者に頼まないといけないからさ。明日ギルドに行った時に、予定の擦り合わせをしてみるよ」
「そっか。それじゃあ、続きはまた明日かな?」
「ああ」
と、話に一段落がついた所で、俺は時計を確認する。
8時10分か…………。
(そろそろお風呂に入り始める時間だし、ちょうどキリが良いタイミングだな)
そう思った俺は、アイリスへと切り出す。
「それじゃあ、アイリス。ちょうどいい時間だし、この話は一旦お仕舞いにしよう。お風呂の準備をするから、先に入っておいで」
「うん! いつもありがとう、お父さん!」
そうして、いつものようにアイリスから順番にお風呂に入り、この日は終ったのだった-ー
…………
……………………
…………………………………………
そして、明くる5月2日。
いつもより1時間速くギルドに向かった俺は、エドさんやヴィヴィさんを始めとした、実力のある冒険者に事情を説明し、ゴールデンウィークの予定を尋ねて回った。
結果-ー5月の3日と4日、2日間の休みを獲得する事が出来たのだった。
(-ーって! 明日じゃないか!)
あまりにも急な話だが…………幸いな事に、今日は売れ残り依頼がなかった。
アイリスの冒険者の修行を速めに切り上げた俺達は、大急ぎで商店街へと向かい、明日のキャンプに必要な物品を買って回るのだった-ー