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アイリス。「ごめんなさい」と「ありがとう」

アイリス視点

アイリスは夢を見ていた。

場所は、『ルル』の村の自宅の寝室。

ベッドで気持ち良さそうに眠っているアイリスに、同じベッドで横になっていた母親が声をかける。


「アイリス。朝よ。起きなさい」


母親は、隣で眠るアイリスを起こそうと、肩を揺する。十秒程続けたところで、アイリスはうっすらと目を開く。だが、まだ寝ぼけているようで、アイリスは母親に抱きつき、甘えた声を上げる。


「…………うーん、お母さーん。もう少し寝かせてー」


そう言いながら、母親に頬をすり寄せるアイリス。

そんな娘の様子を見て、母親は呆れたような声を上げる。


「まったく、いつまでたっても甘えん坊なんだから。もうお母さんは居ないのに、そんなので大丈夫なの?」


「お母さん? なに言ってるの?」


「まあ、シンさん…………って言ったかしら? あの人が一緒に居てくれるようだし、大丈夫かしらね」


それだけ言うと、母親はベッドから出て、部屋の外へ向かっていく。


「お母さん! どこに行くの!?」


普通に考えれば、朝食の用意だったり、トイレだったりだろう。だが、アイリスは妙な胸騒ぎを覚えた。お母さんにもう会えない気がする。なぜだかそう思ったアイリスは、母親を追おうと、起き上がろとする。がーー


(ーーあれ、体が動かない)


アイリスの意思に反して、体は金縛りにあったかのように動かない。

唯一、首から上だけが動かせたので、母親の方を向くと、すでに寝室の扉に手をかけていた所だった。


「お母さん! 行かないで!」


アイリスが必死に叫ぶと、その願いが通じたようで、母親はドアノブに手をかけた状態で立ち止まり、顔だけアイリスの方を向き、口を開くーー


「アイリス。目を覚ましたら、ここでの事は覚えていないでしょうけど、一応言っておくわ。復讐なんて止めなさい。私の仇を討とうなんて、考えなくていいの。私は幸せだったわ。最期にあなたを守れたんですもの。ーーだから、あなたはわたしの事は気にせず、新しい幸せを見つけなさい」


それだけ言うと、母親は扉を開き、部屋の外へ出ていく。


「お母さん!」


アイリスの必死の叫びも虚しく、扉は閉まり、母親の姿は見えなくなる。

泣きじゃくるアイリスの耳に、母親の声が聞こえた。


「ほら、いいかげん起きなさい。シンさんが呼んでるわよ」




「ーーちょっ! 俺、お母さんじゃないから! って、頬をスリスリするの止めて! 寝ぼけてないで起きてー!」


シンの必死の叫びを受け、アイリスの意識が少しずつ、目覚めていく。


(何だろう? 何か夢を見ていた気がするけど、思い出せない)


ぼんやりとした頭でそんな事を考えながら、アイリスは目の前の人物に、朝の挨拶をする。


「…………シンさん。…………おはようございます…………」


「ああ、おはよう、アイリス。とりあえず、離れてもらえると助かるんだけど」


「……………………離れる? ーーあっ!」


シンさんの言葉を受け、わたしは、今の自分の状況を認識する。


(そうだ。わたし、シンさんに抱きついて寝たんだった!)


とたんに、恥ずかしさがこみ上げてくる。

わたしは、頬が熱くなるのを感じながら、シンさんから離れようと後ずさる。

ベッドの端ギリギリまで退がって、わたしは謝罪の言葉を口にする。


「あ、あの、ご、ごめんなさい、シンさん!」


と、そこまで言ったところで、先ほどのシンさんの言葉を思い出す。

シンさんは、こう言っていた。「離れてもらえると助かる」と。


(…………もしかして、嫌だっのかな?)


一応、ベッドに入る時に許可を貰ったけどーー


「…………い、嫌でした?」


不安に思いながら、おそるおそる尋ねると、シンはベッドの端に腰掛け、隣のスペースを叩きながら、答えた。


「別に嫌だったわけじゃないよ。ただ、ビックリしたたけ」


「そうですか。良かったです」


シンさんは様子はいつもと変わらず、わたしに気を使ってウソをついているようには見えない。

それに安心感を覚えたわたしは、ホッと息を吐き、シンの隣に腰掛ける。


(でも、ビックリしたってことは、昨夜の事は覚えてないのかな?)


一応、確認してみよう。


「でも、シンさん。わたしがシンさんの布団に入ろうとした時、いいよって、言ってくれたじゃないですか」


「……………………え?」


「それどころか、わたしが横になるためのスペースを作ってくれましたよ」


「ええっ!? 俺、そんなこと言ーー」


と、驚いた様子を見せていたシンさんだったが、途中で言葉を止め、少しの間、考えこむように虚空を見つめ、そしてーー


「…………った様な気がするな。確かに…………」


昨夜の出来事を思い出したようで、ポツリと呟いた。


(やっぱり、覚えてなかったみたいね)


まあ、あれだけ寝ぼけた様子だったし、わたしも、そうじゃないかなと思いつつも、それで言質を取ったことにして、シンさんに甘えちゃったわけだし…………。


チラッと、シンさんを見る。

シンさんはあれから、黙りこくったままだ。


(どうしよう。怒られるかな?)


一瞬、わたしの頭にそんな不安がよぎる。だけど、シンさんは小声で「まあ、いいか」と呟くと、話題を変えるように、わたしに尋ねてきた。


「それで、何で俺のベッドに来たの?」


怒られなかったことにホッとしつつも、シンさんの言葉を受け、わたしは、シンさんに抱きついて眠っていたことを思い出す。

わたしは、頬が熱くなるのを感じながら、ポツリと呟く。


「えと…………1人で寝るのが寂しくて」


ううっ…………。やっぱり、恥ずかしい…………。

昨夜は、寂しさの方が勝っていて、恥ずかしいなんて考えなかった。シンさんに抱きつくと、不安や寂しさが消え、安心した。

でも、落ちついた今、その事を思い出してみるとーー


(…………シンさん。見た目細いけど、意外と筋肉あるんだなーーって、なにを思い出してるの、わたし!)


そんな事を考えながら、1人悶々としていると、シンさんが急に申し訳なさそうな顔をして、わたしに謝ってきた。


「ごめんね、アイリス。俺がもっと気を使うべきだった」


どうやら、わたしを1人にして、寂しい思いをさせたと思い、気に病んでいるらしい。

頭を下げるシンさんに、わたしは慌てて声をかける。


「い、いえっ! シンさんが謝る必要ないですよ! …………むしろ、謝らないといけないのは、わたしの方です」


…………そう。謝らないといけないのは、わたしだ。

わたしは、まだ謝れていない。シンさんにひどい事を言って、責めてしまったことを。


「勝手に俺のベッドに入っていたこと? それなら、さっきも言ったけど、別に嫌だったわけじゃないよ」


落ち込むわたしを気遣うように、そう言ってくれるシンさん。

でも、わたしが謝らないといけないのは、その事じゃない。それより前に、まず昨日のことを謝らないと。


わたしは首を振って、「昨日のことです」と呟く。


「昨日? 昨日、何かあったっけ?」


シンさんは、本当に心当たりが無いといった感じで、キョトンとしている。


(…………ああ。やっぱり、シンさんは優しいな)


シンさんは、昨日のわたしの理不尽な責めを、全く気にしてないし、根に持っていないのだろう。

あの時の、わたしの心理状態を(おもんばか)って、全てを受け入れてくれている。


泣きじゃくるわたしを抱きしめてくれたこと。怒りに囚われ、無謀な行動をしようとしたわたしを、止めてくれたこと。わたしの復讐を手伝うと言って、わたしを弟子にしてくれたこと。天涯孤独になったわたしを引き取って、一緒に暮らしてくれること。

全部、全部感謝している。


だから、たとえシンさんが気にしていないのだとしても、わたしは、シンさんに謝らないといけない。

そうしないと、多分わたしは前に進めないからーー


「昨日、わたしはシンさんにひどい事を言ってしまいました。何で助けてくれなかったの。何でもっと速く来てくれなかったの。そう言って、あなたを理不尽に責めてしまいました。あの後、すぐに冷静になって、ずっと謝りたいと思っていたんです。本当にーー本当に、ごめんなさい!」


そう言って、わたしは、深く深く、頭を下げる。

そんなわたしに、シンさんは慌てて声をかける。


「ちょっ! 頭を上げて、アイリス! 俺、別に気にしてないから! 謝る必要なんて無いから!」


シンさんはそう言ってくれるけど、それじゃあ、わたしの気がすまない。だから、わたしは頭を下げ続ける。


「それに、さっきも言ったけど、やっぱり謝らないといけないのは俺だよ、アイリス。ごめんね。俺がもっとしっかりしてれば、アイリスに寂しい思いをさせずに済んだんだと思う。こんなダメな保護者で頼りないかもしれないけどーー」


「ーーそんな事ありません!」


シンさんの言葉を、大声で遮る。

顔を上げ、シンさんの目をしっかり見つめて、わたしの思いを口にする。


「ダメな保護者だなんて思っていません! 頼りないなんて思っていません! …………確かに、最初は知らない男の人と一緒に暮らすことに、困惑の気持ちがあったと思います。でも! シンさんは、あんなひどい事を言ったわたしに、優しくしてくれた! 愛情の籠った、温かくて、美味しい料理を食べさせてくれた! 甘えて、半ば無断でシンのベッドに潜り込んだのに、許してくれた! …………そして、わたしを弟子に、家族にしてくれた。わたしは、シンさんに、感謝の気持ちでいっぱいです。ーーだから、まだたった1日ですが、わたしはシンさんの事を信頼できる大人の人だと、そう思っています」


「…………そ、そっか…………。そう言ってくれて、嬉しいよ…………」


「…………い、いえ…………」


わたしの心からの言葉を受け、シンさんは照れたような反応を見せる。

そんなシンさんを見ていたら、わたしにも、気恥ずかしい気持ちがわいてきた。


…………ううっ。我ながら、大胆な事を言ってしまったなあ。

全部本音だから、訂正はしないけど。


二人の間に微妙な空気が流れる。

そんな空気を変えようとしたのか、シンさんは、「コホン」と咳払いして、続ける。


「改めて、ありがとね、アイリス。そう思ってくれてるって知れて、嬉しいよ」


「い、いえ。お礼を言われることでは…………」


「でも、だったらさーー」


シンさんは、急に真剣な表情になる。

そして、先ほどとは逆に、今度はシンさんがわたしの目を見つめ、言葉を投げかける。


「ーーだったら、謝らなくていいよ。謝られるより、今みたいにお礼を言われた方が、俺は嬉しい。それに、迷惑かけてるなんて思わなくていい。遠慮なんかしなくていい。アイリスさえよければ、いっぱい甘えて、いっぱいワガママ言ってくれていい。ーーだって、俺達は、師弟であり、家族なんだから」


「で、でも…………」


「それとも、やっぱり、俺のことは信頼できないかい?」


「…………ズルイですよ」


そんな言い方されたら、断ることが出来ないじゃない。


「かもね」


片目を瞑り、茶目っ気たっぷりに笑う、シンさん。


ああ、本当にーーわたしは幸せだ。

わたしを助けてくれたのが、シンさんで、本当に良かった。


ふと、わたしの頬に涙が伝う。

でもこの涙は、昨日と違い、悲しみの涙じゃない。


「…………本当に、良いんですか?」


「ん?」


「わたし、お母さんに言わせれば、相当な甘えん坊みたいですよ。いっぱいワガママ言って、甘えちゃいますよ」


「ああ、いいよ。よっぽど変なお願いじゃないかぎり、聞いてあげる」


その言葉を受け、わたしは泣き笑いの顔で、シンさんに手をさしだす。


「では、改めて、師弟として、お願いします。お母さんの、皆の敵を討つため、わたしを鍛えてください。それからーーわたしの新しい家族として、これからよろしくお願いします」


「…………ああ。こちらこそ。師匠になるのも、保護者になるのも、初めてのことで、至らぬこともあると思うけど、よろしくね」


そうして、わたし達二人は、笑顔で握手を交わすのだった。







…………………………………………。

わたしは、この時に気づくべきだったのかもしれない。

このシンさんの言葉が、全くのウソっぱちだったという事に-ー


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