表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/168

シンとエド

シン視点

時刻は、深夜1時すぎ。

本日の売れ残り依頼を全て片付けた俺は、この時間になってようやく、王都『コノノユスラ』に帰り着いた。


「…………はぁー…………。やれやれ、ようやく帰ってこれたな…………」


王都の門をくぐった瞬間、安堵感からか俺は思わず溜め息を吐いてしまう。


(しかしまあ、1日に5件の売れ残り依頼を片付けるのは、さすがに無茶だったか? おかげで、こんな時間になってしまった…………)


そんな事を考えつつ、俺は西門近くにある借し馬屋に、借りていた馬を返す。

こんな時間なので、当然だが借し馬屋の店員は居ない。なので、俺は借りていた馬を厩舎に戻し、カウンターに書き置きと共に料金を置いておいた。

もちろん、こんな事は普通なら許されない。が、俺にはSランク冒険者というブランドがあり、なおかつ、俺は王都に拠点を置いてからの6年間、ずっとこの借し馬屋を利用してきた常連客でもある。

ある程度の融通は利かせてもらえるのだ。


(……………………これで、よしっと…………。さて、次はギルドに依頼の報告をしなくちゃな…………)


借し馬屋を後にした俺は、続いて冒険者ギルドを目指して、王都の大通りを歩いていく。


「…………ふぁー…………」


その途中、俺の口から無意識に、あくびが漏れてしまった。

そんな自分に、俺は思わず呆れてしまう。


(…………やれやれ。こんな時間に眠たさを感じるとは…………)


その日の売れ残り依頼は、可能性なかぎりその日の内に片付けるようにしているからな。

売れ残り依頼の件数や難易度によっては、今日のように、帰って来るのが深夜になる事は、よくある事だったというのに…………。


(…………アイリスと一緒に暮らし始めてからは、幼いあの子に合わせて、早い時間に寝ていたからなぁ…………)


アイリスを引き取った初日と2日目こそ、0時すぎまで起きていたが、それ以降は、幼いあの子に合わせて夜10時には寝ていた。

そんな日が、10日近くも続いたのだ。どうやら、俺の体内時計はすっかり規則正しくなってしまったらしい。


(……………………アイリスを孤児院に預けてから、もう5日、か…………)


…………いけない。つい、あの子と過ごした日々を思い出して、寂しくなってしまった。


ーーキョロ


ふと、周囲を見回す。

俺は今、大通りを歩いている訳だが…………こんな時間という事もあり、人っ子1人(ひとっこひとり)見当たらない。

王都で暮らす人々も流石に寝静まっているのか、明かりが(とも)っている家は1つも無い。

その上、空は曇っているのか、星や月の明かりも射し込まず。ただ、等間隔に並べられた魔道具の街頭だけが、この大通りを物悲しく照らしていた…………。


「ーーっ!?」


周囲を見回したのは、失敗だったな。おかげで、孤独感が強まってしまった。


(…………以前の俺なら、何も感じなかったのにな…………)


戻っただけのはずだ。

ジパングの実家を出てから、この王都であいつとコンビを組むまでの毎日に。

あいつとコンビを解消してから、アイリスと一緒に暮らし始めまでの毎日に。

それなのに…………どうして俺は、こんなにも寂しいと感じているのだろう?


「…………やれやれ。どうやら、俺はすっかり弱くなってしまったようだ…………」


そんな風に自虐を呟きつつもーー誰かと話したいと思ってしまった俺は、ギルドへと向かう足を速めていく。

元々、王都の西門とギルドは近いのだ。早足で向かう事で、あっという間にギルドに辿り着いた。


(フィリアさんが居ればいいんだけど…………この時間じゃ、当直の職員が1人居るだけだろうな…………)


フィリアさん以外のギルド職員とは、あまり親しくないのだが…………この際だ、事務的な会話を2、3言でも良いか、と。

そんな末期的な事を考えながら、ギルドの扉を開いたのだが…………。


「…………あ、あれ? フィリアさん?」


予想に反して、ギルドの中にはフィリアさんが居た。

そして、フィリアさん以外にも、見知った顔が3人。


「エドさん、ヴィヴィさん、センドリックさんも…………」


ギルドに併設された酒場のテーブル席に、エドさんとヴィヴィさんが。

ギルドカウンターの内側に、フィリアさん。その対面の外側には、センドリックさんが座っていた。

ちょうど誰かと話したいと思っていた所だから、親しい人達が居たのは嬉しいんだけど…………。


(この状況、まるで待ち構えられてたみたいだな…………。なんだか、嫌な予感がする)


そして、どうやら俺の予感は正しかったようだ。


「ーーおっ。やっと帰って来たか、『探求者(シーカー)』。待ちくたびれだぜ」


「こんばんは、シルヴァー殿。少し良いだろうか?」


まるで俺の心を読んだかのように、エドさんとヴィヴィさんが声をかけてきた。


(やっぱり、俺を待っていたのか。…………はぁー…………)


心の中で溜め息を吐きつつも、俺は観念して、お2人が座るテーブル席へと向かって行く。


「おっ。素直に来たな、『探求者(シーカー)』。えらいえらい」


「飲み物はいつものお茶で良いかな、シルヴァー殿? 取りに行って来るから、座って待っててくれ」


ヴィヴィさんはそう言うと、酒場の厨房スペースへと向かおうする動きを見せる。


(おそらく、ギルドマスターであるフィリアさんに、前もって厨房に入る許可をもらっていたんだろうが…………)


とはいえ、年上の方を使ってしまうのは、申し訳ない。

そう思った俺は、慌ててヴィヴィさんに声をかけたのだがーー


「まあまあ。お前は仕事から帰って来たばかりなんだ。ここは素直に、ヴィヴィに甘えろよ」


ーーグイッ


いきなりエドさんが肩を組んできて、俺は無理矢理イスに座らされてしまった。


「ちょ、ちょっとエドさん!?」


「ーーふふふっ」


突然の出来事に、俺は思わず驚いた声を上げてしまう。

そんな俺とエドさんのやり取りを、ヴィヴィさんはしばしの間、微笑ましそうに見つめるとーー


「まあ、エドの言う通りだ。ゆっくりしててくれ、シルヴァー殿」


ヴィヴィさんはそう言い残すと、厨房に俺用の飲み物を取りに行ってくれた。


「す、すいません! ありがとうございます、ヴィヴィさん!」


俺は、ヴィヴィさんの背中にお礼の言葉を伝えるとーー


「ーーそれで、俺に何か用事があるんですか、エドさん?」


未だに俺の肩を組んでいるエドさんに向けて、核心を突く質問を投げ掛けた。


(…………とはいえ、正直に言えば、エドさん達が俺を待っていた理由は、何となく察しがついているんだけどな…………)


エドさん、ヴィヴィさん、フィリアさん、センドリックさん。

俺を待っていたというこの4人は、5日前、ギルドから飛び出したアイリスの捜索に、協力してくれたメンバーでもある。


(この4人には、アイリスを孤児院に預けた経緯を説明してなかったからな…………)


十中八九、その事を問い詰められるのだろう。

そう、思っていたのだがーー


「んにゃ。ワリィけど、オレはお前に用事は無いぜ、『探求者(シーカー)』」


「あ、あれ!? 違うんですか!?」


「ああ。お前に用事があるのは、ヴィヴィとフィリアだ。オレとセンドリックは、あくまで付き添いだな」


ニヤリ、と。意地の悪い笑みと共に、そう説明してくれる、エドさん。


「な、なるほど…………。そういう事ですか…………」


それを聞いて、俺はようやく合点がいった。

ヴィヴィさんとフィリアさん。このお2人は5日前、俺の『計画』に最後まで反対して、アイリスの味方になってくれていたのだ。

そして、お2人の危惧した通り、俺の『計画』を知ってショックを受けたアイリスは、王都を飛び出しーーあまつさえ、連れ戻しに行ったはずの俺が、何の説明も無く、アイリスを孤児院に預けたのだ。


「…………ヴィヴィさんとフィリアさんは、アイリスに対する俺の1連の対応に、怒っているんですよね…………」


「そうだな。…………まあ、オレやセンドリックも、あの2人程じゃねーけど、怒ってるは怒ってるぜ…………」


「ですよね…………」


おそるおそる尋ねる俺に、どこか固さを感じさせる声音で答える、エドさん。


(…………確かに、エドさんの言う通りだよな…………)


エドさんは、積極的では無いものの俺の『計画』に支持してくれたしーーセンドリックさんは、どちらでもない中立派だった。

反対派だったヴィヴィさんやフィリアさん程では無いのだろうけれどーー流石に、今回の件に対して何も感じないほど無神経では、エドさんもセンドリックさんも、ないのだ。


「まあ、さっきも言ったが、オレはあくまでヴィヴィの付き添いだ。…………お前にも色々思う所はあるだろうし、オレは口を挟むつもりはねーよ」


にも関わらず、俺を気遣って、エドさんはそう言ってくれる。

…………この人は、いつもそうだ。一見(いっけん)、おちゃらけて不真面目に見えるけれどーーその実、人1倍気遣いが出来る優しい人なのだ。

先程、俺の肩を組んで椅子に無理矢理座らせたのも、この人なりに気を使った結果なのだと思う。

そのおかげで、内心では怒っていただろうヴィヴィさんの雰囲気が、(やわ)らかくなった。


「すいません、エドさん。…………それと、ありがとうございます…………」


俺は、この優しくも不器用な人に、謝罪と感謝の言葉を伝える。


「ーーはっ。知らねーな」


照れているのだろうか?

エドさんはぶっきらぼうにそう言うと、組んでいた俺の肩から腕を退ける。


「それにーー」


唐突に、俺から顔を逸らす、エドさん。

…………ただし、今回の照れからくる反応では無いようだ。


「ーーお前にとっては、これからが本番だろうからな」


そう言うエドさんの視線の先を追う。

そこには、お茶が入ったグラスを持って、厨房スペースから出て来るヴィヴィさんの姿があった。


『ヴィヴィさんは滅多に怒る事の無い穏やかな人でーーそして得てして、そういう人ほど、怒った時は、人1倍怖いものだ』


俺の脳裏に、かつてヴィヴィさんに抱いた感想が浮かんで来る。

…………確かに、エドさんの言う通り、俺にとっての本番はこれからのようだーー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ