「だいっキライ!」
アイリス視点
ふと、目が覚める。
「…………ん、んん…………」
起きたばかりのせいかな? わたしの頭はまだ、ボンヤリとしていた。
「…………うぅ…………。…………さむい…………シンさぁん」
そんな中、何だか肌寒さを感じたわたしは、いつも同じベッドで寝てくれているシンさんに抱き着こうと、手を伸ばす。
ーーが、
「…………あ、あれ? シンさん?」
伸ばした手は、スカスカと空を切るばかりで、すぐ隣で寝ているはずのシンさんは、そこに居なかった。
(シンさん、先に起きたのかな? もう。それなら、わたしも起こしてくれればいいのに…………)
拗ねたようにそんな事を考えている間に、わたしの意識は少しずつ覚醒していく。
(今、何時なんだろう?)
わたしは時計を確認しようと、寝ぼけ眼だった目をしっかりと開きーー
「……………………へ?」
瞬間、わたしの口から間の抜けた声が漏れた。
だけど、それも仕方ないと思う。…………だって、わたしの視界に映った景色は、わたしがいつも寝ているシンさんの部屋では無くて、夕暮れに染まる森の中だったんだもん。
(…………え、ええっ!? ここ、外!? わたし、何で外で寝てるの?)
そんな当たり前の疑問を感じたわたしは、なんで外で寝ていたのか必死に思い出そうとする。
ーーと、
『よくやった。あとは俺に任せて、アイリスは休んでくれ』
『…………あとはお願いします、シンさん…………』
「ーーっ! そうだっ!」
瞬間、わたしはこれまでの出来事を全て思い出す。
そして、その直後にわたしの頭をよぎる、当たり前の疑問ーー
(…………あれ? シンさんは?)
ーーバッ!
わたしは慌てて飛び起きると、キョロキョロと周囲を見回して、シンさんを探す。
…………だけど、シンさんの姿は見つからない。それどころか、『血染めの髑髏』の姿も見当たら無かった。
「シンさーん! シンさーん!」
わたしは必死に声を張り上げて、シンさんの名前を呼び掛け続ける。
…………だけど、わたしが何回名前を呼んでも、シンさんからの返事は返って来なかった。
「ーーっ! ま、まさか、シンさんに何かあったんじゃ…………!」
だんだんと不安になってきたわたしは、やがてそんな最悪の想像をしてしまう。
(…………ううん! そんなはず無い! Sランク冒険者のシンさんが、『血染めの髑髏』なんかに負けるはずない!)
そう思う。…………だけど、1度わたしの頭をよぎった最悪の想像は、なかなか消えてくれなかった。
「…………う、うぅ…………」
そうして、遂にはわたしの瞳から涙が溢れそうになった、その瞬間だったーー
ーードンッ!
ーーガラガラガラッ!
突然、周囲に響き渡った、何かが爆発するような大きな音。
その数秒後には、何かが崩れるような音も聞こえてきた。
「ーーっ!?」
わたしは慌てて、音の発生源の方を振り向く。
そこにはあったのは、『血染めの髑髏』が根城にしていた洞窟だった。
どうやら、内部が崩落したみたいで、いくつもの大きな岩が入口を塞いでいた。
(ーーっ! この中だーーこの中に、シンさんが居る!)
何故かはわからない。
けれど、直感的にそう感じたわたしは、急いで洞窟へと駆け寄る。
「シンさん! シンさん!」
ーードンドンッ!
岩が入り口を塞いでいるせいで、洞窟の中には入れない。
(わたしの力じゃ、こんな大きな岩を壊せない)
そう分かっているけれど、わたしはシンさんの名前を呼びながら、何度も何度も岩を叩き続ける。
ーーと、
『アイリス。大丈夫?』
『お母さぁん…………。体中が重い。痛いよぉ…………』
『そう…………。大丈夫。きっと、大丈夫よ。必ず助けが来るから』
不意に、わたしの頭に、お母さんと交わした最期の会話がフラッシュバックする。
(ーーっ! この状況、お母さんが死んじゃた時と同じだ…………)
『ルル』の村が、『血染めの髑髏』に襲われた、あの晩ーー
わたしとお母さんのお家は、『血染めの髑髏』が放った『火』魔法の爆発の衝撃で、崩壊。
その時に、わたしをかばって、お母さんは死んでしまった。
(…………まさかシンさんも、お母さんみたいに…………)
わたしの頭に、再び最悪の想像がよぎる。
直前に、お母さんが死ぬ瞬間を思い出したせいだろうか? 今回は、より鮮明にーー
お葬式の時に見た、胸に大きな穴が空いた、お母さん。そこに、シンさんの姿が重なってーー
「…………イヤだ…………。もう大切な人を失うのは、イヤだよぅ…………!」
わたしは、いつの間に俯いてしまっていた顔を上げるとーー
ーードンドンドンッ!
再び洞窟を塞ぐ岩を叩き始める。
「シンさん! 無事なんですよね!? お願いだから、返事をして下さい!」
頭の中に浮かんだ最悪の想像を否定したくて、先程よりも強くーー力いっぱい叩き続ける。
「ーーっ! 痛い…………」
当然のように、わたしの拳からは血が滲む。
…………だけど、そんな事は関係ない。
(シンさんをーー大切な人を失ってしまうかしれない恐怖に比べたら、こんなの全然痛くない!)
ーージワッ
手の甲のケガの痛みのせいかーーそれとも、シンさんが死んでしまうのではないかという恐怖せいなのか、いつの間にか、わたしの目尻には涙が滲んでいた。
わたしは、それを乱暴に拭うと、そのまま、その腕を思いっきり振りかぶる。
そうして、今まで以上の力で岩を叩こうとした、その瞬間だったーー
「『創造・大地』」
「…………え…………」
不意に、岩の向こうから声が聞こえてきて、わたしは動きを止める。
(い、今の声はーー)
洞窟の出入口が岩に塞がれているからか、その声は小さく微かだったけどーーそれでも、それが誰の声なのか、わたしはすぐに分かった。
(分からないはずない…………だってそれは、今のわたしにとって最も聞き馴染んだ声でーーそして、1番大好きな人の声なんだもん!)
ーーザアッ
と、わたしがそんな恥ずかしい事を考えていると、上の方から小さな音が聞こえてきた。
見ると、上の方にあった大きな岩の1つが徐々に砂に変わり、少しずつ小さくなっている所だった。
(さっきの音は、砂が上から下に流れ落ちる音だったみたい)
岩づたいに流れてくる砂を避けようと、崩落した岩の山から1歩後退る、わたし。
そして、改めて上を見る。どうやら、岩は完全に砂に変わったようで、その部分に小さな空洞が出来ていた。
そして、その中からーー
「ーーん? ちょっと小さかったか? でも、これ以上魔力を使いたくないし、なんとか…………。よいしょっと!」
ーーそんなかけ声と共に、シンさんが這い出して来た!
「シンさん!」
「ーーえっ!? アイリス、起きてたの!? ちょっと待ってて! 今そっち行くから!」
大好きな人の姿を認めて、安堵から思わず大きな声を出してしまう、わたし。
そんなわたしに、シンさんは驚いた表情を向けると、言葉通り慌てて岩の山を駆け下りてきた。
「大丈夫、アイリス? オルベンに殴られたキズは全部治ってると思うげど…………痛い所ない?」
「ーーっ!?」
わたしの目の前でしゃがみ、心配そうに問いかけてくる、シンさん。
そんないつも通りのシンさんを見て、わたしは思わず顔を俯かせてしまった。
(…………良かった。シンさん、無事だった…………)
顔を俯かせたまま、ホッと安堵の息を吐く、わたし。
『無事で良かったです、シンさん! 心配したんですよ!』
本当は、シンさんにそう伝えたかった。
だけど、シンさんの姿を認めた瞬間から、わたしの心には安心感が広がっていって…………心がいっぱいいっぱいで、つい言葉に詰まって黙りこくってしまったんだ。
「…………アイリス? …………ああ、『血染めの髑髏』の事かい? 大丈夫。アイリスに代わって、俺が全員殺したよ」
そんなわたしを見て、シンさんは何か勘違いしてしまったようで、そんな見当違いな事を教えてくれた。
(ううん、違う! 今は『血染めの髑髏』なんて、どうでもいい!)
ーーブンブン
「あれ? 違った?」
相変わらず無言のまま首を振るわたしに、困惑した様子を見せる、シンさん。
…………実際、今のわたしの想いは本当だ。ずっと、わたしの心を占めていた『血染めの髑髏』に対する負の感情は、もうほとんど無い。
ただ、シンさんが無事だった事に対する安心感だけが、わたしの心を満たしていた。
(…………その、はずだけど…………)
わたしは、カクンと首を傾げる。
(…………なんだろ? わたしの心に少しずつ広がっていく、この暗い感情は?)
シンさんの姿を認めた瞬間から、わたしの心には安心感と同時に、もう1つ別の感情が芽生えていた。
そしてそれは、シンさんがわたしに近付いてきたり、シンさんの声を聞くたびに、どんどん大きくなっていって…………。
(…………この感情は、いったい何なんだろう?)
そうして、わたしが正体不明の感情に戸惑っていると、シンさんが再び声をかけてくる。
「ーーまあ、いいや。とりあえず、早く家に帰ろう、アイリス。ケガは治ってると思うげど、一応お医者さんに診てもらいたいしね」
そう言って、わたしの頭へと手を伸ばす、シンさん。
どうやら、いつもようにわたしの頭を撫でてくれるみたいだ。
だけど、気が付けばわたしはーー
「ーーっ!」
ーーパシンッ!
近付いて来るシンさんの腕を、払いのけてしまっていた。
「…………え? ア、アイリス…………?」
いつもとは違う、シンさんを拒絶するかのようなわたしの行動。それを受け、シンさんは困惑した様子を見せる。
だけど…………それは、わたしも一緒だった。
(えっ…………? わたし、いったい何やってるの?)
自分自身の行動に、内心で戸惑いを隠せない、わたし。
だけど…………そんな心とは裏腹に、わたしの体は、勝手に動き出し始める。
ーーバッ!
わたしは、今まで俯かせていた顔を勢いよく上げると、力強い眼差しでシンさん見つめる。
それはまるでーーシンさんを、睨み付けているかのようだった。
「ーーっ…………」
わたしの眼差しを受け、たじろいだ様子を見せる、シンさん。
『ち、違うんです、シンさん! ごめんなさい!』
わたしは、そう否定して謝るつもりだったのにーー
「ーー触らないでよッ!」
気付けば、わたしの口は、そんな拒絶の言葉を紡ぎ出していた。
(えっ!? なに言ってるの、わたし…………!?)
そうして、わたしが内心で困惑している間にも、わたしの口からは次々に、シンさんを責める言葉が飛び出していく。
「ギルドでのシンさん達の会話を聞きました! シンさん、わたしの復讐を手伝う気が無いって、そう言ってましたよね!」
「そ、それは…………」
「シンさん、わたしにウソを吐いていたんですね…………。わたしはシンさんを信じていたのに…………。ヒドイ…………ヒドイヒドイヒドイッ! シンさんのウソつきッ!」
そこまで言った所でーーそこまで言ってしまった所で、ふと気付く。
(…………そっか。分かった…………。シンさんを見た時から感じていた暗い感情の正体…………あれは、わたしにウソを吐いて騙していた、シンさんに対する『怒り』だったんだ…………)
思えば、わたしがギルドを飛び出してから、こうして落ち着いた状態でシンさんと対峙するのは初めてだ。
(…………きっと、今になって、その時の怒りが爆発しちゃったんだ…………)
わたしはまるで、どこか他人事のように、そう納得する。
けれど、その間にも、わたしの口は更なる言葉のナイフを、シンさんへ向けて放っていく。
「わたし、シンさんに沢山の愛情を貰ってるって思ってたけど…………どうせ、それもウソだったんでしょ!」
「ーーっ! アイリス、それは違ーー」
「言い訳しないで! ウソつきのシンさんの言葉なんて、信じられる訳ないでしょ!」
シンさんの弁明の言葉を遮って、わたしは更なる糾弾の言葉を投げ掛けていく。
気付けば、シンさんの顔を真っ青になっていたけれど…………それでも、1度爆発してしまったわたしの感情は、もう止まらなかった。
「シンさんなんて…………シンさんなんて…………」
そこで1度言葉を止めて、大きく息を吸い込む、わたし。
そしてーー
「だいっキライ!」
1拍の間を置いて、わたしは今までで1番大きな声で、シンさんへと怒りの言葉をぶつけた。
「…………………………………………」
「…………はあ、はあ…………」
「…………………………………………」
「…………はあ、はあ…………」
「…………………………………………」
「ーーっ!」
怒りの言葉を、全てシンさんへぶつけて。乱れていた呼吸を整えて。
そこでようやく、わたしは我に返った。
(わ、わたし、シンさんに何てヒドイ事を…………)
今まで自分が口にした言葉を反芻して、わたしの顔から血の気が引いていく。
(と、とにかく、早くシンさんに謝らないと!)
そうして、わたしが謝罪の言葉を口にしようとした、その瞬間だったーー
ーークラッ
「ーーっ!?」
突然、わたしは強い目眩に襲われて、意識が遠のいていくのを感じた。
きっと、オルベンから受けたダメージが、まだ残っていたと思うんだけど…………。
(ーーっ! ダメ! まだわたし、シンさんに謝れてないっ!)
わたしは倒れまいと、懸命に足に力を込める。
(何故かは分からない…………。だけど、もしここで気を失ってしまったら、取り返しのつかない事が起こってしまう!)
そんな予感を、わたしは感じていた。
(だから、倒れちゃダメ……………………ダ、メ…………なの、に…………)
意識を失うまいと、必死に耐え抜く、わたし。
だけど、わたしの意識は、どんどん薄れていっていてーー
「……………………シ、シンさん…………ごーー」
わたしは、意識を失ってしまう前に、何とかシンさんに謝ろうとする。
…………だけどその前に、倒れまいと懸命に力を込めていた足が、フッと軽くなって。
気付けば、わたしは前方へ倒れそうになっていた。
「アイリス!?」
ーーポスッ
わたしは、あんなにも激しくシンさんを責めた立てたにーーそれでも、シンさん倒れそうになったわたしの体を、優しく抱き留めてくれた。
(シンさん、ヒドイ事を言って、ごめんなさい)
そう、謝りたかった。
けれど、結局わたしは謝罪を伝える事は出来ないまま、再びシンさんの胸の中で意識を失ってしまうのだったーー
…………
……………………
…………………………………………
次にわたしが目を覚ましたのは、見覚えの無い部屋の中だった。
「ーーっ! シンさん!?」
意識を失う前の出来事をすぐに思い出したわたしは、慌てて体を起こして、大声でシンさんの名前を呼ぶ。
ーーと、
ーーガチャ
部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
(きっとシンさんが、わたしの声を聞きつけてくれたんだ)
そんな期待の元、扉の方を振り向く、わたし。
だけどーー
「ーーあら? 良かった。気が付いたのね」
部屋の中に入って来たのはシンさんじゃなくて、シスター服を着た、優しい雰囲気のお姉さんだった。
「大丈夫? 痛い所は無い?」
「ーーっ! すいません! ここは何処ですか!? シンさんは!?」
何だかイヤな予感を感じたわたしは、心配した様子で尋ねてくるお姉さんに詰め寄って、次々に疑問をぶつけていく。
「シンさん? …………ああ。シン・シルヴァー様の事ね」
正直に言えば、ここが何処かに関しては、このお姉さんのシスター服を見た瞬間に、何となく察していた。
…………本当は、その事実から目を逸らしていたかった。気付かないフリをしていたかった。
けれど、同時に聞かずにも、いられなくって…………。
わたしは、オドオドとした心持ちで、お姉さんの次の言葉を待つ。
「ーーそして、ここは王都の教会にある孤児院よ。シルヴァー様から、盗賊団に襲われた少女を保護して欲しいと、頼まれたの」
「…………あ…………ああ…………!」
シスターさんの言葉を聞いた瞬間、わたしの体から力が抜けてーーわたしは、その場にひざまずいてしまった。
「ちょ、ちょっと!? いったい、どうしたの!? 大丈夫!?」
慌てた様子で、わたしに駆け寄って来てくれる、シスターさん。
だけど、わたしの耳には、シスターさんの言葉は届いていなかった。
(…………ああ、そっか。やっぱり、ここは孤児院だったんだ…………。…………あは、あはは…………)
わたしの心に、渇いた笑い声がこだまする。
(…………そっか…………わたし、シンさんに捨てられちゃったんだ…………)
それを認めてしまった瞬間、わたしの心は『絶望』の闇に覆いつくされたーー




