シンVS血染めの髑髏(後編)
シン視点
『血染めの髑髏』の団員を全員倒した俺は、洞窟の最奥でいよいよ、リーダーのオルベンと対峙していた。
「終わりだな、オルベン。この数年、セレスティア全土で繰り返してきた悪逆非道のーーそして何より、俺の娘の心と体を傷付けた報い、受けてもらうぞ」
オルベンの喉元へ槍先を突き付け、そう宣言する、俺。
それを受け、オルベンはみっともなく喚き始める。
「ーーちくしょう! 何でこんな事に! …………せ、せめて、てめえの弟子とか言うあのガキに、俺の剣を壊されていなければ、こんな事には…………」
「……………………ふふっ」
「ーーっ! て、てめえ、なに笑ってやがる…………!」
自分の見苦しい言い訳を笑われたと思ったのか、顔を真っ赤にして怒り出す、オルベン。
ただ、それはオルベンの誤解だな。俺にそんな義理は無いが、一応、訂正しておくとしよう。
「ああ、違う違う。お前のみっともない姿を見て笑った訳じゃ無い。…………ただ、嬉しくてな。俺の弟子が挙げた、あまりにも大きすぎる成果がね…………」
1流と言われるAランク冒険者レベルの実力を持つオルベンと1対1で対峙し、百キロ以上ある鉄の塊である大剣を、粉々に破壊するーー
オルベンを倒す事こそ出来なかったものの、12歳の女の子が挙げた成果としては、あまりにも大きすぎる。
もはや、『偉業』とさえ言って良い程だ。
(…………って、ふふっ…………。それは流石に親バカが…………師匠バカが、すぎるかな…………)
そんな自分に呆れ、今度は「くすっ」と、小さく笑ってしまう、俺。
とはいえ、これは喜ばずには、いられないだろう。
(俺が遠目からアイリスを視界に捉えたのは、オルベンの大剣を破壊した瞬間だったからな。どうやって破壊したかは分からないけれど…………)
だが、何となくの推測は付く。
おそらくアイリスは、『炎矢』と『氷矢』を交互に射つ事で、大剣の強度を脆くしたのだろう。
そしてそれは、俺がアイアンゴーレムを倒した時と、同じ手なのだ。
(俺にそんなつもりは無かったけど、アイリスはしっかりと、師匠が得意とする、知識や戦術を活かした戦い方を学んでいたんだな…………)
それは、師匠として誇らしくあるものの…………けれど同時に、俺は罪悪感に苛まれてもいた。
(…………だって、そうだろう? そもそも俺は師匠として、アイリスに何1つ真面目に教えていないんだから…………)
それなのに、俺が師匠として弟子の成果を喜ぶのは、お門違い。更には、不謹慎でもある。
(アイリスが大ケガを負ってしまったのは、本を正せば俺が原因みたいなものなんだ。…………いつまでも喜んでばかりも、いられないよな…………)
俺は、「ふぅー」と息を吐く事で気持ちを切り替え、改めてオルベンを見据える。
「ーーっ! クソが…………! 師弟でオレをバカにしやがってぇ…………!」
そんな俺を、オルベンは未だに、怒りを称えた眼差しで睨み付けていた。
(…………うーん。思わず笑ってしまったのは、失敗だったかなぁ…………)
怒りからか、せっかく失われていたオルベンの戦意が、戻りつつある。
(オルベンは、今まで倒してきた下っ端とは格が違う。現状、俺の方が大幅な優位を取ってるとはいえ、油断すれば手痛いしっぺ返しをくらうかもしれないな…………)
そう考えた俺は、再びオルベンの戦意を削ぐため、真実を教えてやる事にする。
「ははっ。まあ、バカにしてると言えば、バカにしてるかな。ーーなにせ、お前は1から10まで、俺の作戦通りに動いてくれたんだからね」
「…………ど、どういう事だ…………」
動揺しているのだろう。俺の言葉を受け、オルベンは声を震わせている。
「言葉通りの意味だよ。…………ぶっちゃけ、あのまま洞窟の外で闘っていたら、お前らの方が勝ってたんだ。俺はあの時点で、体力も魔力も大分消費しちゃってたからね」
「ーーっ! な、何だと!」
「だからこそ、俺はあえて魔力切れ覚悟で、大規模攻撃魔法を連発したんだ。数の利が関係無い洞窟の中に、戦場を移すためにね。…………そして作戦通り、お前らは自分から洞窟の中に入って行ってくれた。これをバカと言わず、何と言う?」
「…………………………………………」
俺がそこまで言うと、オルベンは顔を俯かせ黙り込んでしまった。
(きっと、自分の判断ミスを自覚して、絶望してるんだろうな)
俺は最初そう思ったのだがーーどうやら、違ったようだ。
「…………ふっ、ふふっ…………はっはっはっはっは!」
オルベンはようやく顔を上げたかと思えば、洞窟中に響き渡る程の大声で笑い始めた。
(な、何だ? この状況で、どうしてそんなに笑ってられるんだ?)
予想とは正反対の反応に、俺は内心で動揺してしまう。
「…………ははっ。そいつは、良い事を聞いたなぁ…………」
しばらく笑った後、独りごちる、オルベン。
そしてーー
ーーバッ!
オルベンは突然、俺に向けて手を翳してきた。
(! 何か魔法を使うつもりか!?)
そう判断した俺は、咄嗟に数歩後退り、防御の体勢を取る。
そうして、警戒する俺に対し、オルベンはその魔法を口にする。
「『爆破』!」
ーーボッ!
瞬間、オルベンが翳した手の先に、巨大な炎の球が出現した。
(ーーっ! まさか、オルベンがこれ程の魔法を使えたとは!?)
『爆破』とは、『火』属性の中では、威力・攻撃範囲がトップクラスの大魔法だ。
(情報では、大剣を自在に振り回す前衛職だったはずだが…………まさか、隠していたのか!?)
オルベンが出した炎の球の直径は、約1メートル。高さも幅も、この洞窟内部のギリギリで、俺とオルベンの間を覆い隠す形となる。
と、『爆破』の向こうから、オルベンの声が聞こえて来た。
「おらっ! 『探求者』! 死にたくなかったら、外で気を失ってる弟子を連れて、ここから失せろ! 今なら、見逃してやるからよぉ…………」
オルベンのそんな言葉と共に、俺の目の前にある炎の球が、少しずつ収縮し始める。
(? なんだ? 脅しのつもりか?)
『爆破』は、時限式の魔法だ。
最初は巨大だった炎の球は、時間と共に少しずつ収縮。この度にエネルギーは圧縮され、最終的はビー玉ほどまで小さくなりーーその直後に、大爆発。
時間はかかるものの、その威力は凄まじく、直径10メートル程の範囲が焼け野原になる。
「てめえ、さっき言ってたよな! 『魔力切れ覚悟で、大規模攻撃魔法を連発した』ってよ! そんなてめえに、これだけの魔法を防ぐ魔力は残ってねえだろ!」
「……………………なるほど。確かに、その通りだな…………」
オルベンの戦意を削ぐために、作戦を明かした訳だが…………どうやら、逆効果だったようだ。
(確かにオルベンの言う通り、今の俺に『爆破』を防げる程の、高位の防御魔法は使えないが…………)
とはいえ、俺の心は落ち着いていた。
なぜならーー
「つまらない真似は止めなよ、オルベン。こんな所で『爆破』を使えば、この洞窟は崩落。それ以前に、俺だけじゃなく、お前自身も『爆破』の爆発に巻き込まれて、死ぬぞ」
何とか生き延びようと必死に悪あがきをしているのだろうが、これでは何の脅迫にもなっていない。
そう判断した俺は、淡々とオルベンにそう告げたのだがーー
「ハッ! おいおい。言っておくが、オレはもうヤケクソだぜ! 部下を全員殺され、再起は不可能なんだ! どうせ死ぬならーーてめえも道連れだ、『探求者』!」
オルベンからは、そんな返事が返ってきた。
同時に、俺とオルベンとの間を塞ぐ炎の球は半分程の大きさになり、奴の顔が見えるようになった。
その瞳には、強い意志を感じさせる光が宿っていた。
奴はーー本気だ。自分の命を犠牲にしてでも、俺を殺す。その覚悟を、たしかに持っている。
(…………しまったなぁ。どうやら、下手に追い込みすぎてしまったようだ)
俺の故郷には、『窮鼠猫を噛む』という諺があるが、まさしくそんな状況だ。
追い込まれた人間は、何をしでかすか分からない。
「てめえも、こんな所で死にたくねえだろ! なら、さっさとオレの前から失せろや!」
俺が沈黙してる間にも、オルベンからの脅迫の言葉は続く。
(ーーとはいえ、冒険者である俺が、悪党からの脅しに屈する訳には、いかないよな…………)
そう決心した俺は、毅然とした態度で口を開く。
「…………かまわないよ。爆発させたいなら、すればいい」
「ーーはあっ!? てめえ、本気か!?」
俺の返答を受け、動揺した様子を見せる、オルベン。
だが、オルベンは腐っても1流レベルの実力者だ。俺がオルベンの目を見て本気だと悟ったように、奴もまた、俺が本気だと悟ったようだ。
「ーーチッ! どうなっても、しらねぇぞ…………」
そんな悪態の言葉を最後に、俺から炎の球へと視線を移す、オルベン。
と、炎の球が小さくなるスピードが急速に速まり始める。
(爆発まで、あと30秒といった所かな…………)
炎の球が小さくなっていく様子を、ただ静かに見守る、俺。
…………と、そんな俺の脳裏に、かつてアイリスと交わした会話が浮かんできた。
『ありがとう、アイリス。…………それと、心配させてごめんね』
『…………もう良いです。その代わり! もう2度と、こんな事しないで下さいね!』
『ああ。分かってる』
『じゃあ、約束です』
『ああ、約束だ』
『指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます』
『…………指切った』
ーーそれは、エルフの森でグリフォンと戦った時の事。
俺は、開けた場所に居たグリフォンを森の中へ誘導するため、自分で自分の掌を刺すという手段を使いーー結果、アイリスを泣かせてしまった。
その時に、俺はもう2度とこんな事はしない、と。そう約束したのだ。
(ーー大丈夫だよ、アイリス)
俺は、心の中でアイリスに語りかける。
(自慢じゃないけど俺、今まで約束を破った事が、1回もないんだ)
そうこうしている内に、炎の球は最小である、直径2センチ程の大きさとなる。
爆発まで、あと数秒ーー
(ーーここだ!)
ーーバッ!
俺は炎の球へと手を翳し、ある魔法名を唱える。
「『障壁』!」
「ーーハッ! バカが! 『障壁』ごときで、『爆破』が防げる訳が…………って、はあっ!?」
バカにしたような笑みを俺に向ける、オルベンだったがーー炎の球を見た瞬間、すっとんきょうな声を上げた。
「『障壁』を箱のようにして、その中に『爆破』の炎の球を、閉じ込めただと!?」
俺が採った手がよっぽど意外だったのか、わざわざ現在の状況を口にする、オルベン。
そんなオルベンを尻目に、俺はアイリスに、『障壁』を教えた時の会話を思い出す。
『そして、掌の先に魔力を集めて、造る『障壁』の大きさや形を想像しよう』
(ーーそう。『障壁』の形は自由自在。想像次第で、こんな箱形にする事だって出来る)
『ああ、ごめんごめん。…………いや、説明し忘れてたんだけど、実はこの魔法、大きさによって強度が変わるんだよね』
(そしてーー小さければ小さいほど、強度は上がる!)
ーーカッ!
いよいよ、『爆破』が爆発。洞窟内は、閃光に包まれる。
ーーパリィン
『爆破』の威力を殺しきれなかったのか、『障壁』が砕ける音が響く。
だが、体に感じる爆発の衝撃は、極僅かだ。
(どうやら、威力のほとんどを殺してくれたらしいな)
そんな事を考えている間に、爆発の閃光と衝撃は消え、視界が戻ってきた。
「…………そ、そんなバカな…………」
ーーズリズリ
「…………うん。まあ、この程度の衝撃なら、崩落はしないだろうな」
ーーキョロキョロ
今にも消え入りそうな小さな声を漏らし、ゆっくりと尻餅をつく、オルベン。
そうなオルベンを尻目に、俺は冷静に洞窟の内部を見回しながら、そう呟く。
ーーが、
ーーガラガラガラッ!
「ーーっ!?」
どうやら、俺の予想は外れてしまったらしく、背後から大きな音が聞こえてきた。
俺は慌てて、背後を振り返る。
「…………なんだ、出入口の所が崩落しただけか…………」
ホッと安堵の息を吐く、俺。
(あの程度なら、問題は無いな。『創造・大地』で、岩をいくつか砂に変えれば、俺が出るための隙間を作れるだろう。その位の魔力なら、まだ残っているしな。…………そんな事よりも、今問題なのはーー)
ーーザッ、ザッ
「ーーさて。今度こそ終わりだな、オルベン」
「…………………………………………」
改めてオルベンへ槍先を突き付け、そう宣言する、俺。
だが今回は、オルベンはみっともなく喚いたりしなかった。ただ絶望に染まった表情で、呆然と俺を見上げるばかり。
どうやら、捨て身の攻撃を防がれた事が、よっぽどショックだったようだ。
(もう、抵抗する気力は無いだろうな)
俺はそう判断し、そしてーー
「ーーはあっ!」
オルベンの体に、槍を突き立てた。
そうして、『セレスティア』全土で悪逆非道のかぎりをつくした悪名高き盗賊団『血染めの髑髏』は、完全に滅んだのだったーー