シンVS血染めの髑髏(前編)
シン視点
「…………あとはお願いします、シンさん…………」
俺に信頼しきった微笑みを向け、今にも消え入りそうなか細い声でそう告げる、アイリス。
そしてーー
ーーカクン
その言葉を最後に、抱き締めていたアイリスの体から力が抜ける。
どうやら、気を失ってしまったようだ。
(遅くなってゴメンな、アイリス)
心の中でアイリスに謝罪する。
…………結局、王都からこの場所に到着するまで、3時間近い時間がかかってしまった。
魔法で身体能力を強化して、ここまで来た訳だが…………俺が思っていたより、『ルル』の村から『パァム』の村までの時間を短縮する事が出来なかったのだ。
そのせいで、俺がアイリスの元に辿り着いたのは、ギリギリもギリギリ。
(もし、あと数秒遅ければ、アイリスは殺されてしまってただろうな…………)
それを想像すると、ゾッとしてしまう。
そう意味では、ギリギリとはいえ間に合った事を喜ぶべきなのかもしれないが…………それでも、もし俺がギルドや西門で、ウダウダ思い悩んでいる時間がなければ、アイリスはここまでの大ケガを負わなかったかもしれない。
そう考えると、やはりアイリスに謝らずにはいられなかった。
「…………お、おい…………あいつ、まさか…………!」「ま、間違いねぇ! Sランク冒険者の『探求者』シン・シルヴァーだ!」「…………や、やべぇんじゃねぇか…………」
Sランク冒険者である俺が、突然現れたからだろう。
周りに居る『血染めの髑髏』の連中が、ザワザワと騒ぎ出す。
(…………が、こいつらは、一旦無視だ。今、何より優先するべきなのは、アイリスの事…………)
遠目にオルベンとの戦いを見ていたが、アイリスが『凶化』の魔法を使ったのは数十秒だけ。
これなら、『凶化』の代償で失った寿命は、数日分といった所だろう。
(アイリスはまだ子供なんだ。数日位なら、問題はほとんど無いな)
それよりも、問題なのはオルベンに殴られたお腹の傷だ。
おそらくだが、内臓がいくつか傷付いてしまっている。今すぐに治療をしなければ、命に関わる。
「『極・癒』」
俺は、気を失ったアイリスを柔らかそうな草地に寝かせると、その場にしゃがみ込み、『極・癒』の魔法を唱える。
(…………さすが、『極・癒』だな。これ程の大ケガが、みるみるうちに癒えていく)
その様子を眺め、俺はようやく安堵の息を吐く。
(…………ホント、この魔法を覚えて良かったよ…………)
元々、俺が使える回復魔法は、初級の『癒』だけだった。
アイリスに『収納』と『障壁』の魔法書を使わせた時に、念のための保険として『極・癒』を覚えた訳だが…………まさか、本当にこの魔法を使う事態になってしまうとはな。
あの時には想像もしていなかったが…………でも、そのおかげで今、アイリスの命を救う事が出来た。
(…………っと、そうこうしている内に、アイリスのキズも癒えたな。さてとーー)
俺は『極・癒』の魔法を解除すると、立ち上がり…………そしてーー
ーーバッ!
「『神光』!」
周りを取り囲んでいる『血染めの髑髏』に向けて手を翳し、俺は光属性の攻撃魔法『神光』を唱える。
ーーボッ!
瞬間、翳した掌の先から、直径2メートル程の光線が放たれる。
光線は光速の速さで、あっという間に5メートルほど直接に伸び、消滅。
その進路上にあった物は、木も岩もーーそして、5人の『血染めの髑髏』の団員も、細胞の一片すら残さず、この世から消滅した。
突然の不意討ちで放たれた、光速の1撃。断末魔の悲鳴を上げる暇もない、まさしく1瞬の出来事だった。
「ーーっ! て、てめえ…………!」「やりやがったな!」
仲間が殺されたからだろう。
怒りの言葉と共に、各々の武器を構える、『血染めの髑髏』の団員達。
そんな『血染めの髑髏』とは対照的に、俺は小さく静かな声音で、たった1言だけを、呟くーー
「…………黙れ…………」
「「「ーーっ!」」」
先程までの威勢はどこへやら。
『セレスティア』中で残虐のかぎりを尽くす悪名高き盗賊団『血染めの髑髏』の団員達は、俺のたった1言に恐れおののき、息を呑む。
…………だが、それも無理ないだろう。俺は今の1言に、凄まじいまでの怒りと、殺意を込めたのだから。
ーーギロッ!
俺は顔を上げ、周りの『血染めの髑髏』を睨み付ける。
そして、激情のままに、叫んだーー
「てめぇら! よくも、俺の大切な娘を傷付けやがったな!」
自分でもビックリする程の大声と乱暴な言葉が、俺の口から飛び出した。
俺がここまで声を荒げるのはーー俺がこれ程までの怒りを露にするのは、一体何年ぶりだろうか?
(もしかしたら生まれて始めてかもしれないな…………)
だけど、それも当然だろう。
『血染めの髑髏』のせいで、アイリスはーー俺の娘は、心も体も、とてもとても傷付けられた。
そんなのーー
「許せる訳、ないだろうがッ!」
「「「ーーひっ!」」」
2度目となる俺の怒号を受け、恐怖がピークに達したのか、遂には後退り始めた『血染めの髑髏』の団員達。
だがーー
「てめぇら! ビビってんじゃねぇぞ!」
ーーそんな中でも、冷静な者が1人。『血染めの髑髏』のリーダー、オルベンだ。
「よく見ろ! いくらSランク冒険者といえ、相手はたった1人だ! 人数の利は、こっちにある!」
「そ、そうだよな…………!」「いくらSランク冒険者とはいえ、この人数に勝てる訳ねぇ!」
オルベンからの激を受け、戦意を取り戻し始める『血染めの髑髏』の団員達。
だがーー
(こいつらが完全に戦意を取り戻すのを、待ってやるつもりはない!)
ーーバッ!
俺は、再び『血染めの髑髏』の団員達に向け、手をかざす。
そしてーー
「『神光』!」
1回目の時と同じように、ある武器を持った団員をメインのターゲットとし、『神光』を放つ。
2回目という事もあり、俺が手を翳した先の団員は避けようとする動きを見せるが…………だが、『神光』は光速の1撃だ。
避けきる事はかなわず、今度は7人の『血染めの髑髏』の団員が、この世から消滅した。
「ーーチッ! 大規模攻撃魔法ばかり連発しやがって…………! 開けた場所は不利か…………。お前ら! 洞窟の中で迎え撃つぞ!」
「「「へい!」」」
オルベンの指示の元、『血染めの髑髏』の団員達は、拠点としていた洞窟の中へと入っていく。
(…………流石は、Aランク冒険者レベルの実力を持つと言われるオルベンだな。状況判断が的確だ)
現在の状況は、鉱山でアイアンゴーレムと戦った時と一緒…………いや、その時よりも悪いだろうか。
何せこの洞窟は、アイアンゴーレムと戦った鉱山の鉱道よりも、狭く小さい。
これでは、威力の高い魔法はおろか、初級の魔法さえ気軽に撃てないだろう。
「…………まあ、問題は何も無いんだけどね」
こんな状況にも関わらず、俺の口からは気楽な声が漏れる。
それもそのはず、今のこの状況を作ったのはオルベンの意思では無い。
俺が、『血染めの髑髏』が洞窟の中に逃げ込むように、状況を誘導したのだ。
「『収納・アウト』」
俺は、『収納』から、ある武器を取り出すとーー
ーーザッ、ザッ
残り18人の『血染めの髑髏』を殲滅するため、堂々とした足取りで、奴らが張った罠の中へと入っていくのだったーー




