アイリスVS血染めの髑髏(後編)
アイリス視点
わたしは、未だ森の中でさ迷っているであろう『血染めの髑髏』の団員達を避けるため、大きく迂回をして、洞窟の前へと戻って来る。
ーーザッ
先程のように、隠れての不意打ちはしない。
わたしは正々堂々、オルベンの正面から姿を現す。
「…………チッ! 情けねぇ奴らだな。ガキ1人相手に、なに手こずってやがる」
わたしの姿を認めた瞬間、腹立たし気な様子で悪態を吐く、オルベン。
わたしは、それに構うこと無く、洞窟の入り口前で堂々と胡座をかいているオルベンの元へと、ゆっくり近付いて行く。
ーーザッ、ザッ、ザッ
「…………チッ! 面倒くせぇな…………」
徐々に距離を詰めて行くわたしを見て、傍らの大剣を手に、重い腰を上げる、オルベン。
ーーザッ、ザッ、ザッ
構わず距離を詰めて行く、わたし。
そしてーー
ーーピタッ
わたしの『矢』系魔法の最大射程である、100メートル手前で立ち止まる。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
お互いに無言で対峙する、わたしとオルベン。
ーーと、
ーーザッ、ザッ、ザッ
大剣を構えたオルベンが、わたしの方へと数歩、近付いて来た。
(相手は、1流と言われるAランク冒険者と同等の実力を持つオルベンだ。見るからに、近接戦を得意としていそうな格好だし、これ以上距離を詰めるのは危険だな…………)
ーーザッ、ザッ、ザッ
そう判断したわたしは、オルベンが近付いて来た分だけ後ろに下がり、100メートルの距離をキープする。
そんなわたしを見て、オルベンはどこか感心した様子で語りかけてきた。
「…………ほぉ。テメエ、ただのガキじゃねぇな。一体、何者だ?」
「……………………わたしは、アイリス。Sランク冒険者『探求者』シン・シルヴァーの、弟子よ!」
もしかしたら、相手を怯ませる事が出来るかもしれない。
そう考えたわたしは、少し迷った末に、自分の名前とシンさんの弟子である事を明かした。
「…………はっ。『探求者』の弟子だと? バカなこと言ってんじゃねえぞ、ガキ! …………って、言いてぇ所だが、ここまでの手際を見る限り、あながちウソとも言えねぇなぁ…………」
そう呟いた後、今までのやる気なさそうな表情を一転、どこか集中したような目で、わたしの姿を捉える、オルベン。
そしてーー
「んで? その『探求者』の弟子が、オレ達に何の用だ?」
ーーそんな、ふざけた事を、問いかけてきた。
「ーーっ! ふざけるなああぁぁぁッ!」
瞬間、ぷつんっ、と。わたしの中で、何かが切れた。
「わからないのら、教えてやる! わたしは、お前達が10日前に皆殺しにした『ルル』の村の、ただ1人の生き残りよ!」
「ああ、なんだぁ? あの村、生き残りが居たのかよ? そいつは、すまなかったなぁーー」
激情のままに、オルベンへと怒りの言葉をぶつける、わたし。
そんなわたしに、オルベンは謝罪の言葉を告げるとーーニヤリ、と。いやらしい笑みを浮べ、続ける。
「ちゃんと皆と一緒に、殺せてやれなくて」
「ーーっ! 殺す!」
もういい! おしゃべりは、ここまでだ!
ーーバッ!
わたしは勢いよく右腕を突き出すと、作戦通りに攻撃を始めた。
「『炎矢』!」
瞬間、わたしが翳した右手の周囲に、炎でつくられた矢が8本出現した。
先程の『闇矢』とは違い、本気の魔力を込めて作った、凄まじい熱気を放つ炎の矢ーーそれを、オルベンに向けて、一斉に射ち出す。
「ーーはっ! んな離れた所から撃った魔法が、当たる訳ねぇだろ!」
オルベンの言う通り、100メートルの距離から射った『炎矢』は、着弾するまでに10秒以上の間がある。
ーーガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!
『闇矢』の時と同じように、構えた大剣で、余裕を持って全ての『炎矢』を受け止める、オルベン。
ーージュー
着弾と同時に、大剣からは焼けるような音が上がるが、この程度の熱で自分の武器が傷付くとは思っていないのか、オルベンはお構い無しだ。
(よしっ! 予想通り、大剣で防いだ!)
それを確認したわたしは、すぐさま次の魔法を唱える。
「『氷矢』!」
次にわたしが唱えたのは、『氷矢』の魔法だ。
先程の『炎矢』と同じように、今回も本気の魔力を込めて作った。
翳した右手の周囲には、凄まじい冷気を放つ氷の矢が8本出現ーーわたしはそれを、距離を縮める事なく、オルベンに向けて射ち出す。
「はっ! 残念だなぁ! たとえ何十発射った所で、俺には当たらねぇよ!」
ーーガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!
先の『炎矢』と同じように、構えた大剣で全ての『氷矢』を防ぐ、オルベン。
ーーシュー
同時に、先の『炎矢』で熱せられていた大剣からは大量の水蒸気が上がるがーー
ーーブンッ!
オルベンは有ろう事か、百キロ以上はありそうな大剣を片腕で振り、水蒸気を振り払う。
「オラッ! 俺に当ててぇなら、んな遠くからチマチマ射ってねぇで、もっと近付いて来いよ!」
ーーチョイチョイ
右手で持った大剣を肩に担ぎ、空いた左手でわたしを煽ってくる、オルベン。
(そんな挑発には乗らない!)
わたしは、この距離をキープしたまま、次の魔法を唱える。
「『炎矢』!」
再び、わたしは『炎矢』の魔法を唱える。
先程と同じように、翳した右手の周囲には、凄まじい熱気を放つ炎の矢が8本出現ーーわたしはそれを、すぐさまオルベンに向けて打ち出した。
ーーガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!
今までと同じように、構えた大剣で全ての『炎矢』を防ぐ、オルベン。
ーージュー
同時に、先の『氷矢』で冷やされた大剣からは、焼けるような音と共に、再び大量の水蒸気が上がるがーー
ーーブンッ!
先程と同じように、オルベンは片腕で大剣を1振りし、水蒸気を振り払った。
「チッ! 学習能力のねぇガキだな! ムダだって言ってんだろ!」
これで、同じやり取りが3回目。
さすがに、オルベンも面倒くさそうな様子を見せ始めた。
(だけど…………もうちょっとだけ、付き合ってもらう!)
わたしは、これまでと何ら変わらず、次の魔法を唱える。
「『氷矢』!」
再び、『氷矢』を唱える、わたし。
翳した右手の周囲には、凄まじい冷気を放つ8本の氷の矢が出現ーーすぐさま、オルベンに向けて打ち出す。
ーーガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!
今までと同じく、大剣で全ての『氷矢』を受け止める、オルベン。
ーーシュー
ーーブンッ!
先の『炎矢』で熱せられた大剣から、再び立ち上る水蒸気。
オルベンはそれを、大剣の1振りで払いのける。
「…………はぁ。もういい。『探求者』の弟子だからって、ただのガキに警戒したオレがバカだった…………」
溜め息を吐きつつ、呆れた様子でそう呟く、オルベン。
そしてーー
ーーダッ!
しびれを切らしたのか、ついにオルベンが、わたしに向けて駆け出して来た。
大剣を肩に担ぎ、百キロを超えるとは武器を持っているとは思えないスピードで駆けて来る、オルベン。
そんなオルベンに対し、わたしはーー
(あの時のシンさんと同じ回数射ったし…………もう良いよね!)
ーーダッ!
そう判断して、わたしもまた、オルベンに向かって駆け出した。
「ーーなっ!?」
まさかわたしが向かって来るとは思っていなかったのか、動揺した様子で足を止める、オルベン。
だけど、わたしは立ち止まらない。
「『収納・アウト』!」
走りながら、わたしは『収納』から緋色の短剣を取り出し、それを右手で逆手に構える。
まもなく、オルベンとの距離は数メートルまで縮まりーーわたしは、短剣を持った右手を大きく後ろに引き、攻撃モーションに入る。
狙いはーー鎧に守られていない、首!
「ーーっ! チィッ!」
わたしの視線の動きから、どこを狙っているのか悟ったのだろう。
オルベンは咄嗟に大剣を構え、防御の体勢をとる。
だけどーー
(ーーかまわない! それなら先に、その大剣を破壊させてもらう!)
元々、わたしは考えていたんだ。
まずはあの、攻防一体の大剣を壊さなくちゃいけないって。
…………もちろん。わたしに、こんな鉄の塊を壊せる力は無い。
だけどーー
(そのための布石は、もう打った!)
わたしの脳裏に、以前シンさんと交わした、ある会話が思い浮かぶーー
『ははっ。アイリス。俺がどうしてアイアンゴーレムの体を壊せたか分からないって感じかな?』
ーーコクコク
『ははっ。じゃあ、種明かしするけどさ、鉄はね、熱したり冷ましたりを何度も繰り返すと、強度がどんどん落ちていくんだよ』
『えっ!? そうなんですか!?』
『より詳細に言うと、鉄は熱せられると膨張し、冷まされると収縮する。これが何度も繰り返される事で、目に見えない亀裂が無数にーーって、ははっ。アイリスには、まだ難しかったかな?』
それは、シンさんがアイアンゴーレムと戦った時の事。
場所は坑道。崩落の危険性があるから強力な魔法は使えず、シンさんの筋力では、アイアンゴーレムの鉄で出来た体を壊せない。
そんな、為す術がない状況下で、シンさんが打った手ーーそれが、『炎矢』と『氷矢』を交互に射つ事で、アイアンゴーレムの体を脆くするというものだった。
(ーーそう。わたしが今やろうとしているのは、その時の再現!)
幸いな事に、わたしには『火』と『水』の魔法に適性がある。
あの時のシンさんのように、魔道具を使う必要は無い。
(残る問題は、あの時シンさんが最後に使った筋力強化の魔法を、わたしが使えない事だけど…………)
だけどーー
(その代わり、今のわたしには、この魔法がある!)
ーーオルベンとの距離は、まもなく、ゼロ。
(ーーここだ!)
わたしは満を持して、今日覚えたばかりの切り札の魔法を、唱えるーー
「『凶化』!」
ーードクンッ!
瞬間、わたしの心臓が一際強く脈打ち、身体中に、今まで感じた事が無い程の力が溢れてくる。
『…………殺せ…………』
同時に、わたしの頭の中に、囁くような小さな声が響いた。
『…………殺せ…………殺せ…………殺せ…………』
そして、まるでその声に呼応するように、わたしの中の怒りや憎しみといった負の感情が、どんどんどんどん大きくなっていく。
(よくも、お母さんを…………皆を殺したな…………! 許さない…………絶対に許さない! 殺してやるーー『血染めの髑髏』!)
わたしは、溢れ出る負の感情に身を任せるとーー
『ーー殺せ!』
「やあああぁぁぁッ!」
今まで上げた事の無い雄叫びと共に、オルベンが持つ大剣に向けて、短剣を構えた右腕を、振り抜いたーー
ーーバガアァァァンッ!
「ーーなぁッ!?」
瞬間、鉄が砕ける大きな音と、オルベンの驚愕の声が、周囲に響き渡る。
そうーーわたしは作戦通り、オルベンが持つ大剣を、粉々に破壊する事に成功したのだ!
(やった…………やったよ! お母さん! みんな!)
今は天国に居るお母さんや皆に向けて、喜びの声を上げる、わたし。
だけどーー
『…………殺せ…………』
わたしの頭の中には、まだ囁く声が響いている。
(…………そうだ。まだ、終わりじゃない…………)
わたしはただ、オルベンが持つ大剣を破壊しただけだ。
オルベン自身は、まだ生きている。
(…………待っててね、お母さん、みんな…………。すぐに、こいつを殺すから…………)
ここまで来れば、あとは1手だ。
(たしか、シンさんはアイアンゴーレムの体を壊した後、『氷矢』でトドメを刺したんだっけ…………)
わたしは、その時のシンさんの動きを参考にして、短剣を持つ手とは逆の左手を、オルベンに向けて翳す。
狙いはーー大剣を破壊した事で、剥き出しになった、顔!
「『氷ーー』」
オルベンの頭を撃ち抜こうと、『氷矢』の魔法を唱えようとした、わたし。
だけど、最後まで魔法を唱える事は、出来なかったーー
ーードガッ!
瞬間、お腹に強い衝撃と痛みを感じーー
ーードサッ
気付けば、わたしは地面に仰向けに倒れてしまっていた。
「ーーかはっ…………」
口からは、渇いた咳と共に、大量の血が溢れ落ちる。
殴り飛ばされたのだ、と。そう悟った。
「ーーっ! ガキィ…………! よくも、やってくれたなぁ…………!」
地面に倒れ伏すわたしを、凄まじい怒りを称えた目で睨んでくる、オルベン。
(ーーっ! た、立たなきゃ…………!)
ゾクリ、と。背筋に悪寒が走ったわたしは、今すぐに立ち上がろとする。…………けど、出来なかった。
殴られたお腹が痛くて痛くて、体に力が全く入らない。
(ーーっ! そ、そんな…………。わたしが必死に作戦を考えて、コツコツ積み上げてきた戦況が、たった1擊殴られただけで逆転された…………!)
オルベンとの圧倒的な実力の差を感じ、思わず絶望してしまう、わたし。
ーーと、
「ーーっ! ボス! これは一体!?」「大丈夫なんですかい!?」
気付けば、周りがガヤガヤと騒がしい。
どうやら、『血染めの髑髏』の団員達が、森から戻って来てしまったらしい。
「終わりだな。ただじゃ殺さないぜ、ガキィ…………!」
未だ怒りを滲ませた声を、わたしに向ける、オルベン。
(…………そっか。わたし、負けたのか…………)
…………あはは。何やってるんだろ、わたし…………。
勝手にシンさんの元を飛び出して…………1人で『血染めの髑髏』に挑んで…………結果、返り討ちに合って、殺されようとしている…………。
…………シンさんを疑っちゃった、バチが当たっちゃたのかなぁ?
(…………ごめんなさい、シンさん…………)
わたしは、最後に心の中でシンさんに謝るとーー全てを諦めて、目を瞑る。
だけどーー
『…………殺せ…………殺せ…………殺せ…………』
わたしの頭の中には、未だに囁き声が響いていてーー同時に、お葬式の日に見た、惨たらしく殺された、お母さんの…………皆の遺体が、閉じた瞼の裏に浮かび上がる。
ーー瞬間、わたしの中で、怒りや憎しみといった負の感情が、再燃する。
「ーーっ! うっ…………ああああぁぁぁッ!」
必死の咆哮を上げ、何とか立ち上がろうとする、わたし。
そんなわたしを見て、目の前のオルベンが驚愕の声を上げる。
「マジかよ…………内臓がいくつか潰れてるはずだぞ…………」
「ーーっ! かはっ…………!」
オルベンの言葉通りなのだろう。わたしの口から、再び血が溢れてくる。
(だけど…………関係ない!)
ーー立て!
ーー立て! 立て! 立て!
「ーーああああああぁぁぁッ!」
ーーそうして、わたしは、何とか立ち上がる事に、成功する…………。
「ーーっ! 信じらんねぇ…………このガキ、バケモンかよ…………」
「…………はぁ…………はぁ…………はぁ」
ーーギロッ
立ち上がったわたしを見て、どこか怯えたような声を上げる、オルベン。
そんなオルベンを、わたしは憎しみを称えた目で睨み付ける。
『…………殺せ…………殺せ…………殺せ…………』
「『血染めの髑髏』…………キサマらを…………殺す!」
そうして、頭の中に響く声に突き動かされるまま、わたしは幽鬼のような足取りで1歩、オルベンへ向けて踏み出しーー
ーーガバッ!
瞬間、わたしは背後から、強い力で抱き締められた。
(『血染めの髑髏』の団員に、背後から羽交い締めにされた!)
そう判断したわたしは、何とか振りほどこうと、体に力を込めーー瞬間、気付く。
(ーーっ! この匂い、この感触、この温もりーーま、まさか!?)
わたしの脳裏に、ある1人の人物の顔が思い浮かぶ。
(ウ、ウソ…………何であの人が、ここに…………?)
信じられない気持ちを感じつつ、おそるおそる、ゆっくりと振り返る、わたし。
そしてーー
「…………はぁ、はぁ…………。良かった。何とかギリギリで、間に合った…………!」
「ーーっ! シ、シンさん…………!」
そこには、わたしが今1番見たかった、大好きな人の姿があって。
その事を認めたわたしの瞳からは、無意識にポロポロと涙が溢れ出す。
「…………う、うぅ…………シンさぁん!」
「アイリス、大丈夫…………な訳ないか。…………まったく。1人で無茶をして…………」
呆れた風に呟きつつも、心配気な眼差しでわたしを見つめる、シンさん。
そしてーー
ーーギュ~ッ!
「よくやった。あとは俺に任せて、アイリスは休んでくれ」
わたしをより一層強く抱き締め、どこか悲痛さを感じる声でそうお願いしてくる、シンさん。
そんな真剣な様子のシンさんに対し、わたしはーー
(…………あはは。シンさんの腕の中、温かいなぁ…………)
ーーそんな、あまりにも場違いな事を、暢気に考えてしまっていた。
(…………あはは。不思議だなぁ…………。さっきまでは、『血染めの髑髏』が憎くて憎くて、仕方がなかったはずなのに…………)
それなのに、今のわたしには、怒りや憎しみといった負の感情は、ほとんど無い。
その代わりに、ポカポカとした温かい安心感が、わたしの心に広がっていた。
(…………んん。…………眠い…………)
体も心もポカポカと温かいからかな?
わたしはいつの間にか、眠気を感じ始めてしまっていた。
(…………もう、いいかな。この温かさに、身を委ねても…………)
眠りに着きつつある頭で、そう判断したわたしはーー無意識に、わたしの体を抱き締めるシンさん腕に、ソッと手を添える。
そしてーー
「…………あとはお願いします、シンさん…………」
その言葉を最後に、わたしは意識を手放すのだったーー
 




