アイリスVS血染めの髑髏(前編)
アイリス視点
(…………うん。作戦は、これで大丈夫。…………覚悟も決まった。…………………………………………よし! 行こう!)
ーーバッ
そうして、わたしは今まで潜んでいた草葉の陰を、勢いよく飛び出した。
ーーガサッ!
その際に、草むらから大きな葉擦れの音が鳴ってしまい、『血染めの髑髏』の面々が、一斉にわたしの方を向く。
「ーーっ!」「おいっ! なんだ、あのガキはっ!?」「知るか! 村の子供じゃねぇか!?」
突然現れたわたしに驚いているのか、ザワザワと騒ぎ出す、『血染めの髑髏』。
(ーー大丈夫。気付かれるのも、作戦の内だ)
わたしは構うことなく、『血染めの髑髏』の元へと駆けて行く。
(わたしの作戦ーーまず最初の目標は、わたしの『矢』系魔法の最大射程である100メートルまで、距離を詰める事)
そしてーー
「『闇矢』!」
未だ困惑の最中にある、『血染めの髑髏』。
そのリーダーであるオルベンに向けて、今のわたしが射てる最大本数である8本の『闇矢』を放つ。
狙うは、鎧に守れた体では無く、唯一むき出しになっている顔。
(これが当たって、リーダーを殺せれば、めっけもの。だけどーー)
ーーガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!
(…………まあ、防ぐよね…………)
突然の不意打ちにも関わらず、傍らに置かれていた大剣を顔の前に構え、『闇矢』を全て受け止める、オルベン。
そしてーー
「テメエら! あのガキを殺せ!」
その巨大な剣をわたしの方へ向け、オルベンは怒号と共に部下へと指示を出す。
「「「おおおおおー!」」」
ーーガチャガチャガチャ
リーダーの指示を受け、まるで獣のような雄叫びを上げる、『血染めの髑髏』の団員達。
そして、各々の武器を手に、一斉にわたしの方へと向かって来た。
(よしっ! 計画通り!)
それを確認したわたしは、クルッとUターンして、森の中へと逃げ込む。
「ガキが逃げたぞ!」「追え!」「殺せ!」
聞くに耐えない粗野な言葉を口にしながら、『血染めの髑髏』も、わたしを追って森の中へと入って来た。
(…………よし。ここまでは順調だな)
わたしが森の中へと逃げ込んだ理由ーーそれは、以前のグリフォン戦の時に、シンさんが使った地形戦を参考にしてのものだ。
あの時、シンさんがグリフォンを森の中に誘導した理由は、2つ。
1つは、グリフォンが放つ強力な風のブレスを、エルフの森にある木々で弱める事。もう1つが、森の木々を使って、巨大なグリフォンが通れるルートを限定する事。
(そして、わたしの場合はーー)
わたしは、その際にシンさんと交わした会話の内容を思い出す。
『…………しかし、凄いな、アイリスは』
『え? 何がですか?』
『いや、整備もされていない、こんな険しい山道だっていうのに、よくまあ、そんな軽やかな足取りで進んで行けるなーって、思ってさ』
『んー、そうなんですか? わたしは、いつも通りに歩いてるつもりですけど』
『ああ。アイリスは凄いよ。街で生まれ育った人は、たとえ大人でも、アイリスみたいに身軽に山道を進めないと思うよ』
『……………………。…………んー。きっと褒めてもらってるんでしょうけど、何だか田舎者扱いされてるようで、素直に喜べませんね』
『いやいや。俺は素直に、アイリスの事を凄いと思っているよ。実際、今も油断したら俺、アイリスに置いていかれそうになってるし』
『え? そうなんですか?』
『うん。実は結構頑張って歩いてる。という訳で、ちょっとスピードを緩めてくれたら助かるんだけど…………』
『ふふっ。はーい』
ーーそれは、グリフォンを探して、エルフの森の中を歩き回っていた時の事。
先行するわたしに、シンさんはそう言って、褒めてくれたのだ。
(ーーそう。山や森の中なら、わたしはSランク冒険者のシンさんより速いんだ!)
ましてや、相手は鎧を着込んだ重装備の男達。
そんな奴らが、森の中でわたしに追い付くなんて、不可能だ。
ーータッ、タッ、タッ
「クソッ! なんだ、あのガキ!」「速ぇ!」
狙い通り、わたしと『血染めの髑髏』との距離は、縮まるどころか少しずつ開いていく。
「クソッ!」「おい! 弓や魔法で、さっさとあのガキを撃ち殺せ!」「さっきからやってる! だけど、木が邪魔で当たらないんだ!」
わたしの遥か後ろで、みっともなく騒ぐ、『血染めの髑髏』。
(…………うん。予定通り)
わたしは先程から、真っ直ぐではなく、森の中をちょこまかと縦横無尽に走り回っている。
これは、シンさんがエルフの森の木々を使って、グリフォンの風のブレスを受け止めた事を参考にさせてもらった。
これなら、『血染めの髑髏』の弓や魔法は、そう簡単には当たらないし、もし当たりそうになったとしてもーー
「『障壁』!」
わたしは、ちょこちょこ後ろを確認しながら、当たりそうな弓や魔法は、『障壁』でガードする。
ちゃんとシンさんから教わった通り、頭からお腹までの大きさの『障壁』だ。
相手は、走り回っているせいで上手く魔力を練れないのだろう。飛んでくる魔法の威力はそれほど高くなく、わたしの『障壁』の強度でも、簡単に防ぐ事が出来た。
そうして、捕まったら終わりの鬼ごっこを続ける事、10分程ーーわたしは、全ての『血染めの髑髏』を撒く事に成功した。
「…………はあ、はあ…………。…………ふふっ。思ったより、早く撒けたな」
まるで、グリフォン戦の時のシンさんのように、全てが上手く行っている。
その状況に、わたしの口から、つい笑みが漏れてしまう。
「ーーっと、イケない、イケない! 作戦は、ここからが本番なんだ。集中しないと!」
ーーパンッ!
わたしは、自分のほっぺたを思い切り張る事で、弛みかけてしまった気持ちを切り替える。
そして、自分を奮起させるため、大きな声で次の作戦を口にするーー
「ーーよしっ! まずは、リーダーのオルベンを、殺す!」
最初からそのつもりで、わたしは作戦を考えていた。
そして、作戦はここまで、全て順調に進んでいる。
『血染めの髑髏』の団員は、全員森の中。リーダーのオルベンは現在、洞窟の前で1人だ。
(オルベン用の作戦も、ちゃんと考えているし…………大丈夫! ここまでように、きっと全部上手くいく!)
そうして、リーダーのオルベンを討つべく、わたしは洞窟へと急ぐのだったーー




