アイリスの作戦
アイリス視点
借し馬屋さんから借りたニール君の背中に乗って、『パァム』の村に向かう事、約4時間半。
空が茜色に染まる頃、わたしはようやく、『パァム』の村へと辿り着いた。
「ここまでありがとう、ニール君。ちょっとだけ待っててね」
わたしは、ここまでお世話になったニール君へ感謝の言葉を伝えると、『パァム』の村近くの木に手綱を結び付ける。
…………わたしの記憶が正しければ、『パァム』の村から、『血染めの髑髏』が潜伏している洞窟までは、歩いて30分程。
ニール君を戦闘に巻き込む訳にはいかないので、ここからは1人で行く事にする。
(…………たしか、こっちだったよね…………?)
わたしが、『血染めの髑髏』が潜伏している洞窟を訪れたのは、去年の事。
『パァム』の村で行われていた豊穣祭に参加する為、わたしとお母さんは、『ルル』の村から歩いて向かっていた。
その道中、突然の通り雨に降られ、偶然見つけた洞窟で雨宿りしたのだ。
ーータッ、タッ、タッ
その時の記憶を頼りに、わたしは洞窟を目指して、森の中を駆けて行く。
王都の整備されたキレイな道とは違い、森の地面はデコボコとしている。
(だけど、『ルル』の村で育ったわたしにとっては、森の中は遊び場だったんだ。この位、何て事ないよ!)
そうして、森の中を走る事、10分程ーー
(ーーっ! あった…………!)
わたしの視界に、目的の洞窟が見えてきた。
(…………とりあえず、まずは様子を見ようかな…………)
あの洞窟には今、『血染めの髑髏』が潜んでいるのだ。
わたしは、すぐに飛び出したりせず、まずは200メートルほど離れた草葉の陰から、様子を伺う事にした。
ーージーッ
遠目に見えるのは、件の洞窟と、その前に張られた10個程のテント。
そして、そのテントの周囲には、剣や鎧を携えた30人程の男達が居て、ゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、お酒を飲み交わしていた。
(? どうして、洞窟の外にテントを張っているんだろう?)
一瞬、そんな疑問を感じたものの、すぐにその理由に気付く。
(…………そっか。そういえば、あの洞窟の中って、そんなに広くないんだった)
たしか、奥行きは300メートル程。道幅も、2人並んで通るのがやっとの、狭い洞窟だった記憶がある。
だから、洞窟の中ではなく、外にテントを張っているのだろう。
(ーーって、今はそんな事、どうでもいいよ!)
そんな事より、重要なのはーー
(あいつらがーー『血染めの髑髏』ッ!)
今わたしの目の前に、お母さんのーー皆の仇が居るという事だ。
(…………不思議だな…………。全然恐くない…………)
以前の、シンさんと一緒にギルドへ向かっていた時の事を、思い出す。
(あの時は、周りに居る冒険者さん達を見て、恐いと感じたっけ…………)
シンさんとは違い、丸太のような腕や足。そして、数十キロはありそうな、武器や防具を身に付けた男性の冒険者さん達。
その姿を見たわたしの脳裏には、『ルル』の村が『血染めの髑髏』に襲われた時の記憶が甦ってきて、恐いと感じた記憶がある。
だけど今のわたしは、『恐い』なんて、これっぽっちも感じて無かった。
(ーー憎い)
ただーーただただ憎かった。
怒りや憎しみが、わたしの心を占めていた。
(よくも、お母さんをーー皆を殺したな、『血染めの髑髏』!)
わたしは、今すぐにでも飛び出したい衝動に駆られるもーーそれをグッと堪え、考える。
(…………落ち着いて…………。まずは、作戦を考えなくちゃ…………)
自分でも、分かってる。
このまま、勢いに任せて飛び出した所で、『血染めの髑髏』には勝てないって。
(とりあえず、情報を整理しよう)
まずは、わたしの事。
武器は、刃が潰れたオモチャみたいな短剣。
使える魔法は、初級の『炎矢』、『氷矢』、『闇矢』。
そして、先程覚えたばかりの、『凶化』。
(そんなわたしに対して、『血染めの髑髏』はーー)
まず、人数は30人程。
その全員が鎧を身に付け、傍らには剣や槍や弓や杖といった、たくさんの武器。
そして、そんな彼らの中心には、一際豪華な鎧を身に付けた男が居る。
(きっと、あいつがリーダーなんだろうな…………)
素人のわたしが見ても分かる、周囲の男達とは一線を画する存在感。
そして、その男の傍らには、百キロ以上はありそうな、身の丈程の大きさの大剣。
(…………これ、わたし勝てるのかな…………)
わたしの脳裏に、そんな弱気な考えが浮かぶ。
だけど、わたしはブンブンと頭を振って、弱気な考えを振り払う。
(勝てるかな…………じゃない! 勝つんだ!)
そうして、決意を新たにしたわたしは、以前のシンさんの言葉を思い出す。
『俺は『探求者』シン・シルヴァー。身体能力が低い代わりに、知識や戦術を磨いてSランクになった男だよ』
(…………そうだ。そしてわたしは、曲がりなりにも、そんなシンさんの弟子…………)
状況は、わたしが圧倒的に不利。
だからこそ、考えるんだ! わたしが、あいつらに勝てる作戦を!
(…………………………………………)
と、意気込んでみたものの、しばらく考えても、わたしは何も思い付く事が出来なかった。
『そんなアイリスに、復讐を手伝う気が無いなんて、とても言えません』
不意に、ギルドで聞いたシンさんの言葉が甦る。
わたしは、シンさんの弟子として、10日近い時間を一緒に過ごしたけれど…………今思えば、その言葉通り、ほとんど何も教えてもらえなかった。
…………だからといって、諦めるつもりは無い。
(思い出せーー)
たしかに、シンさんはわたしを鍛える気が無かったのかもしれない。
だけど、わたしがシンさんから学んだ事は、0じゃ無い。
『炎矢』や『氷矢』といった『矢』系魔法を教えてもらったし、『収納』や『障壁』の魔法書を使わせてくれた。
それに、1回だけだったけど、わたしはシンさんの仕事に付いて行って、Sランク冒険者のシンさんの闘いを、間近で見たんだ!
(…………………………………………)
そして、思い出すのは、それだけじゃ無い。
わたしとシンさんは、師弟であると同時にーー親子でも、あった。
(思い出せーー)
この10日近くの間、シンさんと交わした何気ない会話の、1つ1つを…………。
(…………………………………………)
そしてーー
(ーーっ! そうだ…………この作戦なら、『血染めの髑髏』を倒せるかもしれない!)
わたしの脳裏に、ある1つのアイデアが浮かんだのだったーー