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シンとセンドリック

シン視点

ーーダッ!


文字通り、自宅を飛び出した俺は、1番近い西門へと全力疾走で向かう。


(…………まだだっ! まだ、アイリスに追い付ける可能はある!)


俺がアイリスに馬の乗り方を教えたのは、1回だけ。時間にして、30分程度だ。

たったそれっぽっちの時間で教えられたのは、馬術の基礎を1通りだけ。

とてもじゃ無いが、アイリスが馬術をマスターしたとは言えないだろう。


(だからこそ、もしアイリスが王都を出てばかりなら、充分に追い付けるはずだ!)


そんな僅かな可能性にすがって、俺は全力で駆ける。

…………本来なら、ギルドに戻ってフィリアさんに報告をするのが先なのかもしれない。

だけど、そんな少しの時間さえ、今の俺には惜しかった。


(…………アイリスが王都の外に出たのは、俺の仕事に同行した1回だけ。その時に使ったのが西門だから、今回もアイリスは西門を利用するはずだ)


そんな考えの元、俺はギルドには立ち寄らず、真っ直ぐに西門へと向かう。


(…………はあ、はあ…………。よし! 到着!)


全力疾走で向かっただけあり、西門へは数分で辿り着いた。

俺は早速、衛兵さんに尋ねてみる。


「すいませんっ! ちょっと聞きたい事が!」


「ーーっ! シ、シン・シルヴァー様!?」


この国唯一のSランク冒険者である俺が、血相を変えて訪ねて来たからだろう。

衛兵さんはとても驚いた様子を見せ、しどろもどろになる。

とはいえ、そんな衛兵さんを気遣っている余裕は、今の俺には無い。このまま、質問を続けさせてもらう。


「すいません! 人を探してまして! 名前は、アイリス。歳は12才ですが、同年代より体格は小柄です! 髪の色は、銀色! そんな女の子が、この門を通りませんでしたか!?」


勢いのままに、アイリスの特徴をまくし立てる、俺。

そんな俺に気圧された様子を見せつつも、衛兵さんはすぐに答えを教えてくれた。


「さ、先程も、センドリック様が似たような質問をされましたね。ーーはい。通りましたよ」


「ーーっ! やっぱり…………。それで、その子は馬に乗っていましたか!?」


「は、はい。乗っていました。物凄い勢いで飛び出されて行きましたが…………」


「ーーっ! そ、そうですか…………」


悪い予想が当たってしまい、思わず落胆してしまう、俺。


(きっと、あそこで馬を借りたんだろうな…………)


西門のすぐ近くには、グリフォン退治やゴーレム退治の時にも利用した借し馬屋がある。

その時にアイリスは、借し馬屋の職員から、Sランク冒険者である俺の同行者だと認知されたはずだ。


(アイリスはきっと、俺の名前を出して馬を借りたんだろうな…………)


そうでもなければ、まだ未成年のアイリスに、借し馬屋が馬を借す訳が無い。


(だが…………まだだ! まだ、最悪じゃ無い!)


アイリスが馬を借りた経緯を推理し終えた俺は、気持ちを切り替えると、最も重要な質問を衛兵さんへと投げかける。


「そ、それで…………その子は、どのぐらい前に王都を出て行きました…………?」


おそるおそる尋ねる、俺。


(もし、まだ30分以内なら、『パァム』の村に着く前には追い付けるはず…………!)


が、そんな俺の希望は、次の衛兵さんのセリフで打ち砕かれるーー


「そうですね…………センドリック様から同じ質問を受けた直後だったのでーーもう、1時間以上前ですね」


「ーーっ! そ、そんな…………」


…………よろっ…………


思わず、数歩後ずさってしまう、俺。


(…………駄目だ…………。そんなに前なら、もう追い付けない…………)


如何(いか)にアイリスが馬術の初心者とはいえ、1時間以上も前に王都を出たのなら、既にかなりの距離を進んでいるはずだ。

たとえ、今から俺が全力で馬を走らせたとしても、先行するアイリスには追い付けないだろう。


(ああ…………このままじゃ、アイリスが『凶化(バーサーカー)』の魔法を使ってしまう…………)


凶化(バーサーカー)』の魔法の代償は、かなり大きい。

10分も使えば、数年分の寿命を縮めてしまう。


(…………いや…………。そもそも、仮にアイリスが『凶化(バーサーカー)』を使ったとしても、『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』には勝てないだろう…………)


凶化(バーサーカー)』は、使用者の身体能力を3倍に高める強力な魔法だが、アイリスはまだ子供…………しかも、女の子だ。

元々の身体能力が高くない以上、3倍にしたとても、たかが知れている。

他にも、経験も技術も知識も、アイリスには全く足りていない。

とてもじゃないが、危険度(リスク)Aプラスの『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』を倒す事は出来ないだろう。

つまり、このままだとーー


「……………………アイリスが、殺されてしまう…………」


ーーサアァァッ


そんな最悪の想像をしてしまい、俺の顔から血の気が引いていく。


「あ、あの…………シルヴァー様、大丈夫ですか? 何だか、顔色が…………」


余程、俺は酷い顔色をしているのだろう。心配した様子で、衛兵さんが尋ねてくる。

と、その瞬間だったーー


「シルヴァー様!」


突然、大声で名前を呼ばれた為、俺は顔を上げる。


「…………センドリックさん…………」


そこには、ゼェゼェと、息を切らせたセンドリックさんが立っていた。


「…………どうして、ここに?」


たしか、西門とは正反対の、ギルドの東側を捜索していたはずでは?


「少し前に、アイリスさんらしき少女が西門を利用したと報告を受けまして。急いで、こちらに…………」


…………なるほど。この衛兵さんは先程、『センドリックさんも似た質問をした』と言っていた。

その直後に、センドリックさんが言っていた特徴に合致した女の子が門を出て行ったので、騎士団の人に伝言を頼んだ、と。

おそらく、そんな所だろう。


「ところで、アイリスさんはどちらに向かわれたのでしょう?」


「…………おそらく、『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』の潜伏先である、『パァム』の村はずれの洞窟だと思います。ギルドでの俺達の話を盗み聞きしてたでしょうから…………」


首をかしげているセンドリックさんに、俺はアイリスの行き先を告げる。


「…………え…………。ーーっ! 大変ではないですか!」


途端に、先程の俺と同じように慌て始める、センドリックさん。


「少々お待ちくださいましてシルヴァー様! 急いで馬の準備を致します!」


勢いそのままに、目と鼻の先にある借し馬屋に駆けて行こうとする、センドリックさん。

そんなセンドリックさんを、俺は力無く首を振って、止める。


「…………無理です…………」


「…………え?」


「アイリスが王都を出たのは、1時間以上前。しかも、馬に乗ってます。今からでは、どう足掻(あが)いてもアイリスに追い付けません…………」


「そ、そんな…………」


俺の言葉を受け、顔が青ざめる、センドリックさん。

アイリスが『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』の元へ向かったと知って慌て、アイリスに追い付けないと知って絶望する。

センドリックさんのそれは、先程までの俺と全く同じ反応だった。

だけどーー


「ーーっ! で、では、何とかアイリスさんに追い付く方法が無いか、考えましょう!」


「…………え?」


俺と違い、センドリックは諦めなかった。


「大丈夫です! 世界一の頭脳を持つと言われる、『探求者(シーカー)』シン・シルヴァー様なら、きっとアイリスさんに追い付く方法を思い付けますよ! もちろん、(わたくし)も微力ながら知恵を絞ります!」


センドリックさんはそう言うと、腕を組んでウンウンと唸り始めた。


「…………………………………………」


ーーそれは、超が付く程にクソ真面目な、センドリックさんらしい愚直な言葉だった。


(…………全く。簡単に言わないでくれよな…………)


この世界に、馬より速い移動方法など存在しない。

唯一の例外は転移魔法だが、莫大な魔力が必要なので、基本的には大国の王宮に施された魔法陣からしか行えない。


(ここ、『セレスティア』は西大陸最大の国だから、転移魔法陣はあるにはあるが…………)


とはいえ、いかにSランク冒険者の俺といえど、こんな個人的な理由では使わせてもらえないだろう。

それに、転移魔法はあらかじめ登録された場所にしか飛べない。

その性質から、転移魔法は王族や貴族が、友好国へ移動するために使われる。

ピンポイントで、アイリスが居る場所に飛べるような、便利な物では無い。


(…………つまり、無理なんだよ…………。どう足掻いても、アイリスに追い付くのは、不可能だ…………)


必死に、アイリスに追い付く方法を考えてくれているセンドリックさんには悪いと思うものの、俺は内心で不可能だと断言する。


(……………………追い付くのは、不可能…………。…………なら…………)


だからこそ、俺の頭は、追い付く以外のアプローチを考え始めていた。

つまりーー


(…………アイリスが向かおうとしてる場所に、先回りする…………)


例えば、アイリスの故郷である『ルル』の村。

本来なら、王都から『ルル』の村までは、馬車で6時間かかる。

だが俺なら、身体強化魔法を使って山道を越える事で、6時間の道のりを2時間にショートカット出来る。

同じように、『パァム』の村へも、ショートカットで行く方法が無いだろうか?


(…………………………………………いや。無理だな…………)


『パァム』の村は、そこそこ大きい村だ。

『ルル』の村とは違い、しっかりと道が整備されている。


(やはり、無理なのか…………。……………………ん? 『ルル』の村…………?)


そういえばーー


(『ルル』の村と『パァム』の村って、かなり近かったよな…………)


たしか、歩いて2時間だったはず…………。


(これ、身体強化魔法を使えば、どのくらい短縮できるだろうか…………?)


つまりーー


(アイリスが『パァム』の村へ向かったのは、1時間前…………いや。こうしてグダグダしている間に、1時間半はたっただろうか?)


王都から『パァム』の村までは、馬車で4時間。アイリスが『パァム』の村に着くまで、あと2時半。

対して、俺が身体強化魔法でショートカットすれば、『ルル』の村まで2時間。

そして、『ルル』の村から『パァム』の村まで、30分以内に辿り着ければーー


(アイリスを止められる!)


一筋の光明が見えた事で、俺の心に活力が戻って来る。

…………だけど、同時に、本当にそんなに上手くいくだろうかと、そんな不安も感じていて。

だけどーー


(悩んでばかりも、いられないよな!)


時間が経てば経つほど、間に合う可能性は減っていくのだ。


(なら、今すぐにでも行動しないと!)


俺は覚悟を決めると、先程までとは違う、活力にみなぎった声でセンドリックさんの名前を呼ぶ。


「センドリックさん!」


「ーー! はい! (わたくし)に出来る事はありますか!」


声音から、俺が何か思い付いたと感じ取ったのだろう。

センドリックさんは、真剣な表情でそう問いかけてきた。

話が早くて助かる。俺はセンドリックさんへと、手短に用件を伝える。


「俺はアイリスの元へ向かいます。センドリックさんは、フィリアさん達に、こう伝えて下さい。『かならず、アイリスと一緒に帰って来ます』、と」


「はい! かしこまりました!」


俺を信頼してくれているのだろう。

満面の笑みで了承し、ギルドへ向かって駆けて行く、センドリックさん。

さてーー


「『付与(エンチェント)・身体強化』、『付与(エンチェント)・スピード強化』」


俺は、自分の体に身体強化魔法を施すとーー


「頼む…………間に合ってくれよ!」


ーーダッ!


切なる願いの言葉と共に、王都を飛び出すのだったーー


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