命を削る禁術魔法
シン視点
(…………アイリス、本当に家に帰ってるのかな?)
そんな風に半信半疑ではあったものの、残念ながら、他にアイリスが行きそうな場所に心当たりは無い。
フィリアさんの言う通り、俺は自分の家の様子を見に行く事にした。
…………結果として、フィリアさんの推理は正しかったようだ。
「ーーっ! 何だよ、これ…………!?」
リビングに足を踏み入れた瞬間、俺はすぐに、その違和感に気付いた。
応接スペースにもなっている、ローテーブルの上ーーそこに、家を出る前には無かった物が2つあった。
その内の1つーー見慣れた文字の書かれたメモを手に取る。
『短い間でしたが、お世話になりました。ありがとうございました。さようなら』
(全体的に丸みを帯びた、かわいらしい文字…………間違いない! これ、アイリスの字だ!)
メモに書かれていたのは、俺への感謝とーーそして、別れの言葉だった。
「ーーっ! 何が『さようなら』だ…………アイリスのバカ野郎…………」
思わず、涙ぐみそうになってしまう、俺。
とはいえ、今は泣いている場合では無い。
ーーグイッ
俺は、溢れだしそうになった涙を乱暴に拭うと、急いで情報の整理を始める。
(…………とりあえず、どうやらフィリアさんの言う通り、アイリスは1度、この家に帰って来たようだな)
だが、残念ながら、今この家にアイリスの姿は無い。
つまり…………入れ違いだ。
(…………となると、家に寄った後、アイリスがどこに行ったかだが…………)
それに関してだが、実は俺には、ある程度の目処が付いていた。
そのヒントとなる、ローテーブルに置かれた、もう1つの物ーー使用済みの魔法書を手に取る、俺。
そして、この魔法書を見た時から、ずっと疑問に思っていた事を、口にするーー
「ーーっ! どうして、こんな所に魔法書があるんだよ!?」
魔法書は、金貨数百枚もする高価な物だ。
だからこそ俺は、不用なトラブルを避けるため、魔法書は全て『収納』の中に仕舞っている。
その、はずなのにーー
(…………1、2、3…………)
俺は『収納』に意識を向け、中に入っている魔法書を数えていく。
(………………………………9、10、11…………。11冊か…………)
……………………ん?
「11冊!?」
思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう、俺。
(ーー待て! それは、おかしい)
俺が最後に魔法書を数えたのは、アイリスに『収納』などの魔法書を使わせる直前。
その時、『収納』の中には、15冊の魔法書があったはずだ。
その際に、アイリスが使った『収納』と『障壁』の2冊。そして、俺が使った『極・癒』の1冊ーー合わせて3冊の使用済みの魔法書は、もはや魔法の解説書としての価値しか無いため、『収納』から出して、別途保存している。
(…………つまり、今『収納』の中には、12冊の魔法書があるはずなのに…………!?)
それなのに、11冊しか無い。
(ーーっ! 一体、どうして…………!?)
有り得ない事態に、混乱してしまう、俺。
…………が、幸いにも、その疑問はすぐに解消する。
「…………ん? このメモ、裏にも何か書いてある…………?」
ふと、裏にも文字が書かれている事に気付き、ペラッと、メモを裏返す。
『ソファーの下に落ちてました』
(几帳面さを感じさせる、綺麗な文字…………これは、アイリスの字じゃ無いな)
まあ、そもそも、メモの最後に名前があるのだが…………どうやら、これを書いたのはハウスキーパーさんのようだ。
…………そして、そこに書かれている内容に、俺は思い当たるフシがあった。
「ーーっ! まさか、あの時か!?」
それは、『収納』から魔法書を取り出した時の事ーー
横着をした俺は、『収納』から、魔法書を一気に全部取り出し…………結果として、半分近くの魔法書が床に落ちてしまったのだ。
(落とした魔法書は、アイリスと協力して全部拾ったつもりだけど…………思えば、その後に数を確認していない!)
メモにある通り、その時に魔法書が1冊、ソファーの下に滑り落ちてしまったのだろう。
そして今日、掃除中のハウスキーパーさんがそれを見つけ、メモと共にローテーブルの上に置きーーその後に、家に戻ったアイリスがローテーブルの上の魔法書に気付き、それを使ってしまった、と。
(おそらく、そんな流れなんだろうな…………)
俺に無断で高価な魔法書を使うという、らしくない行動をした、アイリス。
以上を踏まえれば、アイリスの行方について、おのずと見当が付く。
おそらくだが…………アイリスは、『血染めの髑髏』の元へ向かったのだ。
母親や村の皆の仇を討つために。
(ギルドでエドさん達から情報を聞いている時に、『血染めの髑髏』の潜伏先の話もしちゃったからなぁ…………)
つまり、アイリスが向かったのはーー
「『血染めの髑髏』の潜伏先である、『パァム』の村はずれの洞窟!」
と、そう結論付けた所で、俺はハッと我に返る。
「ーーって、今は暢気に考え事してる場合じゃ無いだろ、俺!」
そして、今更ながら俺の中に焦りが湧いてきた。
「くそっ! アイリスの奴、『凶化』がどういう魔法か、ちゃんと分かってるんだろうな!?」
…………いや。きっと、分かっていないだろう。
魔法書の説明文には、難しい言葉や表現が多く使われていて、子供のアイリスが全てを理解出来たとは思えない。
(実際、『障壁』の魔法書を見た時は、うんうん唸っていたしな…………)
俺は、手に持っている『凶化』の魔法書を忌々しげに見つめながら、口を開く。
「『凶化』ーー使用者の身体能力を3番に高める、強力な補助魔法ーー」
ただしーー
「代償として、発動した時間に応じて使用者の生命力をーー寿命を削る、禁術指定の魔法なんだぞ!」
ーーバンッ!
まるで八つ当たりするように、『凶化』の魔法書を投げ捨てる、俺。
そして、そのままの勢いで家を飛び出そうとしたのだが…………1歩を踏み出した所で、俺はふと冷静になる。
(落ち着け…………こういう時こそ冷静になるんだ)
よくよく考えれば、王都から、『血染めの髑髏』の潜伏先である『パァム』の村はずれの洞窟までは、かなりの距離がある。
子供の足だ。馬を使えば、充分にアイリスに追い付けるはずだ。
(…………まあ。もしアイリスが馬を使ってたら追い付けないけど…………とはいえ、子供のアイリスが、馬に乗れるとは思えないしーー)
と、そこまで考えた所でーー
『アイリス。良ければ、馬の乗り方を教えようか?』
そんな、かつての記憶が甦ってきた。
「ーーっ! マズい! アイリス、馬に乗れる!」
それは、グリフォン退治とゴーレム退治の依頼を終え、王都へと帰る道中での事。
休憩に立ち寄った小川の畔で、いとおしそうに馬を撫でていたアイリスに、俺はそう提案して、馬術の基礎を教えてしまったのだ。
(くそっ! このままじゃ、俺が馬を使った所で、先行するアイリスには追い付けない…………!)
そんな弱気な考えが、俺の頭を過る。
とはいえ、ここで立ち止まってしまった所で、事態は何も好転しない。
ーーブンブン
俺は、大きく頭を振る事で、挫けそうになってしまう心を奮い起たせるとーー
ーーダッ!
先程の発言は撤回。
全力疾走で家を飛び出すのだったーー




