理屈と感情
シン視点
フィリアさんからの指摘で、ギルドからアイリスが居なくなっている事に気付いてから、30分近い時間が経過した。
俺は現在、かつてアイリスと一緒に訪れた商店街で、必死にあの子の姿を探していた。
「アイリスー! アイリスー!」
昼前という時間もあり、商店街の中は買い物客で賑わっている。
そんな人混みの中を縫うように駆けながら、その賑わいに負けないよう、懸命にアイリスの名前を呼び掛け続ける、俺。
…………正直、迷惑な奴だという自覚はある。だけど、俺は人混みの中を駆け抜ける事も、大声を上げる事も止めない。
「アイリスー! お願いだ! 居るのなら返事をしてくれー!」
…………だって、俺にとって1番大切なのは、アイリスだから。
一緒に暮らし始めて、まだ10日位しかたっていないけれど、俺にとってあの子は、最愛の愛娘だ。
(それなのに…………俺はあの子を傷付けた)
…………言い訳になってしまうけれど、そんなつもりは無かった。俺は、あの子の事を想って、選択をしてきたつもりだ。
…………だけど、結果はこれだ。
(…………俺の選択は結局、1人よがりな物でしか、なかったのかな…………)
気が付けば、俺は人混みの真ん中で、立ち止まってしまっていた。
そしてーーアイリスが居なくなってから、もう何度目になるか分からない後悔が、再び押し寄せて来る。
(…………どうして、俺はアイリスの目の前で、『血染めの髑髏』の情報を聞いてしまったんだろう…………)
ーーアイリスは聞き分けの良い素直な子だし、約束を破ったりしないだろう。
そう判断して、俺はその場で『血染めの髑髏』の情報を聞く選択をした。
…………結果として、アイリスは約束を破った形になるけれど、だからといって、俺はあの子を責めるつもりは無い。
(…………どうして俺は、精神的に弱っているアイリスに向けて、声の聞こえない『消音』の中に居てなんて、酷い事を言ってしまったのだろう…………)
アイリスは悪くない。悪いのは、どう考えても、俺だ…………。
(…………いや…………そもそも、ヴィヴィさんから提案されたように、アイリスに『計画』について話していれば、こんな事態にならなかったんじゃないか?)
そんな、たらればの話をしても、仕方がない。
そう分かってはいるものの、俺の後悔は止まらない。
「…………………………………………」
そうして、情けなく立ち尽くしてしまう事、数分ーー
不意に、フィリアさんから受けた、叱咤激励の言葉が、頭の中に浮かんできた。
『しっかりしなさい、シン・シルヴァー! あなたは、アイリスちゃんの父親でしょう!』
ーーそれは、アイリスが居なくなった事に気付いた直後の事。
今と同じように、後悔のあまり頭が真っ白になり、立ち尽くしてしまった俺に、フィリアさんはそう言って、発破をかけてくれたのだ。
(ーーっ! そうだ…………今は落ち込んでいる場合じゃないだろ、俺!)
こうして、アイリスを探しているのは、俺だけじゃ無い。
あの場に居合わせた、エドさん、ヴィヴィさん、センドリックさんも、手分けして王都中を探してくれているのだ。
(それなのに、まがりなりにもアイリスの父親である俺が、立ち止まる訳にはいかないよな!)
ーーパンッ!
俺は、両頬を思いっきり引っ叩く事で、自分に活を入れ直す。
両頬がジンジンと痛む。きっと、真っ赤になってるだろうが…………かまうものか!
(こうでもしないと、弱い俺は、またウジウジと思い悩んでしまうだろうからな!)
そうして、気を取り直した俺は、『収納』から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
(…………っと。もう30分過ぎちゃってるな)
ーーたとえ見つからなくても、30分後には1度ギルドに戻る。
それが、アイリスを探しに行く前に交わした取り決めだった。
(俺はアイリスを見つけられなかったけど…………でも、他の誰かが見つけてくれたかもしれない!)
それにもしかしたら、冷静になったアイリスが、自分からギルドに戻ってるという可能性もある。
その可能性を考慮に入れて、フィリアさんがギルドに残ってくれてるのだ。
「…………よし! 1旦、ギルドに戻るか!」
そうして、気持ちを切り替えた俺は、再び走り出す。
約束の時間は、とうに過ぎてしまっているが、幸い商店街とギルドの距離は近い。
全力で走る事で、ものの数分でギルドへと辿り着いた。
ーーバァン
「フィリアさん! アイリスは!?」
俺は、ギルドの扉を勢いよく開いて、開口一番にフィリアさんへと問いかける。
ーーキョロキョロ
その後に、今さらながらギルドの中を見回すも…………残念ながら、室内にはフィリアさん以外の姿は見当たらない。
「…………フィリアさん。アイリスは?」
何となく予想は付くものの、俺はもう1度フィリアさんに同じ質問を繰り返す。
ーーフルフル
暗い表情を浮かべ、力無く首を振る、フィリアさん。
…………やはりまだ、アイリスは見つかっていないらしい。
「…………そうですか…………」
思わず、落胆の声が漏れてしまう。
とはいえ、いつまでも落ち込んではいられまい。
俺はすぐに気を取り直し、これからの方針を考える。
(…………とりあえず、フィリアさんから情報を聞くとするか)
時間的に、ギルドに戻って来たのは、俺が最後のはず。
それはすなわち、今フィリアさんの元には、エドさん、ヴィヴィさん、センドリックさんからもたらされた情報が集まっているという事だ。
(3人と同じ場所を探しても、二度手間になってしまうからな)
そう考えた俺は、ギルドカウンターへと近付き、フィリアさんへと尋ねてみる。
するとーー
「まずエドさんですが、ギルドの北側を中央広場まで捜索されたそうです。ヴィヴィさんは反対の南側を、学校まで。センドリックさんは、西側の西門までを捜索されたとの事でした」
そんな風に、フィリアさんは3人の捜索範囲を、事細かに教えてくれた。
(…………なるほど。とりあえず、事前の取り決め通りの方向を捜索してくれたみたいだな)
ギルドを中心に、エドさんが北側を。ヴィヴィさんが南側を。センドリックさんが西側を。
そして、誰よりもアイリスの事を知っている俺は、心当たりのある場所を。
それが、事前に交わした取り決めだった。
(30分後にギルドに戻る事になってたからな…………捜索範囲自体は、そんなに広くないけど…………)
とはいえ、これでギルド周辺は、ほとんど調べ尽くした事になる。
(あと捜索していないのは、東側か。なら、次はそっちを探すか…………)
と、そんな事を考えていたのだがーー
「ちなみに、現在センドリックさんが東側を捜索しています」
「そうですか…………。エドさんとヴィヴィさんは、どうしてます?」
「それぞれの方角を、範囲を広げて捜索してもらっている所です」
どうやら、すでにセンドリックさんが、東側の捜索に向かってくれたらしい。
そして、エドさんとヴィヴィさんは、北と南を、より範囲を広げて、か…………。
「…………と、なると、俺は西側か…………?」
…………いや。ギルドの西側は、すぐに王都の西門に行き当たる。
その先は王都の外。出入りは自由とはいえ、門には常に衛兵さんが居る。
もしアイリスが門の外に出たとしても、必ず衛兵さんが目撃しているはずだ。
(センドリックさんの事だ。衛兵さんに聞き込みをしていない訳ないしな…………)
と、なるとーー
「…………手詰まり、か…………。…………はぁー…………」
ドカッ、と。カウンター席に力無く座り込み、重い溜め息を漏らしてしまう、俺。
「…………シンさん」
目の前に居るフィリアさんが、俺の名前を呼ぶ。
その声音は、俺を気遣うようであり…………それでいて、同時に嗜めるような響きも伴っていた。
俺は顔を上げ、そんな優しくも厳しいフィリアさんに応じる。
「『しっかりしなさいしっかりしなさい、シン・シルヴァー! あなたは、アイリスちゃんの父親でしょう!』…………ですよね。大丈夫です。分かってますよ、フィリアさん」
「…………ふふふ。良かった。その調子なら、大丈夫そうですね、シンさん」
「ええ! フィリアさんが発破をかけてくれたおかげですよ!」
未だ力強い眼差し称える俺を見て、安心した様子で微笑む、フィリアさん。
俺は、そんなフィリアさんに感謝の念を伝え、そしてーー
「…………とはいえ、現状、行き詰まってます。…………フィリアさん。フィリアさんも、結構アイリスと親しかったですよね。どこか、あの子の行きそうな場所に、心当たりは無いですか?」
この、俺の何倍も年上の、頼りがいのある大人の女性に、相談を持ちかけてみる事にした。
「…………たしかに、私とアイリスちゃんはよく話していましたが…………ですが、それはシンさん達が、毎朝ギルドに売れ残り依頼が無いか確認に来た時の、数分間だけです。…………申し訳ありませんが、シンさん以上の心当たりは、私には…………」
だが、フィリアさんから返ってきたのは、そんな芳しくない返事だった。
申し訳なさそうな表情で、謝ってくる、フィリアさん。
「い、いえ! 別にフィリアさんが悪い訳では…………!」
「…………シンさん…………」
慌てて否定する俺に、フィリアさんは静かに語りかけて来る。
「私はやはり、シンさん以上にアイリスちゃんの事を知っている人は居ないと思います。先程探した場所以外に、どこか心当たりのある場所はありませんか?」
「そう言われましても…………」
たしかに、フィリアさんの言う通り、アイリスの事を1番知っているのは、俺だろう。
何せ、俺とアイリスは親子として、同じ屋根の下で一緒に暮らしていたのだから。
だけどーー
「…………とはいえ、アイリスと一緒に出かけた場所は、そんなに多くないんですよね…………」
「そうなのですか?」
意外そうに尋ねてくるフィリアさんに、俺はコクリと頷く。
「ええ。3日目の葬式以降、アイリスは倒れる寸前まで魔法の練習に取り組むようになりましてね…………。修行と休息に、1日のほとんどの時間を使ってましたから、一緒に出かけたのは、せいぜい商店街ぐらいなんですよ…………」
その商店街を、先程30分かけて必死に捜索したが、アイリスの姿は見つからなかった。
アイリスと一緒に訪ねた事がある店の店員さんにも、聞き込みをしてみたが、目撃情報は1つも無し。
自分の事を、アイリスの父親だと自認しておきながら情けない話なのだが、俺には正直、これ以上の心当たりが無かった。
「…………そうですか…………。…………あれ?」
と、そこで何かに気付いた様子を見せる、フィリアさん。
「ーーっ! フィリアさん! もしかして、何か心当たりが!?」
「い、いえ、心当たりというか…………あ、あの、シンさん?」
思わず前のめりになって、フィリアさんに詰め寄ってしまう、俺。
そんな俺に対して、フィリアさんは、こんな意外な言葉を口にした。
「…………家は探しましたか…………?」
「…………え? い、家って、俺の家ですか?」
「はい。シンさんとアイリスちゃんの家です」
「い、いえ…………探したのは、商店街だけですけど…………」
フィリアさんからのまさかの質問に、俺は困惑してしまう。
だってーー
「…………あ、あの、フィリアさん? アイリスは多分、俺が復讐を手伝う気が無いと知って、それにショックを受けて自分からギルドを出て行ったんですよ? それなのに、家に帰っているって言うんですか?」
「はい。…………もしかしたら、ですけど…………」
断言こそしないものの、はっきりと頷く、フィリアさん。
俺は、ますます困惑してしまう。
「…………あの、矛盾してません?」
「…………たしかに、理屈の上ではそうですね。…………でもね、シンさんーー」
珍しく敬語を崩す、フィリアさん。
そして、フィリアさんは片目を瞑ってウインクをするとーー
「男の人と違って、女の子は理屈じゃ無くて、感情で動くものなんですよ!」
ーーこんな状況にも関わらず、茶目っ気たっぷりに、そんな事を言うのだった。
「…………は、はぁ…………」
当然のように、俺は困惑する。
そんな俺の反応を見て、フィリアさんも今更ながら恥ずかしくなったのだろう。
コホン、と。咳払いしてから、フィリアさんは続ける。
「…………コホン…………。とにかく、信じましょうよ、シンさん!」
「…………フィリアさんの女の勘をですか?」
「うふふ。違いますよーー」
フィリアさんの非論理的な言動に、思わず皮肉を言ってしまう、俺。
そんな俺に対し、フィリアさんは苦笑しつつ、こう返すだったーー
「ーーアイリスちゃんにとって、シンさんの家が1番の思い入れのある場所である事を。そして、アイリスちゃんが、シンさんの家を帰る場所だと思っている事を、です!」




