アイリス。知ってしまった真実
アイリス視点
「『消音』」
わたしに向けて手をかざし、魔法名を唱える、シンさん。
すると、わたしの周囲を覆うように、半透明の膜が張られた。
シンさんが言うには、膜の内側と外側の音を遮断する魔法らしい。
(この魔法のおかげで、国家機密に関わる大切な話をするというシンさんの、すぐ側に居る事が出来る。……………………だけど…………)
と、わたしがそんな事を考えていると、シンさんがフィリアさん達が待つ、受付カウンターへと向かおうとする動きを見せた。
(大丈夫。シンさんはわたしから少し離れた場所に行くだけ。声は聞こえないけど姿は見えるんだ。そのぐらい、我慢しないと…………)
だけど…………うん。やっぱり、ちょっとだけ寂しい、かな…………。
「…………シンさん…………」
『消音』の魔法があるから、シンさんにはわたしの声は聞こえない。
そう分かってはいるものの、寂しさが募ってしまったわたしは、思わずシンさんの名前を呟く。
ーーピタッ
と、その直後、何故か動きを止める、シンさん。
そして、シンさんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、口を開いた。
「ーーーー、アイリス」
「……………………え!?」
い、今、わたしの名前を呼ぶシンさんの声が聞こえた…………!?
(…………う、ううん!? そんなはずない!? だって、『消音』の魔法で、シンさんの声は聞こえないはずだもん!)
現に、シンさんの言葉の、最初の単語は全く聞こえなかった。聞こえたのはあくまで、後半の、わたしの名前だけ。
(……………………ううん。聞こえたというよりも…………まるで、頭の中に浮かんできた、と。そう表現する方が正しいかもしれない…………)
…………………………………………もしかして、わたしは、シンさんの口の動きを見ただけで、名前を呼ばれたと分かったのだろうか?
(…………そうかもしれない…………。だって、もう1週間以上もの間、シンさんと一緒に暮らしてるんだもん!)
その間に、何十回、何百回と、わたしはシンさんから名前を呼ばれてきたんだ。
(たとえ声が聞こえ無くったって、口の動きだけでも、分かるよ!)
なんだか、また1歩、シンさんと家族になれた気がする。
そう考えると、なんだか嬉しくて…………そして同時に、誇らしくも、あった。
だけど、そんな幸せな気持ちでいられたのも、ほんの少しだけ。
間もなく、シンさんは踵を返し、フィリアさん達が待つ受付カウンターへと行ってしまう。
(…………シンさん…………)
わたしが佇むギルドホールの中央と、シンさんが居る受付カウンターは、直接距離で3メートル程。
声が聞こえないからかな? たったそれっぽっちの距離が、何故かとても遠く感じられてしまい、わたしの中で寂しさが募っていく。
ーーと、
ーーヒラヒラ
わたしを気遣ってくれたのかな?
受付カウンターの内側に辿り着いたシンさんが、わたしに向かって、笑顔で手を振ってくれた。
ーーヒラヒラ
そんな、相変わらずのシンさんの優しさに触れ、寂しさが少しだけ紛れたわたしは、ぎこちないながらも、何とか笑顔を作って、手を振り返した。
そんなわたしの姿を見て、ホッとした様子を見せる、シンさん。
そして、シンさんは表情を真剣な物に変えると、フィリアさん達と何かを話し始めた。
(…………シンさん、早く戻って来てくれないかな…………)
まだ話し合いは始まったばかりだというのに、そんな感情を抱いてしまう、わたし。
だけど、わたしは心の中の寂しさをグッと堪えて、シンさん達の様子をジッと見守る。
「ーーー、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、ーーーー」
「ーー、ーーーー、ーーー」
「ー、ーーー、ーーーーーーーーーーーーーーー」
と、話し合いが始まってすぐ、エドさんに詰め寄る、シンさん。
(? いったい、どんな話をしてるんだろ?)
気にはなるものの、シンさんとの約束通り、わたしは『消音』の内側で、話し合いが終わるのをジッと待つ。
…………………………………………。
それから、どのくらいの時間が流れたのだろうか?
多分、数分ぐらいだと思うけど、寂しい気持ちを抱えたまま、ただ待つ事しか出来ないわたしには、その数分が、数時間にも感じられた。
そんなわたしに対して、シンさんはというと、最初にエドさんに詰め寄って以降は、とくに大きな変化は見られず、エドさんだけでなく、フィリアさんやセンドリックさんとも、何事か話している。
ーーと、
「ーーーー、アイリスーーーーーー、ー」
「…………え…………?」
不意に、わたしの名前を口にする、シンさん。
もちろん、シンさんの声が聞こえた訳じゃない。さっきと同じように、口の動きから感じ取っただけ。
(シンさんの様子を見るかぎり、フィリアさん達に向けて話したというより、独り言みたいな感じだったけど…………)
だけどーー
(どうして今、シンさんはわたしの名前を口にしたんだろう? 国家機密に関わる話をしてるんだよね?)
わたしがそんな疑問を感じている間にも、シンさん達の話は続く。
「ーーーー、ーーーーーーーーーーー、ーーーーーー。ーーー、ーーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーー、ーー」
ーーチラッ
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーー」
次に口を開いたのは、ヴィヴィさん。
ただ、1つ気になったのは、ヴィヴィさんが言葉の途中で1瞬だけ、わたしの方を振り向いた事。
(? さっき、シンさんがわたしの名前を口にした事もそうだけど…………シンさん達は本当に、一体どんな話をしているんだろう?)
先程まで、寂しいだけだったわたしの心に、ほんの少しの好奇心が湧いてくる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー。アイリスーーーーーーーー、ーーーーーーーーーー」
再び、言葉の途中で、わたしの名前を口にする、シンさん。
すると、次の瞬間だったーー
「ーーーーーーー、ーーーー」
隣に居たフィリアさんが、シンさんに向けて、声を荒げた様子で、何事かを口にしたのはーー
(あの温厚なフィリアさんが、あんなに声を荒げた様子を見せるなんて…………!? 本当に、一体どんな話をしているんだろう?)
フィリアさんの珍しい姿を見て、わたしの中の好奇心がどんどん大きくなっていく。
…………だけど、大きくなっていったのは、好奇心だけでは無かった。
(さっきから、シンさんはわたしの名前を何回も呼んでくれているのに…………わたしは、その声を直接聞く事が出来ない…………)
下手に、シンさんが何と言ってるか分かるからかな?
好奇心と同じぐらいーーううん。それ以上に、『寂しい』という感情が、わたしの中で膨らんでいく。
「ーーーー、ーー。ーーーーーーー、ーーーーーーーーー。アイリスーー」
ーーシンさんの声を聞きたい
ちょうど、そう考えていたところで、再度わたしの名前を口にする、シンさん。
それを認識したわたしは、半ば無意識にーーそのくせ、シンさん達に気付かれないよう、ゆっくりとした動きで、1歩『消音』の外へと出る。
ーーそして、わたしは、シンさんのその言葉を聞いてしまう。
「そんなアイリスに、復讐を手伝う気が無いなんて、とても言えません」
…………………………………………え?
(…………い、今…………シンさん…………何て言ったの?)
わたしの復讐を手伝う気が無い、って。
そう、言ったよね…………?
(う、ううん! そんなはずない! 今のはきっと、わたしの聞き間違えだよ!)
ーーそう思う。
ーーそう、思いたい。
だけど、そんな願いとは裏腹に、わたしの本能的な部分は、今のシンさんの言葉が聞き間違えでない、と。
そう、認識してしまっていた。
『ううん。大した事じゃないのよ。ただ、『収納』も『障壁』も、どちらも補助系の魔法なのよね。どうしてシンさんは、強い攻撃魔法を教えなかったのかなって…………?』
『…………そもそも、シンさんがアイリスちゃんを弟子にしたのは、『血染めの髑髏』への復讐を手助けするためよね。それなら、強い攻撃魔法を覚えさせて損はないはずだけど…………』
そして、まるで追い撃ちをかけるように、かつてフィリアさんから言われた言葉を思い出してしまう。
ーーそれでも、わたしはまだ、シンさんを信じていたかった。
(きっと、何か誤解があるだけ…………! シンさんがわたしにウソを吐いていたなんて、そんな事あるはずない…………!)
そんな、僅かな望みにすがる、わたし。
だけど次の瞬間、そんなわたしにトドメを刺す言葉が、シンさん自身の口から、告げられるーー
「ありません。正直に言えば、今すぐにでも、『パァム』の村近くの洞窟に潜んでいる『血染めの髑髏』を始末しに行きたいと思ってます」
ーー考え事に集中していたからだろうか?
シンさんの前に、フィリアさんとヴィヴィさんが何かを口にしていたけれど、その内容までは聞き取れなかった。
だけど、シンさんの言葉は、はっきりと聞こえた。
聞こえて、しまったーー
…………よろっ…………
シンさんが発した言葉が、あまりにもショックで。わたしは無意識に1歩、後ずさる。
そしてーー
「……………………あ…………あああっ…………!」
悲痛な叫び声を、上げたーー
「ウソだッ! ウソだッ、ウソだッ、ウソだッ!」
だって、シンさんは約束してくれたーー
一緒に暮らし始めての、2日目の朝ーー
わたしを鍛えてくれるって。そう、約束してくれたのにーー
「…………それが…………ウソ…………」
…………………………………………待って…………。
その時、シンさんが約束してくれたのは、わたしを鍛えてくれるって事だけじゃない。
わたしの、家族になってくれるって。そうも、約束してくれたーー
「……………………まさか…………それも、ウソ…………?」
シンさんに引き取ってもらってから、今日までーー
シンさんが、わたしにくれた優しさもーー
シンさんが、わたしにくれた笑顔もーー
シンさんが、わたしにくれた愛情もーー
「……………………全部…………ウソ…………」
ピキリ、と。
わたしの中で、何かが壊れる音がした。
ーーチラッ
俯いていた顔を上げて、わたしは今1度、シンさん達の方を見る。
何やら、シンさん達は先程までよりも、熱く議論を交わしている様子だ。
(? 変だな? シンさん達の声が聞こえない?)
……………………ああ、そっか。
(さっき1歩後ずさった時に、わたしはまた『消音』の内側に入っちゃったんだ…………)
だから、わたしがあんなに叫んでも、シンさん達は反応してくれなかったんだね…………。
「…………………………………………行こう…………」
どこに行けばいいのかは、分からない。
だけど、このままシンさんと一緒に居ても、わたしはお母さん達の仇を討つ事は出来ない。
(それに…………シンさんの隣に、わたしの居場所は無いみたいだし…………)
ーーフラッ
わたしは、まるで幽鬼のような足取りで、ギルドの出口へと向かう。
幸いにも、シンさん達は議論に熱中しているようで、わたしに気付いた様子はない。
ーーギィ
そうして、わたしは誰にも気付かれないまま、ギルドの扉に手をかける。
(……………………シンさん、わたしに気付いて、引き留めてくれないかな…………)
ギルドを出る直前、そんな未練がましい想いが、わたしの頭をよぎる。
だけど、幸か不幸か、シンさんはわたしに気付いた様子は無くーー
ーーパタン
わたしは、ギルドを出るのだったーー




