『血染めの髑髏』発見
シン視点
魔力の使いすぎで気を失ってしまった、アイリス。
意識はすぐに戻ったものの、微熱は続いているし、まだ歩けそうにないとの事だったので、本人の希望もあり、俺はアイリスを抱っこして、リビングから自室のベッドへと連れて行く事にした。
その途中の出来事だったーー
「えへへ~」
アイリスが甘えた声を上げ、俺に頬擦りしてきたのはーー
「……………………」
そんな彼女を見て、俺は1瞬だけ表情を歪めてしまう。
すぐにハッとなって、アイリスに悟られないよう表情は元に戻したものの、胸中は複雑だった。
(マズいな…………。アイリスの甘え方が、どんどん酷くなってきてる…………)
アイリス自身が言っていたように、この子はかなりの甘えん坊だ。だが、以前はこれほどでは無かったはずだ。
最初の頃は、俺が頭を撫でると、口だけとはいえイヤがる素振りを見せていた。
一緒に過ごす内に、少しずつ俺の事を信頼してくれたのか、いつの間にか俺からのスキンシップを素直に受け入れてくれるようになったが…………それでも、アイリスの方から甘えてくる事は無かったし、ましてや頬擦りなどもっての他だっただろう。
(今のアイリスのこの状態が、素直に俺に甘えてくれている。ただそれだけなら良いんだけどな…………)
だけど、残念ながら、そうではない。
アイリスはただ、俺に甘える事で自分の不安を紛らわしているだけーー悪く言うなら、アイリスのこれは『依存』だ。決して、良い状態だと言えないだろう。
しかもそれは、日を追うごとに、どんどん悪化してきている。
(…………だというのに、今の俺には何も出来ない…………)
俺に出来るのは、ただアイリスの側に居て、不安を紛らわしてやる事だけ。それが、何とも歯痒かった。
ーーせめて、祈ろう。
1刻も早く、『血染めの髑髏』が見つかりますように。とーー
…………
……………………
…………………………………………
それからも、『血染めの髑髏』発見の報は入らないまま、代わり映えのない毎日が続いた。
朝8時に起きて、朝ご飯を食べて、歯磨きなどの朝の用事を済ませたら、売れ残り依頼が無いかチェックするため、アイリスと一緒にギルドへ行く。
エドさんやヴィヴィさんを始めとした、一定以上の実力と信頼がある冒険者に、売れ残り依頼の消化を頼んでいるため、幸いにして、俺が依頼を受けなければならない状況にはなっていない。
(…………いや。1概にも『幸い』とは言えないのかな…………)
依頼を受けなくて良いという事は、アイリスに修行をつけなければならないという事だ。
アイリスの修行への取り組み方も、あれから全く変わっていない。
さすがに、倒れる事はもう無くなったが、それでも毎日、魔力切れ寸前まで魔法の練習を続けている。
今では、『矢』系魔法を8本まで撃てるようになった。
(…………このまま行けば、本当にSランクになれそうだな…………)
とはいえ、毎日こんな事を続けていれば、いずれ体を壊してしまうだろう。
現に今も、魔力切れ寸前まで魔法の練習を続けた後は、数時間まともに動けない状態になっている。
俺がいくら言っても、アイリスは聞く耳を持とうとしないしーーそのくせ、1回倒れて味をしめたのか、修行が終わって動けなくなった後は、途端にベタベタ甘えてくるし…………本人に自覚は無いのだろうが、アイリスは今、かなり情緒不安定な状態だ。
(ーー速く! 頼む…………速く!)
俺は毎日、ひたすらにそう願い続けーーそして、ついにその時はやって来た。
それは、葬式を挙げた日から、ちょうど1週間後の事だった。
いつものように朝の準備を終え、売れ残り依頼が無いかをチェックするため、俺達はギルドにやって来た。
ーーギィ
「おはようございます、フィリアさん!」
俺より1足先にギルドに入って、元気良くフィリアさんへ朝の挨拶をする、アイリス。
だがーー
「…………あれ?」
アイリスは入り口から数歩の所で立ち止ると、中の様子を眺めた後に、不思議そうに首を傾げ出した。
「? どうかした、アイリス?」
そんなアイリスを不思議に思いつつ、俺もギルドの中へと足を踏み入れーーそして、中の様子を見て、アイリスが首を傾げていた理由が分かった。
この時間、いつもなら閑散としているはずのギルドのホールに、今日は3人の人物の姿があった。
それはーー
「たしか、Aランク冒険者の…………エドさんとヴィヴィさん。あともう1人は、騎士団のセンドリックさん…………でしたよね、シンさん?」
「ああ」
うろ覚えなのだろう。おずおずと、自信なさげに尋ねてくる、アイリス。
そんなアイリスに頷きつつ、俺はエドさん達3人の様子を眺める。
ギルドの受付のカウンター席。その場所で、フィリアさんを含めた4人で、何やら真剣な様子で話し合っていた。
「…………あら? おはよう、アイリスちゃん。…………シンさんも、おはようございます」
と、フィリアさんが、入り口で佇んでいる俺とアイリスに気付いたようだ。会話を中断して、俺達に挨拶をしてきた。
エドさん、ヴィヴィさん、センドリックさんも、後に続く。
「うっす、『探求者』。待ってたぜ」
「おはよう、シルヴァー殿。アイリスちゃん」
「おはようございます。シルヴァー様。アイリスさん」
「お、おはようございます…………」
おずおずと、緊張した様子で3人に挨拶を返す、アイリス。
人懐っこい所があるアイリスにしては珍しいが…………まあ、その気持ちは、分からないじゃない。
(そもそも、アイリスはフィリアさん以外の3人とは、ろくに話したことも無いしね)
それに…………何だろう?
フィリアさん達4人の周囲には、何やら張り詰めた空気が漂っている。
その雰囲気に気圧された部分もあるのだろう。
「え、えーと…………シ、シンさ~ん…………」
ーーチラ、チラ
困った様子で俺の顔をチラチラと盗み見ながら、小さな声で呼び掛けてくる、アイリス。
きっと、助けを求めているのだろうがーーだが、今の俺には、アイリスに気を配ってやる余裕が無かった。
(…………今、エドさん何て言った…………?)
『待ってたぜ』と、そう言ったよな。
(たしかに、あいつを含めた4人でパーティーを組んでいた時には、ギルドで待ち合わせする事もあったけど…………)
だが、俺とあいつがSランクになってからは、こんな事は1回も無かった。
というか、そもそも待ち合わせの約束自体していない。
(…………それに、エドさんと一緒に、俺を待っていたメンバーは…………)
俺はもう1度、4人の姿を順番に眺めていく。
西大陸最大国家『セレスティア』。その王都の冒険者ギルドのギルドマスターである、フィリアさん。
1流と呼ばれるAランク冒険者である、エドさんとヴィヴィさん。
精鋭部隊である第1部隊副隊長のセンドリックさん。
(これほどのメンバーが揃うのは、まさに異例の事態だぞ…………)
何か、あったのだ。
これほどのメンバーが揃って、英雄と呼ばれるSランク冒険者である俺を待ちわびなければならない、何かがーー
(一体、何がーーっ!? ま、まさか!?)
瞬間、俺の脳裏に閃く物があった。
(まさかーー『血染めの髑髏』が見付かったのか!?)
それは、もしかしたら俺の願望が多分に含まれているのかもしれない。
だが、この4人は全員、俺が手紙で『血染めの髑髏』の捜索をお願いしたメンバーだ。可能性は充分にある。
「…………シ、シンさ~ん」
ーークイ、クイ
「ーーえ? あ、ああ…………何? アイリス?」
ふと気付くと、アイリスが俺の服の裾を、クイクイと引っ張っていた。
それで思考の渦から戻ってきた俺がアイリスに尋ねるとーーアイリスは視線を、俺から前方へと移す。
つられて、俺も隣のアイリスから前方へと視線を向ける。
ーーと、
「ーーったく。なーにボーッとしてんだよ、『探求者』」
いつまでも、入り口で立ち止まったままの俺達を、待ちくたびれてしまったのだろう。
そんな風に悪態を吐くエドさんを先頭に、フィリアさん、ヴィヴィさん、センドリックさんの4人が、俺達の元へと向かって来ていた。
「ごめんね、アイリスちゃん。今、ちょっとギスギスしちゃってて」
「い、いえ…………。えと、何かあったんですか?」
「んー…………ちょっとね」
アイリスの側でしゃがみ込み、そんな風に声をかける、フィリアさん。
「シン・シルヴァー様。王宮より、大切なお話しがあります」
俺とアイリスから少し離れた場所で立ち止まり、敬礼と共に畏まった口調でそう言う、センドリックさん。
そんなセンドリックさんと一緒に、ヴィヴィさんも立ち止まったのだけど…………しかし、エドさんは立ち止まらない。
そのまま、アイリスが居る方とは逆の、俺の右隣にやって来る、エドさん。
「うっす、『探求者』。おはようさん」
そんな気安い挨拶と共に、俺の肩に手を置く、エドさん。
そして、俺の耳元に顔を寄せると、小さな小さな声で、ソッと、こんな事を囁くのだったーー
「『血染めの髑髏』が見付かったぜ、『探求者』」




