アイリスの依存心
アイリス視点
「……………………ん、んん…………。あ、あれ…………?」
目を覚すと、見慣れぬ天井が目についた。
(…………ここ、シンさんの部屋じゃない…………?)
このお家に来てからの5日間、わたしは毎日シンさんの部屋で、一緒に眠っていた。
初日は、眠れなかったわたしが、シンさんのベッドに潜り込んで。
2日目は、話し込んでいる内に、いつの間に眠ってしまって。
そして、お葬式があった3日目以降は、初日以上に1人になりたくなくて、ワガママを言って一緒に寝かせてもらっていたんだ。
その、はずなのにーー
(……………………ここ、どこだろ?)
わたしは、横になったまま、首だけ動かして辺りを見回す。
(……………………ここ、リビング? わたし、何でリビングで寝てたんだろ?)
どうやら、わたしはリビングのソファーで眠っていたようだ。
だけど…………その理由が、全然思い出せない。
それに、寝起きのせいなのかな? 頭がボンヤリして、思考が纏まらない。
(…………まあ、いいか。それより、まだ眠たいし、このままもう1回寝ようかな)
眠気には抗えず、そのままわたしは、無意識に目を閉じーーそして、気付く。
(ーーあれ? シンさんは!?)
ーーバッ!
瞬間、わたしは飛び起きるようにして上半身を挙げ、もう1度リビングの中を見回すもーーやっぱり、シンさんが居ない!?
それを認めたわたしは、シンさんを探しに行こうと、ソファーから降りようとするもーー
ーーパタン
「…………あ、あれ…………?」
なぜだか、わたしの体は、言うことを全然聞いてくれなかった。
それどころか、せっかく起こしていた上半身さえ、勝手に倒れてしまう。
「ーーっ!? ど、どうして…………!」
わたしは、もう1度体を起こそうとするが…………なんでだろう?
体がダルくて、力が入らない。その上、もうしっかり目は覚めたはずなのに、なぜだかまだ頭がボンヤリとしている。
それでも、わたしは必死になってもう1度上半身を起したのだけどーーダメ。これが限界…………。
「ーーっ! …………シ、シンさん…………!」
ソファーから降りる事を諦めたわたしは、大声でシンさんを呼ぶも…………しばらく待っても、シンさんからの返事は無かった。
「ーーっ! …………あ、ああ…………」
シンさんが居ない。
それを認めた途端、いくつもの負の感情が、わたしの心を支配していく。
ーー怒り、憎しみ、悲しみ、寂しさ、不安。
負の感情は、どんどんどんどん大きくなっていき、わたしの体はガクガクと震え出す。
(…………ああ…………寒い…………。寒いよぉ…………)
季節は4月。
陽が沈んだ夜ならともかく、今は昼間だ。天気も晴れてるから、暖かい位のはずなのに、それでもわたしは『寒い』と感じていた。
体では無く、心がーー
ーーギュッ!
わたしは自分の体をかき抱いて、何とか体の震えを止めようとするもーーダメ。全然治まってくれない!
「…………う、うぅ…………シンさぁん…………!」
そうして、ついには涙さえ溢れだしそうになった、その瞬間だったーー
ーーガチャ
「あれ? 起きてたの、アイリス?」
扉が開き、洗面器を持ったシンさんがリビングに入って来たのはーー
「アイリス、起きて大丈夫?」
シンさんはそう言うと、わたしの側でしゃがみ込む。そして、手に持っていた洗面器を床に置くと、その手をわたしのおでこに添えた。
「んー…………まだ微熱がありそうだね。ほら、アイリス。無理せず横になって」
「…………シンさん…………?」
「ん? どうしーー」
「ーーシンさん!」
ーーギュッ!
瞬間、わたしは力の入らない体を無理矢理動かして、シンさんの体を抱き締める。
わたしの突然の行動に、最初は困惑している様子のシンさんだったけどーーすぐに、わたしの気持ちを察してくれたようだ。
「1人にしちゃってゴメンね、アイリス。不安だったよね」
ーーギュッ
わたしを優しく抱き止めて、背中をゆっくりと撫でてくれる、シンさん。
(ーーああ。シンさんの体、温かい…………)
こうして抱き締めてもらっていると、先程まで沢山の負の感情で冷えきっていた心が、少しずつポカポカと温められていく。
ーーギュ~ッ!
気を良くしたわたしは、更に抱き着く力を強めて、もっともっとシンさんへと密着していく。
そうして、温もりだけで無く、シンさんの臭いや筋肉の感触、心臓の鼓動ーーと、シンさんの存在を、5感全てで感じ取る。
冷えきった心を温めるため…………そして、離れていた数分間の寂しさを埋めるためにーー
…………
……………………
…………………………………………
「ーー覚えていないの、アイリス? キミ、気を失っちゃったんだよ」
「ーーええっ!?」
シンさんの体を抱き締める事、30分ーー
ようやく落ち着きを取り戻したわたしに、シンさんはこれまでの経緯を尋ねた所、そんな返事が返ってきた。
(……………………! そうだ! 思い出した!)
シンさんから抱き締めてもらって、わたしの心にポカポカとした安心感が広がっていって…………それで、気が抜けて倒れちゃったんだ!
(ーーって、あれ?)
そこでふと、わたしの頭に1つの疑問が浮かび上がってきた。
(…………このやり取り、以前どこかでしなかったっけ?)
そんなはず無い。
そう思っているはずなのに、何故だか頭の片隅で引っかかる。
わたしは一体、いつ、どこかで、誰とこんな話をしたのだろう?
「ーーほら。立てる、アイリス?」
「ーーふえっ!?」
そんな風にわたしが不思議な感覚に囚われていると、いきなりシンさんが声をかけてきた。
考えに集中していたわたしは、思わず変な声を上げてしまう。
「いや…………『ふえっ!?』じゃなくて。アイリス、まだ微熱があるからさ。ソファーじゃゆっくり休めないだろうから、ベッドに行こう?」
「あ、ああ…………そういう事ですか…………。はーー」
ーーはい。歩けます。
あれから30分もたって、体のダルさもだいぶ良くなっていたから、そう答えるつもりだった。
だけど、わたしはふとある事を思い付いて、言葉を途中で止める。
「…………………………………………」
「? アイリス?」
急に黙り込んでしまったわたしに対し、不思議そうな様子で尋ねてくる、シンさん。
そんなシンさんに、わたしは思い切ってお願いをすることにした。
「…………いえ。まだ歩けそうにないです。シンさん、抱っこしてくれませんか?」
そう言って、わたしは両腕をシンさんの方へと差し出す。
普段のわたしなら、こんな風にウソをついてまで、シンさんに甘えたりしないだろう。
だけど…………うん。今ぐらい甘えても良いよね。
(わたしは今、微熱があるし。それに、さっきまであんなに寂しい思いをしてたんだもん)
そんな風に、わたしは自分を正当化する。
「ん。いいよ。それじゃあ、しっかり掴まっててね」
シンさんは、わたしのウソに気付いた様子も無く。そう言って、わたしを抱っこしてくれた。
「えへへ~!」
ーースリスリ
そうしてベッドへと向かっている途中、幸せな気持ちがポワポワと溢れてきたわたしは、目の前にあるシンさんの顔へと頬をすり寄せる。
『…………さようなら。お母さん、みんな…………。待っててね。かならず、仇を取るから…………』
お葬式の日、お母さんや皆にそう誓ったけどーーだけど今だけは、シンさんに娘として甘えても、良いよね…………。
どうせ今のわたしは、魔力切れで修行出来ないんだし…………。
それに、なぜだろう? こんなわたしを、お母さんは笑って許してくれるような気がした。
「えへへ~!」
ーースリスリ
そうして、わたしはシンさんに、たっぷり甘えていく。
「……………………」
そんなわたしを見て、シンさんは1瞬、複雑そうな表情を浮かべる。
だけど、シンさんに甘える事に夢中になっていたわたしは、それを見逃してしまうのだったーー




