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アイリス。夢の中でーー

アイリス視点

『ルル』の村が1望できる丘の上ーー

キレイな青色の花が沢山咲いているこの場所に、お母さんや皆のお墓は建てられた。


(…………お母さん…………みんな…………)


お葬式が終わってから、既に30分近くの時間がたっている。

皆にお祈りをしてくれた神父さんは『パァム』の村に帰り、いろいろお世話をしてくれた騎士団の人達も、『ルル』の村に戻って帰る準備を始めている。

それなのに、わたしは未だに、お母さんや皆が眠るお墓の前から離れられずにいた。


「…………アイリス。そろそろ、帰ろう?」


「ーーっ!」


ーーバッ


数歩後ろで、わたしを待っていてくれていたシンさんが、遠慮がちにそう切り出して来た。

そのシンさんの提案に対し、わたしはつい反射的に顔を俯かせ、拒絶の態度を取ってしまう。


(…………本当は、分かってるんだ。いつまでも、ここに居る訳にはいかないって…………)


お墓の向こうに見える空は、茜色に染まっている。

『ルル』の村から王都までは、とても遠い。今すぐにでも帰らないと、王都に着くのは深夜になってしまう。

そう、理解しているのにーー


「…………もう少し…………」


「え?」


「…………あと、ほんの少しだけ…………。お願いします、シンさん…………」


頭で考えている事とは裏腹に、そんなワガママを言ってしまう、わたし。

そんな、弱い自分への情けなさ。そして、『ルル』の村に着いてからずっと感じている、悲しみや不安。

そんないくつもの感情がない交ぜになった結果、わたしの顔は今にも泣き出してしまいそうに、歪んでしまう。


「…………うん。分かった」


「…………ありがとうございます…………」


わたしは何とかお礼の言葉を絞り出すと、シンさんの優しさに甘えて、目を閉じる。

そして、墓石にソッと手を添えて、お墓の中で眠る皆へ語りかけていく。


(…………ごめんなさい…………)


正直に言うね。

わたし、今日こうしてここに来るまで、みんなの事をほとんど考えていなかった。

1昨日、初めて皆の死を知らされた時には、あんなに悲しくてーーそして、みんなの仇を取る為に、シンさんに弟子入りしたはずなのに。

それなのに、わたしはいつの間にか、シンさんとの師弟の関係よりも、親子としての関係に重きを置くようになってしまっていた。


(わたしね、出会ったばかりの頃は、シンさんの事を父親だなんて、これっぽっちも思ってなかったんだよ)


もちろん、わたしを引き取ってくれた事には感謝してたけど、それとこれとは別だもん。


『わたしの家族は、お母さんと村の皆だけ』


そんな風に、思ってたーー

だけど、昨日1日をずっと、シンさんと一緒に過ごして。

シンさんから、たくさんの優しさと愛情を貰って。

わたしは、いつしか望むようになってしまったんだーー


(この人と、ずっとずっと一緒に過ごしたい。シンさんと家族になりたいってーー)


そうして、シンさんへの想いが大きくなっていく1方で、お母さんや皆への想いが薄らいでいって…………。

多分ね、わたしはお母さんや皆が死んでしまった事を、受け入れたくなかったんだと思う。


(だけど、もう大丈夫。こうして今日、みんなにもう1度会えて、わたしの中で決心がついたから)


そうして、わたしは今度こそこの決心を忘れてしまわないように、実際に声に出して、皆へと誓う事にした。


「…………さようなら。お母さん、みんな…………。待っててね。かならず、仇を取るから…………」


そうして、わたしはお別れの言葉と、『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』への復讐を誓う言葉を口にして、ゆっくりと目を開きーー


「…………え…………?」


そして、目の前に広がる光景を認識した瞬間、わたしの口からすっとんきょうな声が漏れた。


(…………な、なんで? わたし、お母さんや皆のお墓の前に居たはずじゃ…………?)


それなのに、わたしはいつの間にか違う場所に居た。

そもそも、ここは外ですら無い。家の中だ。

家と言っても、王都にあるシンさんのお(うち)じゃない。

ここはーー『ルル』の村の、わたしとお母さんのお家だ。


(…………ど、どうして!? そもそも、わたし達のお家は、『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』に、バラバラに壊されたはずじゃ…………!?)


ありえない事態に困惑しながら、わたしは家の中を見回す。

王都にあるシンさんの家のように、広々として、高級そうな家具に囲まれ、どの部屋もキレイに片付けられた清潔感があるーーそんな立派なお家とは、まるで正反対。

お母さんとの2人で暮らすのさえ、不都合があるほど狭い室内。わたしが生まれるよりも前から使っていたという、ボロボロにくたびれた家具。そして、ただでさえ狭い室内を更に圧迫する、あちこちに乱雑に置かれた、さまざまな生活用品。


(…………ああ…………間違いない…………。ここは、わたしのお家だ…………)


何故かは分からない。だけど、わたしは今、もう存在しないはずのお家のリビングに座っていた。


「…………うっ、うぅ…………」


もう永遠に戻る事が出来ないはずの場所に、わたしは居る。

混乱しつつも、感極まったわたしの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出す。


ーーゴシゴシ


わたしは(うつむ)いて、溢れ出る涙を(ぬぐ)う。

ーーその瞬間、このお家と同じように、もう存在しないはずの声が聞こえてきた。


「アイリス」


「ーーっ!?」


驚いたわたしは、反射的に顔を上げる。

先程まで、誰も居なかったはずの向かいのイスに、1人の人物が座っている。


「ーーっ! おかあさぁん…………!」


お母さんだ…………! わたしの目の前に、死んでしまったはずのお母さんが居る!


「…………うっ、うぅ…………! おかあさぁん…………!」


ーーポロポロ


その事を認めた瞬間、わたしの瞳から、先程よりも沢山の涙が溢れ、止まらなくなる。

わたしは、何度も何度も目元を拭いながら、今のこのありえない状況について、考える。


(……………………ああ、そっか…………)


そうして考える事、十数秒ーー

わたしは、答えを見つけ出した。


「……………………これは、夢なんだね…………」


そう呟いた瞬間、わたしの頭の中に、数日分の記憶が甦ってくる。


(ーーそうだ。今日はお葬式を挙げた日じゃない。あれから、もう3日もたってる…………)


この3日間、わたしはお墓の前でした誓いを果たすため、シンさんの指導の元、必死に魔法の練習に取り組んで来た。

そして、今日も同じように何時間も魔法の練習を続けて、それで…………あ、あれ? どうしたんだっけ?


「たしか、シンさんから…………いい加減、休憩をするよう言われて…………シンさんから抱き締めてもらって…………あ、あれ? それから先が思い出せない…………」


そんな風にわたしがウンウン(うな)っていると、目の前に居るお母さんが答えを教えてくれた。


「覚えていないの、アイリス? あなた、気を失っちゃったのよ」


「ええっ!?」


……………………! そうだ! 思い出した!

シンさんから抱き締めてもらって、わたしの心にポカポカとした安心感が広がっていって…………それで、気が抜けて倒れちゃったんだ!


「…………えーと…………つまりこれは、気を失っているわたしが見てる、夢って事?」


「ええ…………まあ、そうね」


わたしの質問に、答えをくれる、お母さん。


(変な夢…………まるで、本当に目の前にお母さん居るみたい…………)


そんな不思議な感覚を味わいつつもーーわたしは、嬉しかった。

夢とはいえ、またお母さんと話せてるんだもん!


(せっかくだから、目が覚めるまで、お母さんといっぱい話をしよう)


まずは何から話そうか?

それこそ、話したい事は山のようにある。


(…………そうだよね。まずは、お母さんを安心させてあげるのが、先だよね)


もちろん、目の前に居るお母さんが本物じゃないって、分かってる。

それでも、わたしは伝えたかったーー


ーーお母さん達が死んじゃってから、いろいろな事があったよ。正直に言えば、まだまだ消化できない事もいっぱいある。

ーーそれでも、今のわたしには、シンさんが居てくれている。決して、不幸なだけじゃないんだ。

ーー今ね、お母さん達を殺した『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』に復讐するため、シンさんに修行をつけてもらってるんだ。

ーーシンさんは優しいから。わたしが無茶をしようとしたら、すぐに止めようとするけど…………。

ーーだけど、1刻でも速くお母さん達の仇を討ちたいから。だから、この3日間、シンさんに無理言って、頑張っているんだ。

ーーいつになるかは分からないけど…………それでも、いつかきっと、お母さん達の仇を討つから。だからどうか、安心して天国から見守っててください。


そんな事を、お母さんに話そうとしたのだけれどーー


「ーーアイリス」


「…………な、なに…………お母さん…………?」


わたしが口を開くよりも先に、お母さんが話始めた。

お母さんの表情はとても真剣な物だ。その上、声には(たしな)めるような響きが(ともな)っていて、わたしはつい、たじろいでしまう。


「アイリスが目を覚ますまで時間が無いわ。だから、手短に話すわね」


そう前置きしてから、お母さんは続ける。


「アイリスは覚えていないでしょうから、もう1度言うわ。復讐なんて、やめなさい。そんな事は私も、村の皆も…………そして、あなたの新しい家族も望んでなんかいないわ」


「……………………なんでそんな事、言うの…………?」


たとえ、わたしの妄想なんだとしても、そんな事をお母さんの口から言われたくない。

だけど、そんなわたしに構うこと無く、お母さんは次に意外な言葉を口にした。


「ここ最近、アイリスが無茶ばっかりしてるから、シンさん、1人で思い悩んじゃって、だいぶ(こじ)らせた事を考えちゃってるわよ」


「え? 何それ、1体どういう事?」


な、なんだか今、お母さんが凄く気になる事を言ったような…………。

だけど、わたしがその意味を聞く事は出来なかった。


「…………時間ね」


ーーガタン


小さく呟いて、イスから立ち上がる、お母さん。

次の瞬間、突然リビングの中が白い光に包まれた。


(ーーっ!? 何これ!?)


驚いて呆然としているわたしを余所(よそ)に、光はどんどん強くなっていき、周りの景色が少しずつ見えなくなっていく。

そして、視界の全てがホワイトアウトする直前、わたしの耳に、お母さんの声が届いた。


「アイリス。せっかく手に入れた幸せをーー家族になっても良いと思えるほど大好きな人を、手離(てばな)しちゃ駄目よ。もし離しちゃったら…………その時は、また掴み直しなさい。諦めず、何度でも。私と違って、あなたは生きているのだから。やり直す事は、出来るのよーー」


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