太陽の下に咲き乱れる星空に、眠るーー
シン視点
1昨日、俺が受けた緊急依頼『血染めの髑髏』の討伐は、本を正せば王宮が冒険者ギルドに持ち込んだものだ。
俺がフィリアさんに報告した内容ーーそして、唯一の生き残りであるアイリスを俺が引き取った事は、1昨日のうちに、ギルドから王宮へと伝わり。
王宮は昨日、『ルル』の村に騎士団を派遣。被害の状況の調査と葬儀の準備を終え、そして今日ーー
「ーーアイリスさんが葬儀に参加するかを確認するため、保護者であるシルヴァー様がギルドを訪れる時間に合わせ、私達もギルドを訪れたのです」
「なるほど。わざわざ、ありがとうございます」
センドリックさんから、これまでの経緯を聞きつつ、騎士団の人に出してもらった馬車に揺られる事、6時間。
俺とアイリスは『ルル』の村にーーかつて、『ルル』という村があった場所に辿り着いた。
現地には、被害の調査をしていたと思われる騎士団の人が数名居て、彼らの手によって既に、遺体は1人1人棺へと納められていた。
「…………エリン…………メル…………ハリー…………ケビン…………エマおばさん…………ルーカスおじさん…………ジュリアおばあちゃん…………ホセおじいちゃん…………ノア先生…………」
『ルル』の村は家々が密集しており、棺を1つの場所にまとめられなかったようだ。
棺は、村の中に分散して置かれており、アイリスは、その1つ1つを確認しては、呆然とした顔で遺体の人物の名前を呟いていく。
棺の中に安置された遺体は、アイリスの友人と思われる同年代の少年少女。お世話になったであろう大人達。教会の先生。だがーー
「…………っ! …………だれ? 分かんないよぉ…………」
騎士団の人達が綺麗にしたのだろうが、『血染めの髑髏』に襲われた遺体は、全て損傷が激しい。
中には、アイリスさえ誰か分からないほど酷い状態の遺体もあり、確認を進めて行くごとに、アイリスの顔からどんどん血の気が引いていく。
「…………………………………………」
だというのに、俺はアイリスに、何の言葉もかけてやる事も出来なかった。
(くそっ! アイリスがこんなに苦しんでいるというのに、何で俺は、1言すら声をかけてやる事が出来ないんだよ…………!)
嫌でも実感してしまう。
俺はしょせん、人生経験の少ない22歳の若造でしかないのだと。
(フィリアさんのように2百年以上生きていれば…………ううん。そこまでは無理でも、せめて俺が、エドさんやヴィヴィさん位の年齢ならーー)
ーーなんて、そんな想定をしても無意味だって、分かってる。
アイリスのために、今の俺に出来る事を精1杯やるだけだ。
ーーギュ~ッ!
ーーギュッ!
俺は、遺体の確認に周り始めてから、まるで縋るように強い力で俺の手を握り続けているアイリスの手を、今までよりも少しだけ力強く握り返す。
もしかしたら、痛いかもしれない。だけど、言葉に出来ない分、行動で伝えたかった。
ーー俺はここに居るぞ! 俺はアイリスの手を離さないぞ! そう、伝えたかったんだ…………。
そうして、村の入り口から順番に確認していた俺達は、ついに村の最奥へーーかつて、アイリスの家があった場所へと辿り着いた。
『血染めの髑髏』の手によって、今は瓦礫の山になってしまっている場所。
その場所に、棺が1つ置かれている。
「ーーっ! …………う、うぅ…………おかあさぁん…………」
棺の中で眠っていたのは、アイリスの母親だった。
気のせいだろうか? これまで見てきた遺体と比べ、アイリスの母親は安らかな表情を浮かべているように見える。
(…………きっと、満足だったんだろうな。最期に、娘を守れたんだから…………)
アイリスの母親は、ただ眠っているだけのようだ。まるで、今にも「おはよう」と起き出しそうなーーだけど、胸を貫く生々しい傷痕が、そんなわずかな希望を否定する。
アイリスも、それを認めたのだろう。ここまで呆然としていたアイリスの表情が初めて、くしゃりと歪んだ。
「…………おかあさぁん…………おかあさぁん…………」
母親の遺体に縋りつき、震えた声で何度もお母さんと呼びかけ続ける、アイリス。
だけど、アイリスは決して涙を流さない。顔をくしゃくしゃに歪め、顔色は蒼白。それでもアイリスは涙の1粒すら流さず、1人耐え忍んでいた。
「…………………………………………」
ーーギュッ
「…………う、うぅ…………シン、さぁん…………おかあさんが…………皆も…………死んじゃったよぉ…………」
俺は無言でアイリスの隣に座り、軽くアイリスの肩を抱く。
アイリスは母親の遺体から俺に視線を移すと、悲痛な声を上げ、そしてーー
ーーポロポロ
ここで初めて、アイリスの瞳から涙が零れた。
「…………う…………うわああぁ~ん! おかあさぁん! みんなぁ!」
ーーギュ~ッ!
1度決壊した涙は、もう止まらない。
俺に勢いよく抱き着き、胸の中で涙を流し続ける、アイリス。
…………サス。…………サス。
俺は、泣きじゃくるアイリスの背中を、優しく撫でながら、考える。
(…………きっと、アイリスは今初めて実感したんだろうな。母親が、皆が亡くなった事を…………)
俺やフィリアさんから聞いてはいた。だけど、それは人づてに聞いた情報でしかなくて。
だけど今、アイリスはその目で見てしまった。母親の、村人全員の、遺体を…………。
「うわあああ~ん! シンさぁん…………おかあさぁんが…………みんながぁ!」
俺の体を必死に抱きしめ、胸の中で涙を流し続ける、アイリス。
そんなアイリスの背中を、俺はただ無言で撫で続ける事しか出来ないのだったーー
…………
……………………
…………………………………………
「…………う、うっ…………うぅ…………」
どれぐらいの時間がたっただろうか?
ようやくアイリスが落ち着いてきた頃、センドリックさんが、申し訳なさそうな表情で声をかけてきた。
「…………申し訳ありません、シルヴァー様」
「どうしました?」
「ただいま、隣の『パァム』の村から、神父様が到着しました。…………そろそろ…………」
「分かりました。…………アイリス、行こう?」
「…………………………………………はい」
葬儀を挙げれば、母親や村の皆とは別れなければならない。
アイリスも、それが分かっているのだろう。しばらくの間、名残を惜しむように…………脳裏に刻み込むように、母親の遺体を眺め続けていたアイリスだったが、やがて小さな声で頷いた。
そうして、俺とアイリスは、センドリックさんの先導の元、村の入り口に戻ってきたのだがーーここで、1つ問題が出てきた。
葬儀を挙げたり、村人全員の遺体を埋葬できるような開けた場所が、村の中に無いという事だ。
急遽、俺と騎士団の人達とで、話し合いが行われる事となった。まずはセンドリックさんが、遠慮がちに案を出す。
「家屋を何軒か取り壊せば可能でしょうが、出来れば、それは…………」
「そうですね。なるべくなら、それは避けてもらいたいです」
アイリスを気遣うようにチラチラと見ながら、言いにくいアイデアを代表して言ってくれた、センドリックさん。
ただ、センドリックさん自身も、その意見を快くは思っていない様子だ。
(効率的に考えれば、センドリックさんの案が1番なのかもしれない。俺達が壊すまでもなく、既に『血染めの髑髏』の手によって、半分近くの家屋が半壊状態だしね)
アイリスに出会う前の効率重視の俺なら、センドリックさんの案を支持しただろう。
たが、今の俺は、アイリスに故郷の景色を残してあげたいと。非効率的かもしれないが、そう思う。
だから、センドリックさんの案は、なるべくなら最終手段としたい。なので、俺は代替案を出す事にした。
「では、村近くの森の木を切り倒して、スペースを作るのはどうでしょうか? 俺が風魔法で切り倒しますよ」
「そうですね。そうしましょうか。…………おいっ、ビアンカ! お前もたしか、風魔法が使えたよな?」
センドリックさんが、村で待機していた騎士団の人達に向けて確認を取ると、その中から女性の騎士が「はい!」と返事を返す。
そうして、俺とビアンカさんとで、村の外の木々を何本か切り倒して行こうと、そう話が纏まりかけた、その瞬間だったーー
ーークイッ、クイッ
不安なのか、いつも以上に俺にピッタリと寄り添っていたアイリスが、俺の服の裾を引っ張ってきたのは。
「? どうかした、アイリス?」
「え、と…………すいません。皆のお墓を建てる場所にわたし、心当たりがありまして…………」
「そうなの?」
「…………はい。あの辺りが丘になってまして、あそこなら広いスペースがありますし、『ルル』の村を1望できるんです。それに、ちょうど今の季節、あの場所にはキレイな花がいっぱい咲いてるので、ちょうど良いかなと…………」
母親や村の皆を、少しでも良い場所に眠らせてあげたいと思っているのだろう。
まだまだ沈んだ様子が見られるものの、それでも懸命に声を絞り出して、村を囲う森の中を指差す、アイリス。
その方向を確認すると…………うん。たしかにアイリスの言うように、山の斜面の1角がせり出して、丘になっている所があるな。
この村から遠目に見ても、その丘には木が生えていないであろう事が、確認できる。
「…………センドリックさん。1度様子を見に行ってみましょうか」
「そうですね。お前達は、1旦待機していてくれ!」
そうして、アイリスの案内の元、俺とセンドリックさんで丘の様子を見に行く事になった。
山道を進む事、15分。それまで沢山あった木々が無くなって、開けた場所に出た。どうやら、目的地である丘に着いたようだ。
「これはーーとてもキレイで、幻想的な光景ですね」
アイリスの言う通り、丘の上には沢山の青色の花が咲いており、その光景を見たセンドリックさんが、感嘆の声を上げる。
「…………この花は、ハルリンドウですね」
何年か前に見た野草図鑑の中に、この花ーーハルリンドウの情報が載っていた。
太陽が覗いている間だけ咲く、珍しい習性のある花で、曇りや雨、夜は蕾を閉じてしまうらしい。
花びらの数は10枚と決まっており、長い花びらと短い花びらが交互に並んでいる。
図鑑には、ハルリンドウを真上から見ると、大小2つの星が重なっているように見えるーーなんて書いていたっけ。
「この丘はさしずめ、太陽の下に咲き乱れる星空…………って所かな。センドリックさん、ここにしましょうか?」
「そうですね。では、私は村に戻って報告して、他の団員達と協力して、ご遺体をこちらまで運んでまいりますね」
「お願いします。俺はその間、土魔法で地面を掘っておきますね」
そうして、センドリックさんは1人、来た道を引き返して行った。
(…………さて。それじゃあ、俺もやりますか!)
小さな村とはいえ、アイリスを除く村人全員を埋葬しなければならないのだ。深さはそれ程じゃないが、かなりの大きさが必要だ。
俺の魔力量でも、ギリギリといった所だろう。
「…………………………………………よし! 『創造・大地』!」
ーーズズズズズッ
俺はたっぷり時間をかけて魔力を練った後、大規模土属性魔法を発動。
数メートル四方におよぶ大穴を、地面に開けたのだった。
…………
……………………
…………………………………………
その後、俺と騎士団達とで協力して、村と丘を行き来する事、約10往復。ようやく、全ての棺を丘の上まで運ぶ事が出来た。
俺の出身国である『ジパング』とは違い、『セレスティア』の葬法は土葬である。
遺体や棺はそのまま埋葬し、『パァム』の村人が用意してくれた墓石を設置。最後に、神父さんが祈りの言葉を上げ、葬儀は終了となった。
「…………………………………………」
それから、30分の時が流れた。
神父さんは『パァム』の村に戻り、騎士団の人達も『ルル』の村の入り口で帰り支度を始めている。
が、俺とアイリスは未だに、ハルリンドウが咲き乱れる丘の上に留まっていた。
「…………………………………………」
葬儀が終ってからずっと、無言でお墓の前に佇み続けている、アイリス。
アイリスは1見、呆然と墓石を見つめているように見えるのだが…………実際は、どうなのだろう?
隣から見るアイリスの瞳は焦点が合っておらず、お墓では無く、どこか遠くを見ているようにも感じられた。
(…………きっと、離れたくないんだろうな。母親や村の皆が眠る、この場所から…………)
その気持ちが分らないじゃないし、俺も出来るかぎりアイリスの想いを尊重してあげたい。
(…………とはいえ、いつまでもここに居続ける訳にはいかないよな…………)
時間は既に、5時を回っている。行きと同じく、騎士団の馬車に乗せてもらうとして、王都までは6時間。
これ以上留まれば、王都に帰り着く頃には、日付が変わってしまう。
(…………まあ、俺がアイリスを背負って帰るなら、もう少し居る事が出来るけど…………)
『ルル』の村と王都との間には、グネグネとした山道が続いているため、魔法で身体強化して直線距離で行った方が、馬車よりも速く帰り着く。
俺1人だと、王都まで約2時間。アイリスを背負って行くなら、負担にならないよう、ゆっくり慎重に行くとして…………3時間もあれば充分に帰り着けるだろう。
(…………だけど、それは出来れば避けたいなぁ…………)
理由は2つ。
1つ目の理由は、王都までの道程には、木々を跳び移っての移動や、崖の登り降りが、何度も続く事。
いくらアイリスの負担にならないよう、ゆっくり慎重に行くと言っても、限界がある。
1昨日、気を失っていたアイリスを王都に連れて帰る時には、他に方法が無かったので仕方なかったが、今日は騎士団が馬車を出してくれるのだ。
時間はかかるが、アイリスの事を考えれば、馬車の方が良い。
そして、2つ目の理由だが…………単純な話、魔力切れだ。
遺体を埋葬する穴を掘る為に使った『創造・大地』で、俺はほとんどの魔力を消費してしまった。
王都までの3時間、身体強化魔法を使い続けられるかどうか、自信が無いのだ。
「…………アイリス。そろそろ、帰ろう?」
「ーーっ!」
ーーバッ
おそるおそる声をかけると、アイリスは俺の言葉を拒絶するように、顔を俯かせてしまう。
「…………もう少し…………」
「え?」
「…………あと、ほんの少しだけ…………。お願いします、シンさん…………」
くしゃり、と。今にもまた、泣き出してしまいそうな程に顔を歪め、小さな小さな声で、俺に懇願してくる、アイリス。
「…………うん。分かった」
「…………ありがとうございます…………」
俺が了承の返事を返すと、アイリスは墓石にソッと手を添え、祈るように目を閉じた。
「…………………………………………」
どれぐらいの時間、そうしていただろうか?
やがて、アイリスは墓石から手を離すと、ゆっくりと目を開きながら、お墓の下で眠る母親や村の皆に向けて、別れの言葉を口にした。
「…………さよなら。お母さん、みんな…………。待っててね。かならず、仇を取るから…………」
「ーーっ!?」
アイリスの声音はーーそして、開いた瞳は、もはや呆然としたものでも、悲しみに沈んだものでも無かった。
アイリスのこの瞳を、この声を、俺は知っている。
1昨日、ギルドで母親や村の皆の死を知らせた時と同じーーいや。実際に遺体を見たからか、今のアイリスの瞳や声には、その時以上の『血染めの髑髏』への怒りや憎しみが感じられた。
(ああ…………戻ってしまった…………。1昨日の、怒りや憎しみに囚われていた頃の、アイリスに…………。せっかく、昨日から本来の明るさを取り戻して、笑顔が見られるようになっていたのに…………)
認め難い事実に、俺は愕然としてしまう。
が、そんな俺に構う事なく、アイリスはニコリとーー弱々しくも、どこか不自然さを感じさせる笑みを浮かべる。
そして、アイリスは俺の手を取って、引っ張って行く。
「もー! なにボーッとしてるんですか、シンさん? 早く帰らないと、遅くなっちゃいますよ」
「…………え? ああ、うん…………」
そうして、俺とアイリスは『ルル』の村へーーそして、王都へと戻る。
(これから、1体どうなってしまうんだろう…………?)
王都までの馬車の中。
不安を紛らわす為か、いつも以上にベタベタと引っ付いてくるアイリスの頭を撫でながら、俺はそんな先行きの不安を感じていたーー