表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/168

アイリス。商店街でお買い物(後編)

アイリス視点

次にシンさんが訪れたのは、八百屋(やおや)さんだった。

先のお肉屋さんと同じで、この八百屋さんに並んでいる野菜や果物も、もの凄い値段だったけど、シンさんは特に気にする様子も無く、店主のおじさんと相談して、トマトとトウモロコシを購入した。


(あれ? 何でトマトやトウモロコシが、今の時期に売ってるんだろう?)


わたしが育った『ルル』の村は、山に囲まれた小さな村だったので、農業や畜産などは、ほぼ自給自足だった。

だからこそ、わたしは知っている。トマトもトウモロコシも夏に実がなる野菜のはずだ。


(? まだ4月になったばかりなんだけどな?)


気になったわたしは、シンさんに聞いてみる事にした。


「ーーおっ。よく知ってるねー、アイリス」


ーーナデナデ


わたしの質問に答えるよりも先に、そう褒めてくれて、頭を撫でてくれる、シンさん。


「えへへ~」


もう何度目になるか分からない、シンさんからのナデナデ。

それなのに、わたしはこのシンさんからのナデナデに、全然慣れそうにない。

シンさんから頭を撫でられると、心がポカポカと温かくなって、幸せな気持ちがポワポワと溢れてきて、どんな時でも、つい笑顔になってしまうんだ。


(お母さんからもよく言われていたけど、わたしって、こんなにも甘えん坊だったんだなぁ)


今更ながらそんな事を自覚していると、シンさんはわたしの頭を撫でる手を止めてしまった。

どうやら、先程の質問の答えを教えてくれるようだ。

わたしは少し残念に思いつつ、シンさんの話に耳を傾ける。


「アイリスが言うように、トマトもトウモロコシも夏が旬の野菜だよ。ただ、何年か前にハウス栽培って言う栽培方法が出来てね。その方法なら、旬に関係なく、いつでも野菜が作れるんだ」


「? ハウス栽培って、何ですか?」


「うーん…………何て言えば分かりやすいかな? まあ、簡単に言えば、ものすごーく大きなガラスケースの中で野菜を育てるんだ。そして、『火』や『水』の魔道具を使って、ハウスの中の気温を育てたい野菜の季節に合わせてるんだよ」


「なるほど。そういう育て方があるんですね」


シンさんからの説明を聞いて、わたしは納得して頷く。


(それにしても、本当にシンさんは凄いなー。わたしの質問に何でも答えてくれる)


わたしがそんな風に感心していると、どうやら購入した野菜を包み終わったらしい。

店主のおじさんさんから野菜を受け取って、お金を払う、シンさん。


「『収納(アイテムボックス)』・インーーよし! 買い物はこれで終わーり! 帰ろっか、アイリス」


「はーい」


シンさんは野菜を『収納(アイテムボックス)』の中に仕舞うと、そう言って、買い物の間離していた手を、わたしに差し出してきた。

わたしも、自然な動作でその手を取る。


(ーーえへへっ! シンさんの手、あったか~い!)


ーーギュッ!


内心でそんな事を思いながら、シンさんの手を握る力を強くしてみる。


ーーギュッ


すると、シンさんもすぐに、わたしに応えるように、握る力を強めてくれた。


「えへへ~! シーンさーん!」


たったそれだけのやり取りで、わたしは幸せになってしまうのだった。


(ーーって、だめだめっ! これじゃあまた、シンさんに貰ってばっかりだ。わたしも、何かシンさんに返さないと)


ーーブンブンッ!


「?」


ハッと我に返って、首をブンブンと振る、わたし。

シンさんは不思議そうに見つめていたけれど、それに構うことなく、わたしは先程のフィリアさんとの会話を思い出す。

フィリアさんは言っていた。シンさんが食事を選ぶ基準は、味や好き嫌いじゃないと。『いかに栄養のバランスが取れているか』だと。


(実際、最初に買った豚のヒレ肉の時にも、そんな事を言っていたしなぁ)


たしか、疲労回復に効果のあるビタミンB1が多いからだったっけ?


(という事は、今買ったトマトとトウモロコシにも、何かそういう理由があるんだろうなぁ…………)


気になったわたしは、シンさんに尋ねてみる事にした。


「ところで、シンさん。さっきの豚のヒレ肉の時みたいに、トマトやトウモロコシを買ったのにも、何か理由があるんですか?」


「うん? …………うーん、まあ1番の理由はトマトとトウモロコシが新鮮だったからだけど。まあ、後は、トマトやトウモロコシが栄養豊富な野菜だからかな」


「…………そうなんですか?」


「うん。この辺では昔から、『トマトが赤くなると医者が青くなる』ってことわざがあってね。つまり、それぐらい栄養が豊富って事だね。トウモロコシにも、そんなトマトに負けないぐらい、沢山の栄養が含まれているんだよ」


頬を微かに赤く染め、恥ずかしそうに顔を少しだけ逸らして、そう教えてくれる、シンさん。


(シンさんのこの反応…………豚のヒレ肉を買った時と同じだ。きっと今回も、わたしを気遣って、トマトとトウモロコシを選んでくれたんだ…………)


その事に気付いた瞬間、わたしの中で気恥ずかしい気持ちが湧いてきた。

だけど、同時に複雑な想いもまた、感じていた。


(…………そっか。やっぱり、そんな理由だったんだ…………って、だめだめっ! 落ち込んでばかりもいられないよね!)


そもそも、シンさんにこういう困った1面がある事は、フィリアさんから聞いて承知してるんだ。

その上で、フィリアさんからもお願いされたように、シンさんをそれとなく正しい方向へ誘導するーー


ーーもう2度と、わたしが大好きなシンさんを、悪い意味で『探求者(シーカー)』なんて言わせない! 『人間味が薄い』なんて言わせない! それが、今のわたしに出来る、シンさんへの精一杯の恩返しなんだから!


(……………………って、意気込んでみたのはいいけれど、今回の場合はどうするのが正解なのかな?)


ギルドを出る時には、フィリアさんの寂しそうな表情を思い出して、シンさんに、別れ際に手を振るよう促してみた。

結果、シンさんは恥ずかしそうにしながらも手を振ってくれて、それを受けたフィリアさんも、嬉しそうに微笑んで、わたしにお礼を言ってくれた。

だけど、今回は正しいフォローの仕方が思い浮かばない。


(シンさんに、メニューの変更をお願いしてみる? …………ううん。それは、何だか違う気がする)


そもそも、お肉屋さんで豚のヒレ肉を買ったのも、八百屋さんでトマトとトウモロコシを買ったのも、シンさんなりにわたしを気遣ってくれた結果だ。

わたしがそれにイチャモンをつけるのは、お門違いだろう。


(うーん。……………………それなら、メニューの変更じゃなくて、追加ならどうだろう?)


うん。それは良いアイデアかもしれない。

ただ、もし追加するのなら、栄養バランスの事なんか、全く考えないで済む物がいい。


(だけど、そんな都合の良い物があるかなぁ?)


ーーキョロキョロ


わたしは、シンさんに手を引かれて歩きながら、何かないかと商店街の中を見回す。

そうして、歩くこと数分。商店街の出口が見え始めてきた頃に、わたしは1軒のお店を見つけた。


(あれは…………ケーキ屋さん? …………! そうだ! デザートなら、栄養バランスなんて考えないで済む。まさに、今回の条件にピッタリ合う物だ!)


ーーピタッ


「ーーん? どうかした、アイリス?」


突然立ち止まったわたしに、不思議そうに尋ねてくる、シンさん。

そんなシンさんに、わたしは思いきってお願いしてみる事にした。


「シンさん。お願いがあるんですけど、食後のデザートに、あそこのケーキを買ってくれませんか?」


ーーピッ


「ケーキ? うーん…………」


わたしはケーキ屋さんを指さして、シンさんにそうお願いする。

対してシンさんは、わたしが指差したケーキ屋を見つめて、何やら悩んでいる様子だ。


(どうしよう…………。もしかしたら、断られちゃうかな?)


そんな不安が、わたしの頭をよぎる。

よくよく考えれば、人1倍栄養バランスを気にするシンさんが、ケーキなんて高カロリーな物を買ってくれるだろうか?


(オヤツにドライフルーツを食べた時も、シンさん、おかわりをするのを許してくれなかったしな…………)


もし、シンさんから断られちゃったら、どうしよう?

そんな事を考えていたのだけれどーー


「……………………まあ、いいか」


わたしの心配をよそに、シンさんは驚く程あっさりと了承してくれた。


「えっ!? ホントですか!?」


「うん。ただし、1個だけね」


「はい! もちろんです! ありがとうございます、シンさん!」


よーし! そうと決まればーー


「シンさん! 早く行きましょう!」


ーーグイグイ


「はははっ。心配しなくても、ケーキは逃げないよ、アイリス」


わたしは、シンさんの気が変わらないうちにと、繋いでいる手を引っ張ってケーキ屋さんへと急ぐ。

そうして、わたし達はケーキ屋さんの店先へと、辿(たど)り着いた。


「ーーうわあぁ~! 凄い凄い! シンさん、どのケーキも凄くキレイで美味しそうです!」


店先のガラスケースに並んだ色とりどりのケーキを眺め、思わずはしゃいでしまう、わたし。

自分でも子どもっぽいと思うけれどーーしかたないよね! ケーキなんて、誕生日の時にしか食べられない贅沢な物だし。


(それに、さすが王都だ。どのケーキも、まるで芸術品のように、キレイで繊細だなぁ…………)


そのあまりのキレイさに、思わず見とれてしまう、わたし。

だけどーー


(…………うぅ…………。どのケーキも、凄く高いよぉ…………)


凝って作られている分、どのケーキも、値段が凄く高くて。

わたしは、つい躊躇してしまう。


(シンさんは気にしなくて良いって言うだろうけど…………でも、こんなに高いケーキを買ってもらうのは、やっぱり気が引けちゃうよ…………)


ーーキョロキョロ


他に、何かないかな?

そう思いながら、ガラスケースの中を見回す。

すると、ガラスケース端の方に、シュークリームが置かれている事に気付いた。


(…………このシュークリームも、わたしが知っている物より値段が高いけど…………でも、ケーキより、お得だ。うん! シュークリームにしよう!)


そう決めたわたしは、ガラスケースの大部分を占めるケーキのコーナーから離れ、端の方にポツンと置かれたシュークリームのコーナーへ向かう。


「うん? ケーキじゃなくて、いいの、アイリス? 別に遠慮なんてしなくても、大丈夫だよ?」


ケーキのコーナーから離れたわたしを見て、察したのだろう。

予想通り、シンさんはそう言ってくれたけど…………でも、やっぱり遠慮しちゃうよ。


「…………あははっ。違いますよ、シンさん。わたし、今はケーキよりシュークリームが食べたい気分なんです」


「…………そう? まあ、それならいいけど…………」


だから、わたしは誤魔化す事にした。

幸い、シンさんは釈然としないながらも、納得してくれている様子だ。


(よーし! それじゃあ、どのシュークリームにしようかな~)


気持ちを切り替えたわたしは、改めてガラスケースの中のシュークリームを眺める。

どうやら、数こそ少ないものの、いろいろな味のシュークリームがあるようだ。

定番のバニラに、カスタード。チョコや紅茶。季節限定として、イチゴ味なんて物もある。


(うーん…………。いっぱいあって、悩んじゃうなぁ…………)


……………………よし! 決めた!


「シンさん。わたし、チョコのシュークリームにします!」


「ん。りょーかい」


沢山あるシュークリームの中から、わたしはチョコを選択する。


(シンさんは、なに味にするんだろう)


そう思っていたのだけどーー


「すいませーん。この、チョコのシュークリームを1つください」


シンさんは、わたしが頼んだ分のシュークリームしか注文しなかったではないか!


「はーい」


シンさんの注文に反応して、店の奥から、店員のお姉さんがやって来る。


「ーーって、ちょっと待ってくださいよ、シンさん!? シンさんは買わないんですか!?」


「俺? 俺は買わないけど?」


慌てて止めに入るわたしに、キョトンとした顔で答える、シンさん。


(そっか! やけにあっさりオッケーしてくれたと思ってたけど、最初からわたしの分だけを買うつもりだったんだ!)


だけど、これじゃあ意味が無い。

シンさんにシュークリームを食べてもらう事が、わたしの思惑なんだから!


「わたしだけシュークリームを食べるのは、何だか寂しいです。シンさんも、一緒に食べましょうよ!」


「俺も? うーん……………………」


案の定と言うべきか、シンさんは、自分がシュークリームを買うのを渋っている。

仕方ない。こうなったら、奥の手だーー


「…………分かりました。シンさんが買わないと言うのなら、わたしも遠慮しますね…………」


「ちょっと! 何でそうなるの!? ああ、もうっ! 分かった、分かった! 俺も買うよ、アイリス!」


ちょっとズルいかなーと思いつつ、落ち込んだ風を装ってそう言うとーー効果は抜群。シンさんは、慌てた様子で了承してくれた。


(けど、ちょっとだけ罪悪感を感じちゃうな…………ごめんなさい、シンさん)


わたしは心の中で謝罪しつつ、シンさんの気が変わらないうちに、シュークリームを選んでもらう事にした。


「ありがとうございます。ちなみに、シンさんはどのシュークリームにしますか?」


「俺? まあ、アイリスと同じのでーー」


「ダメです! ちゃんと選んでください!」


「ええっ!? うーん…………それじゃあ、イチゴにしようかな」


『シンさんが食事を選ぶ基準は、味や好き嫌いじゃないの』。フィリアさんの言葉通り、適当に決めようとしたシンさんに、わたしは待ったをかける。

シンさんは、急に強気になったわたしに困惑しつつ、最終的にイチゴ味のシュークリームを選択した。


「…………と、いう訳で、すいません。イチゴのシュークリームを1つ追加で…………」


「ふふふっ。はい。かしこまりました」


先程から、わたし達のやり取りを見守っていた店員のお姉さんに、恥ずかしそうな様子で注文し直す、シンさん。

そして、シンさんは、クスクスと笑みを浮かべている店員さんから、シュークリームを受け取るとーー


「それじゃあ、今度こそ帰ろっか、アイリス」


「はい!」


ーーギュッ


そうして、再び手を繋いだわたしとシンさんは、改めて家路につく。


(ーーあれ? そういえば…………)


その途中、わたしはふと、ある事に気付く。


(そういえばシンさん、ドライフルーツを食べる時も、1番最初にイチゴを選んでいたよね)


もしかしてシンさん、イチゴが好きなのかな?


(もし、そうなんだとしたら…………ふふっ。なんだろ? 何だか、シンさんを可愛いと感じちゃう)


ーーほらね。わたしの言った通り、シンさんは人間味が薄くなんて無いでしょう、フィリアさん。


(シンさんだって、照れや恥ずかしさで、顔を真っ赤にしちゃうし。イチゴが好きなんていう、子供っぽい所もあるんだよ)


シンさんにそういう可愛い1面がある事を、皆にも知って欲しいーー


(ーーだから、覚悟していてくださいね、シンさん! 過去に何があったのかは分かりませんが…………シンさんがわたしを幸せにしてくれたみたいに、わたしもシンさんを幸せにしてみせますから!)


直接、シンさんに宣言する事が出来ない代わりに、わたしは心の中でそんな誓いを立てるのだったーー


…………。


……………………。


…………………………………………。


わたしはこの時、たしかにそう誓った。


その、はずなのに、なぁ…………。


だけど、わたしはバカだから…………。


自分の事しか考えていない、大バカだから…………。


翌日以降、自分の事に手1杯になってしまったわたしは、この時に立てた誓いを、キレイさっぱり忘れてしまうのだったーー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ