シン。商店街でお買い物(前編)
シン視点
どうやら、俺がエドさんやヴィヴィさんと話をしている間に、アイリスがフィリアさんに依頼の報告を済ませてくれたらしい。
フィリアさんの元へ辿り着くなり、「報告はもう大丈夫です」と言われ、グリフォン退治とゴーレム退治の報酬、金貨1枚を貰ったのだがーー本当に良かったのか?
(…………まあ、ギルドマスターであるフィリアさんが良いって言ったんだ。それなら大丈夫なんだろう)
それに、報告にかかる時間を短縮出来たのは、正直に言えばありがたい。
ーーチラッ
俺は、窓から外の景色を眺める。
エドさんやヴィヴィさんと長い時間話し込んでいた事もあり、陽が沈みかけているのか、だいぶ薄暗くなってしまっている。
(いくら俺が付いているとはいえ、12歳の女の子であるアイリスを、遅い時間まで連れ歩くのはマズいよな…………。完全に陽が沈む前には帰らないと…………)
そんな、すっかり父親らしい思考が身に付いてしまった俺は、フィリアさんへの挨拶もそこそこに、ギルドを出ようとしたのだがーー
(…………ああ、そうだ。アイリスにちゃんとお礼を言っとかないと…………)
直前にそう思い当たった俺は、お礼と共にアイリスの頭を撫でてあげる。
「代わりに報告してくれて、ありがとね、アイリス。おかげで助かったよ」
ーーナデナデ
「えへへ~! どういたしましてー」
気持ち良さそうに目を細めて、幸せそうに微笑む、アイリス。
そんなアイリスを見ていると、俺も自然に笑みが漏れてしまう。
「ふふっ。…………さっ、アイリス! 夜ご飯の材料だけ買って帰ろっか」
「はーい! フィリアさん、さようならー!」
「はーい。さようなら、アイリスちゃん」
振り返って、フィリアさんに手を振る、アイリス。
俺は、そんなアイリスの子供らしい仕草を、隣で微笑ましく見守っていたのだがーー
「ほら! シンさんも手を振って下さい!」
「えっ!? 俺も!?」
アイリスから、俺もフィリアさんに手を振るようにと、促されてしまった。
(子供のアイリスがするならともかく、俺みたいな大の男がそんな事するのは、さすがに恥ずかしいんだけど…………)
とはいえ、自他共に認める親バカの俺は、アイリスの言う事には逆らえない。
「……………………さ、さようなら~、フィリアさん…………」
仕方なく、俺はフィリアさんに小さく手を振ったのだがーーや、やっぱり恥ずかしい! 今の俺、絶対に顔が真っ赤になってるよね!?
「ーーっ!」
ほら! フィリアさんも驚いた表情をしちゃってるよ!
そりゃそうだよ。だって俺、こんな事するキャラじゃないもん!
「…………ふっ、ふふふっ。さようなら! シンさん!」
フィリアさんは顔を俯かせてひとしきり笑った後、満面の笑みを浮かべて、アイリスの時以上に大きく手を振っているのだがーーな、なんでそんなに嬉しそうなんです?
「…………ふふっ。ありがとう、アイリスちゃん」
「いえいえー」
俺が不思議に思っている間に、そんな意味深な会話を交わす、フィリアさんとアイリス。
「? なんの話?」
「ふふふっ。シンさんには内緒です! ねー、フィリアさん!」
「ねー、アイリスちゃん」
男の俺をのけ者にして、笑い合う女子2名。
(? アイリスとフィリアさん、いつの間にか凄く仲良くなってるな?)
朝とさっき、合わせても30分程しか会話していないはずなんだけど…………何か共通の話題でもあったんだろうか?
(…………まあ、でも、アイリスに親しい人が増えていくのは、良い事だよな)
ちょっとだけ寂しい気もするけれど、いつまでも俺にベッタリという訳にもいかないからな。
「? どうしました、シンさん?」
考えていた事が顔に出てしまっていたかな?
アイリスが首を傾げながら、不思議そうに尋ねてきた。
「いいや。何でも無いよ、アイリス。それより、早く行こっか」
「あっ、はーい」
とはいえ、考えていた事を口にするのは恥ずかしい。俺は話題を変えると、繋いだままになっていたアイリスの手を引いて、ギルドの出口を目指す。
幸い、アイリスも追及する事なく頷いて、すぐに俺の隣へと並ぶ。
「それでは、フィリアさん。しつれいしますね」
「さようならー」
「はーい。さようなら、アイリスちゃん、シンさん」
そうして、俺達は最後にもう1度フィリアさんに挨拶をして、ギルドを出る。
するとすぐ、アイリスから質問が飛んできた。
「ところで、シンさん。夜ご飯の買い物に行くって言ってましたけど、どこに行くんですか?」
「ああ。すぐそこに商店街があるんだ。そこで買い物をしよう」
「はーい!」
そうして、俺が先導する形で、王都の大通りを2人並んで歩いて行く。
相変わらず、行き交う人は多いものの、陽が沈みかけているという事もあり、王都に帰って来たばかりの頃よりは人通りが減っている。
「ふんふんふーん」
こうして、ご機嫌になったアイリスが、俺と繋いでいる手を大きく振っても、迷惑にならない程度には、ね。
ーーと、
「着いたよ、アイリス」
「えっ!? もうですか!?」
ギルドを出て数分で足を止めた俺を、ビックリした表情で見つめる、アイリス。
「はははっ。言ったでしょ、すぐそこって。ほら、行こっ」
俺はそう言って、アイリスを連れて商店街の中へと入って行く。
「…………うわぁー! 凄い! いろいろなお店が、いっぱいありますね!」
商店街に入ってすぐ、ズラーッと並んだ沢山のお店を見て、興奮した様子で目をキラキラと輝かせる、アイリス。
(女の子は買い物が好きって言うけど、アイリスもそうなのかな?)
なら、せっかくだ。アイリスに、この商店街の説明をしてあげるとしよう。
「ここは、王都で1番大きな商店街なんだ。全長3キロ。50以上の店舗が入ってるから、ここで買えない物は無いんじゃないかな? アイリスも、欲しい物があったら、ここに来るといいよ」
「へー。そうなんですねー」
目的の店舗へ向けて歩きながら、俺はアイリスに商店街の説明をしていく。
対するアイリスはというと、俺の話を聞きつつも、首を左右にキョロキョロと振りながら、商店街の中に入っているお店を、1軒1軒興味深そうに眺めている。
(ははっ。相変わらず、好奇心が旺盛な子だな)
とはいえ、人通りがある商店街の中を、そんなにキョロキョロしながら歩くのは、ちょっと危ないかな?
(まあ、アイリスの気持ちも分からないじゃないし、そこは俺が気を配ってやるか)
俺は、アイリスが人とぶつかったりしないよう気を付けながら、ゆっくりと商店街の中を歩いていく。
そうして歩く事、数分。俺達は、最初の目的地である、精肉店に辿り着いた。
「着いたよ、アイリス。まずは、ここで買い物しようか」
「お肉屋さんですか…………って、えっ!?」
店頭の、ガラスケースに並んだお肉を見た瞬間、すっとんきょうな声を上げる、アイリス。
「? どうかした、アイリス?」
「シ、シンさん!? ここのお肉、凄く高いんですけど!? 王都って、こんなに物の値段が高いんですか!?」
あー、なるほど。そういう事か。
たしかに、山間の小さな村という、お世辞にも裕福とは言えない環境で育ったアイリスにとって、この精肉店に並んだお肉の値段は、凄まじいものがあるんだろうな。
「ははっ。心配しなくても大丈夫だよ、アイリス。たしかに、周辺の村に比べたら、王都の物価は高いけど…………この店が、他の店と比べて、特別高いだけだからさ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「うん。この商店街にある他の精肉店と比べると、断トツで高いね」
「…………え、えと…………大丈夫なんですか、シンさん? もしかして、わたしに気を使ってくれてます…………?」
おずおずと、遠慮がちに尋ねてくる、アイリス。
(うーん。この感じだと、どうやらアイリスにまで、俺が娘に甘い親バカだって認識されてるっぽいな)
まあ、間違ってはないんだけどさ。
とはいえ、これに関しては、アイリスの気にしすぎだな。ちゃんと訂正しておくとしよう。
「あははっ。残念ながらハズレだよ、アイリス。もちろん、アイリスには少しでも良い物を食べてもらいたいなーって気持ちはあるけどさ。今回ここに来たのは、単純にこの店が俺の行きつけだからだよ」
「あ、あれ!? そうなんですか…………」
そうなのだ。この精肉店は値段こそ高いものの、その分品質の良い物が揃っており、俺もお肉を買う時は、いつもこの店を利用している。所謂、常連客と言うやつだ。
ーーと、
「ーーおや。シンちゃんじゃないかい。いらっしゃい。今日は何を買ってくれるんだい」
俺とアイリスの話し声が聞こえたのか、店内から、この精肉店のおかみさんである、50代程の恰幅のいいご婦人が、店先へと出てきて、親しげに声をかけてきた。
「…………ね?」
「そ、そのようですね…………。あうぅ…………」
おかみさんの反応から、俺が本当の事を言っていると察したようだ。
自分の勘違いが恥ずかしかったのか、アイリスは微かに頬を染めると、顔を俯かせてしまった。
ーーナデナデ
気にしなくていいよ。
そんな意味を込めて、俺はアイリスの頭を撫でる。
ーーと、
「シンちゃん、その子は? シンちゃんの子供…………にしては、大きいけど…………。まさか、シンちゃんの恋人かい?」
「そんな訳ないでしょう…………」
小指を立てて、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくるおかみさんに、俺はげんなりとしながら返事を返す。
「…………あうぅ…………」
おかみさんの恋人発言が恥ずかしかったのか、アイリスは俺の背中に隠れてしまう。
やれやれ。ただでさえ、冒険者の間で変なウワサが流れてて困ってるんだ。俺の背中で恥ずかしそうにしているアイリスの為にも、ここはちゃんと否定しておかないとな。
「この子は、アイリスです。…………まあ、いろいろありましてね…………。昨日、俺の娘として引き取ったんです」
「そうなのかい…………。よろしくねー! アイリスちゃん!」
何か訳ありだと察してくれたのだろう。
おかみさんは、特に事情を尋ねてくる事なく、笑顔でアイリスへと声をかける。
「…………よ、よろしくお願いします…………」
未だに恥ずかしそうにしながらも、俺の背中から半分だけ顔を出して、おかみさんにちゃんと挨拶をする、アイリス。
「あっはっは! かわいい子だねー、シンちゃん」
「ええ。こんな俺には勿体ない、可愛くて出来た娘ですよ」
「シ、シンさん! 何さらっと恥ずかしいこと言ってるんですか! もー!」
真顔で親バカ発言する俺に、恥ずかしそうに抗議の声を上げる、アイリス。
そんな俺達のやり取りを見て、おかみさんは「あっはっは!」と、豪快に笑い始めた。
「あっはっは! それじゃあ、そんな可愛いアイリスちゃんに免じて、今日はサービスしてあげるとしようかね。さっ、何が欲しいんだい、シンちゃん」
「そうですね…………では、豚のヒレ肉を2切れください」
やっと話が本題に戻ったな。
そう思いながら、俺はおかみさんに、今日のメイン食材を注文する。
「はいよ。…………それにしても、シンちゃんは相変わらず太っ腹だねぇ」
「? 太っ腹? ーーえっ!?」
おかみさんの発言に反応して、ガラスケースの中を覗き込んだアイリスが、再びすっとんきょうな声を上げる。
ーーバッ!
そして、慌てた様子で俺の方に振り返ってきた。
「ちょ、ちょっと、シンさん!? この豚のヒレ肉、他のお肉と比べて何倍も高いですよ!?」
「うん。まあね。なにせ、1頭の豚から、2切れしか採れない部位だからね。相応に高いよ」
「な、なるほど。そうなんですね…………。でも、どうしてそんなに高いお肉を、わざわざ買うんですか?」
「えっ!? え、えーと、それは…………」
「? シンさん…………どうして、急に口ごもるんですか?」
…………ジー…………
急に口ごもってしまった俺に、訝しむような瞳を向けてくる、アイリス。
(どうしてって…………その理由をアイリスに説明するのは、何だか照れくさいんだけどなぁ…………)
…………ジー…………
とはいえ、ちゃんと説明しないとアイリスは納得してくれなさそうだ。
仕方ない。気恥ずかしいけれど、正直に伝えるとしよう。
「実はね、アイリス。豚肉には疲労回復に効果のあるビタミンB1が多く含まれていてね。特にヒレ肉には、他の部位よりも多くのビタミンB1が含まれているんだよ」
「……………………え、えーと…………それはつまり、今度こそ、わたしに気を使ってくれたって事…………ですよね?」
「…………はい。その通りです…………。今日は1日外に居たからさ、アイリスも疲れてるんじゃないかと思って…………」
「そ、そうなんですね…………。その…………ありがとうございます。シンさん…………」
「ど、どういたしまして…………」
そうして、お互いに気恥ずかしさのあまり、頬を染めて俯いてしまう、俺達。
(うーん…………。朝、アイリスにカモミールミルクティーを出した時にも感じたけど、こういう気遣いを相手に気付かれるのは、やっぱり照れくさいなぁ)
アイリスも、俺とは別種の照れくささを感じてるんだろうな。
ただ、何だかんだ言って俺に気遣ってもらえたのが嬉しいのかな? 頬を染めて俯いきつつも、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
ーーと、
「…………えーと、シンちゃん。良い雰囲気のところ悪いんだけど、お肉包み終わったよ」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
突然、おかみさんに声をかけられ、驚いて我に返る、俺達。
そんな俺達を、おかみさんは呆れた様子で見つめていた。
「す、すいません…………。えと、いくらですか?」
「端数はサービスして、銀貨1枚だね」
「ありがとうございます。では、これで」
「はい、まいどあり! また来てねー!」
俺は料金を支払って、竹の皮で包まれたお肉を受け取る。
「『収納』・アウト」
まだ買い物は続けるつもりなので、お肉を悪くしないよう、『収納』からクーラーボックスを取り出して、その中にお肉を入れる。
「『収納』・インーーさて、次に行こっか、アイリス」
「はーい」
クーラーボックスを持ち歩くのは邪魔なので、『収納』へ仕舞う。
そうして、俺は再びアイリスの手を取って、次の目的地である青果店へ行こうとしたのだがーー
「ーーああ、シンちゃん! ちょっと、ちょっと!」
精肉店から2メートル程離れた所で、おかみさんが大きな声で俺を呼んできた。
(? 何か忘れてる事でもあったかな?)
俺はアイリスに一旦待ってもらい、早足で精肉店へ戻る。
「どうしました?」
ーーチョイ、チョイ
戻ってきた俺に、おかみさんは無言で手招きをして、更に近づくよう促してきた。
「?」
不思議に思いつつも、俺がおかみさんに顔を寄せる。
ーーと、
「シンちゃん。一応忠告しておくけど、いくらアイリスちゃんが可愛いからって、手を出しちゃいけないよ」
「はあっ!?」
いきなり、そんなとんでもない事をのたまってきたではないか!
「まあ、もし手を出すなら、ちゃんとアイリスちゃんが成人するまで待つんだよ」
「いやいやいや! そんな心配しなくても、手なんか出しませんから!」
「いやー。あたしもそう思ってたんだけどねぇ。さっきの2人の雰囲気を見てたら、お互いに好き合ってる恋人同士に見えちゃってねぇ」
「いや…………まあ、好き合ってるって所は否定しませんけど…………。でもそれは、ラブじゃなくてライクです。親子としての好きですよ。俺もアイリスも、お互いにね」
「さーて。それはどうかねー」
ニヤニヤと、意地の悪い笑みを向けてくる、おかみさん。
「あー、もう! しつれいします!」
このまま、バカ正直にここに居ても、からかわれ続けるだけだ。
そう判断した俺は、強引に話を打ち切り、アイリスの元へと戻る。
「? どうしました、シンさん?」
遠目から、俺とおかみさんのやり取りを見ていたのだろう。
アイリスが不思議そうに問いかけてきた。
「な、なんでもない! さあ、行こう!」
「? はあ?」
とはいえ、その会話の内容をアイリスに言える訳がない。
俺は雑に誤魔化すと、再びアイリスの手を取って、今度こそ、青果店へと向かうのだったーー




