表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/168

シン。商店街でお買い物(前編)

シン視点

どうやら、俺がエドさんやヴィヴィさんと話をしている間に、アイリスがフィリアさんに依頼の報告を済ませてくれたらしい。

フィリアさんの元へ辿(たど)り着くなり、「報告はもう大丈夫です」と言われ、グリフォン退治とゴーレム退治の報酬、金貨1枚を貰ったのだがーー本当に良かったのか?


(…………まあ、ギルドマスターであるフィリアさんが良いって言ったんだ。それなら大丈夫なんだろう)


それに、報告にかかる時間を短縮出来たのは、正直に言えばありがたい。


ーーチラッ


俺は、窓から外の景色を眺める。

エドさんやヴィヴィさんと長い時間話し込んでいた事もあり、陽が沈みかけているのか、だいぶ薄暗くなってしまっている。


(いくら俺が付いているとはいえ、12歳の女の子であるアイリスを、遅い時間まで連れ歩くのはマズいよな…………。完全に陽が沈む前には帰らないと…………)


そんな、すっかり父親らしい思考が身に付いてしまった俺は、フィリアさんへの挨拶もそこそこに、ギルドを出ようとしたのだがーー


(…………ああ、そうだ。アイリスにちゃんとお礼を言っとかないと…………)


直前にそう思い当たった俺は、お礼と共にアイリスの頭を撫でてあげる。


「代わりに報告してくれて、ありがとね、アイリス。おかげで助かったよ」


ーーナデナデ


「えへへ~! どういたしましてー」


気持ち良さそうに目を細めて、幸せそうに微笑む、アイリス。

そんなアイリスを見ていると、俺も自然に笑みが漏れてしまう。


「ふふっ。…………さっ、アイリス! 夜ご飯の材料だけ買って帰ろっか」


「はーい! フィリアさん、さようならー!」


「はーい。さようなら、アイリスちゃん」


振り返って、フィリアさんに手を振る、アイリス。

俺は、そんなアイリスの子供らしい仕草を、隣で微笑ましく見守っていたのだがーー


「ほら! シンさんも手を振って下さい!」


「えっ!? 俺も!?」


アイリスから、俺もフィリアさんに手を振るようにと、促されてしまった。


(子供のアイリスがするならともかく、俺みたいな(だい)の男がそんな事するのは、さすがに恥ずかしいんだけど…………)


とはいえ、自他共に認める親バカの俺は、アイリスの言う事には逆らえない。


「……………………さ、さようなら~、フィリアさん…………」


仕方なく、俺はフィリアさんに小さく手を振ったのだがーーや、やっぱり恥ずかしい! 今の俺、絶対に顔が真っ赤になってるよね!?


「ーーっ!」


ほら! フィリアさんも驚いた表情をしちゃってるよ!

そりゃそうだよ。だって俺、こんな事するキャラじゃないもん!


「…………ふっ、ふふふっ。さようなら! シンさん!」


フィリアさんは顔を俯かせてひとしきり笑った後、満面の笑みを浮かべて、アイリスの時以上に大きく手を振っているのだがーーな、なんでそんなに嬉しそうなんです?


「…………ふふっ。ありがとう、アイリスちゃん」


「いえいえー」


俺が不思議に思っている間に、そんな意味深な会話を交わす、フィリアさんとアイリス。


「? なんの話?」


「ふふふっ。シンさんには内緒です! ねー、フィリアさん!」

 

「ねー、アイリスちゃん」


男の俺をのけ者にして、笑い合う女子2名。


(? アイリスとフィリアさん、いつの間にか凄く仲良くなってるな?)


朝とさっき、合わせても30分程しか会話していないはずなんだけど…………何か共通の話題でもあったんだろうか?


(…………まあ、でも、アイリスに親しい人が増えていくのは、良い事だよな)


ちょっとだけ寂しい気もするけれど、いつまでも俺にベッタリという訳にもいかないからな。


「? どうしました、シンさん?」


考えていた事が顔に出てしまっていたかな?

アイリスが首を傾げながら、不思議そうに尋ねてきた。


「いいや。何でも無いよ、アイリス。それより、早く行こっか」


「あっ、はーい」


とはいえ、考えていた事を口にするのは恥ずかしい。俺は話題を変えると、繋いだままになっていたアイリスの手を引いて、ギルドの出口を目指す。

幸い、アイリスも追及する事なく頷いて、すぐに俺の隣へと並ぶ。


「それでは、フィリアさん。しつれいしますね」


「さようならー」


「はーい。さようなら、アイリスちゃん、シンさん」


そうして、俺達は最後にもう1度フィリアさんに挨拶をして、ギルドを出る。

するとすぐ、アイリスから質問が飛んできた。


「ところで、シンさん。夜ご飯の買い物に行くって言ってましたけど、どこに行くんですか?」


「ああ。すぐそこに商店街があるんだ。そこで買い物をしよう」


「はーい!」


そうして、俺が先導する形で、王都の大通りを2人並んで歩いて行く。

相変わらず、行き交う人は多いものの、陽が沈みかけているという事もあり、王都に帰って来たばかりの頃よりは人通りが減っている。


「ふんふんふーん」


こうして、ご機嫌になったアイリスが、俺と繋いでいる手を大きく振っても、迷惑にならない程度には、ね。

ーーと、


「着いたよ、アイリス」


「えっ!? もうですか!?」


ギルドを出て数分で足を止めた俺を、ビックリした表情で見つめる、アイリス。


「はははっ。言ったでしょ、すぐそこって。ほら、行こっ」


俺はそう言って、アイリスを連れて商店街の中へと入って行く。


「…………うわぁー! 凄い! いろいろなお店が、いっぱいありますね!」


商店街に入ってすぐ、ズラーッと並んだ沢山のお店を見て、興奮した様子で目をキラキラと輝かせる、アイリス。


(女の子は買い物が好きって言うけど、アイリスもそうなのかな?)


なら、せっかくだ。アイリスに、この商店街の説明をしてあげるとしよう。


「ここは、王都で1番大きな商店街なんだ。全長3キロ。50以上の店舗が入ってるから、ここで買えない物は無いんじゃないかな? アイリスも、欲しい物があったら、ここに来るといいよ」


「へー。そうなんですねー」


目的の店舗へ向けて歩きながら、俺はアイリスに商店街の説明をしていく。

対するアイリスはというと、俺の話を聞きつつも、首を左右にキョロキョロと振りながら、商店街の中に入っているお店を、1軒1軒興味深そうに眺めている。


(ははっ。相変わらず、好奇心が旺盛な子だな)


とはいえ、人通りがある商店街の中を、そんなにキョロキョロしながら歩くのは、ちょっと危ないかな?


(まあ、アイリスの気持ちも分からないじゃないし、そこは俺が気を配ってやるか)


俺は、アイリスが人とぶつかったりしないよう気を付けながら、ゆっくりと商店街の中を歩いていく。

そうして歩く事、数分。俺達は、最初の目的地である、精肉店に辿り着いた。


「着いたよ、アイリス。まずは、ここで買い物しようか」


「お肉屋さんですか…………って、えっ!?」


店頭の、ガラスケースに並んだお肉を見た瞬間、すっとんきょうな声を上げる、アイリス。


「? どうかした、アイリス?」


「シ、シンさん!? ここのお肉、凄く高いんですけど!? 王都って、こんなに物の値段が高いんですか!?」


あー、なるほど。そういう事か。

たしかに、山間(やまあい)の小さな村という、お世辞にも裕福とは言えない環境で育ったアイリスにとって、この精肉店に並んだお肉の値段は、凄まじいものがあるんだろうな。


「ははっ。心配しなくても大丈夫だよ、アイリス。たしかに、周辺の村に比べたら、王都の物価は高いけど…………この店が、他の店と比べて、特別高いだけだからさ」


「えっ!? そうなんですか!?」


「うん。この商店街にある他の精肉店と比べると、断トツで高いね」


「…………え、えと…………大丈夫なんですか、シンさん? もしかして、わたしに気を使ってくれてます…………?」


おずおずと、遠慮がちに尋ねてくる、アイリス。


(うーん。この感じだと、どうやらアイリスにまで、俺が娘に甘い親バカだって認識されてるっぽいな)


まあ、間違ってはないんだけどさ。

とはいえ、これに関しては、アイリスの気にしすぎだな。ちゃんと訂正しておくとしよう。


「あははっ。残念ながらハズレだよ、アイリス。もちろん、アイリスには少しでも良い物を食べてもらいたいなーって気持ちはあるけどさ。今回ここに来たのは、単純にこの店が俺の行きつけだからだよ」


「あ、あれ!? そうなんですか…………」


そうなのだ。この精肉店は値段こそ高いものの、その(ぶん)品質の良い物が揃っており、俺もお肉を買う時は、いつもこの店を利用している。所謂(いわゆる)、常連客と言うやつだ。

ーーと、


「ーーおや。シンちゃんじゃないかい。いらっしゃい。今日は何を買ってくれるんだい」


俺とアイリスの話し声が聞こえたのか、店内から、この精肉店のおかみさんである、50代程の恰幅(かっぷく)のいいご婦人が、店先へと出てきて、親しげに声をかけてきた。


「…………ね?」


「そ、そのようですね…………。あうぅ…………」


おかみさんの反応から、俺が本当の事を言っていると察したようだ。

自分の勘違いが恥ずかしかったのか、アイリスは微かに頬を染めると、顔を(うつむ)かせてしまった。


ーーナデナデ


気にしなくていいよ。

そんな意味を込めて、俺はアイリスの頭を撫でる。

ーーと、


「シンちゃん、その子は? シンちゃんの子供…………にしては、大きいけど…………。まさか、シンちゃんの恋人かい?」


「そんな訳ないでしょう…………」


小指を立てて、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくるおかみさんに、俺はげんなりとしながら返事を返す。


「…………あうぅ…………」


おかみさんの恋人発言が恥ずかしかったのか、アイリスは俺の背中に隠れてしまう。

やれやれ。ただでさえ、冒険者の間で変なウワサが流れてて困ってるんだ。俺の背中で恥ずかしそうにしているアイリスの為にも、ここはちゃんと否定しておかないとな。


「この子は、アイリスです。…………まあ、いろいろありましてね…………。昨日、俺の娘として引き取ったんです」


「そうなのかい…………。よろしくねー! アイリスちゃん!」


何か訳ありだと察してくれたのだろう。

おかみさんは、特に事情を尋ねてくる事なく、笑顔でアイリスへと声をかける。


「…………よ、よろしくお願いします…………」


未だに恥ずかしそうにしながらも、俺の背中から半分だけ顔を出して、おかみさんにちゃんと挨拶をする、アイリス。


「あっはっは! かわいい子だねー、シンちゃん」


「ええ。こんな俺には勿体ない、可愛くて出来た娘ですよ」


「シ、シンさん! 何さらっと恥ずかしいこと言ってるんですか! もー!」


真顔で親バカ発言する俺に、恥ずかしそうに抗議の声を上げる、アイリス。

そんな俺達のやり取りを見て、おかみさんは「あっはっは!」と、豪快に笑い始めた。


「あっはっは! それじゃあ、そんな可愛いアイリスちゃんに免じて、今日はサービスしてあげるとしようかね。さっ、何が欲しいんだい、シンちゃん」


「そうですね…………では、豚のヒレ肉を2切れください」


やっと話が本題に戻ったな。

そう思いながら、俺はおかみさんに、今日のメイン食材を注文する。


「はいよ。…………それにしても、シンちゃんは相変わらず太っ腹だねぇ」


「? 太っ腹? ーーえっ!?」


おかみさんの発言に反応して、ガラスケースの中を覗き込んだアイリスが、再びすっとんきょうな声を上げる。


ーーバッ!


そして、慌てた様子で俺の方に振り返ってきた。


「ちょ、ちょっと、シンさん!? この豚のヒレ肉、他のお肉と比べて何倍も高いですよ!?」


「うん。まあね。なにせ、1頭の豚から、2切れしか採れない部位だからね。相応に高いよ」


「な、なるほど。そうなんですね…………。でも、どうしてそんなに高いお肉を、わざわざ買うんですか?」


「えっ!? え、えーと、それは…………」


「? シンさん…………どうして、急に口ごもるんですか?」


…………ジー…………


急に口ごもってしまった俺に、(いぶか)しむような瞳を向けてくる、アイリス。


(どうしてって…………その理由をアイリスに説明するのは、何だか照れくさいんだけどなぁ…………)


…………ジー…………


とはいえ、ちゃんと説明しないとアイリスは納得してくれなさそうだ。

仕方ない。気恥ずかしいけれど、正直に伝えるとしよう。


「実はね、アイリス。豚肉には疲労回復に効果のあるビタミンB1が多く含まれていてね。特にヒレ肉には、他の部位よりも多くのビタミンB1が含まれているんだよ」


「……………………え、えーと…………それはつまり、今度こそ、わたしに気を使ってくれたって事…………ですよね?」


「…………はい。その通りです…………。今日は1日外に居たからさ、アイリスも疲れてるんじゃないかと思って…………」


「そ、そうなんですね…………。その…………ありがとうございます。シンさん…………」


「ど、どういたしまして…………」


そうして、お互いに気恥ずかしさのあまり、頬を染めて俯いてしまう、俺達。


(うーん…………。朝、アイリスにカモミールミルクティーを出した時にも感じたけど、こういう気遣いを相手に気付かれるのは、やっぱり照れくさいなぁ)


アイリスも、俺とは別種の照れくささを感じてるんだろうな。

ただ、何だかんだ言って俺に気遣ってもらえたのが嬉しいのかな? 頬を染めて俯いきつつも、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

ーーと、


「…………えーと、シンちゃん。良い雰囲気のところ悪いんだけど、お肉包み終わったよ」


「うわっ!?」


「きゃっ!?」


突然、おかみさんに声をかけられ、驚いて我に返る、俺達。

そんな俺達を、おかみさんは呆れた様子で見つめていた。


「す、すいません…………。えと、いくらですか?」


「端数はサービスして、銀貨1枚だね」


「ありがとうございます。では、これで」


「はい、まいどあり! また来てねー!」


俺は料金を支払って、竹の皮で包まれたお肉を受け取る。


「『収納(アイテムボックス)』・アウト」


まだ買い物は続けるつもりなので、お肉を悪くしないよう、『収納(アイテムボックス)』からクーラーボックスを取り出して、その中にお肉を入れる。


「『収納(アイテムボックス)』・インーーさて、次に行こっか、アイリス」


「はーい」


クーラーボックスを持ち歩くのは邪魔なので、『収納(アイテムボックス)』へ仕舞う。

そうして、俺は再びアイリスの手を取って、次の目的地である青果店へ行こうとしたのだがーー


「ーーああ、シンちゃん! ちょっと、ちょっと!」


精肉店から2メートル程離れた所で、おかみさんが大きな声で俺を呼んできた。


(? 何か忘れてる事でもあったかな?)


俺はアイリスに一旦待ってもらい、早足で精肉店へ戻る。


「どうしました?」


ーーチョイ、チョイ


戻ってきた俺に、おかみさんは無言で手招きをして、更に近づくよう促してきた。


「?」


不思議に思いつつも、俺がおかみさんに顔を寄せる。

ーーと、


「シンちゃん。一応忠告しておくけど、いくらアイリスちゃんが可愛いからって、手を出しちゃいけないよ」


「はあっ!?」


いきなり、そんなとんでもない事をのたまってきたではないか!


「まあ、もし手を出すなら、ちゃんとアイリスちゃんが成人するまで待つんだよ」


「いやいやいや! そんな心配しなくても、手なんか出しませんから!」


「いやー。あたしもそう思ってたんだけどねぇ。さっきの2人の雰囲気を見てたら、お互いに好き合ってる恋人同士に見えちゃってねぇ」


「いや…………まあ、好き合ってるって所は否定しませんけど…………。でもそれは、ラブじゃなくてライクです。親子としての好きですよ。俺もアイリスも、お互いにね」


「さーて。それはどうかねー」


ニヤニヤと、意地の悪い笑みを向けてくる、おかみさん。


「あー、もう! しつれいします!」


このまま、バカ正直にここに居ても、からかわれ続けるだけだ。

そう判断した俺は、強引に話を打ち切り、アイリスの元へと戻る。


「? どうしました、シンさん?」


遠目から、俺とおかみさんのやり取りを見ていたのだろう。

アイリスが不思議そうに問いかけてきた。


「な、なんでもない! さあ、行こう!」


「? はあ?」


とはいえ、その会話の内容をアイリスに言える訳がない。

俺は雑に誤魔化すと、再びアイリスの手を取って、今度こそ、青果店へと向かうのだったーー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ