シンの真意
シン視点
「それじゃあ、アイリス。悪いんだけど、行ってくるね」
「ーーふえっ!? は、はい! いってらっしゃい!」
「? ああ、いってきます」
俺が声をかけると、何故か顔を真っ赤にして、慌てた様子を見せる、アイリス。
そんなアイリスを不思議に思いつつも、俺は特に追及したりはせずに、繋いでいた手を離して酒場へと向かって行く。
(…………ごめんな、アイリス…………)
その途中、俺は心の中でアイリスに謝罪する。
『うーん…………まあ、俺も出来れば連れて行ってあげたいんだけどねぇ…………。ほら。アイリスかわいいし、酔っ払ったタチの悪い冒険者に絡まれるのもねぇ…………』
一緒に酒場に着いてこようとするアイリスに、俺はそう言った。
この言葉は、決してウソでは無い。アイリスが心配なのは、本当だ。
だけど、俺がアイリスを連れて行きたくなかったのは、それだけが理由じゃない。
ーーチラッ
俺は、酒場のテーブル席でお酒を飲んでいる、2人の冒険者ーーエドさんとヴィヴィさんを見る。
あの2人は夫婦で冒険者をやっていて、共に1流と言われるAランク冒険者だ。
そしてーー俺が朝、『計画』についての協力を仰ぐ手紙を出した2人でもある。
(俺が今日ポストに投函した手紙があの2人の元に届くのは、早くても明日の夕方。…………まあ、大国の王都だけあって、早い方なんだが…………)
それでも、出来るだけ早く伝えたかった。
そう考えていた所で、偶然だが同じタイミングでギルドに居合わせたのだ。
せっかくなので、今2人に『計画』について話そうと思ったんだ。
(…………まあ、その為に、誤魔化してアイリスを置いてきた事には、罪悪感があるけど…………)
とはいえ、『計画』の内容は、間違ってもアイリスに聞かれる訳にはいかない。
(…………仕方ないよな…………。これがアイリスの為なんだから…………)
そう思いつつも、俺はもう1度、心の中でアイリスに『ごめんね』と謝る。
と、そうこうしている内に、俺はお2人の元に辿り着いた。
「お久しぶりです。エドさん、ヴィヴィさん」
「ーーん? おお! 久しいな、シルヴァー殿」
俺の挨拶に、真っ先に反応して堅苦しい返事を返してきたのは、奥さんである、ヴィヴィさんだ。
土属性の身体強化魔法に高い適性があり、女性でありながら、全身鎧にプラスして、身の丈程もある大楯と大槍を操る(さすがに、今は楯と槍は『収納』に仕舞っているようだが)
そして、その向かい側で大ジョッキでビールを飲んでいるのが、旦那さんである、エドさん。
この人は、Aランク以上の冒険者を、2つ名で呼ぶクセがーー
「よおっ! 『少女趣味』シン・シルヴァーじゃないか! 久しぶりだな!」
満面の笑顔で、とんでもない事を言ってくる、エドさん。
「…………………………………………」
どうしよう? まだ挨拶しかしていないのに、心が折れかけてしまってるよ…………。
(……………………アイリスの元へ帰ろかな? うん。そうしよう)
そう考えて、俺が踵を返そうとした、その瞬間ーー
ーーボガッ!
無言で立ち上がったヴィヴィさんが、エドさんの後頭部を思いっきり殴りつけた。
ーーガンッ
その威力は凄まじかったようで、エドさんは強かに顔をテーブルに打ち付けていた。
「うちのバカがすまないな、シルヴァー殿」
「い、いえ…………。それより大丈夫なんですか、アレ…………」
「心配ない。いつもの事だ」
「まあ、確かにそうですけど…………」
お調子者であるエドさんがふざけて、真面目なヴィヴィさんが激しいツッコミを入れる。
この一連の流れは毎日のように見られる光景であり、この2人のやり取りは、『夫婦漫才』として王都の冒険者の間で名物になっている。
(…………たまに思うんだけど、この2人、よく結婚出来たな)
はた目には、相性最悪に見えるんだけどな…………。
「痛つつ…………。おい、ヴィヴィ! お前まだ手甲を付けてるんだから、少しは手加減しろよ!」
あ、起き上がった。
しかし、今のをくらって『痛つつ…………』だけで済むとは…………。相変わらず、頑丈だな。
「黙れ! 今のは明らかに、お前が悪い!」
「…………とか言いながら、お前も気になってんだろ? 今、流れている『探求者』の噂についてよぉ」
エドさんが言う『噂』って、あれの事だよな?
今朝やついさっき、俺とアイリスが一緒にギルドに向かっている時に、周りに居た他の冒険者がコソコソ話していた、あれ。
俺達の関係を『親子』や『娘』と、好意的に解釈している噂もあれば、俺を『少女趣味』だの、アイリスを『奴隷』だの、悪意に満ちた噂もあったな。
「うっ。…………ま、まあ、確かにそうだが…………」
ヴィヴィさんも、噂について気になるのだろう。
言葉に詰まり、俺をチラチラと見つめている。
「つー訳で…………ほら、座れよ『探求者』! 良い機会だ。根掘り葉掘り、あること無いこと全部話してもらうぜ!」
そう言って、俺の腕を引っ張って、空いている席へ座らせようとしてくる、エドさん。
(『計画』について話す以上、俺とアイリスの関係について、話さない訳にはいかないだろう)
元々、そう考えていた俺は、特に抵抗すること無く、席へと座る
(…………まあ、あることはともかく、無いことは話せないけどね…………)
ーーと、
「…………え?」
「おっ!? どうした、『探求者』!? 珍しく素直じゃないか!?」
俺が座った瞬間、ヴィヴィさんとエドさんが驚いた表情を見せる。
「? そうですか?」
「そうだよ。たしか…………1年ぐらい前だったか? 『虹』の奴が別の国に行ってから、オレ達がいくら誘っても、付き合ってくれなくなったじゃねえか」
「あー…………確かに、そうですねぇ…………」
このお2人、エドさんとヴィヴィさんの年齢は、共に30代の中頃。俺とは、歳が10歳以上離れているものの、そこそこ親しい間柄だ。
というのも、俺…………そして、俺とコンビを組んでいたあいつは、成長速度が速すぎて同年代の冒険者とはレベルが合わず、パーティーを組む時には、1回り歳上の方達にお願いしていた。
特に、俺、あいつ、エドさん、ヴィヴィさんの4人で、よくパーティーを組んでいたものだ。
だが、それも1年前まで。あいつが別の国に行って、俺はソロで活動するようになり、だんだんお2人と疎遠になっていってしまったんだ…………。
「…………まあ、細かい事はいいか! ほら! せっかくだから飲め、『探求者』!」
気まずそうにしている俺に気を使ってくれたのか、エドさんは話題を変えて、心底嬉しそうな様子で酒を勧めてきた。
「すいません、エドさん。俺、お酒は飲まないって決めてるので」
「ちぇー。やっぱりダメかー」
申し訳ないと思いつつも、俺はエドさんの勧めを断る。
エドさんも、最初から断られると分かっていたのだろう。あっさりと引き下がってくれた。
「…………ふふっ」
と、俺とエドさんのやり取りを見ていたヴィヴィさんが、おかしそうに笑い始めた。
「? どうした、ヴィヴィ?」
「いや…………懐かしいと思ってな。昔はここにゴールド殿も加わって、4人で食事を共にしていたものだ…………」
昔を懐かしんでいるのか、どこか遠くを見つめるような瞳でシミジミと言葉を紡ぐ、ヴィヴィさん。
とーー
ーーゴシッ
涙が滲んでしまったのだろうか? ヴィヴィさんが目尻を拭う。
(……………………悪いこと、してしまったな…………)
そんなヴィヴィさんの様子を見ていると、俺の中で罪悪感が湧いてきた。
(あいつが別の国に行ったのは、仕方の無いことだ。…………だけど、俺がお2人と距離を置いたのは、俺自身の身勝手なワガママでしかない…………)
多分、昨日までの俺なら、こんな罪悪感を抱かなかったと思う。多少、申し訳ないと思いつつも、これまでと変わらず、1人で強さを求め続けていただろう。
だけどーー
「すいません。ヴィヴィさん、エドさん」
どういう訳か、アイリスと一緒に過ごす内に、俺は変わってしまったらしい。
だから俺は、お2人に頭を下げ、謝罪する。
「あ、頭を上げてくれ、シルヴァー殿! 私は、そんなつもりじゃ…………」
俺の謝罪を受け、ワタワタと慌て出す、ヴィヴィさん。
とーー
ーーパンッ!
突然、エドさんが両手を叩いた。
ビックリした俺とヴィヴィさんが、エドさんを見る。
「なーに、湿っぽくなってんだよ、ヴィヴィ、『探求者』! 『虹』はいねぇけど、久しぶりに3人が集まったんだ。せっかくなら、楽しく飲もうや!」
場の空気を変えようとしてくれたのだろう。
エドさんはそう言うと、自ら率先してグビグビとお酒を飲み始めた。
「そ、そうだな。…………さあ、シルヴァー殿も何か注文しよう。いつも通り、お茶で良いかな?」
「…………そうですね」
いつまでも謝り続けても、お2人を困らせてしまうだけだ。
俺は気を取り直すと、ヴィヴィさんが言うように、ちょうど近くを通りかかった店員さんにお茶を注文する。
「ーーお待たせしましたー」
店員さんは、1分もかからない内に、グラスに入ったお茶を持って来てくれた。
「それじゃあ、改めて…………かんぱーい!」
「「乾杯!」」
エドさんの音頭で、俺達3人はグラスを合わせる。
俺はお茶に、エドさんはビールに、ヴィヴィさんはワインに。それぞれ口をつける。
「…………ぷはぁー! しかしまあ、変わったなぁ、『探求者』」
「そうだな。ゴールド殿が居た頃を思い出すよ」
それぞれがグラスを離し、そう切り出し始めた、エドさんとヴィヴィさん。
「…………そうですね。多分、アイリスのーーあの子のおかげですよ」
ーーチラッ
俺は、ギルドの端の方へと顔を向ける。
どうやら、あちらも何やら談笑をしているようだ。
さすがに話の内容は聞き取れないが、椅子に座ったアイリスが、フィリアさんに笑顔で語りかけているのが、見てとれた。
「なるほど。あの子が、今ウワサになっている女の子か…………」
「あの、『探求者』シン・シルヴァーを変えた女の子、か。これゃあ、ますます興味が湧いてきたな。ほら! キリキリ話せ、『探求者』!」
俺の視線を辿る事で、お2人はアイリスが噂の女の子である事を認識したようだ。
「ええ。もちろん、お話しますよ」
そもそも。『計画』について協力して貰う為にも、これまでの事情を説明しないといけないしね。
「ええとですね。では、まずは…………」
こうして、俺はお2人に、アイリスとの関係について話していく。
昨日、『血染めの髑髏』に、『ルル』の村が襲われているという緊急依頼を受けたこと。
慌てて『ルル』の村に駆けつけるも、『血染めの髑髏』はすでに立ち去った後であったこと。
母親が身を呈して守ったおかげで、アイリスは助かったものの、他の村人は全員『血染めの髑髏』に殺されていたこと。
そのまま、アイリスを『ルル』の村に置いておく訳にもいかないので、王都に連れて来たこと。
最初は孤児院に預けるつもりだったが、『血染めの髑髏』への怒りに囚われているアイリスに危機感を覚え、アイリスを引き取り、弟子にして復讐の手助けをしていること。
「ーー以上が、アイリスを引き取った経緯です」
そこまで話した所で、俺は1度言葉を区切り、お茶を1口飲む。
「…………そうか。あんなに小さいのに、可哀想に…………」
「チッ! 『血染めの髑髏』の野郎共め!」
ここまでの俺の話を聞いて、ヴィヴィさんはアイリスに同情するような顔を向け、エドさんは『血染め髑髏』への怒りを顕にしている。
「…………ふぅ。では、今日の出来事ですが…………」
俺はグラスを口から離し、今日の出来事を話していく。
一緒に過ごす内に、少しずつアイリスに笑顔が見られるようになったこと。
それに安心して仕事に行こうとしたら、アイリスに『離れたくない』と泣きつかれたこと。
仕方なく、アイリスを仕事に同行させたこと。
「ーー以上です。…………そして、お2人にお願いしたい事が、2つあります」
昨日今日の出来事を全て話終わった後、俺は真剣な瞳でお2人を見つめ、『計画』についての協力を仰ぎ始める。
「お願い? なんだよ? 『探求者』」
「1つ目ですが…………俺の代わりに、売れ残りそうな面倒な依頼を受けて貰えないでしょうか!? お願いします!」
ガンッと、テーブルに頭をつけて、お2人にお願いする。
今回は、無事にアイリスにケガをさせること無く、依頼をこなすことが出来た。だけど、今後も今日のように上手くいく保証は無い。
そこで考え付いたのが、エドさんやヴィヴィさんを始めとした、実力があり信頼の置ける冒険者に、売れ残りの依頼を消化してもらおうというものだ。
売れ残り依頼が無くなれば、俺は仕事する必要が無いし、アイリスを危険に晒す事も無いのだから。
「また!? お願いだから、頭を上げてくれ、シルヴァー殿!」
「事情は分かったし、もちろん引き受けるよ。お前もそれで良いだろ、ヴィヴィ」
「あ、ああ! もちろんだ!」
「ありがとうございます」
まずは、1つ目のお願いを聞いて貰う事が出来た。
俺は、ホッと息を吐きつつ、頭を上げる。
「それで、もう1つのお願いは何だよ、『探求者』?」
「…………………………………………」
ーーチラッ
俺はもう1度、アイリスが居る方を眺める。
(この距離なら、こっちの話がアイリスに聞こえる事は無いと思うけど…………)
だが、念のためだ。
それに、さっきから俺達の会話に聞き耳を立てている他の冒険者達にも、ここから先の話は聞かれたくないしな。
「『消音』」
俺が使ったのは、無属性魔法の『消音』。
周囲に魔力の膜を張ることで、外側には内側の音が聞こえず。また、内側にも外側の音が聞こえない。
「ーー! この魔法を使うって事は…………」
「2つ目のお願いは、周りには聞かれたく無い重要な事…………という認識で良いのか、シルヴァー殿?」
「はい」
俺が『消音』を使った意味を、お2人は察してくれたようだ。お2人の表情に緊張感が滲む。
「2つ目のお願いなのですがーー『血染めの髑髏』の行方を、探って貰えないでしょうか?」
このお2人は、共に1流と言われるAランクの冒険者。Sランクの俺と同じように、各方面に強いコネがある。
特にエドさんは、冒険者になる前はこの国の諜報員をやっていたため、不意討ちや暗殺を得意とし、そしてーー高い情報収集能力を持っている。それを見越してのお願いだった。
「…………え?」
「…………は?」
俺の2つ目のお願いを聞いたお2人は、ポカンとした表情を浮かべている。
(…………まあ、気持ちは分からなくは無いが…………)
俺がそんな事を考えていると、エドさんがハッとした様子で、話始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ、『探求者』! 『血染めの髑髏』を探すって、まさか…………今からか?」
「はい。もちろんです。お2人の他にも、俺のコネを使って、信頼の置ける方達に手紙でお願いしてますし、そうですね…………10日以内に見つけ出したいですね」
エドさんの言いたい事が何となく分かるので、俺は先回りして目標を告げる。
「10日以内!? いやいや!? ちょっと待てよ、『探求者』! いくらなんでも気が早すぎるだろ!? あの子、まだ12歳なんだろ!?」
「私もそう思うぞ、シルヴァー殿。いくらキミが師匠とは言え、10日以内はさずがに性急すぎる。せめて、10年は待つべきだ」
お2人の言っている事は、もっともだ。
だけどーー
「心配は無用ですよ、エドさん、ヴィヴィさん。だってーー」
そうして俺は、お2人に、今回の件に対する、最も核心を付く言葉を告げるのだったーー
「ーーだって、俺には最初から、アイリスを冒険者として育てる気なんて、これっぽっちも無いんですから」




