アイリス。今のわたしに出来る事
アイリス視点
「ふふっ…………よかった。その様子ならアイリスちゃん、シンさんの事を嫌いになったりしていないようね」
自分が、シンさんにとって特別な存在なのだと知って、嬉しさのあまり口元がだらしなく弛んでしまった、わたし。
そんなわたしを見て、フィリアさんは安心した様子で、ホッと息を吐いていた。
多分、フィリアさんは不安だったんだろう。自分が勝手にシンさんの秘密を話してしまったせいで、わたし達の仲が悪くなってしまうんじゃないかって。
(うぅ…………そう考えると、なんだか罪悪感が…………)
元はといえば、わたしが無理矢理フィリアさんを追及してしまったのが原因なんだもんね…………。
(なら、ちゃんと責任を取って、フィリアさんを安心させてあげよう)
そう思ったわたしは、満面の笑みを浮かべ、ハッキリとした口調でフィリアさんへと告げる。
「はい! もちろんです! …………たしかに、いろいろな事を聞かされてビックリしましたけど…………でも、大丈夫です! このぐらいの事で、わたしはシンさんを嫌いになったりしません!」
「ふふっ…………。アイリスちゃんは本当に、シンさんの事が好きなのね」
「あははっ。はい! 大好きです!」
わたしの宣言を聞いて、再び眩しい物を見るように、目を細めるフィリアさん。
そしてーー
「なら…………最後に1つ。アイリスちゃんには、シンさんの2つ名である、『探求者』の由来を教えておくわ」
真剣な表情で、そう切り出し始める、フィリアさん。
「? それなら、朝聞きましたよ。たしか…………『強さを追い求め続ける者』でしたよね」
「それなのだけどね…………実はそれ、世間一般に流している表向きの由来なの」
「ーーえ?」
「わたしを始め、シンさんの事をよく知る人は、そこに2文字を付け加えて、皮肉を込めてこう呼ぶわ。ーー強さ『だけ』を追い求め続ける者」
「強さ、だけを…………」
その言い方だと、まるでそれ以外の物は何も求めていないと。そういう意味に聞こえちゃう…………。
(…………でも、たしかに。先程からフィリアさんから聞かされている、シンさんの1面だけを聞くと、そう感じちゃうのかもしれない…………)
わたしを弟子にしてくれた時のシンさんの言葉を、再び思い出す。
『だったら俺と一緒に暮らさないか? その方が、食事の管理や生活習慣の管理が出来るからさ。より早く強くなれるよ』
シンさんはその言葉を、自分自身にも適用させていたのだろう。
それこそ、『人間味が薄い』と言われたり、悪い意味での2つ名が付いてしまう程、徹底的に…………。
わたしのその考えを裏付けるように、フィリアさんが話始める。
「今まで、私が話してきたシンさんのいろいろな面は、全てそれが起点になっているのーー」
効率良く作戦を進める為なら、自分が傷付く事を厭わないも。
味や好き嫌いを全く考えず、ただただ栄養バランスの事だけを考えて食事の内容を決めるのも。
全ては、執拗なまでに強さを追い求めるが故。
そしてーー
「必要以上の人付き合いをしようとしないのも、そうね。多分、シンさんはこう考えてるのではないかしら。『そんな時間があるなら、その時間で自分を鍛えたい』って」
フィリアさんはそう言って、話を締めくくった。
そして、フィリアさんの話を全て聞き終えて、わたしが抱いた感想。それはーー
(…………うーん…………。やっぱり、フィリアさんの言っている事は、納得出来ないなぁ…………)
ーーだった。
(別に、フィリアさんの話を信じていない訳じゃないんだよ。昨日今日を振り返ってみると、思い当たるフシがいくつもあったしね。ただーー)
噛み合わないんだよね。わたしが知っているシンさんと、フィリアさんが話すシンさん。この2つがあまりに違いすぎて、わたしの中でどうしても上手く噛み合わないんだ。
と、そんなわたしの様子に気付いたのか、フィリアさんからフォローの言葉が飛んできた。
「ふふっ。まあ、アイリスちゃんが納得出来ないのも分かるわよ。それに、シンさんの『人間味が薄い』1面も、昔はそれほど酷く無かったわ。それこそ、アイリスちゃんが知っているシンさんのイメージに、かなり近かったのではないかしら」
「え? そうなんですか?」
「ええ。昔のシンさんの隣にはいつも、彼とコンビを組んでいた冒険者が居たわ。…………ふふっ。懐かしいわね。まるで2人は、実のきょうだいみたいに仲が良かったわ」
「兄弟みたいに、ですか」
昔を懐かしむかのように、どこか遠くを見ながら話す、フィリアさん。
ここまで話を聞いた所で、わたしには1つ気になる事があった。それはーー
「…………あの…………その冒険者さんは、今どこに?」
わたしは、おそるおそるフィリアさんに尋ねてみる。
少なくともわたしは、昨日今日シンさんと過ごして、そんな人物の存在を全く感じなかった。
それに、フィリアさんがその冒険者の話をする時、全て過去形なのも気になる。
(…………もしかして、その冒険者さんは、もう…………)
わたしの頭に、最悪の想像が過る。
がーー
「ふふふっ。心配しなくても大丈夫よ、アイリスちゃん。亡くなった訳では無いわ。1年前に、シンさんと同じタイミングでSランクになって、別の国に移っただけよ」
「そうなんですね。それなら、良かったです」
どうやら、考えている事が顔に出ていたようで、笑いながら訂正してくる、フィリアさん。
が、フィリアさんはすぐに笑みを消して、暗い表情を浮かべる。
「…………だけど、その冒険者が居なくなってから、シンさんの『人間味が薄い』1面が酷くなっていったわ。多分、信頼している人が居なくなった事で、シンさんの中にあったストッパーが無くなってしまったのでしょうね」
「そうなんですね…………」
フィリアさんが話す冒険者さんが何故、この国を離れたかは分からない。
だけど、実の兄弟のように親しかったはずの2人が離ればなれになってしまったのだ。きっと、やむにやまれぬ事情があったんだろう。
(あれ? そういえば…………)
ここで、わたしは1つ気になる事がある事に気付いた。
それは、本来なら真っ先に思い当たらなければいけなかったはずの、最も根本的な疑問。
そもそも、なぜーー
「シンさんはそこまでしてまで、強さを求めようとするんでしょうか?」
フィリアさんの話では、シンさんの『人間味が薄い』1面が酷くなったのは、兄弟のように親しくしていた冒険者さんが居なくなった、1年前。
だけど、その時にはすでに、シンさんは最高ランクのSランク冒険者になっていたはずだ。
それなのに、シンさんは未だに、更なる強さを求めている。その理由は、一体なんなのだろう?
気になったわたしは、フィリアさんに尋ねてみた。だけどーー
「ごめんなさい、アイリスちゃん。その理由は、私にも分からないの」
フィリアさんから返ってきたのは、そんな答えだった。
「私も1度、シンさんに聞いてみた事はあるのよ。だけど、その直後にシンさん、物凄く暗い表情になって…………私には、それ以上聞けなかったわ…………」
という事は、きっとそれはシンさんにとって、触れてほしくない最も繊細な部分なんだろうな…………。
「だけどね、私は思うの。シンさんは強さを求めるために必要以上の人付き合いをしようとしない反面、困っている人を放っておけない優しい1面もある。この2つは、明らかに矛盾してるわ。…………だからね、きっと過去に何かあったのだと思うの。シンさんに、大きな影響を与えてしまった…………そんな、出来事が…………」
フィリアさんはそう言って、話を締めくくった。
(…………シンさんの過去に、何かが、か…………)
それは、一体なんなのだろう?
(もしかしたら、わたしが聞けばシンさんは教えてくれるかもしれない)
フィリアさんが言うには、シンさんはわたしに心許してくれているみたいだから。
でもーー
(……………………ダメ。やっぱり、聞けないよぉ…………)
聞いてしまった事で、もしシンさんから嫌われてしまったら。
そんな想像をしてしまうと、怖くて怖くて聞けそうにない。
(…………それでも、シンさんのために何かしてあげたい)
シンさんがわたしを助けてくれたみたいに、わたしも何かシンさんの助けになりたいと、そう思う。
でもーー
「…………シンさんのために、わたしに出来る事ってなんなのかな?」
「ーーあら! そんなの簡単じゃない!」
思わず漏れてしまった呟きに、フィリアさんはあっけらかんと答える。
「アイリスちゃんはただ、シンの側に居てくれれば良いのよ!」
「え?」
「さっきも言ったでしょ。シンさんはアイリスちゃんに心許してくれている。アイリスちゃんが側に居てくれるだけで、シンさんの困った1面もだいぶ無くなってくれるって、私は正直、期待してるの」
「でもーー」
「シンさんのために何かをしてあげたい、かしら?」
わたしは、コクリと頷く。
「それなら…………そうね。シンさんの事を見ていて貰えないかしら?」
「? どういう事ですか?」
「アイリスちゃんが側に居てくれれば、シンさんの困った1面もだいぶ無くなってくれると思うけど、それでも全部は無くならないと、私は思う。現に、アイリスちゃんの前でも、そういう事をしてしまったみたいだからね」
フィリアさんはきっと、グリフォン戦の前に、シンさんが自分の掌を刺した事を言っているのだろう。
でもーー
「その事ならシンさん、もう2度としないって、約束してくれましたよ」
「えっ!? 本当に!?」
わたしの言葉に、何故かとても驚いた表情を見せる、フィリアさん。
そしてーー
「でも、それなら安心ね。シンさんは、それが相手の為だと思えばウソをつく事もあるけど…………でも、1度した約束は絶対に破らないから…………」
そう言って、フィリアさんはホッと安堵の息を吐いた。
「…………それにしても、凄いわね、アイリスちゃんは」
「えと…………何がでしょう?」
「シンさんにそう約束させた事が、よ。私がいくら言っても、適当にはぐらかすだけだったのに…………やっぱり、シンさんにとって、アイリスちゃんは特別なのね」
どこか羨むような瞳で、わたしを見つめるながら、フィリアさんは話を続ける。
「でも他にも、シンさんには困った1面があるわ。さっき言った、栄養バランスの事だけを考えて食事を摂るのもそうだし…………他にも、1度自分が決めた事は曲げない、頑固な所もあるわ。だからね、アイリスちゃん。シンさんの事を、良く見てほしいの。そしてもし、シンさんがおかしな事をしようとしてたら、それとなーく、誘導してほしいの。お願いできーー」
「はい! もちろんです!」
フィリアさんのお願いを途中で遮って、わたしは了承の返事を返す。
(だって、シンさんの為に出来る事があるのが、嬉しいんだもん!)
朝も少し思った事なんだけど、わたしは本当に、シンさんに感謝してるんだ。
わたしを助けてくれて、わたしを弟子にしてくれてーーそして何より、わたしの家族になってくれた、シンさん。
だけど、わたしはまだ子供だから。今のわたしでは、シンさんに何も返してあげられない。
そう思っていたけど、違ったんだ。今のわたしでも、出来る事があったんだ!
(よーし! なら、早速ーー)
チラッと、シンさんが向かった酒場を見る。
結構長い時間フィリアさんと話していたはずなのに、シンさんにはまだ、戻ってくる様子が見られなかった。
…………よし!
「フィリアさん。わたし、シンさんを迎えに行ってきますね!」
だって、今すぐにでもシンさんに会いたいから。
「そう…………お願いね、アイリスちゃん」
フィリアさんが言うお願いとは、シンさんを迎えに行く事に対してなのか。先程の、シンさんの事を見ていてほしいというお願いの事なのか。それとも、その両方か。
だけど、例えどんな理由であれ、わたしの返事は決まっている。
「はい! 任せてください!」
わたしは頷いて、イスから立ち上がる。
ーーと、
「ああ、そうだ、アイリスちゃん。私がシンさんの秘密を無断で話した事は、シンさんには内緒にしててね。もしバレたら、私がシンさんに怒られちゃうから」
「あはは。はい! 分かりました!」
そうして、わたしは酒場へと向かって歩いていく。
「……………………本当に、シンさんをよく見てるのよ、アイリスちゃん」
その途中、ふとフィリアさんの声が聞こえた気がして振り向いた。
だけど、フィリアさんはわたしの方では無く、机の上に置かれた封筒の方を見つめていた。
(? 気のせいだったのかな?)
そう判断したわたしは、改めて、大好きなシンさんの元へと急ぐのだった。
「……………………本当に、シンさんをよく見てるのよ、アイリスちゃん。そうじゃないと、そう遠くない未来に、後悔する事になるかもしれないわよ」




