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アイリス。お互いに、特別な存在ーー

アイリス視点

フィリアさんが言う、シンさんの『人間味の薄さ』に対する、心当たり。

昨日今日の2日間を振り返ってみると、いくつもの思い当たるフシがある事に気付いた。


「……………………」


正直に言えば、ショックだった。

シンさんに対してーーでは無い。わたしは今、自分自身の不甲斐なさに対して、ショックを受けていた。


(だってそうでしょう!? こんなに沢山の心当たりがあったんだよ! それってつまり、フィリアさんに聞かなくても、気付こうと思えば気付けたって事じゃない!?)


だけどわたしは、こうしてフィリアさんに教えてもらうまで、シンさんにそういう1面がある事に気付かなかった訳で…………。

『シンさんの事が大好きだ』とか、『シンさんの事を本当のお父さんだと思ってる』とか。そんな事を思っておきながらこれでは、あまりに情けない。


(だけど…………うん。いつまで落ち込んでいられないよね)


そうして、気持ちを切り替えたわたしは、1度目を瞑って、頭の中を整理する事にした。


(まず1番大事なシンさんに対する想いだけど…………うん! 変わってない! わたしは変わらず、シンさんが大好きだ!)


フィリアさんからシンさんの新たな1面を聞かされて、確かにショックを受けたけど、それは気付けなかった自分の不甲斐なさに対してだけ。

シンさんに対するマイナスの感情は、全くと言っていいほど湧いていないようだ。


(…………というか、フィリアさんが言うほど、シンさんって『人間味が薄い』かなぁ?)


フィリアさんは、シンさんの『人間味の薄さ』の例えとして、食事の事を挙げた。

だけど冷静に考えると、それは決して悪い事では無いはずだ。

たしかに、シンさんのように行き過ぎてしまうのは問題かもしれない。でも少なくとも、栄養バランスを全く考えずに暴飲暴食するよりは、遥かにマシだろう。


(それにーー)


わたしはもう1度、シンさんと過ごした、昨日今日の2日間を思い出す。

すると、たった2日間とは思えない程の、たくさんのシンさんとの思い出が浮かんできた。


1番最初に浮かんできたのは、昨日の夕方。わたしが、初めてシンさんと出会った時の事。

お母さんを、村の皆を殺されたと知らされ泣きじゃくるわたしを、シンさんは優しく抱き締めてくれた。

その時に感じたシンさんの温もりと安心感は、今でも鮮明に思い出せる。

わたしはきっと、この瞬間に抱いた感情を1生忘れないだろう。


次に浮かんできたのは、昨日の夕食のシーン。

今思い返してみると、シチューに入っていた具材の大きさが、大分小さかった気がする。

きっと、あの時のわたしの精神状態でも食べやすいよう、シンさんが配慮してくれたのだろう。


(? なんだろ? 心がポカポカする)


不思議な感覚に囚われながら、次に思い出したのは、今日の朝のベッドでの出来事。

昨日の夜、半ば無断でベッドに潜り込んだわたしを。そして昨日、お母さんや皆の死を知らされた時に、理不尽に責めてしまったわたしを、シンさんはすぐに許してくれた。

それどころか、わたしに『甘えても良い』と、『ワガママを言っても良い』と、『俺達は家族なんだ』と言ってくれた。


(きっとこれが、わたしがシンさんに心許した瞬間)


そして、仕事に行こうとするシンさんに、『離れたくない!』と初めてワガママを言った時の事。

最初は、断られたっちゃったけど、でもそれは、わたしの身の安全を考えてくれたから。

そして最後には同行を許可してくれたのも、わたしが泣きじゃくって、シンさんに抱き着いたからでーー


(ーーあれ? 今思い返してみると、もしかしてわたし、ズルかった…………かな?)


別に計算してやった訳じゃ無いけど、あんな事をすれば、あの優しいシンさんが断れるはず無いもんね…………。


(ま、まあ、とにかく! 最初に断ったのも、最後に許可してくれたのも、両方共、わたしを想ってくれた、シンさんの優しさだってこと!) 


何だかバツが悪くなってきたわたしは、慌てて次のシーンを思い出す。

次に思い出したのは、シンさんがわたしの同行を許可してくれた、その直後の事。

シンさんは、『魔法の練習で疲れただろうから、ちょっと休憩しよう』と言って、カモミールミルクティーを淹れてくれた。

だけど、それはシンさんの優しいウソ。本当は、さっきまで泣きじゃくっていたわたしに、気を使ってくれたくせに…………。


(あはっ! また心がポカポカしてきた!)


シンさんと過ごした時間を思い返していると、ずっとこんな調子だ。

不思議なーーそして、幸せな感覚に身を委ねながら、次に思い出したのは、『障壁(シールド)』の練習が終わった後の事。

その時に初めて、シンさんはわたしの事を『娘みたいなもの』と言ってくれた。

これが1番嬉しかった。その直前にわたしの事を『かわいい』って言ってくれたのも嬉しかったけど、やっぱりシンさんが初めて『娘』だと言ってくれた、この瞬間が1番。


(…………ま、まあ、かわいいって言われたのも、嬉しいは嬉しいんだけどね…………えへへ!)


そうそう。『かわいい』といえば、シンさんにも『かわいい』1面があるんだ。

普段のシンさんは、頼りがいのあるカッコいい大人の男の人なんだけど、でもだからこそ、ふと見せるギャップが物凄くかわいく感じられる。


(そして、その事をシンさんに伝えると、顔を真っ赤にして照れちゃうんだけど…………その表情もまた、かわいいんだよねー)


先程から目を瞑っているからか、(まぶた)の裏にシンさんの照れた表情が、鮮明に浮かんできた。

…………うん。


(やっぱり、納得出来ない! シンさんは『人間味が薄い』なんて事ないよ!)


わたしは目を開いて、その事をフィリアさんに訴えてみた。

するとーー


「…………あはは…………。まあ、アイリスちゃんには、そう見えるのかもしれないわね…………」


どこか寂しさを感じさせる微笑みと共に、そんな意味深なセリフを呟く、フィリアさん。

そして、そんな寂しそうな雰囲気のまま、フィリアさんは続ける。


「正直、羨ましいわ。昨日今日のたった2日間で、シンさんとそんなにも親しくなれたアイリスちゃんが。ーーシンさんと6年もの付き合いがある私は結局、ギルドマスターと冒険者、それ以上の関係にはなれなかったのに…………」


「え…………そ、それはどういう意味ですか?」


「そのままの意味よ。私はアイリスちゃん程、シンさんと親しくないの。だってシンさん、表面的な人付き合いしかしないもの」


「はい? シンさんが表面的な人付き合いしかしない? あはは。もー、なに言ってるんですか、フィリアさん」


さっきの、シンさんは『人間味が薄い』っていうのも納得出来ていないのに、今度は『表面的な人付き合いしかしない』?


(あんなにわたしに親身になってくれて、そして、わたしに沢山の愛情をくれるシンさんが『表面的な人付き合いしかしない』? あはは。あり得ないよ、そんな事)


フィリアさんも冗談を言うんだなー。

最初はそう思ったのだけど、どうにもフィリアさんの様子がおかしい。

フィリアさんは、真面目なーーそして、寂しそうな雰囲気を崩さない。


(そういえばーー)


ここで、わたしは1つ思い当たるフシがある事に気付いた。

それは、今朝の冒険者ギルドでの出来事。フィリアさんは、わたしとシンさんが手を繋いでいる姿を見て、とても驚いた表情を浮かべていた。


(…………いや。あれは驚いた表情というよりも、まるで…………『信じられない物を見た』。そんな表情だったような…………)


という事は、つまりーー


「…………え? も、もしかして、本当なんですか?」


おそるおそる尋ねるわたしに、フィリアさんはコクリと頷く。


「アイリスちゃんは信じられないかもしれないけど、本当よ。シンさんは基本的に、必要以上の人付き合いをしようとしないわ。シンさんが本当に心許しているのは、私が知るかぎり2人だけ。1人は、1年前までシンさんとコンビを組んでいた、『(イーリス)』の2つ名を持つ冒険者とーーそして、アイリスちゃんだけよ」


「……………………そ、そうなんですね…………」


なんだろう? わたしは今、フィリアさんからとても衝撃的な事を聞かされたはずなのに、思ったよりも驚いたり、ショックを受けたりしていないようだ。

困惑しながらも、わたしの心の大部分を占めている感情。それはーー


(ーー嬉しい)


目の前で、フィリアさんが寂しそうな表情を浮かべているのに、そんな事を思うなんて、とても不謹慎なのかもしれない。

だけど、わたしの心の奥底から『嬉しい』という感情が、どんどん湧き上がってくる。


(えへへっ。そっかぁ…………わたしだけじゃ、ないんだ…………。シンさんにとっても、わたしは特別な存在なんだ…………)


そう考えると、嬉しくて嬉しくて。わたしの口元はつい、弛んでしまうのだったーー


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