アイリス。問われる覚悟
アイリス視点
わたしはフィリアさんに、今日1日の出来事を話していく。
まず最初に向かったのは、エルフの森。
シンさんは、開けた場所に居たグリフォンを森の方へ誘導。
森という地形を最大限に活かし、脅威度Aの強力な魔物であるはずのグリフォンを、あっさりと倒してみせた。
次に向かったのは、鉱山。
ここでは依頼の内容にミスがあって、坑道の最奥で遭遇したのは、脅威Cのストーンゴーレムでは無く、脅威度Aのアイアンゴーレムだった。
だけど、シンさんは慌てる事なく、すぐに作戦を変更。自慢の知識をもってして、鋼鉄で出来ているはずのアイアンゴーレムの体を、粉々に砕いてみせた。
他にも、お昼ご飯にサンドイッチを食べている時に、思いがけずシンさんと間接キスをしてしまった事や、オヤツにドライフルーツを食べた時に、シンさんに夜ご飯を作って欲しいとおねだりした事。
そんな、依頼の報告とは全く関係ない話も、フィリアさんは快く聞いてくれた。
「ーーふふっ。よっぽど楽しかったのね、アイリスちゃん」
わたしの話を聞き終わった後のフィリアさんの感想がこれだった。
(うーん…………わたし、依頼の報告とは関係ない事の方を、熱心に話しちゃってたのかな?)
苦笑しつつも、楽しかったのは事実なので、わたしは頷く。
「あはは…………。はい! 楽しかったです! ……………………ただーー」
と、わたしはそこで声のトーンを落とす。
「…………1つ、気にかかる事がありまして…………」
「気にかかる事?」
「…………はい。エルフの森での事なんですが、開けた場所に居たグリフォンを森に誘導させる為に、シンさん、自分の掌に刃を突き立てたんですよ…………」
あれは、本当にビックリした。
今日1日が楽しかったのは事実だけど、わたしの頭の片隅では、シンさんのこのあまりにも予想外過ぎる行動が、ずっと引っ掛かり続けていたんだ。
(このまま、1人で悩んでいても仕方ない)
そう判断したわたしは、良い機会だと思って、フィリアさんにその時の出来事を話してみた。
がーー
「…………………………………………」
わたしの話を聞き終わったフィリアさんは、顔を俯かせて黙り込んでしまった。
そして、そのまま数十秒が過ぎた頃、フィリアさんはポツリと小さな呟きを漏らした。
「…………そう。シンさん、アイリスちゃんの前でも、そんな事をしたのね…………」
それは、とても小さな小さな呟きだった。きっと、わたしに聞かせるつもりは無く、思わず漏れてしまった独り言だったのだろう。
だけど、わたしはその言葉を聞いてしまったーー
「ーーっ! フィリアさん! 今の言葉はどういう意味ですか!?」
だから、わたしはフィリアさんに食って掛かる。
「…………え…………! もしかして、アイリスちゃん…………今の聞こえてたの…………?」
「はい! バッチリ聞こえましたよ!」
おそるおそる尋ねてくるフィリアさんに、わたしはハッキリと頷いた。
途端に、フィリアさんの顔がサーッと青ざめていく。
(ーーっ! その反応、間違いない! フィリアさんはわたしの知らない、シンさんの秘密を知ってるんだ!)
わたしはそう判断して、フィリアさんに更に追求していく。
「教えて下さい、フィリアさん! 今の言葉はどういう意味なんですか!?」
「…………え、えーと…………」
フィリアさんは困った様子を見せているけれど、わたしは追求の手を緩めるつもりは無い。
だってーー
「フィリアさんの言い方だと、まるで…………シンさんがそういう行動を取ったのが、1回や2回じゃ無いみたいに聞こえますよ!」
「…………うっ…………」
図星だったのだろう。フィリアさんは、言葉に詰まってしまう。
ーーと、
ーーチラッ
このタイミングで、フィリアさんがわたしから視線を逸した。
フィリアさんの視線は、机の端の方へ向かっていて、そこには、封の開いた1通の封筒があった。
「…………………………………………」
何かを考え込んでいる様子で、机の端に置かれた封筒を見つめ続ける、フィリアさん。
そしてーー
「…………はぁ…………。分かった。アイリスちゃんが知りたいであろう事、教えるわ」
「本当ですか!?」
「ええ。どうせここで黙っていても、いずれ今回みたいなボロが出てバレちゃうでしょうし。それに…………」
そこまで言った所で、フィリアさんは再び、机の端に置かれた封筒に視線を移した。
「? それに、何ですか?」
「…………いいえ。何でもないわ。それより、本当に良いの、アイリスちゃん?」
真剣な表情を浮かべ、わたしの瞳をジッと見つめてくる、フィリアさん。
そして、わたしの覚悟を試すように、問いかけてきた。
「今から私は、アイリスちゃんが知らないであろうシンさんの1面を話すわ。でも、もしかしたら、それを知った事で、シンさんとの関係がギクシャクしちゃうかもしれない。知った事を後悔するかもしれない。そうなるぐらいなら、いっそのこと知らないでいる選択肢もーー」
「いいえ。教えて下さい」
フィリアさんの言葉を途中で遮って、わたしはフィリアさんの問いかけに返事を返す。
そんな事、問われるまでもない。だってわたしは、フィリアさんを追求し始めた時点で、もう覚悟を決めていたんだから。
もちろん、フィリアさんの言うように、知ってしまった事で、シンさんとの関係がギクシャクしてしまうかもしれない。それは、想像するだけでも、怖い事だ。
だけどわたしには、もっともっと怖い事がある。
思い出す。シンさんが自分の掌に、刃を突き立てた後の事を。
シンさんは、掌から滴り落ちる血に構うことなく、森の奥へ向かって走り続けた。
次第に荒くなっていく息を。滲んでいく脂汗を。シンさんの背中におぶさっていたわたしは、すぐ間近で感じていた。
その時に感じた、シンさんが死んでしまうかもしれないという恐怖感は、今でも鮮明に覚えている。
(だからこそ、わたしは知りたい。もう2度と、あの恐怖感を味わわなくて済むように)
それに、きっと大丈夫。今朝早くにシンさんにも言ったけど、わたしはシンさんの事を本当に信頼してるんだ。
そして、今日1日シンさんと過ごして、シンさんから沢山の愛情を貰って、その気持ちは、もっともっと強くなった。
わたしは、シンさんが大好きだ。昨日は思えなかったけど、今ではシンさんの事を、お父さんだと思ってる。
だからフィリアさんから、たとえどんな1面を知らされても、わたしはシンさんへの態度を変えたりなんかしない! 今のわたしなら、自信を持って断言出来る。
「……………………ふふっ。強いわね、アイリスちゃんは」
まるで、眩しいものを見るように、目を細めて微笑む、フィリアさん。
そうして、フィリアさんは、わたしの知らないシンさんの1面を語り始めたーー




