初めてのドライフルーツと乗馬体験
シン視点
依頼主であるルドルフさんへの報告を終え、三度アイリスとの2人乗りで馬を走らせる事、1時間半。
今は王都までの道程の、ちょうど半分といった所だろうか。残り1時間半。馬に乗ってるとはいえ、3時間ぶっ続けでの移動は流石にキツイため、俺達はここで一旦、休憩を取る事にした。
「『収納』・アウト。アイリス。手伝ってー」
「はーい」
街道から少し外れた場所にあった小川の辺に、『収納』から取り出したシートを、アイリスと協力しながら敷いていく。
「えへへ~。シンさん、何します?」
「そうだね…………ちょうどオヤツ時だし、何か甘い物でも食べようか」
相も変わらず、俺にピッタリと寄り添い、満面の笑みを浮かべながら尋ねてくるアイリスに、俺はそう提案する。
「いいですね! わたし、甘い物大好きです!」
「それは良かった。まあ、今はこんな物しか無いんだけどね」
そう言って、俺は『収納』から瓶詰めのドライフルーツを取り出す。
昼食に食べたサンドイッチと一緒に、ギルドで買っていた物だ。
「うわー! カラフルでキレイですねぇ! シンさん。これ、何ですか!?」
「ん? 知らない? ドライフルーツだよ」
「これがドライフルーツですか。わたし、初めて見ました! シンさん、これは何の果物なんですか?」
「えーと…………これがパインで、これがレーズン。で、これがイチゴで、これがキウイで…………」
俺の掌にちょこんと乗った小さな瓶詰めのドライフルーツを、アイリスは身を乗り出して見詰めている。
アイリスの目はキラキラと輝いていて、興味津々といった様子だ。
そんなアイリスに、俺は瓶の中に入っているドライフルーツを1つずつ指差しながら、説明していく。
「で、これがマンゴーで、これがオレンジだね」
「へー。いろんな種類があるんですねー! シンさん、早く食べましょう!」
全6種類。全ての果物を説明し終わると、アイリスは待ちきれないといった様子で、俺の服をクイクイと引っ張っている。
「はははっ。はいはい、ちょと待ってねー」
アイリスのその可愛らしい仕草に、俺はつい笑顔になってしまう。
(ホント、かわいい子だよ)
そんな感想を抱きつつ、俺は『収納』からハンカチを取り出す。
そして、俺とアイリスのちょうど中間にハンカチを敷いて、その上に瓶に入ったドライフルーツを半分ほど移した。
「それじゃあ、食べようか。いただきます」
「いただきまーす!」
2人、いただきますをして、ハンカチの上のドライフルーツに手を伸ばす。
俺が手に取ったのはイチゴ。アイリスはマンゴーだ。
「…………んー! 美味しい! シンさん、ドライフルーツって、すっごく味が濃いいですね!」
ドライフルーツを口に含んですぐ、笑顔でそんな感想を漏らす、アイリス。
良かった。どうやら気に入ってくれたみたいだ。
「ドライフルーツは、果物の乾燥させた物だからね。水分が抜けてる分、果物の甘味や酸味がダイレクトに感じられるんだよ」
「…………へー。そうなんですね…………」
ーーパクパク
俺の説明を聞いているのか、いないのか?
アイリスは、ドライフルーツを次々と食べ進めていっている。
(ははっ。よっぽど気に入ったんだな)
幸せそうな笑顔で食べているアイリスを見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
(これが、親心ってヤツなのかねぇ?)
そんな想いを感じつつ、アイリスと2人、ドライフルーツを食べ進めていく。
そして、あっという間にーー
「…………無くなっちゃいましたね…………」
「だね。ごちそうさまっと」
そうして、俺はごちそうさまをしたのだけれど、アイリスはまだ食べたりないといった様子だ。
「……………………」
チラッと、脇に置いていた瓶詰めのドライフルーツを見る、アイリス。
瓶の中には、あと半分ほどのドライフルーツが入っている。
「…………シンさん。もう少し食べちゃダメですか?」
上目遣いで尋ねてくるアイリスに、俺はつい「いいよ」って、言ってしまいそうになる。
「……………………ダメだよ、アイリス」
「えー、ダメですかー?」
だけど、俺は心を鬼にして、アイリスにそう告げた。
(…………まあ、だいぶ葛藤して、即答は出来なかったけどね…………)
心の中でそんな自分にツッコミをしつつ、俺は納得がいっていない様子のアイリスに理由を説明していく。
「さっきも言ったけどさ、ドライフルーツは水分が抜けてる分、見かけによらずカロリーが高いんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。だからこそ、冒険者ギルドで売られてるんだよ。少ない量でカロリーが摂れるし、乾燥させてるから腐りにくく保存もきくしね」
だから、食べすぎはダメだよ。と、アイリスに再度注意する。
だけどーー
「……………………で、でも、ちょっと位なら…………」
よっぽど気に入ったんだろうな。
そんな事を言って、ドライフルーツの瓶詰めに手を伸ばそうとする、アイリス。
そんなアイリスに、俺は決定的な1言を告げる事にした。
「太るよ、アイリス」
ピタッと、ドライフルーツの瓶詰めへと伸ばしかけていた、アイリスの手が止まる。
(ははっ。幼いとはいえ、アイリスも女の子なんだねー。やっぱり、そこは気になっちゃうか)
と、暢気にそんな事を考えていると、アイリスは恨みがましい目で俺を見つめてきた。
「…………う~…………。そんな事、わざわざ言わなくてもいいじゃないですか。シンさんのイジワル…………」
「はははっ。ゴメンね、アイリス」
ーーナデナデ
だけど、そんな拗ねた表情もやっぱり可愛くて。
俺は謝りながらも、半ば無意識にアイリスの頭を撫でてしまった。
「…………う~…………。シンさん。本当に反省してるんですか?」
「してる、してる」
「…………むー…………。ーーあっ」
と、そこで『良いこと思い付いた』といった様子を見せる、アイリス。
(何だろう? なんだかイヤな予感が…………)
俺がそんな不安を感じていると、アイリスはーー
「では、シンさん。わたしのお願いを1つ聞いてくれたら、許してあげます」
「お、お願いって…………?」
「それはですねーー夜ご飯、シンさんが何か作ってくれませんか?」
「へ? そんな事?」
一体、どんなお願いをされるのかと戦々恐々して分、なんだか拍子抜けしてしまう。
ーーと、
「…………え、えと…………。シンさん昨日、シチューを作ってくれたじゃないですか。それが美味しくて、美味しくて…………。その分、今日のお昼ご飯がシンさんの手作りじゃないのが、残念だなーって…………思ってて…………」
モジモジと、頬を染めながら小さな声でそんな事を言ってくれる、アイリス。
(…………何だろ。スッゲー嬉しい…………)
もちろん、アイリスからのそんな可愛らしいおねだりを、俺が断るはずがない。
「良いよー。…………ちなみに、何かリクエストはある?」
「ありがとうございます! 何でも良いですよ! シンさんの料理なら、何でも美味しいと思うので!」
「ははっ。嬉しいこと言ってくれるねー、アイリス!」
再度、アイリスの頭をーー今度はわしゃわしゃと思いっきり撫でていく。
「わっ、わっ! えへへー。もうっ! 止めて下さいよー」
そんな事を言いつつも、嬉しそうな様子のアイリス。
俺は、そうなアイリスをひとしきり撫でーー
「ーーよし! それじゃあ、そろそろ出発しよっか、アイリス」
「はーい」
そうして、俺は敷いていたシートを畳んでいく。
ちなみに、アイリスは俺が思いっきり撫でた事で乱れた髪を整えている最中だ。
(…………さーて。夜ご飯は何にしようかな?)
シートを畳みつつ、そんな事を考える。
あんな嬉しい事を言ってくれたんだ。とびきり美味しい物を作ってやりたい。
(…………うーん。見ていただけとはいえ、1日中、外に居たんだ。アイリスも疲れてるだろうし、疲労回復効果のある豚肉をメインにして…………副菜は、実際に見て、品質の良い物を選ぶかな…………)
とりあえず、そんな感じに決めた。
そして、畳み終わったシートを『収納』に仕舞い、アイリスへと声をかける。
「お待たせー、アイリス」
見ると、アイリスは、近くの木にロープを結んで止めていた馬を撫でている所だった。
「えへへー。かわいいですよね、シンさん」
馬を撫でながら笑顔でそう言うアイリスだったがーーかわいいかな、この馬?
俺とアイリスの2人乗りにも耐えられるよう、貸し馬屋の中で1番デカイ馬を選んだのだが…………。
(『怖い』じゃなくて、『かわいい』か…………。アイリスは動物好きなのかな? ーーそうだ!)
ある事を思い付いた俺は、アイリスに提案してみる事にした。
「アイリス。良ければ、馬の乗り方を教えようか?」
「えっ!? 良いんですか!?」
俺の提案に、すぐに食い付いてくる、アイリス。
好奇心旺盛なアイリスの事だ。もしかしたら、今日1日馬に乗っている内に、興味が湧いていたのかもしれないな。
(…………あー。ただ、どうやってアイリスを馬に乗せようか?)
今までは、俺が先に馬に乗ってからアイリスを引き上げていた。
だけど、教えるとなると、俺は馬に乗らず、もしもの時に馬を抑えられるよう、ロープを握って馬と一緒に歩かなければならない。
(…………そうだ!)
「アイリス。ちょっとゴメンねー」
俺は、アイリスの両脇を持って馬へと乗せようとする。
「…………え? ーーふぇっ!?」
くすぐったかったのかな? 変な声を上げ、身を捩る、アイリス。
「ちょっとだけ我慢してね、アイリス」
そうして、何とかアイリスを馬に乗せたのだがーー
「…………う~…………」
再度、アイリスから恨みがましい視線を向けられてしまった。
「はははっ。ごめん、ごめん、アイリス。…………さっ! 乗馬の練習を始めよう」
「…………はーい」
「よし。まずは、『常足』から…………あー、ゆっくり歩く所から始めようか」
そうして、俺は30分程かけて『常足』、『早足』、『ジグザグ運動』を。そして、最後に少しだけ馬を思いっきり走らせる『駆足』を教えた後、騎手を交代。
再度、アイリスとの2人乗りで、王都を目指すのだったーー




