シンVSアイアンゴーレム
アイリス視点
ーーズシン、ズシン!
20メートル程先に居るアイアンゴーレムが、その巨体に見合った大きな足音を響かせながら、わたし達の元へと向かって来ている。
『ゴーレムは動きが鈍いから、良いマトなんだよ』
この坑道に入る前、シンさんはゴーレムについて、そういう説明をわたしにしてくれた。
ただし、それは通常のゴーレムーーストーンゴーレムについての説明だった。
今、わたし達が相対しているのは、アイアンゴーレム。その体は鉄で出来ているので、ストーンゴーレムより更に重たいんだと思う。
アイアンゴーレムの動きは、わたしでも簡単に攻撃魔法を当てられそうな程に鈍い。
ただーー
(? 変だな? 動きが遅い割には、わたし達との距離が縮まるのが、妙に早いような…………?)
疑問に思ったわたしは、シンさんに尋ねてみる。
「…………ああ。それは多分、アイアンゴーレムの体が大きいからだと思うよ。つまりーー」
「そっか! 体が大きいという事は、それだけ歩幅が大きいという事ですね!?」
「おっ! 正解だ! …………うん。前々から思ってたけど、やっぱりアイリスは頭が良いね」
ーーナデナデ
「えへへ~! …………って! 今、こんな事してる場合じゃないですよ、シンさん!」
シンさんが褒めてくれた上に、頭を撫でてくれたから、わたしもつい笑顔になってしまったけど、ふと我に返って、慌ててシンさんへとツッコミを入れる。
だけど、シンさんはーー
「はははっ。大丈夫だよ、アイリス。アイアンゴーレムには、先のグリフォンの風のブレスのような、遠距離攻撃は無いからね」
ーーと、余裕な様子を見せている。
(…………うーん。まあ、シンさんには何か考えがあるんだと思うけど…………)
今回、わたしは先のグリフォン戦の時と違い、事前にどういう作戦で行くのかを聞いていない。
だから、正直に言えば、ちょっとだけ不安な気持ちがある。
だけどーー
(…………うん! まあ、シンさんがそう言うなら、大丈夫だよね!)
それと同じ位ーーううん。不安な気持ちの何倍もの安心感が、わたしにはあった。
もちろん。作戦を聞いていないのだから、根拠は全くない。
だけど、グリフォンとの闘いの前に、シンさんは約束してくれたーー
『大丈夫! キミの事は、責任持って俺が守るから!』
ーーって。
(ふふっ。あの時は、お姫様扱いされたみたいで、本当に嬉しかったなぁ…………)
思い出して、わたしはつい笑みを浮かべてしまう。
ーーそう。シンさんは、確かにそう約束してくれた。
そして、わたしはシンさんの事なら、何でも無条件で信じられる。
(だから、信じて静かに見守ろう。シンさんとアイアンゴーレムとの闘いを)
と、わたしがそんな事を考えている間にも、アイアンゴーレムはゆっくりと…………だが着実に、わたし達との距離を縮めて来ている。
「……………………」
対して、シンさんに動きはない。
エルフの森でグリフォンと相対した時と同じように、悠然とアイアンゴーレムを待ち構えている。
そして、アイアンゴーレムとの距離が10メートル程まで縮まった、その瞬間。
ついに、シンさんがアクションを起こすーー
「『収納』・アウト」
『収納』から、赤色の魔石が付いた、魔道具と思しき指輪を2つ取り出す、シンさん。
(…………あれって、もしかして…………?)
その2つの魔道具に見覚えのあったわたしは、シンさんに聞いてみる事にした。
「シンさん。それって、『炎矢』の魔道具ですか?」
「ああ。そうだよ」
そう答えながら、シンさんは2つの魔道具を右手の人差し指と中指に付ける。
(やっぱり。今朝、わたしが『炎矢』の練習をする時に、シンさんがお手本用に見せてくれた魔道具だ)
シンさんの指に嵌まった2つの指輪の装飾は、同じ物だ。きっと、2つ共『炎矢』の魔道具なんだと思う。
だけど、2つの魔道具を見比べると、魔石の色合いが若干違うようだ。
おそらく、1つは今朝、お手本の時に1本撃った、残数9本の魔道具。もう1つが、新品の残数10本の魔道具だと思う。
だけどーー
(たしかシンさん、『矢』系の魔法は、初級も初級の攻撃魔法って言ってたよね? そんなので、アイアンゴーレムを倒せるのかな?)
わたしがそんな心配をしている間に、シンさんはアイアンゴーレムへ向けて右手をかざし、魔法名を唱える。
「『炎矢』!」
瞬間、かざしたシンさんの手の先に、炎で造られた9本の矢が現れる。
どうやら、今朝お手本用に使った方の魔道具の残数を、全て出したみたいだ。
(…………それにしても、熱いな…………)
よほど魔力を込めたのだろう。
出現した9本の『炎矢』からは、今朝わたしが練習で撃った『炎矢』や、シンさんがお手本で撃った『炎矢』とは、比べ物にならない程の熱気が感じられた。
(……………………! もしかしてシンさん、アイアンゴーレムの体を壊すんしゃなくて、溶かすつもりなのかも!)
この坑道に入る前、シンさんはこう言っていた。
『ゴーレムの体を壊すには、余程のバカ力か、強力な魔法を撃つ必要がある』
ーーと。
だけど、その後に、こうも言っていた。
『崩落の危険があるから、坑道の中で強力な魔法は撃てない』
ーーと。
だけど、これならその心配も無い。
(『壊す』じゃなくて『溶かす』か。シンさんがさっき言っていた『機転』って、こういう事だったんだ! 凄い! さすが、シンさん!)
シンさんの思惑を理解して、わたしは心の中で歓声を上げる。
そして、ちょうどそのタイミングで、9本の『炎矢』が放たれた。
ーードッドッドッドッドッ!
ーージュー!
おそらく、そこにゴーレムの弱点であるコアがあるんだろう。
放たれた9本の矢は全て、アイアンゴーレムの胸部に命中した。
着弾と同時に、焼けるような音と、白い煙が上がる。
(やったぁ! これで後は、コアを破壊するだけだね!)
わたしはそう思ったのだけど、何故だかシンさんは動かない。
(…………もしかして、煙が晴れるのを待ってるのかな?)
『炎矢』の着弾と同時に上がった煙は意外と多く、現在アイアンゴーレムの体は見えなくなってしまっている。たしかに、これではコアの位置が見えない。
だけど、その煙もすぐに晴れたーーというよりは、アイアンゴーレムが1歩前に動いて、自分から煙の外に出た、と言う方が正しいかな?
まあ、どちらでも良いや。これで後は、コアを破壊するだけーー
「…………え…………」
煙の外に出たアイアンゴーレムの体をはっきりと視認した瞬間、わたしの口から間の抜けた声が漏れた。
(…………ぜ、全然溶けてない…………)
『炎矢』が当たった胸部が、オレンジ色になっているから、全く効果が無かった訳では無いと思う。
だけど、アイアンゴーレムの体が溶けている様子が見られないのも、事実で…………。
(…………で、でも大丈夫! 『炎矢』の魔道具は、あともう1つある!)
きっと、シンさんも『炎矢』を1回撃っただけでは、アイアンゴーレムの体を溶かせないと分かっていたのだろう。
(だから、『炎矢』の魔道具を、2個取り出したのか…………)
ダメ押しで、更に10発の『炎矢』を放つつもりなのだろう。
と、わたしはそう考えたのだけどーー
「『氷矢』!」
「えっ!?」
シンさんが次に唱えた魔法名は、『炎矢』では無く、何故だか『氷矢』だった。
魔道具を付けているのとは逆の左手をアイアンゴーレムに向けてかざす、シンさん。
手の先には、最大本数である10本の『氷矢』が出現している。
先の『炎矢』と同じように、大量の魔力を込めたのだろう。もの凄い冷気を感じる。
だけどーー
「シ、シンさん!? どうして『炎矢』じゃなく『氷矢』なんです!? 『炎矢』を連発して、アイアンゴーレムの体を溶かすんじゃないんですか!?」
シンさんを信じて静かに見守ろう。そう決めていたけど、シンさんの行動の意図が理解出来なかったわたしは、そう問いかけた。
「え? 違うけど?」
チラッと、一瞬だけわたしの方を振り向いて、そう答える、シンさん。
どうやら、わたしの予想はハズレていたらしい。
(…………でも、それじゃあシンさんは、一体どうするつもりなんだろう?)
疑問を感じたわたしは、首を傾げる。
と、そんなわたしの様子にシンさんが気付いたようだ。戦闘中にも関わらず、シンさんは解説を始めてくれた。
「そもそも、鉄は1500度以上の超高温の炎じゃないと溶けない。いくら魔力を込めても、『炎矢』なんかじゃ、そんな超高温にはならないーーよっ!」
シンさんは、最後に『よっ!』と強く言うと、『氷矢』をアイアンゴーレムに向けて放った。
残念だけど、解説はここまでのようだ。シンさんは再び、アイアンゴーレムへ意識を戻す。
(…………結局、シンさんが何を狙っているのかは分からなかったな…………。よし! しっかり見て、勉学させてもらおう!)
そう決めて、わたしもアイアンゴーレムへと意識を戻す。
ーードッドッドッドッドッ!
ーーシュー
放たれた『氷矢』は、『炎矢』と同じく、アイアンゴーレムの胸部へと命中した。
先の『炎矢』でアイアンゴーレムの体が熱せられていたからか、『氷矢』の命中と同時に溶けて大量の水蒸気が発生し、再びアイアンゴーレムの姿を覆い隠す。
ーーズシン!
そしてまた、アイアンゴーレムが1歩前に進んで水蒸気の外へと出た事で、その姿が露になる。
先の『炎矢』より数が1本多かったからか、『氷矢』の冷気の方が勝ったようだ。
アイアンゴーレムの胸部には、うっすらとだが霜が張り付いていた。
「『炎矢』!」
と、再び右手をかざし、『炎矢』の魔法名を唱える、シンさん。
出現した『炎矢』は10本。これで、事前に『収納』から取り出した、2つの魔道具に込められていた、全ての『炎矢』を撃った事になる。
ーードッドッドッドッドッ!
ーージュー!
放たれた『炎矢』は、三度アイアンゴーレムの胸部へと命中した。
1度目の時と同じように、焼けるような音と、白い煙が上がる。
「…………え、えーと…………」
ここに来て、わたしは困惑した声を上げてしまう。
(熱して、冷やして、また熱してーーどおしよう…………シンさんの考えている事が、全く分からない…………)
次はまた、『氷矢』を撃つのだろうか?
そう思ったけど、どうやら違ったようだ。
「よし。もう良いかな。『収納』・アウト!」
そんなセリフと共に、シンさんが『収納』から取り出したのは、槌だ。
柄の長さは1メートル程で、槌の部分には鋭い刺が付いている。
「『付与・氷属性』!」
どうやら、槌に氷属性を付与したみたいだ。
槌の部分から、もの凄い冷気を感じる。
「そしてーー『付与・筋力強化』」
続いて、自身の筋力を強化する、シンさん。
「ーーよし! これで準備完了! アイリス。今からアイアンゴーレムに攻撃を仕掛けるから、しっかり掴まってて」
「えっ!? は、はい!」
わたしの方に振り向いて、そんな事を言ってくる、シンさん。
どうやら、これでアイアンゴーレムを倒すための準備は終わったらしいけどーー
(結局、シンさんが何を狙っているのかは分からなかったな…………)
だけど、シンさんなら大丈夫だろう。
そんな信頼があるからこそ、わたしは何も言わずに、言われた通りに思いっきりシンさんの体を抱き締める。
ーーギュ~ッ!
瞬間、シンさんは槌を振りかぶるとーー
ーーダッ!
その状態のまま、5メートルほど先のアイアンゴーレムへ向けて、駆け出した。
(…………もしかして、シンさん。その槌を使って、アイアンゴーレムの体を壊すつもりなのかな?)
だけど、坑道に入る前のゴーレムについての説明の時に、シンさんはこう言っていたはずだ。
『俺には、ゴーレムの体を壊すほどのパワーは無い』
ーーと。
(しかも、相手はストーンゴーレムよりも更に固いアイアンゴーレムなのに…………)
と、わたしがそんな事を考えている間に、シンさんとアイアンゴーレムとの距離は、すでに1メートル程まで縮まっていた。
ーーブンッ
わたし達を殴り潰すつもりなのか、腕を振り上げるアイアンゴーレム。
だけどーー
(シンさんの方が、速い!)
体が鉄で出来ている分、アイアンゴーレムの動きは鈍い。
その拳が振り下ろされるよりも速く、シンさんはアイアンゴーレムとの距離を詰めるとーー
ーーバッ!
走って来た勢いもプラスして、シンさんは1メートル程の高さまで飛び上がる。
そしてーー
「ハアアアッ!」
ちょうど目の前にあったアイアンゴーレムの胸部へ向けて、槌を振り抜いた。
ーーバガァァァンッ!
瞬間、鉄で出来ているはずのアイアンゴーレムの胸部が、音をたてて粉々に砕け散る。
「…………え…………」
予想外の展開に、わたしは呆然としてしまう。
だけど、そんなわたしと違い、シンさんはーー
「『氷矢』」
アイアンゴーレムが再び体が造り直すを防ぐため、迅速に露出したコアに向けて、『氷矢』を1本放った。
ーーパキィィッン
まるでガラスが割れるように、コアはあっさりと砕け散った。
そしてーー
ーードサドサドサドサ
周りにある鉄をかき集めて造られたというアイアンゴーレムの体は、バラバラに崩れ落ちていったのだった。
「よっとーー終わったよー、アイリス」
着地と同時に、そんな風に声をかけてくる、シンさん。
アイアンゴーレムを倒したからか、シンさんの表情は、いつもの優しい物に戻っていた。
「…………え、えーと…………」
対して、わたしはまだ呆然としたままだった。
「ははっ。アイリス。『俺がどうしてアイアンゴーレムの体を壊せたたか分からない』って感じかな?」
そんなわたしの様子に気付いたのだろう。笑いながらそんな事を言う、シンさん。
ーーコクコク
「ははっ。じゃあ、種明かしをするけどさ、鉄はね、熱したり冷ましたりを何度も繰り返すと、強度がどんどん落ちていくんだよ」
「えっ!? そうなんですか!?」
そうか。だからシンさんは、『炎矢』と『氷矢』を交互に撃っていたのか。
鉄を脆くして、自分の力でもアイアンゴーレムの体を壊せるように。
「より詳細に言うと、鉄は熱せられると膨張し、冷やされると収縮する。これが何度も繰り返されることで、目に見えない亀裂が無数にーーって、ははっ。アイリスにはまだ難しかったかな?」
シンさんは詳しく説明しようとしてくれたけど、残念ながらわたしにはチンプンカンプンだった。
そんな内心が、わたしの表情に出てしまっていたのだろう。シンさんは途中で説明を中断するとーー
「まあ、とりあえず、『鉄は熱したり冷ましたりを繰り返すと、強度が落ちる』。アイリスそれだけ覚えてくれれば良いよ」
ーーナデナデ
優しい笑顔を浮かべ、シンさんはわたしの頭を撫でてきた。
(…………むー。なんだか、子供扱いされてる気がする…………)
そんな不満が、わたしの頭に浮かぶ。
けれどーー
「えへへ~」
嬉しい気持ちの方が強くて。内心とは裏腹に、わたしの表情は笑顔になってしまうのだった。
「ーーさて。これで今日の仕事は全部終わり! ちゃちゃっとルドルフさんに報告して、さっさと帰ろうか、アイリス」
「はい!」
そうして、わたし達は坑道を出るため、来た道を戻って行くのだったーー
 




