アイリス。坑道の迷宮を抜けた先に待ち構えるものは?
アイリス視点
その言葉は、何の前触れもなく、唐突にシンさんの口から放たれたーー
「ねえ、アイリス。もしかして、照れてるの?」
「ーーふえっ!?」
シンさんからの突然の指摘に、わたしは思わず、変な声を上げてしまう。
(ど、どうしよう!? シンさんに気付かれちゃった!)
ーーカアアッ!
瞬間、つい先程までも充分に熱かったわたしの顔が、さらに熱くなっていくのを感じた。
多分だけど、わたしの顔は今、この薄暗い坑道の中でも1目で分かる程に、真っ赤っ赤になってるんだと思う。
(うぅ~! こんな顔、シンさんに見られたくないよぉ~!)
そう感じたわたしは、真っ赤になった顔を隠す為に、シンさんの肩に顔を押し付ける。
(もうっ! シンさんのイジワル! わざわざ指摘しないでよ!)
頭の中では、シンさんへの文句の言葉が浮かんでいる。
だけどーー
「~~ッ!」
実際に口を衝いたのは、そんな声にならない声だった。
ーーナデナデ
と、いつものように、優しい手つきでわたしの頭を撫でてくる、シンさん。
ーーって、
(どうして、今撫でるんですか!?)
いつもなら、つい笑顔になってしまう、シンさんからのナデナデ。
だけどーー
(今ナデナデされても、困っちゃうだけだよー!)
「~~ッ!」
シンさんからのまさかの追い討ちに、わたしは再び、声にならない声を上げてしまう。
「あははっ。ごめんね、アイリス」
さすがに、シンさんも悪いと思ったのだろう。
その言葉を最後に、後は何も言う事なく、再び坑道の奥へと向かって歩き始める。
そして、10分程がたち、わたしもようやく恥ずかしさが落ち着いてきた頃、再びシンさんが声を上げた。
「ーーおっと。分かれ道か」
シンさんのその言葉を受け、わたしは顔を上げて前を見る。
そこには、右と左に曲がる、2本の道に分かれていた。
「どっちに行くんですか、シンさん?」
「そうだね…………今回のターゲットのゴーレムは、坑道の最奥によく出没するって話だったし、とりあえずはそこを目指そうか」
そう言うと、シンさんは何の迷いも無く右のルートを選択した。
(あれ? 今、何か違和感があったような?)
わたしがそんな疑問を感じている間に、再び分かれ道が見えてきた。
今度は、まっすぐと右と左の、3本の分かれ道だ。
「次は…………うん。まっすぐだったな」
そう独り言を呟いて、曲がる事なくまっすぐ進んで行く、シンさん。
ここで、わたしは先程から感じている違和感の正体に気付いた。
(あれ? シンさん、地図見てないよね?)
たしか、依頼主であるドワーフのおじさんから、この鉱山の地図をもらっていたはずだ。
それなのに、シンさんは1度も地図を確認する事なく、坑道の中を進んで行っている。
(…………そういえば…………)
ふと、エルフの森でのシンさんのセリフが浮かんできた。
あの時、シンさんはこう言っていた。『この国の地理地形や情報は、全部記憶している』と。
(まさかとは思うけど、この鉱山の内部の地図も、最初から記憶していたとか…………?)
そう思って、シンさんに尋ねてみたけれどーー
「いや。この鉱山までの地図は記憶してたけど、さすがに内部の地図までは覚えてないーーというか、見た事も無いね」
シンさんからは、そんな否定の言葉が返ってきた。
「そうなんですか? でもシンさん、今地図見てませんよね。大丈夫なんですか?」
そんな会話をしている間に、再び3本の分かれ道が見えてきた。
今度もまた、地図を確認する事なく、迷いの無い様子でまっすぐ進んで行く、シンさん。
そして、分かれ道から少し進んだ所で、シンさんが口を開いた。
「ああ、そういう事。ははっ。心配しなくても大丈夫だよ、アイリス。地図を貰った時に、ちゃんと全部記憶したからさ」
「えっ!?」
シンさん返ってきた返事に、わたしは驚きの声を上げる。
たしかに、シンさんは地図を貰った時、その内容をジッと見つめていた。
だけど、シンさんが地図を確認していた時間は、せいぜい5分位だったはずだ。その後すぐに地図を『収納』に仕舞って、ルドルフさんとの話に戻り、それからは1度も地図を取り出していない。
(と、いう事はつまりーー)
わたしは、信じられない気持ちで、おそるおそるシンさんに尋ねてみる。
「まさか、シンさん…………あの短時間で、地図の内容を全部記憶したんですか?」
「ああ、そうだよ」
「……………………」
特に気負った風も無く、たんたんと返事をするシンさん。
だけど、わたしは驚きのあまり、声を出せなくなってしまっていた。
(だって、そうでしょう!? 普通、たったの5分で地図の内容を全部記憶するなんて、出来る訳ないよ!)
わたしは地図の内容を確認していないから分からないけど、もうすでに3回も分かれ道に行き当たってるから、きっとこの坑道は、とても複雑なものなんだと思う。
それを、たったの5分で記憶するなんて、それってーー
「凄いです、シンさん!」
「ーーうわっ!?」
突然、わたしが耳元で大きな声を上げた事に、ビックリしたのだろう。驚いた声を上げて、その場に立ち止まる、シンさん。
だけど、わたしは興奮のあまり、そんなシンさんに構うこと無く、大声を上げ続ける。
「たった5分で地図の内容を記憶するなんて、シンさんは凄く記憶力が良いんですね! 凄いです! カッコいいです!」
「そ、そう?」
「そうですよ! エルフの森の時にも思ったんですけど、こういう所が、シンさんが『探求者』の2つ名の真髄なんでしょうね! 凄いなー! わたし、尊敬しちゃいます!」
「そ、そう…………。ありがとうね…………アイリス…………」
と、そこでわたしは、シンさんの頬が赤くなっている事に気が付いた。
「ふふっ。シンさん。もしかして、照れてるんですか?」
わたしは、先程の仕返しに、からかうような声音をシンさんへと向ける。
ーーと、
「ーーっ!」
ーーカアアッ
どうやら、図星だったみたいだ。
先程のわたしと同じように、この薄暗い坑道の中でも分かる程に、シンさんの頬が赤くなっていく。
「シンさん、頬が赤くなってますよ。ふふっ。シンさんのそういう所、ホントかわいいですね!」
ーーツンツン
わたしは今、シンさんの左肩に頭を乗せているので、文字通り目と鼻の先に、シンさんの顔がある。
顔を真っ赤にして照れているシンさんに愛らしさを感じたわたしは、目の前にあるシンさんの頬を突っついてみた。
「~~ッ!? ああっ、もうっ! さっきは悪かったよ、アイリス! だからもう勘弁してくれ!」
よほど恥ずかしかったのだろう。
真っ赤な顔で、大きな声を上げる、シンさん。
(ふふっ。さすがに、からかいすぎちゃったかな? これ以上は止めておこう)
それにしても、エルフの森の時もそうだったけど、どうやらシンさんは、2つ名を褒めると顔を真っ赤にして照れちゃうみたいだ。
(変なの。それじゃあまるで、2つ名を褒められ慣れていないみたいじゃない)
まさか、そんな事ないよね。だって、ギルドに行く時に、あんなに沢山の冒険者さん達からウワサされていたんだもん。
(うん。気のせい、気のせい)
と、わたしがそんな事を考えている間に、4つ目の分かれ道を左に折れる、シンさん。
それにしてもーー
「シンさん。さっきから分かれ道ばっかりですけど、鉱山ってこんな感じなんですか?」
気になったわたしは、話題を変える意味も含めて、シンさんに尋ねてみた。
「まあ、俺も鉱山に来たのは、ここが初めてだけど、大体こんな感じじゃないかな」
「そうなんですか?」
「ああ。鉱山って言っても、どこででも鉄鉱石や魔石が採れる訳じゃないんだ。鉱脈って言って、鉄鉱石や魔石が採れるポイントがあるんだけど、どこに鉱脈があるかは分からないからさ。こんな風に、あちこち掘って、鉱脈を探すんだよ」
「なるほど。そうなんですね」
相変わらず、シンさんの説明は分かりやすい。
坑道がこんなにも複雑な理由が理解出来て、わたしは頷いた。
(それにしても、シンさんは本当に物知りだなー)
わたしが尋ねた事は、何でもすぐに答えてくれる。
さっきも言ったばかりだけど、シンさんは本当にカッコ良くて、尊敬出来る大人の男の人だと思う。
こんな凄い人が、保護者であり師匠である事が、わたしはとても誇らしい。
「ふんふんふーん」
「? ご機嫌だね、アイリス?」
「ふふっ。はい!」
気付けば、いつの間にかわたしは鼻歌を歌っていたようだ。
不思議そうに尋ねてくるシンさんに、わたしは満面の笑顔で頷く。
「ははっ。まあ、別に良いんだけどさ。…………ただ、そろそろ坑道の最奥だ。いつゴーレムに遭遇しても、おかしくないよ」
「そうなんですか?」
「ああ。そこを左に曲がって、しばらく行けば、坑道の最奥だね。さてとーー『探知』」
と、ここに来て、初めて『探知』を使う、シンさん。
「ーーうん。間違いない。この先に居るね」
そう言って、スッと目を細める、シンさん。
これまでも何度か見てきた、冒険者としての表情だ。
「ーーよし。それじゃあ行くよ、アイリス」
「はい」
そうして、角を左へと折れる、シンさん。
その先には、これまでの道とは違う、広い空間があった。
「…………なんだか、急に広くなりましたね」
「おそらく、ここに鉱脈があったんじゃないかな? だから、ここを集中的に掘ったんだろうね」
「なるほど」
そして、この空間の最奥ーー20メートル程先に、遠目に見ても分かる程に、不自然に巨大な物体がある。
あれがーー
「シンさん。あれがゴーレムですか?」
「ああ」
ゴーレムはまだ、わたし達の存在に気付いていないのだろう。
坑道の最奥の辺りを、ウロウロしている。
(…………それにしても、大きいな…………)
シンさんは、ゴーレムの全長は3メートル程って言っていた。
だけど、それは縦の長さだけ。体が岩で出来ている分、横幅もかなりあるから、実際に見てみると、凄く大きく感じちゃう。
辺りに設置された照明の魔道具の光を受け、ゴーレムの体は鈍色に輝いていて、凄い存在感がーーって、
(あれ? 岩って、鈍色に輝く物だったかな?)
ーーゴシゴシ
目を擦って、もう1度確かめて見たけど、結果は同じ。
やっぱり、ゴーレムの体は鈍色に輝いている。
(…………えと…………あれじゃあ、岩っていうより、まるで…………)
なんだかイヤな予感がして、わたしはシンさんに声をかけようとする。
だけどーー
「…………あちゃー!」
先に、シンさんの方が声を上げた。
そして、わたしが感じたイヤな予感を、シンさんは口にする。
「あれは、ストーンゴーレムじゃない。体が鉄で出来たアイアンゴーレムだ」
「…………アイアン…………ゴーレム…………?」
「ああ。体が鉄で出来てる分、ストーンゴーレムとは比べ物にならないパワーと強度を誇る。『脅威度』も、『C』から『A』に跳ね上がる」
そこまで言った所で、シンさんは1度ため息を吐く。
「…………参ったな…………。事前に考えていた作戦じゃ、アイアンゴーレムは倒せないぞ…………」
そうして、顎に手を当てて、シンさんは何事か考えている様子を見せる。
事前に考えていた作戦…………たしか、『相性の良い初級の風魔法を連発して、少しずつゴーレムの体を削っていって、弱点であるコアまで辿り着く』だったはず。
(…………そうか! 風魔法じゃ、岩は削れても、鉄は削れないんだ!)
ここにきて、わたしの中で焦りが湧いてきた。
今回のターゲットのゴーレムの『脅威度』は、『C』。先のグリフォンよりも数段低いし、そのグリフォンを楽々倒したシンさんなら余裕だろうと、正直高を括っていた。
と、いうか、そもそもーー
「…………な、なんで、そんな間違いが…………」
「ここで働いているのは、普段は魔物に縁の無い鉱夫さん達だ。それに、この薄暗さだし、勘違いしちゃったんだろうね」
「そ、そんな…………大丈夫なんですか、シンさん…………?」
「んー…………まあ、マズイ状況だけど、良かったとも言えるかな」
「? 良かった、ですか…………?」
「ああ。ゴーレム退治の依頼の『脅威度』は、『C』。つまり、Cランク以上の冒険者なら誰でも受けられる。だけど、実際は『脅威度』Aのアイアンゴーレムだったからね。もし、CランクやBランクの冒険者がこの依頼を受けてしまっていたら、返り討ちにあって殺されてしまっただろうからさ。そう言う意味じゃ、Sランクの俺が受けたのは、幸いだったね」
そう言って、ホッと安堵の息を吐く、シンさん。
(ーーっ! 今のこの状況でそんな心配をするなんて…………。シンさん。あなたは、どれだけ優しいんですか?)
シンさんのあまりの優しさに、わたしは衝撃を受けてしまう。
ーーと、
「…………うん。さすがに暢気に話し込みすぎたね」
「ーーえ?」
その言葉を受け、わたしはシンさんが見つめている先をーーこの坑道の最奥の方を見る。
「ーーあっ!」
どうやら、アイアンゴーレムがわたし達の存在に気付いたようだ。
わたし達の方へと、向かって来ている。
「ど、どうしましょう!? シンさん!?」
ズシン、ズシンと、足音を響かせながら向かって来るアイアンゴーレムに恐怖を覚えたわたしは、慌ててシンへと声をかける。
ーーと、
ーーナデナデ
優しい手つきで、シンさんがわたしの頭を撫でてきた。
「…………あっ…………」
不思議だ。シンさんから頭を撫でられている。ただそれだけで、安心出来てしまう。
「落ち着いたかい? アイリス?」
「…………は、はい…………」
「そう。良かった」
シンさんは、わたしに優しい笑みを向けてから、続ける。
「いいかい、アイリス。いくら俺でも、グリフォン戦の時のように、百パーセント、事前に考えていた作戦通りに事が運ぶ訳じゃない。今回のように、不測の事態も起こる。そんな時に必要なのは、柔軟な思考力ーー『機転』。そして、あらゆる状況に対処出来るだけの『知識量』だ。今から、それを見せてあげるよ」
そう言って、アイアンゴーレムへと向かい合う、シンさん。
こうして、シンさんとアイアンゴーレムとの闘いが始まったーー




