(まるで、シンさんに全身を抱き締められているみたい…………)
アイリス視点
「ーーおっ、いいね、それ。じゃあ、そうしようか」
あの後、シンさんはわたしの提案を2つ返事で了承し、すぐに行動を始めた。
まず、1度屈んで、わたし達の体を固定しているリュックのヒモを外す、シンさん。
そして、シンさんは羽織っていたコートを脱ぐとーー
「それじゃあ、まずはアイリスが先に羽織ってくれる」
そう言って、シンさんはわたしにコートを手渡すと、再度屈んで、わたしに背を向ける。
その前に見たシンさんの表情や声音は、いつも通りの物だ。
これからわたしがする事に、照れや恥ずかしさなんて、全然感じていないのだろう。
「…………は、はい」
そんなシンさんとは対象的に、わたしの状態は、いつも通りとはとても言えないだろう。
先程から顔が熱くて熱くて仕方がないし、「はい」という、たった2文字の言葉さえスムーズに言えていない。
(…………きっと今、わたしの顔は真っ赤になっているんだろうな…………。坑道の中が薄暗くて良かった…………)
おかげで、シンさんに真っ赤になった顔を見られないで済みそうだ。
わたしは、シンさんに気付かれないよう、小さく安堵の息を吐く。
(…………って、ホッとしてる場合じゃないよ…………本番はこれからなんだから…………)
今からやる事を想像すると、恥ずかしさのあまり、わたしはつい躊躇してしまう。
結果、わたしはシンさんから受け取ったコートをジーと眺めた状態で、固まってしまった。
「? アイリス?」
と、いつまでも動きが無いわたしを不思議に思ったのだろう。
わたしの方を振り向いて、確認してくる、シンさん。
(…………ううっ…………正直、恥ずかしい…………けど、いつまでもこうしてはいられないよね…………)
このままだと、わたしが照れてる事が、シンさんにバレてしまうかもしれない。
わたしは覚悟を決めると、先程までシンさんが着ていたコートを頭から羽織った。
「…………で、では…………おぶさりますね、シンさん」
「ああ」
コートに腕は通さず、自分の頭や肩でずり落ちないよう固定して、わたしはシンさんの背中へと抱き付いた。
「…………うん。それじゃあ立つね、アイリス」
「…………は、はい」
「ーーよっ!」
わたしが、しっかり掴まっているのを確認してから立ち上がる、シンさん。
そしてシンさんは、わたしが着るには大きすぎるコートを引っ張って、自分の前面へと持っていく。
あとは、いつも通りだ。リュックサックを使って、わたしとシンさんの体を固定する。
「…………よし。こんなもんかな。どう、アイリス? もう寒くない?」
「…………は、はい…………」
後ろを振り替えって、わたしに確認してくる、シンさん。
わたしは、なんとか頷く。だけど、内心ではーー
(…………うわっ…………うわわっ!? どうしよう!? これ、想像以上にドキドキするよぉ!?)
そんな風に、大混乱に陥っていた。
わたしの前面には、細いけれど確かな筋肉が感じられる、シンさんの背中が。後方には、先程までシンさんが羽織っていたからか、未だに温もりが残るコートが。
なんだろ? これでは、まるでーー
(…………シンさんに、全身を抱き締められているみたーーっ!)
思わず、そんな想像をしてしまい、顔だけでなく全身が熱くなってきた。
(ああっ、もうっ! 体が熱い! このコート、着てる人の体温を適切な温度に保ってくれるんじゃなかったの!? しっかり仕事してよ!)
パニックに陥りすぎて、わたしは思わず、コートに八つ当たりをしてしまう。
「それじゃあ、改めて行こっか、アイリス」
そんなわたしの内心には気付かず、シンさんはいつもの調子でそう言うと、坑道の奥へと向かって再び歩き出す。
「いやー。それにしても、ナイスアイデアだよ、アイリス。たしかに、これなら2人共暖かいね」
坑道を歩きながら、そう声をかけてくる、シンさん。
ーーって、
(シンさんは、どうしてそんなに冷静なんですか!?)
なんだろう? なんだか、悔しくなってきた。
(家を出る前に、シンさんから可愛いって言われた時もそうだったけど、わたしはこんなにも照れてるのに、シンさんはいつも通りで、なんだか納得出来ない!)
何とかシンさんを照れせる事は出来ないだろうか? そう考えたわたしは、自分が恥ずかしいのを我慢して、思い切ってシンさんに抱き付く力を強くしてみた。
ーーギュ~ッ!
なのにーー
「ん? どうかした、アイリス?」
「…………いーえ。何でもありません…………むー」
「?」
結局、シンさんはいつも通りで。
わたしは思わず、拗ねた声を上げてしまうのだったーー