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アイリス。坑道の肌寒さの対策は?

アイリス視点

「ーーそれにしても、坑道の中って、意外と広いんですね」


坑道に入ってすぐ、わたしはシンさんにそう話しかけた。

坑道の高さと横幅は、3メートルずつ位ある。わたしが想像していたよりも、はるかに広いものだった。


「この鉱山で採掘が始まったのは、たしか50年位前だったかな。それ程の長い時間掘ってきたから、こんなに広い路になってるんだろうね」


「なるほど。…………ちなみに、どうやって掘ってるんですか?」


「地属性魔法で大きく掘って、細かい所は鉱夫さん達の手掘りなんじゃないかな」


と、そんな風に、物知りなシンさんに、気になった事をいろいろ質問しているうちに、結構な距離を進んだようだ。

いつの間にか、入り口から差し込んでいた太陽の光が届かなくなっていた。


(まあ、照明の魔道具が数メートルおきに設置されてるから、真っ暗な訳じゃないんだけど…………)


だだーー


「シンさん。なんだか、ヒヤッとしません…………?」


そう。太陽の光が届かなくなってから、何故だか急に、気温が数度下がったような気がする。

わたしは今、長袖のジャージを着てるはずなのに、それでも肌寒く感じるぐらいだ。


「? ーーあっ!」


わたしの言葉を受けて、一瞬キョトンと首を傾げていたシンさんだったが、すぐに何かに気付いたようで、大声を上げる。

そしてーー


「アイリス、ごめん!」


と、何故か突然、シンさんは謝罪の言葉を口にした。

今度は、わたしがキョトンと首を傾げる番だ。


「? どうして、シンさんが謝るんです?」


「いやね、こういう洞窟の中には、太陽の光が入ってこないからさ。たとえ夏場でも肌寒いぐらいなんだよ」


「なるほど。そうなんですね」


あれ? でもーー


「シンさんは寒くないんですか?」


それは、わたしが肌寒さを感じ始めた時から思っていた事だった。

たしかに、シンさんはコートを着ているけれど、それでもそれは春秋用の薄手の物だ。

長袖のジャージを着ているわたしと、格好はそう変わらないはずだけどーー


「ああ。実はこのコート、『火』と『水』の魔法が付与されていて、着用者の体温を適切な温度に保ってくれる効果があるんだ」


シンさんは、そう説明するとーー


「だから、ごめん、アイリス。キミが寒がっているのに、気付いてあげられなかった…………」


と、改めてシンさんは謝罪の言葉を口にした。


「いえいえ! 別にシンさんが悪い訳じゃないですよ! 気にしないでください!」


「…………でも…………」


シンさんの声には、本当に申し訳ないという、真摯な想いが込められていた。

だから、わたしは慌てて、そう言ったのだけど、シンさんはまだ自分を責めている様子を見せている。


「それに大丈夫ですよ! たしかに、ちょっと肌寒いですけど、我慢出来ない程じゃないですし」


だから、わたしは続けてそう言ったのだけどーー


「いや! それはダメだ!」


次の瞬間、シンさんは強い口調で大声を上げる。

そして、顎に手を当てて、何事か考え始めた。


「…………うん。このコートはアイリスが着てくれ。…………という訳で、アイリス。コートを脱ぐから1回降りてくれる」


シンさんはそう提案すると、その場で屈んで、わたしとシンさんの体を固定するリュックのヒモを外そうとし始めた。

ーーって!


「ちょっと待ってくださいよ! それじゃあ、今度はシンさんが寒くなっちゃうじゃないですか!」


「そうだけど…………まあ、気にしないで。さっきアイリスが言ったように、我慢出来ない程じゃないからさ」


「いーえ! それなら、わたしが我慢しますから、シンさんが着ていてください!」


「いやいや! なんでアイリスが我慢するんだよ! こういう時は、大人が我慢するもんでしょ!」


と、なんだか、どちらも意固地になって、言い争うみたいな感じになり始めた。


(…………もちろん、分かってるだよ。シンさんは、わたしを心配して、そう言ってくれてるって)


それは…………うん。嬉しいよ。


(今のシンさんは、まるで娘を心配するお父さんみたい)


そんな想像が頭に浮かんできて、わたしは顔がニヤけちゃいそうな位、嬉しいよ。

でもねーー


(ーーだけど、わたしだって、シンさんの事を大切に想っているんだよ)


お父さんが娘を心配するのと同じ位、娘はお父さんの事を心配しているしーー

シンさんがわたしを想ってくれているのと同じ位ーーううん。それ以上に、わたしはシンさんの事を想っている。

だから、わたしも決して譲らない。シンさんに負けじと、言葉を続けていく。

とーー


(…………あ…………)


ふと、わたしの頭に、あるシーンが浮かんできた。それは、以前読んだ、お母さんの恋愛小説のシーンなのだけどーー


(ーーえっ!? これをするの!? 本当に!?)


たしかに、今のこの状況を打開するには、1番良い手段だとは思うけどーー

わたしは、今思い浮かんだシーンを、シンさんと一緒にしている姿を想像する。


「ーーっ!」


瞬間、わたしの顔が一気に熱くなった。


「? アイリス?」


わたしの様子がおかしい事に気付いたのだろう? シンさんが、不思議そうに尋ねるくる。


(…………うん。仕方ないよね…………)


自分に言い聞かせるように、そんな事を考える。


(…………そう。仕方のない事。…………決してわたしが、シンさんとそういう事をしたい思ってる訳じゃ、ない…………)


…………って、わたしは一体、誰に言い訳してるんだろう? 


(…………うん。いい加減、覚悟を決めよう…………)


そう決心したわたしは、恥ずかしいのを我慢して、思い切ってシンさんにこんな提案をするのだったーー


「…………な、なら…………シ、シンさん! そのコート、わたしと一緒に羽織りませんか!?」


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