アイリス。シロツメクサの花畑でお昼ご飯(後編)
アイリス視点
「それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
シンさんと2人、手を合わせた後、わたし達はさっそくクーラーボックスの中へと手を伸ばす。
シンさんが言うには、このクーラーボックスには水の魔法が込められており、中に入れた食べ物の鮮度を保つ効果があるらしい。
その中から、わたしはハムとキュウリとレタスを挟んだサンドイッチを、シンさんは照り焼きにされたチキンを挟んだサンドイッチを手に取る。
「…………買う時にも思ったんですけど、具が凄く大きいですよね」
手に取って改めてそう感じたわたしは、その感想を口にする。
お母さんも、よくサンドイッチを作ってくれたけど、このサンドイッチはお母さんのサンドイッチと比べて、厚みが3倍はありそうだった。
「これは、ギルドの酒場で売っていた物だからね。冒険者用に食べごたえのあるサイズになってるんだよ」
「なるほど。…………うーん…………」
わたしは、サンドイッチをいろいろな角度から眺めて、どうやって食べようかと考える。
とーー
「ははっ。アイリスには、ちょっと食べにくかったかな? はい、これ」
シンさんはそう言うと、『収納』からスプーンとフォークを取り出して、わたしの方に差し出してきた。
おそらく、パンを1枚剥がしてから、スプーンやフォークを使って、具を少しずつ食べて、って事だと思うんだけどーー
(…………むー…………)
なんだろう? ちょっとだけ、ムッときた。
もちろん、シンさんは親切心でそう提案してくれたんだって分かってる。
だけどわたしは、なんだか子供扱いされたような気になっていた。
(…………わたし、もう12歳なのに…………。それゃあ、シンさんから見たら、まだまだ子供なのかもしれないけどさ…………)
と、内心で、ちょっとだけ拗ねていたわたしはーー
「ううん。大丈夫です。…………あーん…………」
シンさんにそう返事をすると、おもいっきり大きな口を開けて、サンドイッチを頬張った。
ーーモグモグ
「…………ん~! 美味しい!」
クーラーボックスの効果なのかな? 買ってから数時間たってるというのに、キュウリやレタスは新鮮でシャキシャキ。肉厚なハムからは、噛む度にジューシーな肉汁が溢れてくる。
(…………美味しい、けど…………でもせっかくなら、シンさんが作ってくれた料理が食べたかったな…………)
昨日の夕食に食べたシチューを思い出して、そんな事を考えているとーー
「ーーふふっ」
ふと、シンさんが優しいげな表情でわたしを見つめながら、笑みを浮かべている事に気が付いた。
(? シンさん、何で笑ってるんだろう?)
そんな疑問を感じたけれど、すぐにその理由が分かった。
「~~っ!」
とたんに、わたしの中に恥ずかしさが込み上がってくる。
(どうしよう!? シンさんに、あんな大口開けてる所をみられちゃった! はしたない女の子だって思われてないかな!?)
だけど、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
「はははっ。まったく。かわいいな、アイリスは」
シンさんはそんな風に、微笑ましい物を見るような瞳でわたしを見つめるとーー
ーーポンポン
と、わたしの頭をポンポンしてくれた。
(…………うぅ…………。これはこれで、恥ずかしいよぉ…………)
なんだか、いたたまれなくなったわたしはーー
ーーバクバク
照れ隠しに、サンドイッチを早口で食べ進めていくのだった。
「ーーふぅー。ごちそうさまでした」
ーーそんなこんなで、1つ目にハムと野菜のサンドイッチを。2つ目に玉子がサンドイッチを食べた所で、わたしはお腹いっぱいになってしまった。
シンさんはまだ食べているけれど、わたしは一足先に、ごちそうさまをする。
「…………それにしても、シンさん。よくそんなに食べれますね」
シンさんは、1つ目に照り焼きチキンのサンドイッチと、2つ目の玉子のサンドイッチを食べ終え、今は3つ目のトマトとレタスとキュウリのサンドイッチを食べている所だ。
クーラーボックスの中には、あと2つのサンドイッチが入っているけれど、このペースなら、シンさんは残りもあっという間に食べてしまうだろう。
「そうかい? まあ、冒険者は体が資本だからね。いっぱい食べないといけないんだよ」
シンさんはそう言うけれど、今朝見た他の冒険者さん達と比べると、シンさんは身長こそあるものの、体格は決して大柄だとは言えない。
(一体、その細い体のどこに入ってるんだろう?)
って、そんな事を考えている間に、野菜オンリーのサンドイッチを食べ終わって、4つ目のツナのサンドイッチに手を伸ばしてるし…………。
(……………………うーん。それにしても、ヒマだなぁ…………。シンさんはまだ食べてるから、お話する事も出来ないし…………)
手持ちぶさたになったわたしは辺りを見回すも、目に付く物は何も見当たらない。
ただ、白く可憐なクローバーの花が、咲き乱れているだけーー
(…………あっ! そうだっ!)
ふと、ある事を思い出したわたしは、地面に敷いていたシートの外に出る。
そして、花が咲いていたクローバーを茎の根元から採っていく。
(…………これ位でいいかな?)
あまり採りすぎてしまうのも、可哀想だ。
わたしは、15本程のクローバーの花を持って、シンさんの隣へと戻る。
「? シロツメクサの花を採ってきたの、アイリス?」
わたしの手元にあるクローバーの花を見て、不思議そうに尋ねてくる、シンさん。
(…………って、シンさん。もう最後の1個を食べてる…………)
どうやら、わたしがクローバーの花を採っている間に、ツナのサンドイッチは食べ終わったようだ。
今は、最後のサンドイッチを食べている途中だった。
「…………あっ、シンさん。そのサンドイッチ、美味しそうですね」
どんなサンドイッチを食べているんだろう? そう思ってシンさんの手元を確認する。間に挟まれていたのは、生クリームと数種のフルーツだった。
(まるで、ケーキみたい。あんなサンドイッチもあったんだ。気付かなかったな…………)
そんな風に、わたしが興味深く眺めていたからかな?
「良かったら少し食べる、アイリス?」
シンさんは、食べかけのサンドイッチをわたしの方へ差し出して、そんな提案をしてくれた。
「…………いいんですか?」
「ああ。もちろん」
「…………それじゃあ、1口だけ」
なんでだろう? さっきまでお腹いっぱいだったはずなのに、差し出されたサンドイッチを見ていると、またお腹が空いてきた。
(…………これが、『甘いものは別腹』って事なのかな?)
そんな事を考えつつ、わたしは差し出されたサンドイッチを1口齧る。
ーーモグモグ
「…………ん~! これも美味しい!」
生クリームがいっぱい入っていたけど、その甘味はほとんど感じない。
その分、フルーツの甘味や酸味が強く感じられて、なんだか『大人の味』って感じがする。
「そ。良かった」
そんなわたしを、相変わらずの慈愛に満ちた笑顔で見つめる、シンさん。
そして、わたしが齧ったサンドイッチを、シンさんが食べようとしているのを見て、ふと気付く。
(…………あれ? もしかして、今のって、間接キスっやつじゃ…………)
そう認識してしまった瞬間、わたしの顔がボッと熱くなる。
もちろん、わたしに間接キスの経験なんて無い。ただ、お母さんが恋愛物語が好きで、その題材の本をいっぱい持っていたから、わたしも間接キスの存在は知っていたんだけど…………まさか、それがこんなにも恥ずかしい物だったなんて!
(ーーって、ちょっと待ってよ!? 今、シンさんがサンドイッチを食べちゃったら、今度はシンさんがわたしに間接キスした事になるんじゃ…………)
それに気付いてからの、わたしの行動は速かった。
ーーバッ!
「ーーえ?」
わたしは、シンさんの手元からサンドイッチを引ったくるとーー
ーーガツガツ
シンさんが間接キスをするのを防ぐために、わたしは一心不乱にサンドイッチを食べ進めて行く。
「…………ええー…………」
わたしの突然の行動に驚いてるのか、シンさんは呆然とした様子で固まってしまっている。
そんなシンさんに構わず、わたしは半分以上残っていたフルーツのサンドイッチを食べきったのだったーー