シン。シロツメクサの花畑でお昼ご飯(前編)
シン視点
それは、グリフォンの討伐を終え、エルフの里の里長へと報告をしている時の事だった。
…………くー…………。
突然、可愛らしい音がしたため、俺と里長が反射的に音の発生源の方を向くと、そこにはお腹を押さえて、恥ずかしそうに頬を染めたアイリスが居た。
(…………ああ。今の、アイリスのお腹が鳴った音だったのか)
『収納』から懐中時計を取り出し時間を確認すると、時刻はすでに12時をすぎていた。
たしかに、そろそろお腹が空いてくる頃だろう。
「…………あっ…………。~~ッ!」
顔を上げたアイリスと目が合った。
どうやら、俺達にまで自分のお腹の音が聞こえていたと気付いたようだ。
アイリスは、可哀想な程に顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「…………アイリス。もう12時すぎてるし、これが終わったらお昼ご飯にしようか」
だから俺は、そんなアイリスを刺激しないよう、気付かなかったフリをして、お昼の話題を切り出す。
「…………は、はい…………」
それでも、まだ恥ずかしさは無くならないのだろう。
アイリスは未だに真っ赤な顔で俯いたまま、ポツリと小さな声で返事を返す。
(…………ははっ。今のアイリス、まるで小動物みたいな可愛らしさがあるな)
顔を真っ赤にして、体を縮こまらせているアイリスにそんな感想を抱いた俺はーー
ーーナデナデ
気が付けば、アイリスの頭を撫でてしまっていた。
「ーーっ! も、もうっ! シンさん!」
どうやら、今のでアイリスの恥ずかしさが臨界点を越えてしまったらしい。
アイリスは真っ赤な顔のまま猛然と俺に詰め寄ると、ポカポカと俺のお腹の辺りを何度も叩き始めた。
「もうっ! もうっ!」
「あははっ。ごめん、ごめん。つい…………」
と、俺とアイリスがそんなやり取りをしているとーー
「…………ふふっ…………」
俺達のすぐ側に居た、里長のエリーさんがクスクスと笑い始めた。
エリーさんはまるで、微笑ましい物を見るような瞳で、俺達の事を見つめていた。
「…………あっ! ご、ごめんなさい! わ、わたしったら、つい…………うっ、うぅ~!」
アイリスはどうやら、今の笑い声でエリーさんの存在を思い出したらしい。
俺とエリーさんの仕事の話を遮り、あまつさえ、俺とじゃれあっている姿を見られてしまったのが、よほど恥ずかしかったのだろう。
アイリスは、なんとか謝罪の言葉を口にしたものの、その後はまるで逃げるように、俺の後ろに隠れてしまった。
「すいません、エリーさん。話の途中だったのに…………」
アイリスと同じように、俺もエリーさんに謝る。
…………実際、俺もアイリスとじゃれあうのに夢中になって、途中からは完全にエリーさんの存在を忘れてしまっていた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それにしても、お2人はとても仲が良いですね。ご兄妹ですか?」
エリーさんは、そう尋ねて来る。
俺は22歳。アイリスは12歳。たしかに、ちょっと歳の離れた兄妹に見えるのかもしれない。
「…………あー、いえ…………まあ、親子みたいな物です…………」
「…………そうですか…………。ところで、お話の続きですけどーー」
俺の言動から、なにか訳ありだと察したのだろう。
エリーさんはそれ以上追及する事なく、話を依頼の報告へと戻してくれた。
それから、俺とエリーさんは2・3言、会話して、グリフォン討伐の報告は終了となった。
「ーーさて。それじゃあ、アイリス。どこか腰を落ち着ける場所を探して、お昼ご飯にしようか」
「はい!」
俺とエリーさんが会話している間に、アイリスの恥ずかしさも落ち着いたようだ。
アイリスは元気良く返事をすると、まるで急かすように俺の手を取って、歩き出そうとする。
「ああ。それでしたらーー」
と、そこで、エリーさんが話しかけて来た。
「ここから、10分ほど歩いた所に広場がありますので、そこはどうでしょうか? ちょうど今の季節は、シロツメクサの花が1面に咲いてて綺麗ですよ」
1本の道を指差して、そう教えてくれる、エリーさん。
「いいですね。行ってみます」
「はい。馬もまだ預かっておきますので、帰る時にまた訪ねて来てください」
「いいんですか? ありがとうございます」
親切にも、そう提案してくれる、エリーさん。
その言葉に甘える事にした俺は、お礼を言って、エリーさんが指差していた道を、アイリスと共に進んで行く。
「ーーところで、シンさん? シロツメクサって何ですか?」
と、その途中で、アイリスから質問が飛んで来た。
「ん? ああ、クローバーの事だよ」
「四つ葉のクローバーとかの、クローバーですか?」
「うん。そうそう」
正確には、シロツメクサは豆科シャジクソウ属の一種で、クローバーは豆科シャジクソウ属の植物全ての総称なのだが…………まあ、まだ幼いアイリスに、そんな細かい所まで説明する必要はないだろう。
「そうなんですね。…………それにしても、シンさんは本当に物知りですね。知らない事なんて無いんじゃないですか?」
「はははっ! まさか! ただ、何年か前に読んだ辞典の内容を覚えていただけだよ」
「…………それはそれで凄いような…………」
アイリスとそんな会話をしながら、歩くこと10分。俺達は、開けた場所に辿り着いた。
「うわーっ! 見てください、シンさん! 可愛らしい、小さなお花がいっぱい咲いてますよ!」
「おっ、本当だねー」
広場に着いた瞬間、歓声を上げる、アイリス。
広さは、俺の家の庭の倍ぐらいだろうか? 王都の公園にあるような遊具の類いは1つも置かれていないものの、アイリスの言う通り、シロツメクサの白くて小さな丸い花が、広場1面に咲き誇っていた。
(…………なんだろう? いつもなら、花なんて見た所で、なんとも思わないんだけどな)
だというのに、今の俺は、この景色にちょっとした感動を覚えているようだ。
(…………まったく。いつから俺は、こんなロマンチストになっんだか…………)
いいや。理由は分かっている。
「? シンさん? どうしました?」
俺がボーッとしてるのに気付いて、不思議そうに首を傾げている、アイリス。
(ーー多分、アイリスのおかげなんだろうな)
アイリスが側に居てくれるから、1つ1つの景色が、カラフルに色付いて見えるのだろう。
「…………なんでもないよ! さっ、アイリス! お昼ご飯にしよう!」
とはいえ、そんなセンチメンタルな事を考えていたなんて、アイリスに知られるのは恥ずかしい。
俺は、アイリスに内心を悟られないよう大きな声を上げると、『収納』の中から、地面に敷くためのシートを取り出した。
で、シートを地面に敷いて、アイリスと一緒にシートの四隅に石を置いて固定したまでは良かったのだがーー
「ーーえへへ~」
「……………………」
相変わらずと言うべきか、アイリスは俺にピッタリと寄り添って、シートの上に座っている。
その表情には、幸せそうな満面の笑みが浮かんでいた。
(…………このシート、10人ぐらい座れそうな、そこそこ大きな物なんだけどな…………)
まあ、別にいいけど。いまさらだし、それにアイリスにこうして甘えられるのも、なんだかんだ言って俺も嬉しいしね。
「『収納』・アウト」
次に俺が『収納』から取り出したのは、クーラーボックスだ。
水の魔法が込められたこの箱の中には、俺とアイリスが買ったサンドイッチが入っている。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
こうして、俺とアイリスのランチタイムが始まったーー