シン。指切りの約束
シン視点
「『癒し』!」
背中におぶさっているアイリスが、俺の左手を取って魔法名を唱える。瞬間、俺の左手が温かな光に包まれた。
チラッと後ろのアイリスの様子を伺うと、アイリスは目を瞑って、集中しているようだった。
(…………しかし、アイリスには悪い事をしちゃったな…………)
視線を前に戻し、グリフォンと対峙するのに適した場所を探しながら、『エルフの森』の中を走り続ける。
今はグリフォンとの闘いに集中しなければいけない。そう分かってはいるものの、そんな反省の言葉がどうしても浮かんできてしまう。
『…………お願いします…………早く治してください…………シンさんに何かあったらと思うと、わたし…………』
『…………うぅ…………シンさんがバカな事するからじゃないですかぁ…………どうして、自分の手を刺したんですかぁ…………!』
頭の中で、アイリスの涙混じりの声がリフレインする。
(やっぱり、自分の掌を刺したのはマズかったなぁ…………)
アイリスの言う通り、森の動物を狩って、その血を使ってグリフォンを誘き寄せるという方法も、たしかにあった。
だが俺は、いつもの癖でつい、自分の掌を刺してその血を使うという、最も効率が良い手段を選んでしまった。
アイリスが目の前に居たというのに…………。
(…………また、アイリスを泣かせちゃったな…………)
アイリスの涙を見るのは、今日だけで2度目だ。
1度目は、俺がアイリスを置いて仕事に行くと言った時。その時に、ちゃんと反省したはずなのに。それなのにまた、俺の考えの無い行動がアイリスを泣かせてしまった。
(……………………なあ、アイリス。こんな俺がキミの保護者で、本当に良いのかい?)
心の中で、アイリスに問いかける。
(…………本当にキミの事を想うのなら、孤児院にキミを預けて、ちゃんとした大人の人に、保護者になってもらうべきなんだろうか…………?)
自己嫌悪に陥りすぎて、そんな弱気な発想が飛び出して来た、その時だったーー
「…………痛いの痛いの飛んでけー…………」
俺の耳元で、アイリスがそんな言葉を呟いたのは。
(ーーっ!)
再度、アイリスの様子を伺う。アイリスは先程と同じように、目を瞑ったままだ。
きっと、無意識に口をついたのだろう。だけど、アイリスが口にした小さなおまじないの言葉には、たしかに俺の事を心配する響きが含まれていた。
(…………アイリス。キミはこんな俺を心配してくれるのかい?)
思えば、アイリスはグリフォンに追われているこんな状況なのに、徹頭徹尾、俺の心配ばかりしていた。
1度目とは違い、今回の涙は俺を想ってのものだった。
(…………はぁ…………。なんだか、1人でウジウジ悩んでるのがバカらしくなってきたな)
1人で悩んでると、思考は悪い方へと行ってしまうものだ。
(こういう時は、本人に聞くのが1番手っ取り早い。後で聞いてみるかーーおっと!)
そうこうしているうちに、周りの景色には、いつの間にか木々が増えてきた。
(…………この辺りでいいか…………)
そう思って立ち止まろうとした瞬間ーー
「ーー良かった…………。シンさん、治りましたよ」
アイリスは心底ホッとした様子で、安堵の息を溢した。
「ありがとう、アイリス。…………それと、心配させてごめんね」
「…………もう、良いです。その代わり! もう2度と、こんな事しないで下さいね!」
「ああ。分かってる」
俺がそう返事をすると、アイリスは握っていた俺の左手を1度離す。
そして、器用に俺とアイリスの小指同士を絡ませた。
「じゃあ、約束です」
「ああ。約束だ」
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます」
「…………指切った!」
「うふふっ!」
「ははっ!」
そうして、2人して笑い合って、絡ませていた小指を離す。
(…………ああ、なんだ。こんなの、聞くまでもないじゃないか)
わざわざアイリスに聞く必要なんか無い。そんな事しなくても、俺とアイリスは家族なんだって。家族でいて良いんだって。このやり取りだけで、そう確信出来る。
「ーーよし! それじゃあ、アイリス。そろそろ作戦を始めるよ!」
俺はそう宣言して立ち止まると、後ろ振り向き、グリフォンと向かい合う。
「ここからは、一瞬だ。見逃すなよ、アイリス!」
「はい!」
こうして、俺とグリフォンとの追いかけっこは終わり、直接戦闘が始まったーー




