アイリス。繋いだ掌から伝わる安心感
アイリス視点
シンさんからグリフォン討伐の作戦を聞かせてもらった、あの後ーー
わたしは、シンさんの案内のもと、『探知』の反応があったという場所へと向かった。
しばらく行くと、シンさんが言っていた通り、開けた場所に出た。近くには高さ10メートル程の崖があり、そこから落ちてきたのか、辺りには大きな岩がゴロゴロと転がっている。
とーー
「ーーアイリス。ここからは慎重に行くよ」
「は、はい…………」
その場所についた瞬間、シンさんの雰囲気がガラリと変わる。
優しげだった瞳を細め、警戒するように周囲を見回す、シンさん。
(冒険者の格好に着替えたばかりの時も、こんな表情してたっけ…………。きっとこれが、シンさんの冒険者としての顔なんだろうな)
あの時は、シンさんの冒険者としての格好や、凛々しい表情に見とれていたわたしだけど、近くに魔物が居るかもしれないという今の状況では、そんな心の余裕は無い。
「…………よし。行くよ、アイリス」
「はい」
周囲の安全を確認したのだろう。シンさんはそう言うと、わたしの手を取って、ゆっくりと移動を始める。
が、シンさんは100メートル程歩いた所で、すぐに足を止めると、近くにあった大きな岩の影に隠れるように身を屈め、再び周囲を警戒していく。
少し進んでは止まり、少し進んでは止まり。シンさんは、それを何度も繰り返す。
「……………………」
チラッと、シンさんを見上げる。その横顔からは、緊張感が滲み出ていた。
(……………………。…………だけど、なんでだろ?)
シンさんには悪いと思うけれど、わたしは今のこの状況を『怖い』とは、全く感じていなかった。
(…………ううん。理由は分かってる)
わたしは、見上げていた視線を、下へと向ける。
そこには、先程からずっと繋がれたままの、わたしとシンさんの手があった。
(わたしとは違う…………大きくて、ゴツゴツしてて…………でも、温かい手…………。ここから、シンさんの温もりが伝わって、わたしの心にまで届いてるみたい…………)
シンさんと手を繋いでいる。ただそれだけで、心がポカポカして安心感が湧いてくる。
だからーー
「ーーっ! 居たぞ、アイリス。あれがグリフォンだ」
小さな声で呟いて、大きな岩の影の向こうを指差す、シンさん。
わたしは、潜んでいた岩影から顔を出して、シンさんが指差す方を見る。
「…………あれがグリフォンですか。…………想像してたより、大きく感じますね」
わたしとシンさんが身を隠している場所から1キロ位先に、先程シンさんから聞いた特徴に合致する生き物が居る。
あれがグリフォンなのだろう。シンさんから事前に、全長2メートル、体重100キロと聞いてはいたけれど、実際に見たその姿は、わたしが想像していたより大きい物だった。
だけどーー
(……………………うん! やっぱり怖くない!)
初めて見る、あんなにも大きな魔物。だけど、全然怖いと感じない。
だってーー
「…………さて。それじゃあ、アイリス。さっき説明した通りの作戦で行くけどーー」
と、そこまで言った所で言葉を止めて、わたしを心配そうな表情で見つめる、シンさん。
「ーー本当に大丈夫かい、アイリス?」
初めて魔物を見て、わたしが怖がっていると思ってるのかな?
シンさんは、心配した様子でわたしに尋ねてきた。
「はいっ! 大丈夫です!」
わたしは、そんな心配性なシンさんを安心させるため、少しの間も空けずに頷く。
だってーー
「ーーだって、シンさんが一緒ですから!」
そう言ってわたしは、シンさんと繋いでいる掌に、少しだけ力を込める。そうすると、シンさんの掌の感触や温もりが、もっともっと伝わってくる。
(…………不思議だなぁ…………)
シンさんと手を繋いでいる。
それだけなのに、どうしてこんなに安心するのだろう? どうして、こんなに嬉しい気持ちになるんだろう? どうして、こんなに心が温かくなるのだろう?
「…………シンさん…………」
「ん? なに、アイリス?」
「…………変ですよね? シンさんが手を繋いでくれるだけでわたし、さっきからずーと、心が心がポカポカと温かいんです…………不安や怖さなんて、全然感じ無いです…………」
「…………え?」
「…………え?」
シンさんの呆気に取られた声を聞いて、わたしはふと、我に返る。
(…………あれ? わたし今、なんて言った?)
シンさんの手をギュッと握りしめた所までは覚えてるけど、そこからは何故かボーッとしてて、よく覚えていない。
(シンさんはシンさんで、照れてるのか、頬を染めて顔を背けているしーー)
と、そこまで考えた所でーー
『…………変ですよね? シンさんが手を繋いでくれるだけでわたし、さっきからずーと、心がポカポカと温かいんです…………不安や怖さなんて、全然感じ無いです…………』
唐突に、先程のセリフが甦ってきた。
「ーーっ!」
思い出した瞬間、わたしの頬が一気に熱くなる。
(わ、わたし、なんて恥ずかしいセリフを!)
だ、だって仕方ないじゃない!? シンさんの手を強く握りしめたら、それだけで幸せな気持ちが溢れてきてーー
(ーーも、もうっ! つまり、シンさんが悪いの!)
自分でも理不尽だなという思いはあったが、わたしはシンさんに責任転換することで、少しだけ平静を取り戻す。
だけど、まだまだ恥ずかしさが治まらないわたしはーー
「ーーそ、それに! 何かあっても、シンさんが守ってくれるんでしょっ!?」
勢い余って、そんな可愛くないセリフを言ってしまった。
「…………ぁ…………」
言ってから、後悔する。
(…………わたし、なんて図々しい事を…………)
だけど、シンさんは全然気にして無かったみたいだーー
「ふふっ。つまりアイリスは、俺の事を信頼してくれてると、そう捉えていいのかな?」
「ーーと、当然じゃないですか!」
からかうような調子で言ってくるシンさん。
わたしは、ちょっとだけムキになって、そう応じる。
(もうっ! わたしがシンさんの事、疑う訳無いじゃない!)
と、わたしが内心でちょっとだけ怒ってるとーー
「それじゃあ、そんなアイリスの期待に応えるためにも頑張らないとね」
ーーギュッ
そんな言葉と共に、先程のわたしと同じように、シンさんが繋がれた手をギュッと握り返してきた。
「…………よし! それじゃあ改めて、作戦通りに行くよ、アイリス! 大丈夫! キミの事は、責任持って俺が守るから!」
「…………ぁ…………。は、はい! よろしくお願いします!」
シンさんが手を握り返してくれた事と、『キミの事は、責任持って守るから!』という、何だかお姫様扱いされたようなセリフ。
それが嬉しくて嬉しくて、先程まで感じていた怒りをすっかり忘れたわたしは、シンさんに笑顔で返事をする。
そうして、グリフォン退治が始まるのだったーー




