シン。アイリスに地形戦の重要性を伝える
シン視点
借し馬屋から借りた馬を、アイリスとの2人乗りで走らせること、1時間。
俺達はまず、グリフォン退治の依頼を片付けるため、エルフの里近くにある森ーー通称『エルフの森』へとやって来ていた。
「うわぁ! 凄いですねぇ、シンさん!」
戦闘に巻き込む訳にはいかないという事で、依頼を出したエルフの里の里長の家に馬を預け、俺とアイリスは徒歩で『エルフの森』へと足を踏み入れる。
するとすぐ、アイリスが辺りを見回して歓声を上げた。
「この森は、エルフ達の聖地だからね。千年以上もの間、エルフ達が大切に守ってきてるんだよ」
アイリスにそう解説しながら、俺は近くにあった、幹の直径が1メートルはありそうな大木に手を置く。
「そんな訳で、この木みたいな樹齢数百年~千年以上の大木が沢山あるんだ。ちなみに、森の最奥には樹齢2千年を越える御神木があるよ」
「へー、そうなんですね! …………それにしても、凄いですね、シンさん」
「だね。『セレスティア』は、緑と水の国なんて言われる程、自然豊かな国だけど、この『エルフの森』の豊かさは、『セレスティア』随一だろうね」
先程のアイリスと同じように、辺りを見回しながらそう応じる。
が、アイリスは俺の言葉を否定するように、首を振る。
「いえいえ、そうじゃないです。わたしが凄いって言ったのは、シンさんの事ですよ」
「俺?」
「はい! この『エルフの森』について詳しい事もそうですけど、思えば、この森に来るまでも、いくつも分かれ道があったのに、地図を見ずにルートを決めてましたよね。どうして、そんなに詳しいんですか?」
「ああ、そういう事。まあ、この国の地理地形や情報ぐらいなら、俺は全部記憶してるからさ」
昨日、フィリアさんからも同じような事を尋ねられた事を思い出しながら、俺はアイリスにそう返答した。
「…………えっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? たしか『セレスティア』って西大陸最大の国でしたよね!? それを全部ですか!?」
「ん? ああ、まあね」
「……………………」
俺のセリフが予想外過ぎたのだろう。呆気に取られた表情のまま固まってしまった、アイリス。
が、すぐにその驚きの表情を一転させ、キラキラと尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。
「凄い! 凄いです、シンさん!」
「…………そ、そう?」
「はいっ! きっと、こういうところが『探求者』の2つ名の由来なんでしょうね。シンさん、かっこいいです!」
「…………そ、そう…………ありがとうね、アイリス…………」
可愛らしい笑顔を浮かべ、俺に沢山の称賛の言葉をくれる、アイリス。
何だか気恥ずかしくなった俺は、照れてるのを誤魔化すために、そっぽを向いて、アイリスの頭を撫でる。
「えへへ~。…………ふふっ。シンさん、もしかして照れてるんですかー?」
が、すぐにアイリスに見抜かれてしまった。
アイリスは、ニヤニヤとからかうような笑みを向けてくる。
「ああ、そうだよ! 照れてるの! 悪い!?」
照れ臭さが限界を越えた俺は、ヤケクソ気味にそう叫んで、開き直る。
(仕方ないだろ。こんな風に、ただただ純粋に褒めてもらったの、もの凄く久々なんだから)
俺の2つ名である、『探求者』。意味は、『強さを追い求め続ける者』だが、実はこれは、世間一般に流した表向きの由来だ。
フィリアさんを初めとした、俺と親しい一部の人は、そこに2文字を付け加えて、悪い意味として俺の事を『探求者』と呼ぶ。
その意味はーー
(出来れば、アイリスには知られたくないな)
父親代わりとして、せめて俺達の関係が終わってしまう、その時まではーー
「ふふっ。シンさん、やっぱり可愛いです!」
「ーーああっ、もう! はい! この話はもうお終い! そろそろ、仕事に集中するよ!」
「はーい」
もはや何度目になるか分からない、アイリスからの「かわいい」という、不本意な称賛。
それを受け、思考の渦から戻ってきた俺は、大声でそう叫んで話しを変える。
幸い、アイリスもこれ以上追及すること無く、頷いてくれた。
「ふぅー。…………よし!」
息を1つ吐く事で、気持ちを冒険者としての物に切り替える。
アイリスとの、親子の時間は終わり。ここからは、師弟としての時間だ。
「それじゃあ、アイリス。これからの予定を伝えるよ」
「はい」
俺の雰囲気から察したのだろう。アイリスもまた、真面目な表情で頷く。
「まずは、ターゲットであるグリフォンの説明をしようか。グリフォンは、鷲のような嘴の頭と、鈎爪の付いた前足。胴体や後ろ足は、ライオンや虎に近いかな。全長は約2メートル。体重は約150キロ。背中には大きな翼が生えていて、空を飛ぶ事が出来る他、強力な風のブレスも放てる」
「な、なんだか凄そうですね…………。だ、大丈夫なんですか?」
「ははっ。心配する必要ないさ。グリフォンはAランクの冒険者だって倒せる相手だ。Sランクの俺なら、余裕さ」
「…………ぁ…………。そうですよね! シンさんですもんね!」
俺のグリフォンに関する説明を聞いて、不安そうな様子を見せる、アイリス。
そんなアイリスを安心させてあげようと、俺が殊更明るくそう言うと、アイリスはホッと一息吐いて、いつもの可愛らしい笑顔に戻ってくれた。
(…………まあ、本音を言えば、余裕なんか全然無いんだけどね…………)
アイリスに悟られないよう、小さく溜め息を吐く。
いや、そう言うと語弊があるな。アイリスに言った通り、普段の俺なら、グリフォン程度余裕で倒せる。
だが、今回はアイリスが一緒なんだ。アイリスにケガをさせないよう、気を遣いながら闘うとなると、さすがに少々厳しい。
(…………大丈夫。俺の命に代えても、アイリスは守ってみせるさ)
俺は、心の中でそんな誓いを立てると、アイリスとの会話を続けていく。
「で、これからグリフォンを探すんだけど、この『エルフの森』は広大だ。闇雲に探すのは流石に厳しい。という訳で、『探知』の魔法を使うよ」
「『探知』ですか…………。そういえば朝、魔法の説明の時にシンさん言ってましたね。たしか…………魔力を飛ばして、周囲にあるものを探る魔法でしたよね」
「おっ、正解だ。よく覚えていたね」
ーーナデナデ
「えへへ~。当然ですよ~」
俺が褒めて頭を撫でてやると、いつものように幸せそうに微笑む、アイリス。
とはいえ、今は話の途中なんだ。ちゃんと集中して聞いてもらはないといけないので、俺はすぐに撫でるのを止める。
「『探知』は、最大で2キロ先まで魔力を飛ばす事が出来るからね。という訳で、移動しつつ小まめに『探知』を使って、グリフォンを探していくよ」
「はい! 了解です!」
そうして、俺とアイリスは『エルフの森』を移動し始めた訳だがーー
「…………しかし、凄いな、アイリスは」
「え? 何がですか?」
いくらか歩いた所で、俺は前を行くアイリスに声をかける。
「いや、整備もされていない、こんな険しい山道だっていうのに、よくまあ、そんな軽やかな足取りで進んで行けるなーって、思ってさ」
「んー、そうなんですか? わたしは、いつも通りに歩いているつもりですけど」
そう首を傾げつつも、この起伏に富んだ山道を、ヒョイヒョイと身軽に進んでいる、アイリス。
どうやら、自分が凄い事をしているという自覚が無いようだ。
(そういえば、仕事に行く前の着替えの時に、『村では、山の中を駆け回って遊んでいた』って言っていたな)
きっと、知らず知らずの内に、山歩きのコツを身に付けていったんだろうな。
「ーーああ。アイリスは凄いよ。街で生まれ育った人は、たとえ大人でも、アイリスみたいに身軽に山道を進めないと思うよ」
「……………………。…………んー。きっと褒めもらえてるんでしょうけど、何だか田舎者扱いされてるようで、素直に喜べませんね」
そう言って、複雑そうな表情を浮かべる、アイリス。
「いやいや。俺は素直に、アイリスの事を凄いと思っているよ。実際、今も油断したら俺、アイリスに置いていかれそうになってるし」
「え? そうなんですか?」
「うん。実は結構頑張って歩いてる。という訳で、ちょっとスピードを緩めてくれたら助かるんだけど…………」
「ふふっ。はーい」
アイリスの保護者なのに情けないなー、と思いつつも、俺は素直にそう打ち明ける。
だが、アイリスはそんな俺をバカにするよう様子は無い。むしろ、何故だか嬉しそうだ。
スピードを緩め、俺の前を行っていたアイリスが、隣に並ぶ。
そんな感じで、『エルフの森』を歩くこと、しばしーー
「ーーっ! 見つけた!」
「え!? 本当ですか!?」
3度目の『探知』で、グリフォンと思われる反応を見つけた。
「うん。この森にグリフォン並みの大きさの魔物は他に居ないからね。間違いないと思う。…………ただ…………」
「? どうしました?」
「…………場所が悪いな…………」
俺は、『探知』の反応と、自分の頭の中にある地図とを照らし合わせる。
「…………間違いない。グリフォンが居る場所は、ちょうど木々の無い開けた場所だ」
「? それがどうかしました?」
俺の言葉の意味が理解出来ないようで、不思議そうに首を傾げている、アイリス。
俺は師匠として、弟子のアイリスに今の状況を説明していく。
「さっきも言ったけど、グリフォンは空を飛べるんだ。木々に覆われた場所ならともかく、開けた場所だとーー」
「そっか! 空を飛び回られて、不利になるんですね!」
「そういうこと」
理解力が高いのかのだろう。俺の説明を途中で遮って、答えを言い当ててみせた、アイリス。
「当然ながら、人間は空を飛べないからね。地形戦では圧倒的にこちらが不利だ。……………………さて、どうしたものか…………」
「…………え、えと…………大丈夫ですよね、シンさん?」
俺が黙って考え込んでいたせいか、不安そうな様子を見せ始める、アイリス。
「ふふっ。心配ご無用。俺は『探求者』シン・シルヴァー。身体能力が低い代わりに、知識や戦術を磨いてSランクになった男だよ」
「…………あははっ! もうっ! シンさんったら!」
柄にもないと思いつつも、アイリスを安心させるため、俺はあえて大仰な物言いをする。
そうして、再び笑顔になったアイリスに、考えた作戦を説明していくのだったーー