シン。フィリアから詰問を受ける
シン視点
「で、では、これで依頼受理の手続きは完了です。…………よ、よろしくお願いします…………シルヴァーさん…………」
「はい」
ゴーレム退治とグリフォン退治。2件の依頼を受けるための手続きを終え、俺は受付を離れる。
(やれやれ。それにしても、ずいぶん時間がかかってしまったな)
すぐ後ろに居る受付を担当しているギルド職員の人に気付かれないよう、小さなため息を吐く。
いつもなら、2~3分程で終わるはずの依頼受理の手続き。だが今回は、10分以上もの時間がかかってしまった。
(受付担当の人、ガチガチに緊張してたからなぁ…………)
理由はおそらく、俺がSランクの冒険者だからだろう。
世界中に数万人存在する冒険者だが、最高ランクであるSランク冒険者の人数は、おそろしく少ない。
だからこそ他の冒険者からはヒソヒソと噂されるし、ギルド職員の人を先程のように萎縮させてしまう。
(フィリアさん位だな。いつも通りの態度で、俺に接してくれるのは)
まあ、フィリアさんとは、俺がこの国に来た6年前からの長い付き合いだからな。今さら緊張する事など無いのだろう。
(俺がSランクになってからは、完全に俺の専任になってたしな)
だからこそ、他のギルド職員の人とコミュニケーションを取る機会が無くなってしまい、フィリアさんが対応出来ない時に話しかけると、今回のようになってしまう訳だが…………。
(…………まあ、別にどうでもいいんだけどさ)
今はそんな事より、アイリスの心配をしてあげないとな。
(想定より時間がかかってしまったからな。大丈夫かな? 寂しがっていないだろうか?)
そんな不安を抱きながら、キョロキョロとギルドの中を見回す。
アイリスの姿はすぐに見付かった。どうやら、この10分以上もの間、移動する事もなくクエストボードの前でフィリアさんと立ち話を続けていたようだ。
遠目にだが、アイリスもフィリアさんも笑顔で会話している様子が見てとれる。
(なんだ、俺の心配しずぎだったな)
ホッと一安心して、俺は2人に近付いていく。
とーー
「そうだ! フィリアさん! わたし、シンさんから武器にと、凄くキレイな剣を貰ったんですよ!」
「あら、良いわね! 見せて、見せて!」
アイリスとフィリアさんの2人が、そんな会話を交わしているのが聞こえた。
(あっ、マズイ…………!)
焦った俺は、歩くスピードを速めるも、間に合わない。
「良いですよ! 『収納・アウト』!」
アイリスは、『収納』から、俺があげた緋色の短剣を取り出し、フィリアさんに見せてしまった。
「どうです? 凄くキレイでしょう!? わたし、武器ってもっと無骨な物だって思ってたんですけど、こんなキレイな剣もあるんですね!」
「……………………え? え、ええ…………そうね…………」
まるで宝物を自慢するかのように、キラキラとした純粋な瞳で話す、アイリス。
対するフィリアさんは、アイリスが取り出した短剣を見た瞬間に、唖然とした表情を浮かべる。
(あのフィリアさんの表情…………あれは完全に気付いてるな。俺がアイリスにあげた短剣の『秘密』に…………)
しかし、一目見ただけで気付くとは。さすが、フィリアさん。元冒険者だっただけある。
「? どうしました? フィリアさん?」
フィリアさんの様子がおかしい事に、アイリスが気付いたようだ。
不思議そうに首を傾げて、問いかけている。
(マズイな。フィリアさんはまだ、俺の『計画』を知らない。余計な事を言う前に止めないと!)
俺はさらに、歩くスピードを速める。
「…………ア、アイリスちゃん。そ、その剣はーー」
「ーーやっ! お待たせ、アイリス!」
俺は、フィリアさんの言葉を遮るために、大きな声を上げる。
そして、アイリスの後ろから、肩にポンッと手を置いた。
「あっ! おかえりなさい、シンさん!」
「ああ、ただいま…………って言うのも、おかしいけどね」
「あははっ! そうですね」
声で俺と気付いたのだろう。アイリスは後ろを振り向くと、心底嬉しそうな笑みで俺を迎えてくれた。
そうなアイリスに内心の焦りを悟られないよう、俺は努めていつも通りの態度でアイリスに接する。
「ありがとうございます、フィリアさん。アイリスのこと、見てもらって」
お礼を言いつつ、俺はフィリアさんにアイコンタクトを送る。
「…………いえ。私もアイリスちゃんと話せて、楽しかったですから」
とりあえずは納得してくれたのだろう。
フィリアさんは先程のセリフを続ける事なく、そう言ってくれた。
(ーーさて。手続きも終わったし、後はギルドを出るだけなんだか…………)
スッと、俺はコートの内ポケットに手をやる。そこには、1枚の封筒が入っている。
家を出る前に書いた、俺の計画と協力を仰ぐ内容を記した物だ。
(ギルドでフィリアさんと会うから、この1枚だけポストに投函しなかったんだが…………さて、どうやって渡すか?)
チラッと、横に居るアイリスを見る。
さすがに、アイリスの目の前で渡す訳にはいくまい。
(……………………。…………そうだ!)
ある事に思い至った俺は、さっそくアイリスに声をかける。
「アイリス。仕事に行く前に、昼ごはんを買っとこうか」
「どこで買うんですか?」
「ん? そこ」
ピッと、ギルドに併設された酒場を指差す。
「この時間、仕事に行く冒険者のために、乾パンや缶詰め、サンドイッチやドライフルーツを売ってるんだ。アイリス。好きなの買って来て良いよ」
「? シンさんは?」
「俺はちょっとフィリアさんと仕事の話があるからさ。すぐに終わるけど、アイリスは先に買い物してて」
そう言って、アイリスに数枚の銅貨を渡す。
「…………はーい」
仕事の話なら仕方ないと思ったのだろう。
名残惜しそうな表情ながらも、アイリスは何も言う事なく、酒場へと向かっていく。
さてーー
「それで。ちゃんと説明してもらえるのですよね、シンさん」
アイリスが俺達からある程度離れた所で、フィリアさんが口を開く。
何か事情があるとは理解しているのだろう。アイリスに聞こえないよう、声のボリュームを小さくしてくれている。
だが、表情や声音からは、怒っている様子が見てとれる。
「アイリスちゃんが、シンさんから貰ったというあの緋色の短剣ーーあれは『観賞用の物で、切れ味はほとんど無い』ですよね。あんなオモチャみたいな物を武器として与えるなんて、一体どういうつもりなのですか?」
「……………………」
そう。フィリアさんの言う通り、あの緋色の短剣は貴族などが観賞用として部屋に飾る物だ。当然、切れ味はほとんど無く、武器としては3流以下だ。
『わたし、武器ってもっと無骨な物だと思ってたんですけど、こんなキレイな剣もあるんですね!』
アイリスがあの短剣に抱いた感想は、正しい。
「それに、シンさん! アイリスちゃんから聞きましたよ。魔法書を使って、『収納』と『障壁』を教えたそうですね。なぜ、補助魔法のみで、強力な攻撃魔法を教えなかったのですか!」
「そうですか…………そんな事も話してたんですね」
という事は、アイリスもその事に関して、少なからず疑問を感じてるだろう。
後で理由を聞かれるかもしれない。何か適当な言い訳を考えとかないとな。
「シンさん。一体なにを考えているのです? これでは…………これでは、まるでーー」
「ーーとりあえず」
俺はそこで、フィリアさんの言葉を遮る。
(おそらくフィリアさんは俺の意図を察しているのだろうが、万が一にもアイリスに聞かれる訳にはいかないからな)
俺は、コートの内ポケットに入っている封筒を、フィリアさんに手渡す。
「とりあえず、この中に入ってる手紙に全ての事情が書いてます。後で確認しといて下さい。…………あ、昨日立て替えてもらったお金も、一緒に入れてますんで」
「そうですか。…………分かりました」
渋々ながらも、納得した様子を見せるフィリアさん。
さてーー
「お待たせー、アイリス! なに買ったの?」
フィリアさんとの会話を終えた俺は、雰囲気をいつもの物に戻して、アイリスに声をかける。
「あっ、シンさん! えーと、サンドイッチをいくつか。シンさんは何を買うんですか?」
「そうだね…………じゃあ、俺もサンドイッチを買おうかな」
実際、ここのラインナップの中じゃ、サンドイッチが1番栄養のバランスが良いからな。
俺が何も言わずともサンドイッチを選ぶとは、我が弟子ながら良い判断だ。
(まあ、この店だと、子供が好きそうな物はサンドイッチしか売ってないけどね)
俺は、サンドイッチを5個と、念のためにとドライフルーツも購入する。
「さて。それじゃあ行こうか、アイリス」
「はーい! ちなみに、歩いて行くんですか?」
「まさか。街の門の近くに借し馬屋があるからね。そこで馬を借りていくよ」
昨日、『ルル』の村に行く時は、魔法で身体能力を強化して行ったがが、今日は普通に馬で行った方が速いからな。
「それじゃあフィリアさん、いってきますね」
「いってきまーす!」
「はい。いってらっしゃい、シンさん、アイリスちゃん」
そうして、俺達はフィリアさんの見送りを受け、仕事に向かうのだったーー




