アイリス。フィリアとの会話で気づいた違和感
アイリス視点
「じゃあ、アイリス。ちゃちゃっと行ってくるね」
「…………はい…………いってらっしゃい…………」
「ああ。いってきます」
わたしを気遣ってくれたのかな?
シンさんは笑顔でそう言うと、握っていたわたしの手を離し、クエストボードに貼られた2枚の依頼書を剥がして、受付へと行ってしまった。
「……………………」
シンさんを見送ったわたしは、シンさんが繋いでくれていた右手を見つめる。
つい先程まで、シンさんの体温が伝わって温かかった右の掌。だけど、シンさんの手が離れたことで、その温かさが少しずつ失われていく。
それが、何故だか無性に寂しかった。
「…………アイリスちゃん。やっぱり、シンさんが居ないと寂しい?」
そんなわたしの様子を見て、フィリアさんが優しい声音で、そう尋ねてきた。
「ーーっ! そ、そんな事…………」
すぐに否定しようとしたけれど、途中でその言葉を止める。
(…………話しちゃおう、かな…………)
そんな考えが、わたしの頭をよぎる。
シンさんには、小さな子供みたいだと思われるのがイヤだから、素直に言えない事もある。
だけど、フィリアさんならーー
「…………そうですね…………やっぱり、寂しいです…………」
気が付くと、わたしはそう呟いていた。
「そう…………」
フィリアさんは頷くと、わたしの頭に手を置き、優しく撫で始める。
そしてーー
「大丈夫よ。今日残ってた依頼ぐらいなら、シンさんはすぐに片付けて、夕方には帰ってくるわ。それまで、私と一緒に待っていましょう」
人を安心させるような、そんな優しい笑顔を浮かべ、フィリアさんが言う。
「……………………。……………………。…………え?」
「…………え?」
フィリアさんのその言葉を聞いたわたしは、数秒の間を置いてから、キョトンと首を傾げる。
わたしのその反応を見て、フィリアさんも同じように首を傾げた。
(…………あれ? もしかして勘違いしてるのかな…………?)
わたしとフィリアさんの認識には、ちょっとしたすれ違いがあるのかもしれない。
(…………そういえば、わたしもシンさんも、フィリアさんにはその事を伝えていなかった)
せっかくだから、フィリアさんに言っておこう。
「えと…………実はわたし、シンさんの仕事に付いていく事になってるんです…………」
「えっ!?」
フィリアさんは、わたしのその報告を聞いた瞬間、驚いた表情を見せる。
「ほ、本当に…………? シンさん、許可したの?」
「最初は断られたんですけど…………最終的には…………はい…………」
さすがに、シンさんに『離れたくない!』と泣きついた事は、恥ずかしくて言えなかった。
「そ、そうなのね…………。私はてっきり、シンさんが仕事の間、アイリスちゃんの事を見ていてほしいと頼まれるのかと…………」
唖然とした表情のまま、フィリアさんが小さな声で呟く。
そして、フィリアさんは表情を深刻な物に変え、更に声を小さくして何事かを呟いた。
「…………という事はアイリスちゃん、シンさんが依頼を受けるために数分間離れるだけで、あんなに暗い顔をしていたの…………? 昨日と比べて大分明るくなってたからホッとしてたのだけど、思ってたより深刻なのかも…………」
「? フィリアさん? 何か言いました?」
「ううん!? 何でもないわ!」
フィリアさんの言葉が聞き取れなかったので、わたしは聞き返してみた。
そしたら、フィリアさんはどこか慌てた様子で否定の言葉を口にして、話題を変えてきた。
「それより、アイリスちゃん。本当に大丈夫? シンさんが今日受けた依頼は、Cランク以上の冒険者が受けるべき『脅威度C』のゴーレム退治と、Aランク以上の冒険者が受けるべき『脅威度A』のグリフォン退治よ。いくらシンさんが付いているといっても、ケガするかもしれないわよ?」
心配した表情で、そう尋ねてくる、フィリアさん。
ここで、わたしが少しでも不安そうな様子を見せたら、フィリアさんは、わたしがシンさんの仕事に付いていく事を止めようとするかもしれない。
そう考えたわたしは、意識して明るい声でフィリアさんに説明していく。
「大丈夫ですよ、フィリアさん! 実は今朝、シンさんにいくつか魔法を教えてもらったんです!」
「あら、そうなの?」
「はい! シンさんから、わたしには魔法の才能があるって、褒めてもらえました! 適性も、『火』と『水』と『闇』で、3属性も使えるんですよ!」
「あら、多いのね」
フィリアさんは、そう関心した様子を見せた後ーー
「…………それにしても、『闇』属性に適性があるのね…………。もしかして…………」
フィリアさんは、再び何事かを呟いたが、わたしは聞き返すこと無く、話を進める。
「シンさんから教えてもらって、『氷矢』と『炎矢』を覚えました。1つ30分で使えるようになったんですけど、シンさんから、『覚えるのが早い』って褒めてもらえました!」
「たしかに、覚えるのが早いわね。シンさんの言う通り、アイリスちゃんには魔法の才能がありそうね」
フィリアさんからも、シンさんと同じように、そう褒めてもらえた。
だけどーー
「だけど、『氷矢』も『炎矢』も初級の魔法なのよね…………。うーん…………本当に大丈夫かしら…………」
フィリアさんは、まだ納得していないようだ。
「……………………」
わたしの事を心配してくれてるって、分かってはいる。
でもーー
(たとえ危険でも、わたしはシンさんと一緒に居たい)
だから、わたしはフィリアさんに納得してもらうために、話を続けていく。
「大丈夫ですって! 実は、シンさんに魔法書を使わせてもらえまして。わたし『収納』と『障壁』の魔法が使えるんですよ!」
「魔法書を!? シンさん、太っ腹ねぇ…………。……………………あら?」
そこでふと、フィリアさんが疑問の声を上げた。
「ねぇ、アイリスちゃん。シンさんが使わせてくれた魔法書って、その2つだけなの?」
「はい。そうですけど」
「……………………」
わたしが頷くと、フィリアさんはしばらくの間、黙り込む。
そして、不思議そうに首を傾げ出した。
「? どうしました、フィリアさん?」
「ううん。大した事じゃないのよ。ただ、『収納』も『障壁』も、どちらも補助系の魔法なのよね。どうしてシンさんは、強い攻撃魔法を教えなかったのかなって…………?」
「……………………あれ?」
たしかに、フィリアさんの言う通りかもしれない。
(そんな事、思い付きもしなかったな…………。うーん、なんでだろ…………?)
しばらく考え込むと、わたしの記憶の中に思い当たる理由が見付かった。
「…………多分、シンさんと約束したからだと思います」
「約束?」
「はい。仕事に付いて行く条件として、『魔物との戦闘中、手を出さない』って約束したんです」
この約束をしたのは、わたしが仕事に付いて行くと決まった後。そして、魔法書を使わせてもらう前だ。
きっとシンさんは、わたしに魔法書を使って強い攻撃魔法を覚えさせたら、わたしが約束を破って手を出すかもしれないと思ったのだろう。
(もー、信用ないなー、わたし)
文句を言いたい所だけど、まあ止めておこう。
(疑問が解けて、スッキリした訳だしね)
だけど、わたしと違って、フィリアさんはまだ納得していないようだ。
怪訝な表情で、考え込んでいる。
「…………でも、やっぱり、違和感があるような…………」
「違和感、ですか?」
そして、フィリアさんは、その言葉を口にするーー
「…………そもそも、シンさんがアイリスちゃんを弟子にしたのは、『血染めの髑髏』への復讐を手助けするためよね。それなら、強い攻撃魔法を覚えさせて損は無いはずだけど…………」
「……………………」
たしかに、フィリアさんの言う事は、もっともだ。
(…………あれ? 一体、どういうことだろ?)
わたしも、フィリアさんと一緒になって、考え込む。
だけど2人共、思い当たる理由は見つからない。
「…………まあ、ただ単純に、アイリスちゃんの適性に合った魔法書を持って無かったってだけなのかもしれないわね」
フィリアさんは、そう結論付けたようだ。
だけど、わたしはそれでは納得出来ない。
(…………だって、わたしは知ってるから…………)
シンさんが魔法書を一気に出して、テーブルから落としてしまった、あの時。
わたしは、3冊の魔法書を拾った。込めらていた魔法は、火属性の『爆破』。水属性の『水刃』。闇属性の『闇渦』だった。
もちろん、わたしが勝手に攻撃魔法と思ってるだけで、本当は違うのかもしれない。
だけどーー
(ーーまあ、いっか)
わたしは、そこで考えるのを止めた。
シンさんなりの理由があるのだろうし、わたしも金貨数百枚する魔法書を何冊も使わせてもらうのは、さすがに抵抗がある。
(まあ、後でシンさんに聞いてみよう)
そう結論付けたわたしは、フィリアさんとの会話を再開させる。
「ーーそうだ! フィリアさん! わたし、シンさんから武器にと、凄くキレイな剣を貰ったんですよ!」
「あら、良いわね! 見せて、見せて!」
いつの間にか生じてしまった暗い空気を吹き飛ばそうと、わたしは意識して明るい声音で話を切り出す。
フィリアさんも、そんなわたしに合わせてくれたようだ。テンション高く応じてくれる。
(ふふっ。よーし! シンさんから貰ったわたしの宝物を、たっぷり自慢しちゃおうっと!)
フィリアさんの言葉に気を良くしたわたしは、『収納』から緋色の短剣をーーわたしの大切な宝物を取り出して、フィリアさんに見せびらかすのだった。




