シン。『探求者《シーカー》』の由来
シン視点
「ほい、到着っと」
あれから、さらに10分ほど歩き、俺とアイリスの2人は『セレスティア』の王都の冒険者ギルドに到着した。
扉を開け、建物の中に入って行くと、アイリスはキョロキョロと、辺りを興味深かそうに見回し始めた。
「うわぁ! 大きな建物ですね! シンさんの家と、そう変わらないんじゃないですか?」
「ん? ああ、確かにそうかもね。なにせ、西大陸最大国家『セレスティア』の王都にある冒険者ギルドだからね。酒場や換金所、道具屋や武器屋も入ってるから、相応にデカイよ」
「なるほど。…………でも、冒険者の人、1人も居ませんね」
たしかに、アイリスの言う通り、ギルドの中に冒険者の姿は見当たらない。
「まあ、ギルドがオープンしてから、もう1時間以上たってるからね。依頼は朝1で貼り出されるし、もう皆、依頼を受けて、ギルドを出た後なんだよ」
「なるほど。だから、ここに来る途中、あんなに沢山の冒険者さん達とすれ違ったんですね」
「そういうこと。で、俺は他の冒険者が受けなかった依頼を消化するのが目的だから、あえて遅い時間にギルドに来てるんだ」
と、アイリスにいろいろと説明している間に、俺達は巨大なクエストボードの前に到着した。
「こ、これに依頼が貼り出されるんですか…………? ず、ずいぶん大きいですね…………」
横に5メートルはあるであろう、巨大なクエストボードを見て、呆気に取られた様子の、アイリス。
「王都だけじゃ無く、周辺の集落からも依頼がくるからね。…………さて。今日は何件の依頼が残ってるかな?」
そう言って、俺はクエストボードを確認していく。
(少なくとも、昨日残ってた3件の依頼は、今日も残ってるだろうな。それだけならまだ良いけど、もし増えてたら、今日中に全部片付けるのは難しいかもな…………)
いつもなら、たとえ真夜中までかかっても、俺は依頼を消化しようとするだろう。
だが、今日はアイリスが一緒なんだ。流石にそんな時間まで、幼いアイリスを付き合わせる訳にはいかないだろう。
「……………………? あれ?」
巨大なクエストボードを、端から端まで歩いて全て確認し終わった俺は、無意識に疑問の声を上げる。
幸いにして、新しい売れ残り依頼は増えていなかった。
むしろーー
「依頼が、減ってる…………?」
ーーそう。昨日あった3件の売れ残り依頼の内、ゴブリン退治の依頼が無くなっており、グリフォン退治とゴーレム退治の2件だけになっていた。
「? どうかしました、シンさん?」
困惑している俺の様子に気付いのだろう。
アイリスから、そんな質問が飛んできた。
「いや、実はさーー」
俺はアイリスに、事情を説明する。
「そうなんですね。…………他の冒険者さんが受けてくれたんでしょうか?」
「…………まあ、普通に考えれば、そうなんだろうけど…………」
だけどーー
(俺が売れ残り依頼を受けるようになって1年、前の日に売れ残った依頼が消化されてた事なんて、無いんだけどなぁ…………)
一応、フィリアさんに確認しておくべきだろうか?
そんな事を考えているとーー
「おはようございます、シンさん。…………あら? アイリスちゃんも一緒だったの…………ね…………?」
タイミング良くフィリアさんが来たようで、後ろから声をかけられた。
だがーー
(なんだろう? なんだか、言葉の最後に、妙な間があったような?)
そんな疑問を感じながら後ろを振り向くと、フィリアさんが驚いた顔をして、俺とアイリスの方を見ていた。
(? どうしたんだろうか?)
その疑問は、フィリアさんの視線を追うことで、すぐに解けた。
フィリアさんが見ていたのは、俺でもアイリスでも無くーー俺とアイリスのちょうど中間。
すなわち、俺とアイリスが、手を繋いでる所を見ていたのだ。
「シ、シンさん…………!?」
フィリアさんは、まるで『信じられない物』を見たような、そんな驚愕の表情で、俺に視線を移す。
(ーーっ!)
なぜだろう? 今までは何も感じなかったのに、顔見知りであるフィリアさんに見られてると認識した瞬間、気恥ずかしさが湧いてきた。
「お、おはようございます、フィリアさん…………」
「お、おはようございます、シンさん…………それに、アイリスちゃんも…………」
俺は、半ば反射的にアイリスと繋いでいた手を離して、気恥ずかしさを誤魔化すように、フィリアさんに挨拶をする。
フィリアさんも挨拶を返してくれたけど、どこかまだ、動揺しているような様子だ。
(まあ、無理もないか。フィリアさんが知っている俺は、こんな風に女の子と手を繋ぐようなキャラじゃないからな)
なにせ、俺もまた、今の自分の変化に驚いている位なのだ。
昨日、アイリスを引き取った時点では、こんな風に、アイリスの事を実の娘のように溺愛する事になるなんて、思ってもみなかった。
(人間、変われば変わるものなんだな)
そんな事をしみじみと考えていると、ふと、アイリスが静かな事に気が付いた。
俺は、すぐ隣に居るアイリスを見る。
「……………………」
アイリスは、俺が先程離した右手を、どこか寂しげな表情で見つめていた。
(ーーああもうっ! 仕方のない奴だな!)
アイリスのそんな表情を見たくなかった俺は、ヤケクソ気味にアイリスの手を、再び握った。
「ーー! えへへ~」
俺が手を握った瞬間、アイリスはまるで、花が咲いたかのような可憐な笑顔を見せる。
すっかりご機嫌になったようで、アイリスは笑顔でフィリアさんに挨拶をした。
「おはようございます! フィリアさん!」
「え、ええ…………。おはよう、アイリスちゃん…………」
アイリスの元気一杯な挨拶を受けて、フィリアさんは今度は、アイリスに驚いた表情を向ける。
(…………まあ、こっちも仕方ないだろうな。フィリアさんが知っているアイリスは、昨日の『血染めの骸骨』への復讐に囚われていた状態で止まっているのだから)
それが、たった一晩でここまで明るくなるなんて、想像もしていなかっただろう。
(…………つーか、俺も想像していなかったよ…………)
まあ、明るくなかったように見えるのは表面的な所だけで、心の奥底には、まだまだ癒えぬ悲しみや怒りが残っているのだが…………。
「……………………。…………驚きました」
と、そうこう考え事をしていると、フィリアさんは少しは動揺から立ち直ったのだろう。
アイリスから俺に視線を移すと、そう言って、続ける。
「…………ふふっ。『探求者』と呼ばれたシンさんにも、こんな一面があったのですね」
どこか、からかう様な調子でそう言う、フィリアさん。
と、フィリアさんのその言葉に反応して、アイリスが疑問の言葉を投げかけてきた。
「あの…………さっきから気になってたんですが、『探求者』って何なんですか? 多分、シンさんの事ですよね?」
「ああ、そういえば言ってなかったね」
そうして、俺が『探求者』の意味について説明を始めた。
「『探求者』っていうのはね、俺の冒険者としての2つ名なんだ」
「2つ名?」
聞き慣れない言葉なのだろう。可愛らしい仕草で首を傾げる、アイリス。
フィリアさんが、説明を引き継ぐ。
「Aランク以上の冒険者にはね、私達ギルドから2つ名が与えられるの。大抵は、その人の人柄や、冒険者としてのスタイルを由来にして、2つ名を決めるわね」
「なるほど。そうなんですね。…………ちなみに、シンさんの『探求者』には、どういう意味があるんですか?」
アイリスは納得したように頷いた後、そう質問してきた。
フィリアさんが説明を続ける。
「『強さを追い求め続ける者』。それがシンさんの2つ名の由来なの」
「『強さを追い求め続ける者』、ですか…………?」
「そう。シンさんはね、冒険者になった当初から、真面目にずっと努力を続けてきた。他の冒険者の何倍もね。頭が良いという才能だけじゃなく、そうやって努力を続けてきたからこそ、21歳という史上最年少の年齢で、Sランクの冒険者になれたのね」
「へー。…………シンさん、カッコいいですね!」
フィリアさんの説明を聞き終えたアイリスは、俺にキラキラとした尊敬の眼差しを向けてきた。
「……………………」
こうして、純粋に2つ名を褒められたのは、一体いつ以来だろう?
なんだか、気恥ずかしくなった俺は、アイリスから顔を逸らす。
が、フィリアさんの方が、そんな俺の様子に気付いたようだ。再び、俺をからかって来る。
「シンさん、顔が真っ赤ですよ。ふふっ。あの『探求者』シンさんにも、そんな可愛い一面があるのですね」
このフィリアさんの言葉に、どこか興奮した様子のアイリスが声を上げる。
「そうなんですよ、フィリアさん! 普段のシンさんは、落ち着いた大人の男の人なんですけど、でもだからこそ、時折見せるギャップが凄く可愛いんですよ!」
「あら、そうなの?」
「……………………」
…………あのー、女子2人(1人は200歳オーバーだが)で勝手に盛り上がらないでくれますかね…………?
2人は褒めてるつもりなのだろうけど、男にとって『可愛い』は褒め言葉じゃないんですよー!?
「ーーほ、ほら! 早く依頼を受けに行くよ、アイリス!」
恥ずかしさが限界に達した俺は、2人の会話を止めるため、アイリスにそう声をかける。
がーー
「ふふっ。依頼は、シンさんが1人で受けて来て下さい。その間、私とアイリスちゃんは、女子トークをしてますから」
フィリアさんは、笑顔のままでそんな無慈悲な事を言って来た。
(あれー? フィリアさんって、こんなキャラだったっけ?)
今までの、冒険者とギルドマスターという関係では知りえなかった、フィリアさんの新しい一面に唖然とする。
「ねー、アイリスちゃん」
「えっ!? え、えーと…………わ、わたしは…………」
フィリアさんは、アイリスに同意を求めようとしたようだが、アイリスは途端に不安そうな表情になって俺を上目遣いに見つめて来た。
そんなアイリスの様子を見て、フィリアさんは何かを察したのだろう。殊更明るい声音で、アイリスに声をかけた。
「大丈夫よ、アイリスちゃん。ほら。ここからなら、ギルドの受付が良く見えるでしょ」
「そ、そうですね…………。な、なら、少しだけ…………」
フィリアさんの言う通り、ここからなら、ギルドの受付が良く見える。
その事を確認したアイリスは、まだどこか不安そうにはしていたものの、最終的には了承した。
「では、シンさん。お願いしますね」
そんな言葉と共に、フィリアさんからアイコンタクトが飛んで来た。
『私にも、アイリスちゃんのために、出来る事をさせて下さい』
フィリアさんの目は、そんな事を言っている気がした。
「…………はーい」
俺が居ない間にどんな話をされるのか? そんな不安はあったものの、ここはフィリアさんの厚意に甘える事にした。
(俺には話せないような事も、アイリスにはあるだろうしな)
「じゃあ、アイリス。ちゃちゃっと行ってくるね」
「…………はい…………いってらっしゃい…………」
不安そうにしながらも、最終的には頷いてくれた、アイリス。
「ああ。いってきます」
少しでもアイリスを安心させるため、俺は笑顔でそう言うと、握っていたアイリスの手を離して、依頼を受けるために、受付へと向かったのだったーー




