シン。『少女趣味』という言葉に翻弄される
シン視点
家を出てから、10分程が経った。
俺とアイリスは今、冒険者ギルドへ向かうための大通りを、並んで歩いている。
ちなみに、家を出る前に書いていた手紙は、すでにポストへ投函済みだ。投函の際に、アイリスから手紙の内容を突っ込まれるかとヒヤヒヤしたが、アイリスは何も聞いてこず、ホッとした。
(フィリアさんが言うには、俺にはウソを吐く時や、心にもない事を言う時に、決まってやる癖があるみたいだからな)
その癖が何なのか俺には自覚が無いし、フィリアさんも癖の内容は教えてくれなかった。
だからこそ、不安だ。昨日今日の2日間で、俺はアイリスにいくつものウソや、心ない言葉を口にしている。
(いつか、アイリスがその癖に気付いて、俺のウソや『計画』がバレるのではないかと思うと、ホント気が気じゃないよ)
と、そんな事を考えながら、大通りを歩いているとーー
ーースッ
(ん?)
ふと、俺の左手や左足に、何かが軽く触れたような感触がした。
見ると、どうやら俺の左隣を歩いていたアイリスが、俺との距離を1歩詰めてきたようだ。
距離が大分近く、歩いていると時折、俺の左手と左足に、アイリスの右手と右足が、軽く触れる。
(? 急にどうしたんだろうか?)
一瞬、そんな疑問を感じたものの、アイリスが不安そうな表情を浮かべ、周りの冒険者ーー主に、男の冒険者を怯えた目で盗み見ている様子を見て、その理由に気付く。
(ああ、そっか。怖いのか)
まあ、アイリスの気持ちも分からないじゃない。
身体能力が低い俺と違って、他の男の冒険者達は…………まあ、言い方は悪いが、大概がゴツイ容姿をしている。
『収納』の魔法も、普通に修得しようとしたら数ヶ月かかるので、ほとんどの冒険者は『収納』を覚えようとせず、街中でも構わず武器を持ち歩く。
そんな、ゴツイ奴らがイカツイ武器を持って、ジロジロと好奇の目で見てくるんだ。そりゃ、怖いよな。
(…………ダメだな。俺は…………)
自分の考えに夢中になるあまり、アイリスの様子に気付くのが遅れてしまった。
(一応とはいえ、俺はアイリスの保護者なんだ。しっかり、気を配ってやらないとな)
そう反省した俺は、どうすればアイリスの不安を取り除いてあげられるだろうかと、考える。
最初は、いつものようにアイリスの頭を撫でてあげようとした。が、今もたびたび触れ合っている、俺とアイリスの腕を見て考えを変える。
(せっかく、こんな近い距離に居るんだし、手を繋いでみるか)
そう思い至った俺は、アイリスの右手を握ろうと左手を伸ばす。
が、その直前になって、あることに気付く。
(…………手袋は外すか…………)
余計な気を使ってるだけかもしれないが、手袋越しに手を握っても、どこか寂しいんしゃないかと、俺はそう感じた。
だから、俺は1度手袋を外して、改めてアイリスの手を握った。
ーーギュッ
俺がアイリスの手を握ると、アイリスはビックリした様子で自分の右手に視線を向ける。
どうやら、俺と手を繋いでいる事に気が付いたようだ。アイリスが顔を上げ、俺の顔を見てくる。
(アイリスを少しでも安心させてあげたい)
そう考えていた俺は、アイリスと目が合った瞬間、半ば反射的にアイリスに微笑みを向けた。
(…………こんなので、安心してくれるだろうか?)
そんな不安が頭をよぎる。
がーー
「…………えへへ~」
どうやら、効果は抜群だったようだ。先程までの不安そうな表情を一変させ、安心しきった様子で俺に笑顔を向ける、アイリス。
(…………まあ、良かったな)
そう、俺がホッとしているとーー
ーーザワッ!
「お、おい! 見ろよ、あれ!」「まさか、本当に『探求者』の子供!?」「いや、年齢的にそれは無いだろ!」
突然、周りがザワつき始めた。どうやら、笑顔を交わし合う俺とアイリスを見て、一体どういう関係なのかと噂しているようだ。
(もう。せっかくアイリスが笑顔になってくれたのに止めてくれよな、まったく…………)
先程よりも、さらに強まった好奇の視線。
俺は、アイリスがまた不安に感じてしまうのではと、心配になったがーー
(…………良かった。アイリス、全然気にしてないみたいだ)
アイリスは変わらず、ニコニコと笑みを浮かべていた。ホッと、一安心の、俺。
(…………しかし、まあ、仕方ないとは言え、いつも以上にザワついているな)
いつもなら、他所から来た冒険者がヒソヒソと俺の事を話しているのだが、今は王都に拠点を置いている冒険者まで、噂話に参加してしまっている始末だ。
(…………まあ、とはいえ、この程度、別に気にならないけどなーー)
「…………もしかして、『探求者』って、少女趣味なのか…………?」
ってーー
(誰だ! 今、俺の事を『少女趣味』とか言った奴は!)
さすがに、その失礼な発言をスルーする訳にはいかない。
俺は、睨むように周りを見回すも、こんなに沢山の人が居るのだ。残念ながら、今の失礼な発言をした奴を特定することは、出来なさそうだ。
(…………はぁ…………。まあ、アイリスを引き取った時から、こういう噂をされるだろうとは、ある程度覚悟してたけどさ…………)
なにせ、冒険者は下品な噂話好きな奴が多いからな。
(…………とはいえ、実際にこうして噂されるのは、あまり気分の良いものじゃないな…………)
と、そんな事を考えていたからだろうか?
「シンさん? どうかしました?」
隣を歩くアイリスが、心配そうな声音で、そう尋ねてきた。
「いや…………。なんでも無い…………」
「?」
俺は、アイリスを心配させまいと、そう答えた。
だが、俺の言葉や態度には、まだ違和感があるのだろう。アイリスは不思議そうに首を傾げて、俺を見つめている。
(…………いつまでも気にしてちゃ、アイリスに心配かけちゃうな。…………切り替えないと)
そう考えた俺は、『収納』から水筒を取り出して、口に含む。
と、ちょうどそのタイミングで、アイリスから再び声をかけられた。
「シンさん、シンさん」
「んー?」
アイリスの声音は、先程とは違い、まるで今から雑談を始めるかのような、軽いものだった。
なので、俺は水筒を口につけたまま返事をしたのだがーー
「『少女趣味』って、一体どういう意味ですか?」
そんな、とんでもない質問が飛んできた。
「ーーぶほぉ!」
思わず、口に含んでいた水を吐き出してしまう、俺。
「ーーケホッ! ケホッ、ケホッ!」
「シ、シンさん! 大丈夫ですか!?」
あまりの衝撃に、水が気管支に入ってしまったようだ。
俺がムセて咳をしていると、アイリスは懸命に背伸びをして、俺の背中を擦ってくれる。
「…………ケホッ…………。…………ありがとう、アイリス。もう大丈夫だよ」
「そうですか。良かったです」
ホッと、一安心といった表情を見せる、アイリス。
そしてーー
「それで、『少女趣味』って、結局どういう意味なんですか?」
アイリスは再び、そのとんでもない質問を繰り返してきた。
「……………………」
だらだらと、冷や汗が流れるのを感じる。
『少女趣味っていうのはね、いわゆるロリコンの事だよ。…………あっ、ロリコンって分かる? まあ、簡単に言うと、小さな女の子の事を異性として好きになってしまう奴の事だよ』
ってーー
(こんな説明、アイリスに出来る訳ねーだろ!)
説明したらヤベェ奴じゃん!?
もし俺が、大の大人が幼気な女の子に、『少女趣味』の意味について説明してるいる所を見つけたら、そいつを取っ捕まえて、騎士団に突き出すわ!
「…………ま、まあ、それは後で説明するよ。それより、早くギルドに行こう」
なので、俺は誤魔化すことにした。ギルドへ向かって、早足で歩を進める。
「ーーちょっ、ちょっと、シンさん! 速いです! 速いですよー!」
「…………あっ、ごめん、アイリス」
しまった。アイリスと手を繋いでた事を忘れてた。
(180の高身長の俺と、小柄なアイリスとじゃ歩幅が違うんだ。気を付けないとな)
俺は慌てて、スピードを緩める。
再び俺の隣に並んだアイリスは、ムッとした表情を向けてきた。
「もー、いきなりヒドイですよ、シンさん!」
「ごめんね、アイリス。…………あっ、手離そうか?」
「それはいいです!」
ーーギュッ!
俺の提案を、力強い言葉で否定する、アイリス。
その言葉通り、俺の手を絶対に離すまいと、更に握る力を強めてくる。
「…………はははっ。了解」
そんなアイリスに応えようと、俺もまた、手を握る強める。
「! えへへ~」
先程までの不機嫌そうな表情を一変させ、笑顔になる、アイリス。
そんな、ご機嫌そうなアイリスを見て、俺も自然と笑みを浮かべる。
そうして、俺とアイリスは手を繋いだまま、ギルドへ向かって行くのだったーー
その途中ーー
「シンさん」
「んー?」
「『少女趣味』の意味は、後でちゃんと教えてくださいね」
「…………ああ、了解…………」
どうやら、誤魔化せて無かったようだ。
(好奇心が強いのも考えものだな…………)
とはいえ、さすがに俺の口から『少女趣味』の意味について説明する訳にはいかないだろう。
(出来れば、夜までの間に忘れて欲しいな…………)
俺は切実に、そう祈るのだったーー




