少女の悪夢
アイリス視点
ここは、セレスティアの王都、コノノユスラから東に山を2つ越えた先にある、『ルル』の村。
人口は百人にも満たない小さな村で、周囲は山に囲まれており、村人達は、農業や畜産で、ほぼ自給自足の生活を送っていた。
この村の外れにある家で、美しい銀髪を持った、可愛らしい少女ーーアイリスは暮らしていた。
物心つく前に父親を亡くし、母親との2人暮らし。それでも、他の村人達からの助けを借りて、アイリスはなに不自由なく12歳まで過ごしてきた。
ある日の深夜、アイリスが眠っていると、ふと、外から叫び声が聞こえた。
その声で、アイリスは目を覚ます。
耳を澄ませると、悲鳴や助けを呼ぶ叫び声、そして聞いたことのない下品な笑い声が微かに聞こえる。
「お母さん、何か聞こえない? ーーお母さん?」
不安になったアイリスは、隣で眠っている母親を起こそうと声をかけるが、そこに母親の姿はない。
「お母さーん! どこー!?」
母親が居ないことに恐怖を感じたアイリスは、寝室を出て、リビングへ向かう。照明の魔道具を点けてリビングを見回すも、ここにも母親の姿はない。
『うわあぁぁぁー』『誰か助けてー』
『ギャハハハハァー』
悲鳴と笑い声はまだ聞こえている。
いったい、外で何が起こっているのだろう? 疑問を感じたアイリスは、外に出ようと、玄関へ向かう。ーーと、
ーーバアァンッ!!
大きな音をたてて玄関の扉が開く。びっくりして、そちらに顔を向けると、お母さんが外から帰ってきたところだった。
「お母さん。何かあったーー」
「アイリス! 伏せなさい!」
アイリスの言葉を遮って、必死の形相で母親はアイリスを押し倒し、その上に覆い被さる。
その直後ーー
ーードガァァァンッ!!!
何かが爆発したような大きな音が聞こえ、上から何か重たい物が、次から次へと降ってくる。
「イヤアァァァッー!」
あまりの衝撃と痛みに、アイリスは目を瞑り、悲鳴を上げる。
どれだけ続いただろうか? 物が降ってくる衝撃が無くなり、アイリスは目を開く。しかし、真っ暗で何も見えない。
(いったい、何が起こったの? ……うぅ、体中が重い、痛いよ)
真っ暗で何も見えないなか、体中にかかる謎の圧迫感と痛み。
アイリスが苦し気なうめき声を上げると、すぐ上から、母親の声が聞こえてきた。
「アイリス。大丈夫?」
「お母さぁん……。体中が重い。……痛いよぉ」
「そう……。大丈夫。きっと、大丈夫よ。必ず助けがくるから……」
お母さんの声は、いつもより、なんだか弱々しい。
ふと、上から何か温かい液体が垂れてきた。同時に、辺りにサビのような匂いがひろがる。
これは、一体何だろう?
「お母さんは大丈夫?」
「大丈夫……。お母さんは大丈夫よ……」
大丈夫、大丈夫と、お母さんはうわ言のように繰り返す。
その声を聞いているうちに、アイリスの意識がだんだんと朦朧としてきた。
一体、何が起こっているのだろう? もしかして、これは夢だろうか?
(……ああ、きっとそうだ)
全く、なんて悪夢だろう。早く目を覚まさきゃ。
明日はなにをしよう? 朝は家のお手伝いをして、お母さんと一緒にお昼ご飯を食べる。その後は、教会の神父さんに勉強を教えてもらって、夜ご飯まで友達と遊ぶ。
そんな、いつも通りの日になるだろう。
そんなことを考えながら、アイリスは気を失った。
「ーー大丈夫よ、アイリス。お母さんが絶対に守るから」