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アイリス。初めての冒険へ

アイリス視点

「シンさーん? まだですかー?」


1度深呼吸をした事で少し落ち着いたわたしは、そう声をかけながら扉を開き、部屋の中を見回す。

シンさんの姿は、すぐに見つかった。何故だか分からないけど、机の前に座って、大きく伸びをしていた。

がーー


「…………えっ!?」


シンさんの姿を認めた瞬間、わたしの口から間の抜けた声が()れる。先程まで感じていた寂しさや不安なんて、一気に吹き飛んでしまった。

と、いうのもーー


(ど、どうして、上半身裸なんですかー!?)


そう。シンさんは、何故だか上に何も着ていない状態で、机に向かって座っていた。


「ああ、ごめん、アイリス。待たせちゃったね」


と、シンさんがわたしに気付いたようだ。椅子から立ち上がって、遅くなった事を謝罪してくる。

が、わたしにはもう、そんな事どうでもよくなっていた。


(ちょ、ちょっと! なんで普通に立ち上がるんですか!? 立ち上がったら、全部見えちゃうじゃないですか!)


シンさんが立ち上がった事で、先程までは机の(かげ)になって隠れた部分までーーつまり、シンさんの上半身全てが見えるようになった。


(昨晩、シンさんに抱きついた時にも思ったけど、こうして直に見ると、やっぱり凄いなー…………。体つきは細いけど、全身に無駄なく筋肉がついてる。腹筋も割れてるし…………って、なにマジマジと凝視しているの、わたし!?)


どうやら、無意識にシンさんを見つめてしまっていたようだ。

ふと我に返ると、急激に顔が熱くなってきた。


「ーーっ!」


慌ててシンさんから顔を()らし、ギュッと目を瞑る。


「ーーああ。ごめんね、アイリス。そういえば俺、上に何も着てなかったね」


と、シンさんが今の自分の状況を自覚したようだ。わたしに、そう謝ってきた。


「い、いえ。わたしこそ、ごめんなさい。そういえばわたし、ノックし忘れてました」


「ん? そういえば、ノック無かったね。まあ、別にいいよ。男が裸を見られるぐらい、どうってことないさ」


逆はマズイけどね。と、あっけらかんに笑う、シンさん。

ーーって、


(シンさんは、どうしてそんなに冷静なんですか!?)


シンさんの声音は、いつもと変わらない。言葉通り、本当に何も感じていないらしい。


(…………むぅ…………。これじゃあ、照れてるわたしが、バカみたいじゃない…………)


なんだか悔しくなったわたしは、逸らしていた目線をシンさんに戻す。

がーー


「ーーっ!」


シンさんと目が合った瞬間、わたしは再び顔を逸らした。


(…………うぅ…………。やっぱり、恥ずかしいよぉ…………)


カアァァッと、瞬時に顔が熱くなる。きっと、わたしの顔は真っ赤になっているのだろう。


「ははっ。なに照れてるのさ、アイリス。かわいいなー、もうっ」


ーーナデナデ


「ちょ、ちょっと! そんな格好で頭を撫でないで下さいよ! も、もうっ! 早く服を着て下さいよー!」


「はははっ。ごめんごめん。ちょっと巫山戯(ふざけ)すぎちゃったね」


上半身裸のシンさんに頭を撫でられ、恥ずかしさが臨界点を越えたわたしは、自分でもビックリする程の大声を上げる。

さすがにシンさんも悪いと思ったのだろう。わたしの頭から手を離すと、少ししてから衣擦(きぬず)れの音が聞こえ始めた。

わたしは、そっぽを向いて目を瞑っているから分からないけど、おそらくシンさんが服を着ているのだと思う。


(うぅ…………。すぐ側でシンさんが着替えてるかと思うと、また頬が熱くなってきちゃた…………)


でも、部屋から出ようとしたら、シンさんの着替えのシーンを見ちゃうかもしれない。

わたしはこのまま目を瞑って、シンさんが着替え終わるのを待つ事にする。


(…………はぁ…………。まいっちゃうなー、もう…………)


恥ずかしさを誤魔化すために、シンさんから撫でられた事で乱れた髪を整える。


(そ、そもそも、女の子に上半身とはいえ裸を見せるなんて、シンさんにはデリカシーが無いんじゃないかな!)


…………まあ、1番の原因は、わたしがノックせずに部屋に入っちゃった事なんだけどね…………。

で、でも、あれからもう30分も経ってるんだよ! 普通、着替え終わってると思うじゃない! うん! わたしは悪くない…………はず…………。


(…………あれ? そういえば、なんでシンさんまだ着替えの途中だったんだろう?)


疑問に思ったわたしが、シンさんに聞いてみるとーー


「ん? ああ、まあ何て言うか…………詳しくは言えないんだけど、着替えの途中で、何通か手紙を出さなきゃいけなかった事を思い出してさ。急ぎの物だったから、上の服を脱いだ状態のままで書き始めたんだよね」


と、そんな答えが返ってきた。


(どんな手紙なのか気になるけど…………『詳しくは言えない』って事だし、聞かない方が良いのかな?)


そういえば、魔法書の説明の時に、『国家機密に関わる事だから、詳しくは言えない』と言っていた。もしかしたら、それに関連した事なのかもしれない。


わたしが、そんな風に自分を納得させている間にも、シンさんの話は続く。


「ーーで、手紙を全部書き終わって、気分転換に体を伸ばしていた所に、アイリスが入って来たって感じだね」


「な、なるほど…………」


それは、ずいぶんとタイミングが悪かったな…………。


(…………うぅ…………。そんな話をしていたら、またシンさんの上半身裸の姿を思い出しちゃった…………)


たしか、細マッチョって言うんだっけ?

体つきが細くて、服の上からじゃ分かりにくいけど、直に見たら凄かったなー。


(ーーって、何じっくり思い出してるの、わたし!)


ーーブンブン!


わたしは、(まぶた)の裏に鮮明に甦ってしまったシンさんの上半身裸の姿を忘れようと、必死に頭を振る。

と、その途中、少し前にシンさんから聞いた言葉を思い出した。


『俺、あまり身体能力が高くないからさ。体はあまり鍛えて来なかったんだよね。だから、まあ、あまり教えてあげられる自信が無いんだ』


それは、わたしの今後の修行内容が、魔法を中央にやっていくって決まった時の言葉だったと思う。

その言葉を聞いた時も疑問を感じたけれど、こうしてシンさんの体つきを直に見てしまった今、それはより強くなった。


(わたしが知ってるのは『ルル』の村の男の人達だけだけど、今思うと、皆ビール腹で、シンさんとはとても比べ物にならなかったな…………)


シンさんが謙虚なだけなのかな?

と、そんな事を考えているとーー


「お待たせ、アイリス。もう着替え終わったから、こっち見て大丈夫だよ」


「あ、はーい」


シンさんからそう言われたわたしは、それまでの思考を中断して、シンさんの方を振り向く。とーー


(…………え…………)


シンさんの姿を見て、わたしは固まってしまう。

そんなわたしの様子に気付いた様子もなく、シンさんは声をかけて来る。


「じゃ、行こっか、アイリス」


「……………………」


「アイリス? どうかした?」


「ーーえっ!? い、いえ! 何でも無いです!」


「?」


シンさんは不思議そうに首を傾げてるけど、言えるはずが無い。

シンさんの冒険者としての格好に、見とれてたなんてーー


(な、なんなの!? そもそも雰囲気が全然違うんだけど!)


先程までのシンさんは、ずっと優しげな表情を浮かべていた。

だけど、今のシンさんの目付きは鋭く、雰囲気も凛々しくなっている。上手く言えないけど、まるで『仕事人』って感じがする。


「? まあ、いいや。それより、早く行こう、アイリス。俺が言うのもなんだけど、予定より遅れちゃってるからさ」


「あっ、待って下さいよ、シンさん!」


そうして、ようやく準備を終え、わたし達は一緒にシンさんの部屋を出るのだったーー



「ーーシ、シンさん」


「んー?」


「そ、その…………シンさんのその冒険者の格好…………か、カッコいいですよ…………!」


玄関へ向う途中の廊下で、ふとリビングでシンさんを待っている間に考えていた事を思い出したわたしは、シンさんを照れさせるため、恥ずかしいのを我慢して、そう言ってみた。


「そう? ははっ。ありがとね、アイリス」


ーーナデナデ


残念ながらシンさんを照れさせる事は出来ず、シンさんはいつもの様にわたしの頭を撫でてきた。


悔しいって思いは、確かにあった。だけどーー


「えへへ~」


だけど結局、そんな思いとは裏腹に、わたしの口元は笑みを浮かべてしまうのだったーー

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