「俺にとって、アイリスはもう家族でーー娘みたいなものなんだよ」
シン視点
「それじゃあ、アイリス。俺は仕事用の服に着替えてくるね。アイリスも…………うん。出来れば、着替えてほしいんだけど」
『障壁』の練習も終わり、俺はアイリスにそう声をかける。
「? …………えっ!? もしかしてわたしの格好、なにか変ですか!? 都会のセンスに合っていませんか!?」
俺の言葉を、アイリスは別の意味として受け取ったようだ。
自分の格好を見回して、不安そうな表情を見せる。
「ああ、ごめんごめん。そういう意味で着替えてって言った訳じゃないよ。それに、心配しなくても大丈夫。年頃の女の子らしい、可愛らしい格好だと思うよ」
「…………へ…………。ーーッ!? シ、シンさん!? いきなり何を!?」
「? 何って…………?」
俺の言葉を受け、先程までの不安そうな表情から一転、頬を染めて慌て出す、アイリス。
俺は不思議に思いながらも、改めてアイリスの服装を確認する。
朝起きた時の花柄のパジャマは、俺が朝食の用意をしている間に着替えたらしい。
今のアイリスの服装は、上がピンク色の半袖シャツ。下は、黄色と若草色のチェック柄の、膝上までの長さのスカートを履いている。
(うん。まあ、俺はファッションには疎いからよく分からないけど、王都の女の子と比べても、別に変な格好じゃないよな)
というより、むしろーー
「アイリスなら、王都の子達以上にかわいいと思うよ。ほら、アイリスって、元がかわいいから、かわいい格好をすると、よけいにね」
「ーーふぇっ!?」
変な声を上げ、固まってしまう、アイリス。
と、次の瞬間ーー
ーーカアァァァッ!
と、顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「? アイリス、どうかした?」
心配になった俺は、アイリスの顔を覗き込もうとするがーー
「な、何でもないです! 何でもないですから…………しばらく、わたしの顔を見ないで…………」
消え入りそうな声でそう言うと、両手で顔を覆い隠してしまう、アイリス。
(あれ? この反応、もしかして照れてる?)
俺、あんまり女性と接する機会が無いからなぁ。つい、素直に思った事を口にしてしまったが、よく考えたら恥ずかしい事を言ってしまったかもしれない。
とはいえ、アイリスとは違い、俺に照れや恥ずかしさという感情は、そんなに湧いて来なかった。
(まあ、アイリスだしなぁ…………)
俺より10も年下の、まだ12歳の女の子。
同年代の女性ならともかく、アイリスにそういう意識は持てないなぁ。
(でも、アイリスはこんなに照れちゃってる訳だし、今後は気をつけるようにしよう)
そんな事を考えながらも、俺はーー
(しかし、幼いとはいえ、アイリスも女の子なんだな。かわいいって言われて、耳まで真っ赤にしちゃて。ははっ。ホント、かわいい子だよ)
そんな微笑ましい想いを、アイリスに感じていた。
(今、頭を撫でたら、絶対怒るよなぁ…………)
アイリスの頭を撫でたい衝動に駆られるも、今そんな事をすれば、顔を真っ赤にして怒られそうなので、自制する。
と、俺がそんな事を考えている間に、どうやら少しは落ちついたらしい。アイリスは顔を上げると、未だに赤い顔のまま問いかけてきた。
「…………そ、それで、結局着替えて来てって、どういう意味だったんですか?」
恥ずかしさを誤魔化すかのように、話題を最初の方に戻してくる、アイリス。
俺も、これ以上話を蒸し返したりせず、アイリスの質問に素直に答えた。
「いや、今日は最低でも3つの依頼をこなす事になるんだけど、その内の1つは森に行かないといけないんだよね」
俺は、昨日の時点で残っていた3件の依頼の内、エルフの森の近くに住み着いた、グリフォンの討伐の依頼を思い出す。
そして、改めてアイリスの服装を確認してから、口を開く。
「だから、そんな半袖にスカートなんて格好じゃ、木の葉や枝でケガしちゃうだろうし、虫に刺されたりもするだろうからさ。持っているなら、長袖長ズボンに着替えてほしいんだよね」
「なるほど。そういう事だったんですね」
俺が真面目な話をしたからか、アイリスの様子も大分落ち着いてきたようだ。
俺の説明に、納得したように頷く、アイリス。がーー
「ふふっ。シンさんは心配性ですね。大丈夫ですよ。わたし、『ルル』の村では山の中を駆け回って遊んでたんですよ。そのぐらい、ヘッチャラです!」
俺の心配をよそに、アイリスはそんな返事を返してきた。
(ああ、そっか。アイリスが生まれ育った『ルル』の村は、山間にある小さな村だったな)
言い方は悪いが、何も無い場所だ。
王都の子達とは違い、自然の中が遊び場だったアイリスにとって、多少の切り傷や虫刺されは気にならない物らしい。
だけどーー
「アイリスの言いたい事は分かったよ。でも、やっぱり着替えて来てほしいかな」
「? どうしてですか?」
「どうして、って。そんなの、アイリスが心配だからに決まってるだろ」
そう言って、俺はアイリスの頭を優しく撫でる。
「俺にとって、アイリスはもう家族でーーそして、娘みたいなものなんだよ。だから、もしかしたら過保護に感じちゃうかもだけど、着替えて来てほしいな」
頭を撫でながら、俺はアイリスに対する素直な想いを口にする。
自分でも、恥ずかしい事を言っている自覚はある。きっと、先程のアイリスのように、俺の顔は赤くなっているのだろう。
だけど、アイリスの事が心配なのは、俺の嘘偽りのない本音だ。だからこそ、俺は恥ずかしさに耐え、アイリスに諭すように、もう1度お願いをした。
「そ、そうですか…………。ふふ、ふふふっ。分かりました。着替えて来ますね!」
と、俺の想いが通じたのだろう。アイリスは照れたように頬を染めた後、堪えきれないといったように、嬉しそうに笑みを浮かべて、俺のお願いを了承してくれた。
ーーホッ。良かった。
「ありがとね、アイリス」
「あははっ。もー、何でシンさんがお礼を言うんですか。お礼を言うのはわたしの方ですよ。心配してくれて、ありがとうございます!」
「ーーははっ。ああ、どういたしまして」
そうして、俺達はお互いお礼を言って、笑い合ったーー




