(そういう意味じゃ、アイリスは俺の弟子として、ピッタリだと言えるな)
シン視点
「ーーさて。それじゃあ、ちゃちゃっと『障壁』の練習して、さっさと仕事に行こうか。んで、ぱぱっと終わらせて、早く帰って来よう」
「あはは。はい! そうですね!」
俺は改めて、そう提案する。
いつもの時間に家を出るつもりだったのに、なんだかんだあって時間過ぎちゃってるからな。
手早く済ますとしよう。魔法書を使って、『障壁』の魔法自体は修得してるんだ。1回お手本を見せて、その後に、実際にアイリスに1度試しに『障壁』を使わせれば、それで良いだろう。
「じゃ、始めようか。まずは、『矢』系魔法の時と同じで、『障壁』を造る位置をイメージしやすくするため、手をかざそう」
「はい」
俺はそう言って、まっすぐに腕を伸ばす。
俺の隣に立ったアイリスも、後に続く。
「そして、掌の先に魔力を集めて、造る『障壁』の大きさや形を頭の中で想像しよう。そうだね、今回は自分の掌と同じ位のサイズで、形は円形にしようか。そして、最後に魔法名を唱える。ーー『障壁』!」
その瞬間、伸ばした掌の先に『障壁』が現れる。がーー
(…………しまった。掌と同じ位のサイズじゃ、自分の手が邪魔でよく見えない…………)
アイリスにお手本を見せるのが目的なんだ。見えないんじゃ、意味がない。
俺は慌てて、伸ばした腕を引っ込める。
(ーーうん。ちゃんと出来てるな)
掌を退けた先の空間には、直径10センチ程の円形で、半透明の『障壁』が浮かんでいた。
「何もない空中に浮かんでる…………。なんだか不思議ですね」
そう言うと、アイリスは俺が造った『障壁』の下まで行き、まじまじと眺めたり、摘まんで引っ張ろうしたりしている。
「あはは。アイリス、『障壁』は造った空間に固定されるから、どんなに力を入れても動かないよ。術者本人にも無理だから、場所を変えたいなら、1度魔法を解除して、また造り直すしかないね」
どんなに引っ張ってもビクともしない『障壁』。やがてアイリスは意固地になったのか、両手で『障壁』を持ち、力いっぱい引っ張り始めたので、流石にそこで止める。
「あはは…………。そうなんですね…………」
アイリスは、恥ずかしそうに頬を染め、誤魔化すように笑う。そして、今度は『障壁』の強度が気になったのか、コンコンと叩き始めた。
(薄々思っていた事だけど、アイリスって好奇心が強いよな)
好奇心ーー自分が知らない事を知りたいと思う事は、冒険者としてやっていくうえで、重要な特性の1つと言えるだろう。
1つでも多くの知識があれば、より多くの事態に対応出来るようになる。ーーそれはすなわち、生き残る可能性が上がるという事だ。
(そういう意味じゃ、アイリスは俺の弟子して、ピッタリだと言えるな)
身体能力に恵まれず、魔法の才も中の上程度。だが、知識や戦術を武器として、最高ランクであるSランク冒険者にまでなった、この俺の弟子としてーー皮肉にも、ね…………。
(……………………さて)
俺は、気持ちを切り替えて、アイリスに声をかける。
「それじゃあ、アイリス。今のをお手本に、『障壁』を使ってみて」
「あっ、はーい」
アイリスは、トテトテと小走りで俺の隣に戻って来る。そして、まっすぐ腕を伸ばすと、目を瞑って集中していく。
「…………掌の先に魔力を集めて…………大きさと形を決める…………大きさは自分の掌と同じ位…………形は円形…………」
ブツブツと呟きながら、頭の中でイメージを固めていく、アイリス。
そうして、30秒程で目を開き、魔法名を唱えた。
「『障壁』!」
そして、伸ばしていた腕を引っ込める、アイリス。そこにはーー
「……………………うん。まあ、一応出来てるね」
うん。まあ、出来てるは出来てるよ。大きさも、ちゃんとアイリスの掌サイズだしね。ただーー
「あ、あれ…………? どうしてこんな、ぐちゃぐちゃな形に…………?」
そう。アイリスの言う通り、形はお世辞にもキレイな円形だとは言えない。
隣にある俺が造った『障壁』と比べると、それはより顕著だ。所々がぐにゃぐにゃで、歪な円形になっている。
「…………うぅー…………。どうしてー…………?」
落ち込んだ様子で、俺が造った『障壁』と自分が造った『障壁』を見比べる、アイリス。
そんなアイリスに、俺はフォローの言葉をかける。
「あはは。まあ、仕方ないよ、アイリス。魔法書の効果は、魔法を覚える事だけ。そこから先は本人の努力しだいだからね」
「そこから先、ですか?」
「うん。例えば、魔法の発動までにかかる時間の短縮だったり、魔法の完成度を高めたりだね。そういうのは、同じ魔法を何十回も使って慣れていくしかないね。そうすれば、イメージをより速く、より明確に行えるようになるし、魔力を効率良く使うコツも掴めてくるからさ」
納得したように頷く、アイリス。俺は、さらに説明を付け足していく。
「まあ、たしかに形は歪だけど、それはあまり気にしなくていいよ。形がキレイだろうと歪だろうと、強度は変わらないしね」
「あ、そうなんですね。それなら良かったです」
俺の言葉を受け、ホッとした様子のアイリス。
(…………まあ、問題は魔法の発動までにかかる時間の方なんだけどね。『矢』系魔法の時にも言ったけど、今は練習だから良いけど、実戦でこの時間は致命的だ)
とはいえ、水を差すようで悪いから、わざわざ指摘はしないが。
さて、次はーー
「というわけで、次は『障壁』の大きさを変える練習をしようか。位置は変えられないけど、大きさを変えることは魔法発動後にも出来るからね。まずはお手本を……………………いや、待てよ…………」
俺は途中で言葉を切り、考え込む。と、いうのもーー
「? シンさん?」
「ああ、ごめんごめん。…………いや、説明し忘れてたんだけどさ、実はこの魔法、大きさによって強度が変わるだよね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。小さければ小さいほど強度は上がるんだけど、逆に大きければ大きい程、強度は下がっちゃうんだ」
俺のような、一定以上の経験を積んだ冒険者は、その特性を活かして、相手の攻撃に合わせて『障壁』の大きさを、その都度変える。
だが、経験の浅い冒険者に、それは危険だ。冒険者の仕事というのは、たった1回の判断ミスが命取りになりかねないからだ。
(そういえば、ギルドが低ランク冒険に推奨してる大きさがあったな。たしかーー)
「ーーうん。やっぱり、『障壁』の大きさを変える練習はやめよう。アイリス、悪いんだけど、1回『障壁』を消してくれる」
「えっ!? は、はい。分かりました…………」
俺は、そう言いながら、自分が造った『障壁』を消す。
アイリスも、俺の突然の方針転換に困惑しながらも、消してくれた。
「それで、今度は自分の目の前に、頭からお腹までの大きさの『障壁』を造ってくれる。こんな風にね。ーー『障壁』!」
そう唱えた瞬間、俺の目の前に、縦1メートル、横50センチ程の楕円形の『障壁』が現れる。
俺は、目の前の『障壁』に手を置いて、アイリスに説明をする。
「これが、ギルドが低ランク冒険者に推奨してる大きさと形なんだ。これなら、頭や上半身といった急所を守れるし、この大きさなら、強度もそこそこあるしね」
「なるほど。たしかに、そうですね」
俺の説明を聞いて、納得してくれた、アイリス。
「…………『障壁』の大きさを変える練習は、アイリスが冒険者としての経験を積んでからにしよう。それまでは、この大きさと形で『障壁』を発動させる練習を繰り返して、少しずつ慣れていこう。まあ、今は時間も無いし、この大きさの『障壁』を1回造って、感覚を掴んでおこうか」
「はい」
目を瞑り、集中していく、アイリス。
俺は黙ってその様子を見守っていたが、ふと、ある事に気付いて、慌ててアイリスに声をかける。
「アイリス!? 俺が造った『障壁』は、俺の体のサイズに合わせたものだからね!? アイリスも、ちゃんと自分の体のサイズに合った物を造ってよ!?」
「ふふっ。大丈夫です! ちゃんと分かってますよ」
慌てる俺に、片目だけを開き、茶目っ気たっぷりに笑いかけてくる、アイリス。
その可愛らしい仕草に、思わず頭を撫でたくなるも、アイリスは再び目を瞑って集中し始めたので、自制する。
今度こそキレイに造ろうとしているのだろうか?
アイリスは、先程よりも長い時間、目を瞑り集中してーー
「ーー『障壁』!」
目を開き、魔法名を唱えた。だがーー
(……………………うん。相変わらず、歪な形だな。まあ、まだ2回目だし仕方ないか)
それに、アイリスはちゃんと、自分の頭からお腹までを防御出来るサイズの『障壁』を造っている。
(さっきも言ったけど、形が歪だろうと強度に影響は無いしな。とりあえず、問題はないだろう)
そう、俺は判断したもののーー
「…………うぅー…………。今度こそ、キレイに造るつもりだったのに…………」
アイリスは納得出来なかったらしい。肩を下げて、落ち込んだ様子を見せる。
(というか、やっぱりキレイに造ろうとして、時間をかけてたんだな)
俺としては、そんな事にこだわるより、少しでも速く魔法を発動させてほしいんだけどな。
元々、もしもの時に備えての自衛手段として、『障壁』を覚えさせた訳だし。
(…………まあ、いいか。俺がしっかり守ればいい事だしな)
それよりも、今はアイリスを慰める方が先かな。
そう判断した俺は、落ち込むアイリスの頭に手を置くと、先程ガマンした分も含めて、わしゃわしゃと、おもいっきり頭を撫でていく。
「ーーわっ! わっ!」
「ほら、アイリス。いつまでも落ち込んでいないで、早く仕事に行くよ! 早く仕事を終わらせないと、家に帰ってからの話をする時間が減っちゃうよ~!」
「わ、分かりました! 分かりましたから、やめて下さいよ~!」
そんな風に困惑した声を上げる、アイリス。だが、そんな言葉とは裏腹に、その表情には相変わらず、幸せそうな笑みが浮かんでいたーー