「…………ぁ…………。は、はい! いっぱいお話しましょうね!」
シン視点
ソファーから数歩離れて、空いているスペースへと移動した、俺とアイリス。
「それじゃあ、アイリス。まずは先に俺がお手本を見せるから、アイリスは後から続いてくれる」
さっそく、俺はアイリスにそう切り出す。
「? でもわたし、魔法書を使ったから、もう『障壁』の魔法を修得してるんですよね?」
俺の提案を不思議に思ったのか、首を傾げる、アイリス。
その可愛らしい仕草を見て、俺はつい笑みを浮かべながら、アイリスの疑問に答える。
「たしかに、そうだけどさ。でも実際に見た方が、どういう魔法なのかイメージしやすくない?」
魔法の行使には、魔力をどう扱うかを頭の中で想像することが必須になっている。
例えば、『障壁』の場合、まずは体から放出させた魔力を、『障壁』を作りたいと思っている場所に集中させる。
次いで、『障壁』の大きさや形を決める。そして最後に、魔法名を唱えて、放出した魔力を半透明な板状の物質に変える。
以上のプロセスが必要だ。
アイリスは、魔法書を使って一瞬で『障壁』を覚えたので、これらのイメージが頭の中に無い。
口で説明してもいいが、それよりも実際に見せる方が1番手っ取り早い。
ーーということを、俺は子供のアイリスが理解出来るようにと、なるべく簡単に説明した。
「ーーなるほど。そういう事なんですね」
「ああ。俺が生まれ育った、『ジパング』っていう国には、『百聞は一見にしかず』っていう諺があるんだけど、まさしくそんな感じだね」
無事、納得して頷いてくれるアイリスに、俺はなんとなく、子供時代を過ごした故郷の諺を口した。その瞬間だったーー
「えっ!? シンさんの出身って、『セレスティア』じゃなく、『ジパング』なんですか!?」
ーーアイリスが、突然興奮した様子で、この話題に食い付いてきたのは。
「え? あ、ああ、そうだけど…………。何? もしかしてアイリス、『ジパング』を知ってるの?」
「いえ。全然知りません」
ガクッと、体が崩れそうになる。
(だ、だよねー。俺が言うのもなんだけど、『ジパング』って、ただの小さな島国だしね…………)
そうでなくても、西大陸にある『セレスティア』と東の果てにある『ジパング』とでは、距離的な問題もある。『セレスティア』の国民の大半は、『ジパング』の存在を知らないだろう。
(でも、じゃあ何で、アイリスは突然、俺の出身地の話題に食い付いてきたんだろう?)
そんな風に俺が困惑していると、その様子を見てアイリスは、ふと我に返ったようだ。
カアッと、恥ずかしそうに頬染めてうつむくき、小さな声で話始めた。
「ご、ごめんなさい、シンさん。話を遮っちゃて…………」
「いや、別にいいけど。どうしたの、急に?」
「え、えーと…………それは…………」
俺が尋ねると、アイリスは頬を朱に染めたまま俺を上目遣いに見上げ、何か言い淀んでいる様子を見せる。
(何か、言いにくい事なのかな?)
気になるものの、アイリスを急かすような事はしたくない。俺は何も言わず、アイリスが話してくれるのを待つ。
やがて、アイリスは意を決したようで、早口で捲し立て始めた。
「…………ほ、ほらっ! わたし達、今朝話して、家族になったじゃないですか! それなのにわたし、シンさんのこと何も知らないなーと思ってて。ちょうどそんな事を考えていた時に、シンさんの出身地の話題が出て…………つい…………」
恥ずかしさを誤魔化しているのか、大きな声で話していたアイリスだったが、その勢いは最後まで持たなかったようだ。
最後に小さく「…………つい…………」と呟くと、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
(あー、なるほどねー)
それを聞いて納得する。
たしかに、アイリスが恥ずかしがるのも分かるわ。つーか、俺も若干照れてる自覚がある。
昨日知り合ったばかりの俺達だ。この話題にはまだ、お互いに照れを感じちゃうな。
「…………あ、あのー。シ、シンさん…………?」
俺がそんな事を考え、しばらく返事をしなかったせいか、不安そうな様子で顔を上げる、アイリス。
「あ、ああ、ごめんごめん。何だか俺も恥ずかしく感じちゃってさ…………」
「あはは。そ、そうですよね…………」
お互いに、微笑み合う。
(でも、たしかにアイリスの言う通りだよな)
本来なら出会う事すら無かったはずの俺達が、こうして家族になったのも、何かの縁なのだろう。
そう遠くない未来に終わってしまうであろう関係だけど、それでも、だからこそ、限りあるこの時間を大切にしたい。
「うん。たしかに、アイリスの言う通りだね。今すぐはさすがに無理だけど、仕事が終わったら、ゆっくり話そうか。俺の事だけじゃなく、アイリスの事もいろいろ聞かせてね」
「…………ぁ…………。は、はい! いっぱいお話しましょうね!」
俺が、自分と同じ気持ちである事が知れて嬉しいのだろうか?
アイリスは、まるで花が咲くような、そんな満面の笑みを見せたのだったーー