シンの修行② 魔道具・魔法書を活用しよう(後編)
シン視点
「ーーさて、それじゃあ改めて、『収納』と『障壁』の魔法書を取り出すね」
「はい」
魔法書を使うことに納得してくれたアイリスに、俺は改めて、そう宣言して、自分の『収納』に意識を向ける。
(…………と言ったものの、どれが『収納』と『障壁』の魔法書なんだ?)
『収納』の中には、あと14冊の魔法書があるのは分かるのだが、どれにどの魔法が込められてるのかまでは、残念ながら分からない。
(1冊ずつ出すのは面倒だし、一気に全部出すか)
そう決めた俺は、右の掌を上にして、『収納』から取り出したい物をイメージして、キーワードを唱える。
「『収納・アウ』ーーっとと。危ない、危ない」
「? シンさん?」
キーワードを途中で止めた俺に、不思議そうに首をかしげる、アイリス。
「いや、魔法の適性を調べる水晶玉を取り出す時と、同じ失敗をするとこだったからさ」
あの時は、直径5センチ程の水晶玉を6個取り出そうとしたのだが、掌に収まりきらず、溢れて床に落としてしまった。
今回取り出そうとしているのは、ハードカバーの本と同じ位のサイズの魔法書14冊。とてもじゃないが、掌に収まる量じゃない。
「えっ!? シンさん、そんなに沢山の魔法書を持ってるんですか!?」
「ん? まあね」
驚くアイリスに返事をしながら、俺はテーブルの上に掌をかざし、今度こそキーワードを唱えきる。
「『収納・アウト』」
ーードドドドッ!
「キャッ!」
俺の右の掌から、凄まじい勢いで魔法書が1冊ずつ飛び出してくるのを見て、ビックリした様子を見せる、アイリス。
まあ、気持ちはよく分かる。かなりシュールな画だよな…………。
ーードドドドッ!
魔法書は、なおも出続ける。
(あれ? これ、もしかしてマズくないか?)
今出ている魔法書は半分程だが、何冊かが細長いテーブルからはみ出している。このままじゃあーー
ーードサドサドサッ!
(ああっ! やっぱり落ちちゃったよ!)
とはいえ、取り出すのを途中で止めることは出来ない。
結局、14冊全てを出し終わるまでの間に、半分程の魔法書が床に落ちてしまっていた。
「やれやれ。今回は気を付けてたんだけどな…………」
呟きながら、床に落ちた魔法書を拾っていく。
「あはは…………。わたしも手伝いますよ」
アイリスにも手伝ってもらい、床に落ちた魔法書を集めていく。
と、その途中ーー
「ま、魔法書がこんなに…………。ぜ、全部で一体いくらなんだろう…………」
アイリスが、顔を蒼くしながら、小さな声でポツリと呟いた。
どうやら、山間の小さな村という、決して裕福とはいえない環境で育ったアイリスにとって、この光景はかなりショッキングなものらしい。
(「まあ、込められてる魔法を全部覚えてはいないけど、全部でだいたい金貨4千枚から5千枚位じゃないかな」…………なんて言ったら卒倒しちゃうんじゃないかな…………)
そんな事を考えながら、アイリスと一緒に、床に落ちた魔法書をせっせと拾い集めていく。
「はい、シンさん。どーぞ」
「ありがとう、アイリス」
うん。もう床には落ちてないみたいだし、多分これで全部だろう。
アイリスが拾った分を受け取り、自分が拾った分と合わせてテーブルの上に置く。
(こうやって現物を見ると、すごい数だな。ーーさて、『収納』と『障壁』の魔法書はどれかな?)
テーブルに積まれた魔法書を1冊ずつ確認していく。
その途中で、ふと思い当たった俺は、先のアイリスの言葉にフォローを入れておくことにした。
「アイリス。一応言っておくけど、この魔法書は全部、俺が買った物じゃないからね」
「え? そうなんですか?」
「ああ。全部依頼の報酬として貰ったものだよ。ここにあるのは、全部余り物。俺がもう覚えてる魔法の魔法書だったり、適性のない属性の魔法書だったり、覚える必要がないと判断した魔法書だったりね」
『だから、キミがこの魔法書を使うことに、罪悪感なんて抱かなくていいんだよ』。そう暗に伝えたかった。
「そうなんですね。ーーって、金貨数百枚する魔法書を報酬として貰える依頼って何ですか!?」
今度は、別の意味で顔を蒼くするアイリスだった。
「ははっ。これでもSランク冒険者だからね。まあ、国家機密に関わることもあるから、詳しい内容は言えないんだけどさ」
「な、なるほど…………。大変なんですね、Sランク冒険者って。…………わたしも頑張らないと」
「…………ああ。少しずつ頑張っていこう。ーーっと、あったよ。はい『収納』と『障壁』の魔法書だ」
魔法書の山の中から目的の2冊を見つけ出した俺は、その2冊をテーブルの真ん中に並べて置く。
残りの魔法書は、とりあえず端に寄せておく。
「とりあえず、まずは『収納』の魔法書を使ってみようか」
「はい。たしか、表紙の魔法陣に手を置いて、魔力を流すんでしたよね?」
「ああ」
そうして、アイリスは『収納』と魔法名の書かれた魔法書の魔法陣に掌を置き、魔力を流し始めた。
すると、魔法陣の中心部分が光始め、その光は少しずつ魔法陣の外側へと広がっていく。
「ーーキャッ!」
「まだだよ、アイリス。もう少し、そのまま」
「は、はい」
突然、魔法陣が光始めたことに驚き、反射的に手を離しそうになってしまったアイリスに、慌てて、そう忠告する。
やがて、光は魔法陣全体に広がり、続いて、外側から内側に向かって、光が消えていく。
消えていくのは光だけでは無い。光と一緒に描かれた魔法陣自体が消えていく。
「ーーよし、全部消えたね。これで『収納』の修得完了だ。もう手を離しても大丈夫だよ」
「は、はあ。何だか、呆気なかったですね」
そう言って、困惑した表情を見せる、アイリス。
時間をかけて練習した『氷矢』や『炎矢』と違い、修得したという実感が湧かないのだろう。
「それじゃあ、実際に『収納』を使ってみようか。『収納・アウト』」
そう言って、俺は自分の『収納』の中から、刃渡り15センチ程の、美麗な花の装飾が施された短剣を取り出し、アイリスに手渡す。
「とりあえず、その剣を『収納』の中に入れてみよう。手に持って、『収納・イン』って、唱えてみて」
「は、はあ。『収納・イン』」
アイリスがそう唱えた瞬間、アイリスの右手に握られていた短剣が消える。
「す、すごい! 本当に出来た!」
興奮して、笑顔を見せるアイリスに、俺は次の指示を出す。
「よし、次は今『収納』の中に入れた短剣を取り出してみよう。頭の中に、取り出したい物を思い浮かべて、『収納・アウト』って、唱える」
「はい! 『収納・アウト』!」
新しい魔法を覚えたという実感が湧いて嬉しいのか、仕舞う時よりも大きな声で、そう唱える、アイリス。
すると、先程まで握っていた右手に、再び短剣が現れる。
「うん。無事、修得出来たようだね」
「はい! …………あ、これは、お返ししますね」
そう言って、俺に短剣を返そうする、アイリス。
俺は首を振り、口を開く。
「いいよ。それはアイリスにあげる。魔法をメインでやっていくってなったけど、武器の1本ぐらい持ってた方が良いしね」
「良いんですか! やったぁ! この剣、綺麗だなぁって思ってたんですよ!」
だろうね。この短剣を手渡した時から、じっと見つめていたし。
「ありがとうございます! シンさん!」
「うん。どういたしまして」
アイリスは、年相応の可愛らしい笑顔でお礼を告げ、しばらく短剣を眺めた後、自分の『収納』の中に、短剣を仕舞った。
「ところで、アイリス。自分の『収納』がどれぐらいの大きさか分かるかい?」
「『収納』の大きさですか?」
俺の質問に、不思議そうに首をかしげる、アイリス。
「ああ。前にも言ったと思うけど、『収納』の容量は、その人が持っている魔力量で変化するんだ。逆に言えば、『収納』の大きさで、その人が持っている魔力量がだいたい分かるんだよ」
「ああ、なるほど! ……………………えーと、どうすれば、『収納』の大きさが分かるんでしょう?」
俺の言葉に納得して、『収納』の容量を調べようとしたアイリスだったが、少しして、調べ方が分からずに、困った様子を見せる。
「うーん。…………抽象的な言い方になっちゃうけど、頭の中で、今アイリスが短剣を仕舞った空間全体を見渡す感じかな…………」
『収納』の魔法で作られた異空間は目に見えない物だから、説明が非常に難しい。どうしても感覚的な言い方になってしまう。
「……………………うーん。…………だいたい、シンさんの部屋と、同じ位…………ですかね…………」
アイリスは、しばらくの間目を瞑って集中した後に、そう呟いた。
「ーー凄いな。俺と同じ位だ」
「えと、それって多い方なんですか?」
「ああ。自分で言うのもなんだけど、人間という種族としては、上の下あたりだろうね…………」
「本当ですか! やったぁ!」
俺の言葉を受け、再び嬉しそうに笑顔を見せる、アイリス。
『氷矢』や『炎矢』の練習で、ほぼ1時間ぶっ続けで魔力を使っても、全然疲れた様子を見せていなかったから、魔力量は多い方なのだろうと思っていたが、まさかここまでとは。素直に驚きだよ。
「ーーよし。それじゃあ、『障壁』の魔法も覚えちゃおうか」
「はい!」
アイリスは元気良く頷くと、『障壁』の魔法書に手を置き、魔力を流していく。
俺は、そんなアイリスを横目に見ながら、考える。
(他に、アイリスに覚えさせた方が良い魔法はないだろうか?)
使うつもりが無かったので、どんな魔法書を持っていたかほとんど忘れてしまったが、もしかしたら『収納』や『障壁』の魔法書の他にも、使える魔法書があるかもしれない。
そう考え、端に寄せていた魔法書の山を調べてみようとして、ふと気付く。
(そういえば、一番最初に『極・癒』の魔法書を取り出したな)
『極・癒』は、俺やアイリスが覚えている『癒し』の上位版だ。覚えさせて損はないか?
(…………いや、待てよ)
『極・癒』を使う状況というのはつまり、アイリスが大ケガを負ってしまった時だ。
魔法を覚え始めたばかりのアイリスが、そんな状態で『極・癒』という、高位魔法を使うための集中力を練られるだろうか?
(……………………これは、俺が覚えた方がいいか)
しばらく悩んだ末、俺は自分で使う事にした。
(まあ、俺が側に居る以上、アイリスが大ケガを負うような状況にはさせないけど、一応の保険ということで)
そう決めた俺は、魔法書の山の中から『極・癒』の魔法書を探し当て、魔法陣に手を置き、魔力を流していく。
(…………ちなみに、なんで俺、この魔法書使ってなかったんだっけ?)
魔力を流しながら、考える。
(…………ああ、そうか。覚える必要を感じなかったからだ)
この魔法書を手に入れたのは、俺がSランクになってからだ。
『あいつ』とのコンビも解消して、俺はソロで仕事をしていた。そして、俺は『極・癒』を使わなければいけない程の大ケガを負うつもりは無かった。
左腕の籠手しか防具を着けていない俺には、相手の動きを先読みして回避することに、自信を持っていたからな。
「ーーシンさん。『障壁』の魔法、覚え終わりました」
「ん? ああ、了解」
昔のことを思い出していた所で、アイリスから声をかけられる。
(ーーうん。俺も『極・癒』の魔法を覚え終わったな)
他にも、何か便利な魔法書は無いかと、魔法書の山を探してみるも、特にめぼしい物は見付からない。
(まあ、こんなものだな)
そう判断した俺は、大量の魔法書を『収納』の中に仕舞う。
(ーーさあ、仕事に行きますか!)
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