シン。少女を保護する
シン視点
頭の中にある地図を頼りに、時には木々の枝から枝へと飛び移り、時には崖を登り。そうして、シンは、本来なら馬車で6時間かかるところを、たったの2時間でルルの村にたどり着いた。しかしーー
「ーーくそッ! やっぱり間に合わなかったか!」
村の中には、凄惨な状況が広がっていた。赤黒い血だまりが無数に点在し、その中心には、人が倒れている。
側に寄って確認しなくても分かる。すでに亡くなっていると。
シンは、村の中に足を踏み入れいく。
盗賊と闘おうとしたのだろう。二十代ほどの青年の遺体の近くには、古びた剣が落ちている。抵抗されたのが盗賊団の癇に触ったのか、青年の四肢は切断され、体には、内臓がはみ出すほどの深いキズがついている。
我が子を守ろうとしたのだろうか? 子供を抱きしめた状態で亡くなっている人がいる。火の魔法で焼かれたようで、性別や年代は分からないけれど……。
「ーーッ!」
あまりの怒りに、いつの間にか手を強く握り込んでいたらしく、掌に爪が食い込み、血が滲む。たが、その痛みで少し冷静になることが出来たシンは、これからのことを考え始める。
(辺りに人の気配はない。血染め髑髏の連中も、もう居ないようだな)
血染め髑髏は残忍で、そして狡猾だ。村を襲った後は、しばらく身を隠し、そして奪った金品や食料が尽きたところで再び村を襲う。
高い実力と慎重さ。この2つが合わさることで、騎士団や冒険者の追跡をかわし、捕まらない。
村が襲われてから、半日以上がたっている。今から奴らを追うことは不可能だろう。
(依頼は失敗だな。……いや、もしかしたら生存者がいるかもしれない。一応、探知を使うか)
僅かな希望に賭けて、シンは無属性魔法『探知』を使う。
この魔法は、魔力の波を周りに飛ばし、魔力が通った場所にあるものを、頭の中に浮かび上がらせる。もし生存者が居れば、熱反応があるはずだがーー
「……やはり、ダメか」
魔力は村の大部分に飛んでいるが、生存者の反応はない。
やはり無理かと、諦めかけた、その時ーー
(ーーッ!? 反応があった!)
村の端の方に熱反応がある。
慌ててその場所に向かうと、そこには、倒壊した家がある。おそらく、火魔法の爆発で壊されたのだろう。
「『探知』」
念のため、もう一度『探知』の魔法を使う。
(ーーッ! まちがいない! ここから反応がある)
倒壊した家の下に反応があることを確認したシンは、瓦礫の山をどけ始める。
可能な限り急いで、しかし、崩れてしまわないように慎重に。
どれぐらいの時間がたっただろうか、瓦礫の大部分が無くなり、地面が見え始めた頃ーー
「見つけた!」
シンは、瓦礫の中に2人の人間を見つけた。
おそらくは母娘だろう。崩れてくる瓦礫から子供を守ろうとしたのか、母親が女の子に覆い被さった状態だった。
母親とおぼしき女性は、家のヘリと思われる太い柱が背中に突き刺さり、すでに絶命している。
しかし、女の子の方はーー
シンは、女の子の首に指を当てる。すると、トクントクンと、脈拍が確認できる。生きているのだ。
「失礼します……」
命を賭けて我が子を守った女性に謝罪をして、その腕の中から女の子を救助する。
倒壊した家から少し離れた草地に女の子を寝かせ、容態を確認する。
声をかけても反応は無いが、脈拍はあるし、呼吸もしている。どうやら、気を失っているだけのようだ。
銀髪や服が血で染まっているが、そのほとんどは母親のものらしく、少女自身の傷は浅い。
「よかった。これぐらいなら、俺の回復魔法でも治せる」
シンは、初級の回復魔法しか覚えてないが、少女のけがを治すにはそれで十分だ。
「『癒し』」
少女に手をかざし、『癒し』の魔法を使う。温かな光が少女の体を包み、傷を少しずつ塞いでいく。
10分程で、目に見える傷は全て塞がった。シンは、『癒し』の魔法を解除し、立ち上がって村を見回す。
「『探知』」
他に生き残った人が居ないかと、もう一度の『探知』の魔法を使う。
「……ダメか」
村の中だけでなく、村の外1キロの範囲まで魔力を飛ばすが、生存者の反応ない。
「仕方ないか……。とりあえず、この子だけでも保護しないと」
そう気持ちを切り替えて、シンは少女を抱え上げる。
「『付与 筋力強化』、『付与 スピード強化』」
再び魔法で身体能力を強化し、コノノユスラへ向けて走り出す。腕に抱えた少女に負担がかからないよう、ゆっくりと、慎重にーー
この日、コノノユスラの地図から、『ルル』という名の村が消えたーー