シンの修行② 魔道具・魔法書を活用しよう(中編)
シン視点
ソファーに隣り合わせに座ってから数分間、俺達はカモミールミルクティーを飲みながら、他愛もない話をしていた。
「ーーふぅ。ごちそうさまでした」
先に飲み終わったのは、アイリスだ。最後の一口を飲み、カップをソーサーに置いたアイリスの表情は、どこかスッキリしたようにも見える。
(アイリスは疲れてないって言ってたけど、やはり休憩を取ったのは正解だったな)
数分間とはいえ、お茶を飲みながら、おしゃべりをしていた時間は、アイリスにとって、良い気分転換になったのだろう。目に見えて、アイリスの表情が明るくなった。
(…………こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいのにな)
まあ、そういう訳にはいかないのだが。
チラッと、時計を見る。本来なら、ギルドへ行くための準備を始めなければいけない時間だ。
俺は、カップの底にわずかに残っていたカモミールミルクティーを一気に飲み干すと、カップをソーサーに置きながら、アイリスに切り出した。
「ーーよし。それじゃあ、そろそろ魔法書の説明を始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
名残惜しいが、家族の時間はおしまいだ。アイリスを仕事に連れて行くと決めた以上、ここからは緊張感を持ってやっていかないとな。
そんな考えが俺の雰囲気から伝わったのか、アイリスもまた、真面目な表情を作る。
「とりあえず、まずは実物を見せるよ」
俺はそう言うと、自分の『収納』の中に、意識を向ける。
(えーと…………魔法書は…………1、2、3……………………うわ! 全部で15冊もあるのか!?)
手に入れたものの、自分で使う気の無いやつは『収納』の中に溜め込んでたからなぁ。
(目的は、『収納』と『障壁』の魔法書なんだけど、どれがどの魔法書かは、実際に出してみないと分からないなぁ)
とりあえず、適当に1冊出すか。
「『収納・アウト』」
キーワードを唱えて、15冊の中から1冊を取り出す。
サイズは一般的なハードカバーの本と同じ位。表紙の大部分には、灰色の魔法陣が描かれており、魔法陣の上にある僅かなスペースには、魔法名が書かれている。
『極・癒』
無属性魔法で、俺やアイリスが覚えている『癒し』の上位魔法だ。かすり傷程度しか治せない『癒し』とは違い、この魔法なら、命に関わるような大怪我でも治すことが出来る。
(残念。『収納』でも『障壁』でもなかったか)
まあ、お目当ての物が引ける確率は15分の2だし、仕方ないか。
とりあえず、これで説明していこう。
「その本が魔法書ですか?」
「ああ。まあ、魔道具と同じような物だよ。ここに、『極・癒』って魔法名が書いてあるでしょ。この魔法書には、『極・癒』の魔法が込めらているんだ」
そう説明しながら、俺はアイリスに魔法書を手渡す。
受け取った魔法書を、物珍しそうにいろいろな角度から眺めている、アイリス。
そんなアイリスに、俺は魔法書の説明を続けていく。
「ただ、魔道具と違う点が1つ。魔道具が魔法を使うための物だとしたら、魔法書は魔法を覚えるための物だ。表紙に魔法陣が描かれてるでしょ。そこに手を置いて魔力を流せば、その本に書かれた魔法名の魔法を一瞬で修得できるんだ。たとえ、本来なら修得まで数年かかるような大魔法でもね」
「えっ!? そんな物があるんですか!?」
俺の説明を聞いて、驚いた表情を見せる、アイリス。
だけど、魔道具の説明をした後のように、『なんで早くそれを教えてくれなかったんですか!?』と突っ掛かってくることはなかった。
魔道具の時に学習したのだろう。そんな、便利なだけの都合のいい物がないことを。
「アイリスのお察しの通り、この魔法書にもマイナスポイントがある。まず1つ目は、魔道具と違って、適性のない属性の魔法は修得出来ない。魔法を『使う』ための魔道具と違って、魔法書は魔法を『覚える』ための道具だからね」
「なるほど。……………………ちなみに、この魔法書という物は、おいくら位なのでしょうか?」
おそるおそるといった感じで尋ねてくる、アイリス。
なんとなく察したのだろう。使用出来る数が決まっている魔道具でも、金貨1枚したのだ。ならば、修得まで本来なら数年かかるような大魔法でも、一瞬で修得することが出来る魔法書は、もっと高いと。
「……………………」
「シ、シンさん?」
「…………いや。知らないほうが良いんじゃないかなーと思って」
「何なんですか、その反応!? えっ!? これって、そんなに高いんですか!?」
驚愕の表情で、自分の持っている魔法書を見つめる、アイリス。
見れば、魔法書を持つ手が微かに震えている。
「ーーさて。それじゃあ、アイリスに覚えてもらう『収納』と『障壁』の魔法書を取り出すねー」
「いやいや!? そんな、あからさまに話を変えないで下さいよ! これ、一体いくらなんですか!? 気になって仕方ないんですけど!?」
「……………………どうしても、知りたい?」
「は、はい。このままじゃあ、気になって仕方ないですし」
「…………まあ、そうだよねぇ…………」
言い方が悪かったなぁ。こんな風にもったいつけた言い方したら、そりゃあ、気になるよねぇ。
(んー…………アイリスの性格的に、教えたくはなかったんだけど…………)
チラッと、アイリスを見る。
アイリスは、ジーっと俺の顔を見詰めていた。
(これゃあ、正直に話すまで諦めてくれそうにないな…………)
誤魔化して、大幅に安い額を伝えてもいいが、先の会話から、魔法書がとんでもない値段する事を、何となく察しているだろう。すぐにウソだと見抜かれてしまう。
観念して、本当の値段を伝えるとしよう。
「…………まあ、込められてる魔法によって値段は変わってくるけど…………その『極・癒』の魔法書なら、金貨200枚位かな…………」
「…………き、金貨200枚…………!」
俺が告げた値段を聞いて、驚愕に目を開く、アイリス。
その手元から、魔法書が床にポトリと落ちるが、アイリスはそれを拾おうともせず、固まってしまっている。
(…………まあ、無理もないが…………)
魔道具の時にも説明したが、一般家庭なら、金貨1枚あれば余裕で1月生活することが出来る。
それが200枚。もはや、大貴族でさえ、おいそれと買える額では無い。
「おーい。アイリス、大丈夫ー」
固まったままのアイリスの顔の前で手を振る。
すると、アイリスはハッと我に返った様子で、慌てて床に落ちた魔法書を拾うと、それを俺に突き返してきた。
「そ、そんな高価な物を使わせてもらう訳にはいきません! これは、お返しします!」
(はぁー。やっぱり、こうなってしまったか…………)
思わず、心の中でため息を吐く。
まあ、アイリスの性格を考えると、こんな高価な物を使うことには抵抗があるよな。
(『収納』はまだいい。元々、便利な魔法だから覚えてもらおうとしただけだし。だけど、アイリスを仕事に同行させる以上、最低でも『障壁』の魔法は覚えてもらわなくちゃなぁ)
さて、どう説得したものか。
「アイリス。もう何度も言ったと思うけど、Sランク冒険者である俺は、余る程お金を持っている。だから、遠慮なんてしなくていいんだよ」
「で、でも…………さすがに、こんな高価な物を使わせてもらう訳には…………」
うーん。ホント頑固な子だな。
仕方ない。時間に余裕も無いし、最終手段を使うか。
「アイリス。さっきも言ったけど、Sランク冒険者である俺が受ける依頼は危険度の高いものばかりだ。いくら俺でも、キミを守れる保証はない。だから、最低限の自衛手段として、『障壁』の魔法は覚えてもらうよ。じゃないと、キミを仕事に同行させることは出来ない」
「ーーっ! …………そ、そんな…………」
途端に、暗い表情になり、言葉に詰まってしまう、アイリス。
しばらくの間、その状態で悩んでいたアイリスだったが、やがて不承不承といった感じで、頷く。
「…………わ、わかりました。使わせていただきます…………」
(良かった。納得してくれたか)
そう、安心していたのだがーー
「ーーだけど!」
突然、大声を上げ、顔を寄せてくる、アイリス。
「な、なに?」
「借りるだけです! 将来、わたしが冒険者として成功して、必ず返しますからね!」
「ーーぷっ。あはっはっはっ!」
アイリスの言葉を受け、俺は思わず笑ってしまう。
(まったく。本当に律儀な子だよ)
どうやら、それがアイリスにとっての納得出来るボーダーラインらしい。
別に返す必要なんか無いんだけど、まあ、ここでそれを言っても、また同じやり取りの繰り返しになるだろうし、とりあえずはそれで了承しておこう。
「もうっ! 何でそんなに笑うんですか!」
「あははっ! ごめん、ごめん」
「もー! だから、突然頭を撫でないでくださいってば!」
ーーアイリス。キミは気付いているのかな?
『冒険者として成功して返す』。それはつまり、復讐が終わった後も俺と一緒に居てくれるのだと、そういう意味として受け取っていいのかな?
もしそうなら、嬉しいな。
本当に、そんな未来が来てくれたら嬉しいな…………。
だけど、そんな未来は訪れないだろうね。
キミは俺を許してくれないだろうからーー
キミを引き取った時から、それは覚悟の上だけど、やっぱり寂しいかな。
だから、そんな怒らずに、今は頭を撫でさせてくれよ、アイリス。
どうせ近い将来、キミと俺の関係は終わるんだからさーー