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シン。反省する

シン視点

(考えが、甘かったのかもしれないな…………)


アイリスを置いて、仕事に行く。こう言えば、アイリスが嫌がる事は分かっていた。だからこそ、このギリギリのタイミングまで言えなかった訳で。

それでも、ちゃんと話せば分かってくれると思っていた。


昨日までと違い、今日のアイリスは、本来の明るさを取り戻し、よく笑うようになった。昨日のアイリスの状態なら、側から離れる事に不安を感じていたが、今日のアイリスなら大丈夫だろうと、そう思った。

最初は嫌がるかもしれないが、ちゃんと理由を話して、真摯に伝えれば、最後には納得してくれる。そんな、楽観的な事を考えていた。

だけどーー


「…………お願い…………お願い、します…………。なんでも、言うこと聞きます…………なんでも、しますから…………。だから、お願いします…………わたしを1人にしないで…………わたしと一緒にいてください…………」


俺から離れまいと、少女とは思えない程の力で、必死に抱きつき、涙混じりの声で懇願してくる、アイリス。

その姿を見て、改めて思うーー考えが甘かったのだと。


よくよく考えれば、当然の事だ。母親を、大切な人達を全て殺された、その心の傷が、たったの1日で癒えるはずがない。


(今思えば、アイリスは、俺に必要以上に甘える事で、不安や寂しさを紛らわしていたのかもしれないな)


本人の口から、自分は甘えん坊だと、そう言われたから。ベタベタと、過剰に甘えられても、そんなものなのだろうと思って、深く考えなかった。

アイリスの、笑顔の裏に隠れた、本当の想いに、気付いてあげられなかった。


機会は、いくらでもあったはすだ。

今だって、アイリスは、俺に必死にアピールしていたじゃないかーー


『イヤです! シンさんから離れたくない! それなら、わたしも一緒に行きます! 連れて行ってください!』

『…………な、なら…………。…………そうだ! 修行の一環として連れて行ってください! わたしの事、鍛えてくれるんですよね!?』

『…………それなら、仕事なんて行かないで、わたしと一緒に過ごしてくれませんか? シンさん、言ってたじゃないですか、お金は余るほどあるって。しばらく仕事しなくても、大丈夫なんでしょう?』


そう言って、必死に俺を引き留めようとするアイリスに、俺はどうした?


俺はーー正論で返した。

アイリスにケガをさせたくないから、仕事には連れていけないと返した。

困っている人を放っておけないから、仕事に行かないといけないと返した。


この判断が間違っていたとは、今でも思っていない。

それでも、最善では無かったのだろう。俺は、アイリスの身の安全や、不特定多数の人達の事は考えていたけれどーーアイリスの心は、考えていなかった。


(…………やれやれ。俺も成長しないな…………)


今朝、アイリスとのやり取りで、反省したばかりじゃないか。

俺の布団に潜り込んできたアイリスに、寂しい思いや、不安にさせた事を、謝ったばかりじゃないか。


(それなのに、俺はまた、同じ失敗を繰り返してしまっている)


史上最年少のSランク冒険者だの、『探求者(シーカー)』だのと、周りの人間は俺を讃えてくれるけど、こういう時に、改めて実感する。

俺はまだまだ、人として未熟なのだと。俺はまだ、人生経験の少ない、22歳の若造なのだと。


(…………まあ、反省も自責の念に囚われるのも、後でいい)


今はアイリスの事を考えないと。


「…………う、ううっ…………。イヤだ…………イヤだよぉ…………ッ!」


アイリスは、未だに俺に抱きついたまま、涙を流し続けている。


(この子を泣かせたくない。この子には、ずっと笑っていてほしい)


そうなると、俺に採れる選択肢は2つ。1つは、アイリスを仕事に同行させること。もう1つは、しばらく仕事はせず、アイリスと一緒に居てやること。


「………………………………………………はぁ~!」


しばらく悩んだ末、俺は大きく溜め息を吐く。


(しかたない、アイリスを同行させよう)


1つ目は、アイリスの身の危険が(およ)んでしまう。だが、2つ目の選択肢は、いつまでかかるか分からない。

最悪、アイリスの復讐が終わるまでかもしれない。そんなにもの長い時間、売れ残り依頼を放置し増やし続ければ、この国の情勢が不安になりかねない。


(まあ、さすがにそうなる前にギルドや騎士団が動くと思うけど…………)


それでも、あまり他人を巻き込むべきでは無いだろう。これは俺とアイリスの問題なのだから。


(なぁに、アイリスの身の安全は、俺が命にかけても守ってみせるさ)


そう決意して、アイリスに伝えようとしたのだがーー


「ーーっ!」


俺が大きく溜め息を吐いた直後に、アイリスは、ビクッと、大きく体を震わせる。そして、俺に抱きつく力を、さらに強くしてきた。


(ど、どうしたんだ、急に?)


突然のアイリスの反応に困惑していると、アイリスは、俺の胸に埋もれさせていた顔を上げる。

その顔は、不安や悲しみで、塗り潰されていた。


「わ、ワガママ言ってごめんなさい、シンさん! もう言いません! ちゃんと1人で留守番してます! だから、お願いします! わたしを見捨てないでぇ…………っ!」


「ーーはあっ!?」


いきなり、なに言い出してるんだ、この子? なんで、見捨てるとかいう話しになってるんだよ!?


(ーーっ! もしかして、俺がさっき吐いた、溜め息か!?)


あの溜め息を、ワガママを言う自分に呆れられたと、見限られたと、そう誤解したのか!?


「アイリス。それはごかーー」


「イヤッ! 聞きたくない! お願いします! 捨てないでぇ!」


何とか誤解を解こうとするものの、アイリスは、俺の話しを聞くこと拒否するように、大きく首を振り続ける。

見れば、呼吸がだいぶ荒い。このままでは、過呼吸になりかねない。


「ああ、もうっ! 落ち着け、アイリス!」


そう叫ぶと、今度は俺が、アイリスの体を強く抱き締めた。


(聞く気が無いなら、態度で示すのみ! 俺は、お前を見捨てたりしないぞ!)


その想いを伝えるため、強く、強く、抱き締め続ける。

どれくらい、たっただろうかーー


「…………はぁ、はぁ…………。シ、シンさん?」


よし。少しは冷静になったようだな。

抱き締めた時に、アイリスの顔を、俺の胸に埋めさせたから、過呼吸気味だった呼吸状態も落ち着いている。

俺は、アイリスの身を離すと、静かに語りかけていく。


「アイリス。誤解させてゴメンね。でも、安心して。俺は、なにがあっても、キミを見捨てないよ」


「は、はい。わたしも、ごめんなさい。大袈裟に取り乱してしまって…………」


「いいさ。それで、これからの事だけどーー」


「ーーっ! は、はい…………」


俺が、これからの事について切り出すと、アイリスは下を向いてしまう。


(やれやれ。まだ、勘違いしているようだな)


だったら、早く誤解を解いてやらないとな。


「ついてきて、いいよ」


「ーーえっ!?」


アイリスが勢いよく、顔を上げる。


「ほ、本当に良いんですか!?」


「ああ。…………ん? でも、さっき、1人で留守番してるって言ってたよね。ならーー」


「ーーい、いえっ! 行きます! 連れて行ってください!」


「あはは。分かってる。冗談だよ、冗談」


「も、もうっ! シンさん!」


アイリスは、俺を責めるようにそう言うと、そっぽを向いてしまう。

だけど、少しするとーー


「…………ふふっ。ふふふふっ」


アイリスは、笑ってくれた。

その顔は、涙でぐしゃぐしゃのままだったけれど、それでも、幸せそうに微笑んでくれた。


(うん。やっぱり、アイリスには笑顔が良く似合うな)


とはいえ、アイリスを連れて行くと決めた以上、真面目な話もしないとな。


「アイリス。仕事に着いてくるのは許可するけど、条件が2つある」


「じょ、条件ですか…………?」


「そうだ。1つ目は、仕事中は俺の言うことを絶対に聞くこと。2つ目は、魔物との戦闘中、手を出さないこと。守れるね?」


「はい! 大丈夫です!」


アイリスは、真面目な表情で、しっかりと頷いた。


(よし。これなら、大丈夫そうだな)


となると、これからどうするか?

当初の予定では、魔法書を使って、『収納(アイテムボックス)』の魔法のみを覚えてもらうつもりだった。

だが、アイリスを連れて行く事になってしまった以上、自衛用の防御魔法も覚えさせた方が良さそうだな。


(…………たしか、無属性魔法の『障壁(シールド)』の魔法書があったはず。それも覚えさせよう)


よし。そうと決まればーー


「アイリス。仕事に行く前に、ちゃんと準備をしよう。ついでに、魔法書を使って、『収納(アイテムボックス)』と、『障壁(シールド)』の魔法を覚えてもらうよ」


「はい! …………あの~、ちなみに、魔法書って何ですか?」


魔法書を知らないか。まあ、予想通りだ。魔道具を知らなかったんだ。それよりも知名度の低い、魔法書の存在を知ってるわけ無いよな。


「とりあえず、こんな所で話すのもなんだし、家に入ろっか」


(アロー)』系魔法修得のため、庭に出ていたけれど、いろいろあった訳だし、1回腰を落ち着けたい。


「はい。分かりました」


こうして、アイリスと2人、移動を始める。

その途中ーー


「…………あのー、シンさん…………」


アイリスが、恥ずかしそうに頬を染め、話しかけてきた。


「どうした?」


「さっきの事は、忘れてくださいね…………」


「…………あー…………」


どうやら、先程の、俺に抱きつき、泣きわめいていた自分を恥じているらしい。


「分かった。そうするよ」


「ありがとうございます」


俺の返事を聞いて、アイリスは安心したように微笑んでくれたけど、忘れるなんて出来るはずがない。


(心の傷に関しては、時間が癒してくれるのを待つしかない。でもーー)


俺は考え続けた。アイリスの師匠として、保護者として、これから何をすべきかを。


(いや。何をすべきかは、最初から決めている。問題は具体的な方法だな…………)


そんな事を考えながら、アイリスと共に、家へと戻ったーー

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